93話 エルフの里
Aランククラン、"災転"。
冒険者のクランとしては、三つあるSランククランを抑えて断トツの一番人気を誇る。
少人数ながら、所属するパーティーは全てAランク以上の精鋭揃い。その数は僅か三パーティー。人数にして十三人。クランのランクが所属する冒険者のランクと人数の乗算で決定される事を考えれば、その少人数でのAランクは他に類を見ない程に異質だった。
そしてその中でも最も異質とされるのがそのリーダー。"孤高の狼"と称されるSランク冒険者、グラン・ロード。
ここ十数年でパーティーを組んだとされる記録はなく、ソロで活動しているとされる。それが"孤高"と呼ばれる由縁だ。
"災転"に入るための条件は一つ。
そのリーダーの承認。入団を目的にリーダーに挑む者達は数知れず。中にはAランクパーティーも多くいたという。しかし"烈火"が六年前に入団して以降は、彼のお眼鏡に適う者は現れていない。
「んで?入るのか入らねぇのか?」
アルはガルムを見る。
すると表情を変えぬままに少しだけ頷いた。アルに任せると言った意味だろう。
「よ、よろしくお願いします!!!」
思いがけず、アルは"災転"に所属する四組目のパーティーとなったのだった。
「さぁさぁ!思いがけない事態になったが、おめでとう!"古の咆哮"の諸君!」
先程までの気難しさが嘘のように上機嫌なエイブラハムさんが小走りで近寄って来た。
「"古の咆哮"?おめぇが、噂になってるあの"古の咆哮"ってか?竜を倒したって言う?かあーっ。なるほど納得したぜオラ。一度会ってみてえと思ってたんだ。もっと早く言えよおめぇ」
「すみません…」
「気安く謝んなおめぇ、オラ。それとオラ、あの時の。あのーエルサの所で会った時の、女狐の獣人はどうした、オラ?」
「なんじゃ?妾に一目惚れでもしておったか?」
「あ!?おめぇ、あの時の娘か、オラ!?なんでそんなになってんだおめぇ!?」
「うるさい、お主の知るべき所ではないわ」
「なんだとオラ!?おめぇも闘るかおめぇ!?」
「まぁまぁ今日はその辺にしてあげたらどうだねグラン君。さぁ、"古の咆哮"に"烈火"の諸君。君達は勝負には負けたが、これを受け取りまえ。代表してリアム君に」
リアムさんがエイブラハムさんから受け取ったのは、紙切れだった。
いや、ただの紙切れではない。それはエルフの里に入るための手形の代わりになるものだ。
アル達全員の表情が一気に明るくなる。
しかしエイブラハムさんはアルに向かって窘める様に言った。
「最後のアルフォンス君の瞬間的な移動だが、グラン君を攻撃するのではなく、わたしの服の場所に現れていたら、これは君達の物だったのだからね。どうやら勝敗の方法などどうでも良くなっていたみたいだが…。しかしアルフォンス君。今回はそれで良かったが、実際には個人の勝ち敗けよりも全体の勝敗を優先する必要がある事を覚えておきなさい」
「は、はい…」
エイブラハムさんの言う通りだと思った。
いつの間にか服を奪う事から、グランさんに一撃を入れる事に目的がすり変わっていた。アルは彼の言葉を深く胸に刻んだ。
「そんなら俺は帰っからよ。またなんかあったら呼んでくれや、オラ」
「あっ!グラン団長。実は………」
そそくさと帰ろうとするグランさんに、リアムさんが慌てて近寄った。きっとセシリアさんの事を報告しているのだと思った。話が進む度に、グランさんの表情が怒りに染まっていく。
「オラおめぇ。なんでそれを先に言わねぇ。何か進展があったら教えろや、オラ。俺に出来ることならなんでもすっからよ。すまねぇがエルフの里には俺は入れねぇ。前に少し揉めたからな。あいつ等過ぎたことをいつまでもウジウジとうるせぇんだおめぇ。何かあったら連絡しろ。ユグドの葉については俺もあたってみてはやる」
そう言うと、グランさんは神妙な顔をしたまま去っていった。
アル達は満身創痍だと言うのに、無傷のまま軽快な足取りで出ていくその姿は、まさに人間離れしていると感じた。
アルはそのまま演習場に倒れ込む。
しかしそれはアルだけではなかった。
ガルムとクレイさん、リアムさんまで四肢を投げ出して仰向けになっていた。
