Ep.2 ほしい愛
「えぇ…!?それじゃあ、お姫様はクレアだったの…?」
婦人は柔らかく否定し、
「言ったでしょう?お姫様は不思議な体験をしたそうなの」
ころころと喉を鳴らして笑った。
少女は『ユーフェミアなのね…!』と再び目を輝かせて、続きを促した。
「喉が渇いたから、お茶を飲ませてちょうだい。ほら、貴女もクッキー、いいわよ」
「ありがとう!」
チョコチップの入ったクッキーを口に頬張り、咀嚼していく。その様子を、婦人は微笑みながら見届け、口をゆっくりと開いた。
***
ユーフェミアは肩を揺すられる感覚で目を覚ました。
「え…?」
彼女の肩を揺すったのは、父親であるセディ・ノティス公爵だった。ユーフェミアのストロベリーブロンドの髪とは違い、ノティス家全員が彼のように漆黒の髪だ。
「君はユーフェミア・ノティス公爵令嬢になるよ」
「ほ、本当に…?」
平民であれば誰もが憧れる貴族。それに突然なることができるのだ。
「良いのかしら…?」
ユーフェミアの母─ディオナは不安げに首をかしげる。セディは大丈夫だとでもいうように、ディオナの手を握った。
「私の妻が亡くなってから二年が経った。……それに、彼女が亡くなってから君達にはマナーもしっかりと学んでもらったからね。大丈夫だろう」
そういうことではないというのを、セディは分かっていない。親の七光りで家を継いだような彼に、人のことを考える余裕なんてものはないだろう。
幼心に、ユーフェミアは彼のことを父ではあっても、家族としては認めたくないと感じていた。けれど、それでは憧れの貴族にはなれないため、必死になついている振りをしなければならなく、苦痛だった。
そして、翌朝ノティス邸へ到着し、義姉となるクレアと会った。彼女の目はユーフェミアを拒絶しているようで、ユーフェミアも嫌われるのなら距離を置こうとさえ思っていた。
「……クレア、今日からディオナとユーフェミアが家族になる」
「そうですか。よろしくお願い致します」
ユーフェミアは彼らと別れ、自室に籠り、現状を整理していた。
恐らく、私は過去に戻っている。愛されたかったという願望がこのような不思議なことを起こしているんだ。家族からの愛ではなくて、他の人からの愛がほしい。この願いを今回の人生で叶えられれば。
…そのために、クレアは邪魔だ。しかし、ズル賢さで云えば彼女の方が自分より一枚上手だということを知っている。そもそも彼女と関わらなければ邪魔ではない。あの憎たらしい王子や気持ち悪い二つ名の令息たちと関わることもない。つまりあいつらの愛は要らない。好きな人の愛だけ貰えればいいのだ。
そう結論付けると、ゾクゾクとした快感が体内を駆け巡る。もう、利用されないように生きよう。媚を売ってくるあいつらなんて、下級貴族なんて無視しよう。媚はいらない。愛がほしい。