「とんでもない十五分だったよ」
「調査のしがいがある男だな」
「久し振りだが、やっぱりしんでェな」
「今日は休んで、エルフの里に行くのは明日にしましょう」
リアムさんの意見に、全員賛同したのだった。
「そう言えばリアムよォ。あの太陽みたいなの一体何でェ?俺も初めて見たぜェ?」
「あぁ、ははは。あれは【火球】ですよ。エルフの里に向かう途中でアルフォンス君が言ってた"太陽みたい"って言葉が気になっていて、本当に魔力を込めたらそんな感じにならないかと考えていたんです。ただ実際の効果よりかなり魔力を使ってしまったので、恐らく詠唱をもっと最適化していかないと実践では使えないでしょうけどね」
「言うてみればオリジナル魔法じゃの。スキルを研究し、突き詰めていって初めて達する境地じゃな。それこそ、あのグランと言う男。通常はLv5までしかない剣術スキルがLv6であったの。あれも一種のオリジナルじゃ」
「確かに【剣術Lv6】なんて見たことないもんね。【剣術Lv5】でさえ持ってる人見たことないけど」
それにしても、オリジナルかぁ。
アルのスキルはもともとオリジナルみたいな物だけど、それでもやっぱり自分で編み出した技って少し憧れるな。
「アル、いらんことを考えんでも良いぞ」
「うっ、わ、わかってるよ!」
そこからアルが精神回復薬で魔力を回復してから、さらに一時間ほど休憩し、ようやく一行は重たい腰を上げてアルテミスへと戻った。
【空間転移】用の部屋にやってくると、アルはそそくさとセシリアさんの部屋へと向かう。その日の進捗状況を伝えるようにしているのだ。
ノックすると中からイザベラさんの声が聞こえてきた。
扉を開けると、そこにはなんとミアさんもいた。
「あれ?ミアさん。こんにちは。今日はお休みですか?」
「こんにちはアル君。そうよ、休み。セシリアの様子を見に来たのよ。こんなに大人しくしちゃってねぇ」
「"烈火"に入ってからはもう全力疾走の毎日だったからね。じっくり休めて逆に良かったのかもね。私もゆっくりできるし?」
イザベラさんの言葉はやるせなさに満ちていた。
言葉の節々に哀しみが見える気がする。だからこそ、アルはイザベラさん、そしてセシリアさんに、今日の収穫を話しに来るのだ。
「今日はまた一つ進んだよ。エルフの里に入れる事になった。明日皆で行ってくるよ。あ、そうだ。ルイさんにもお礼を言っとかなくちゃね。エイブラハムさんに会えたのもルイさんの手紙があったからこそだし」
「よかった会えたのね。ギルドマスターには私から伝えとくわ」
「あぁ、それからね。グラン・ロードさんにも会ったよ。………うんそう、そのSランク冒険者の。それで少しだけ闘うことになったんだけど、あの人マジでヤバい人だね。あとほんの少しで首取られそうになっちゃってさ。あぁでも、そう言えばグランさんに誘われて"災転"に入れてもらえる事になったから、イザベラさんとセシリアさんはこれからは同じクランメンバー…だ……ね?あれ?二人ともどうしたの?」
「やったーアル君がクラメンだぁあああ!!!!!」
「ちょっと待ってよアル君!なんでそれを先に言わないの!!!!!!!」
二人の反応はアルの想像以上だった。
その大声で、セシリアさんですら飛び起きるのではないかと思ったほどだ。
二人はすぐにギルドに報告やら御祝いやらと急にどたばたし始めて、あっと言う間に大騒ぎになってしまった。
数十分後にはその部屋は宴会場へと化し、セシリアさんが眠る横で歌えや踊れやのどんちゃん騒ぎだ。リアムさんはまたしても酔って脱ぎ出すし、ミアさんがアルの知り合いまで連れてくるもんだから部屋はぎゅうぎゅうで半分は廊下で飲み食いする始末。
最終的にはミアさんのお父さんが全員を拳骨して回ると言う締め方で、日を跨いだ頃にようやく御開きとなった。
眠るセシリアさんに迷惑だったかもしれないと思ったが、自室に帰る前にふと彼女を見ると、なんだか口許が笑っている様な気がした。
*
「何だ?これは?」
「これはブルドー帝国、首都イージスの冒険者ギルド、ギルドマスターであるエイブラハム・アスカム氏から承った書状です。正式な手形ではないが、我々が里に入ることを許可するように要請する旨の内容が書いてあります。これを長老の所まで持って行き、私達を早く入れてください」
アル達一行の前には再びエルフの二人組が立っていた。魔法使いのジェロームと、弓使いのマナリノだ。
以前にも増して怪訝な表情で、リアムさんからの書状に目を通した。
「何をふざけた事をぬかしている。手形でなければ通す訳が無いだろう。それに先日は、貴様らどうやって木の裏から姿を消したのだ?」
「俺達が里の外で何をしよォが、てめェ等に関係ねェだろ」
「なんだと!?」
「やめなさいクレイ。マナリノもどうか落ち着いて矛を収めてくれ。いいかい、ジェローム。その書状は本物だ。エイブラハム氏が誰で、彼の印象を悪くすると今後どういう影響が出るのか、思慮深い君なら理解している事と思う。………だから頼む、長老に取り次いで欲しい」
ジェロームさんはリアムさんの丁寧な口調に片眉を上げると、マナリノに何か耳打ちしてから里に入って行った。
そこから待つこと十分。
アルとクレイさんには非常に長く感じた十分だったが、なんとか凍り付く前にジェロームさんは戻って来た。
「ついて来なさい。長老がお会いになる」
ほっとした気持ちで、ようやくアル達は里の門を潜る事が出来た。マナリノさんは納得していない様子でこちらを威嚇していたが、グランさんに比べたらマナリノさんからはガキ大将程度の圧力しか感じなかった。
「…え?」
一歩里に足を踏み入れると、アルは思わず驚きの声を溢した。
それはクレイさんも同じだった。
「何だここ?あったけェ…」
暖かいのだ。
そりゃ寒いのは寒いが、せいぜいアルテミスの冬と同じくらいまで気温がぐっと上がったのを感じた。
「ここには"聖霊樹"がありますからね。里の地下にはその樹の根が張り巡らされていて、その熱で里は外よりも温暖なんですよ」
「リアム。部外者に迂闊に情報を漏らさないで頂きたい」
「すみませんジェローム。しかし今のは里の外でも既に知れ渡っている事実ですよ」
ジェロームさんを先頭に進んでいくと、すぐに巨大な樹が見えてきた。恐らく、いや間違いなくあれが聖霊樹だろう。ロウブの森に生えていた木々もかなり大きかったが、それの比ではなかった。あのキングガリーラが抱き着いても、手が回り切らないんじゃないかと思った。
そして聖霊樹は、どうやら暖かさを生み出しているだけではなく、枝々が光を帯びており、日光の様な光を里に注いでいる。それのお陰で、里の中は他よりも明るいのだと分かった。
「でっかいですね…」
「樹齢で言えば一万年を越えていると言われていますが、実際の所は誰にも分かりません」
ジェロームさんは肯定も否定もせず、リアムさんを一睨みしてから聖霊樹の方へと歩いていく。途中で出会う人達はやはり全員がエルフで、失礼だと思いながらもすこしずつ【鑑定】していくとやはり魔法使いが多い様子だった。明らかに戦闘要員ではない女性や子供も、しっかりと魔法を覚えていた。
案内された先は他とは一線を画す建物だった。基本的にエルフの里の建築物は木造の物ばかりだったが、その建物は石造りだ。
ジェロームさんが外から声をかけると、中からか細い声が聞こえてきて、アル達は入室を許される。
リアムさんを先頭に、部屋に入っていく。アルは一番最後だった。
そこには寝台が一つと棚がいくつか。
寝台には痩せた高齢のエルフが横になっていた。もともとすらっとした体型のエルフだが、それを踏まえても彼は明らかに痩せ細っている。
「久しいなリアム。ジェローム、ありがとう。席を外して貰えるかな?」
「しかし長老様…!」
「構わん。リアムは誰よりも気高いエルフだ。それに、何かあろうとも、どうせあと百年も持たん老い先短い命だよ」
百年も持たん…って。スケールが違うな。僕ら人間はもともと百年も持たないんだけどね…。
アルのそんな内心の苦笑いが伝わってしまったのか、エルフの長老はアルとクレイさんを見つけると慌てて謝った。
「おっと、これは申し訳ない事をした。ヒューマンの方も来られていたとは。気遣いが足りなかった様です。どうか耄碌した老いぼれの戯言と思うて下され」
その謝罪の言葉にアルは何と返していいのかが分からなかった。
「構わねェぜ。俺達はユグドラシルの木について聞きてェ事があって来たんだ。おっと、俺も口が悪ィのを許してくれ。アンタからしたら、俺はまだ口もきけねェ赤ん坊みてェなもんだろ?」
果敢に言葉を返したのはクレイさんだった。
不遜とも取れる態度だったが、その言葉遊びを長老はユーモアと取った様だった。
「ほっほっほ。互いに礼儀は必要ないと言うことじゃな。まっこと愉快、愉快。さて………ユグドラシルの木か。リアムから聞いているとは思うが、残念ながらこの里の木は全て焼かれてしまった。残念ながら君達が探しているユグドラシルの葉はこの里には無いよ」
「ユグドラシルの葉はもうどこにも残っていないん
でしょうか!?」
しかし、思わず叫んでしまったアルを長老はじっと見つめると、急に喋らなくなってしまった。どこか驚いている様にも見えるが、何だろう?別に変な事を言ったわけではないし………。
「あ、あの………?」
「ん?………おぅ、すまない。いや、葉だけで言えば、恐らく世界のどこかには必ず持っている者はおるはずじゃ。あれは万病に効くと言われる治療薬の素材として有名だった。しかし持っている者を探すのは至難の技じゃろうの。恐らく権力を持った者で、いざと言う時に自らに使うために秘密にしておるはずじゃ」
「その論理は自分にも当てはまるんじゃねェか?」
「クレイ、言い過ぎだ…」
「いやいや、構わんよ。確かに可能性としては私が持っているのが一番高い。何といってもユグドラシルは聖霊樹の根本でしか育たない木。そして私はその里の長なのだから。だが、この姿を見て貰えば分かると思うが、申し訳ない。私は持っていないよ」
確かに彼がピンピンしているならいくつかストックが有るかもしれないが、彼の状態を見ると、とてもそうは思えない。
「他にユグドラシルの木が存在すると言う可能性はどうでしょうか?」
「存在しないと言う事を証明するのは非常に難しい。よって無いとは言い切れぬが、私は知らん。恐らくは世界の誰も。よって葉でなく木を探すならばまだ誰も知らぬ所となるだろう」
長老の言い回しは難しかったが、言いたい事はなんとなく分かった。
つまりは、既知の場所で葉を探すか、未知の場所で木を探すか。
「そうですか、感謝します」
「リアム、どうか信じてくれ。もしも私が葉を持っていたら、君の仲間のために進んで差し出しているよ。君は唯一、あの時の真実を知る者だ」
「えぇ、分かっています」
リアムさんと長老の話は二人にしか分からない物だった。
そして長老は、その問答で話が終わり、アル達が帰るものと思ったのだろう。しかしいつまで経ってもそこにいるアル達を不思議に思った様だった。
「………ん?まだ何か?」
「はい、すみません…………。あ、僕はアルフォンスと言います。冒険者をやっています。この里に風雷石と言う石があると聞いて来ました」
「おぉこれは丁寧に申し訳ない。私の名前はラウルと言う。確かに、この里には世界最大とも呼べる大きさの風雷石があるが?」
「それをその…。使わせて欲しいんです」
その言葉にラウルさんは非常に戸惑っている様子だった。
「使う?すまない。使うとはどういう事かな?」
「えっ………と。それはですね………」
アルも困ってしまった。言い出したは良いものの、アルも風雷石をどう使うのか全く知らないのだ。里の外からずっと懐に入ったままのシオンをこっそりと揺らしてみるが、全く反応がない。
いや待てよ。まさか、この規則的な呼吸音は。
「ん………?もしかして寝てる!?おい!シオン!起きろよ!シオンから説明してくれなきゃ話が進まないって…」
アルは懐に手を入れると、やはりぐーすかと眠っていたシオンを引っ張り出した。まさか里に入る前からずっと寝ていたと言うのだろうか。
「ん?なんじゃ?里には入れたのか?」
そのシオンを見て、明らかに違う反応を見せたのは他でもない、ラウルさんだった。
その目は見開かれ、今にもベッドから起き出して来そうな勢いだ。
「ま、まさか………。"ユキ様"でございますか!?」
「ん………?お主まさか、ラウルか?」
その短いやり取りは、その二人以外を凍り付かせるには十分だった。




