91話 手形
「……手形持ってる人?」
僕の問いかけに、誰も反応は無い。
「まぁ、そうだよね。一応聞いてみただけ……」
そりゃあそうだろう。
リアムさんが初耳なら、持っている所どころか、知っているはずもない。僕はさらに一応として、丁寧にお願いしてみた。
「あのーすみません。手形を貰って来たいんですが、誰に話しに行けば良いのかくらいは教えていただけませんか?」
「だめだ」
あちゃーこりゃだめだ……。
「中に入れてもらえねェなら、とっとと帰ろうぜェ。こんな寒ィ所にいつまでもいられやしねェよ。そもそも手形なんて物を作っておいて、かつ誰に言ったらいいのかも教えねェなんてよ。つまりは入れねェようにしてんだよ」
クレイさんが文句を垂らし始めた。
でも言っている事は正論だ。どうやらエルフの人達は、本当に誰も歓迎していない様だった。
「仕方ないですね。一度アルテミスに戻りましょうか。アルフォンス君、またここには飛んで来れるんですよね?」
「それは大丈夫ですよ」
「ではお願いします。一応、あの二人からは少し隠れましょうか?」
五人は近くにあった大きな木の裏に回り込み、そこで【空間転移】を使った。数分後に不審に思ったエルフの二人が様子を見に来て動転するだろうが、そんなことは知ったこっちゃない。
転移してきたのはアルテミスの"竜の翼"亭の一室だ。
セシリアさんが眠る部屋の隣の部屋を、【空間転移】用に"烈火"のお金で借りている。よって全く人目を気にせず転移してくる事が出来るのだ。
「あぁーあったかいね。こっちは。いやこっちも冬だし、暖かい訳ではないんだけど。相対的にね……」
「それにしても、すみませんでした。私も知らなかったのです。まさかあんな事になっているとは」
「リアムさんは悪くないですよ!」
「奴等は高レベルなのがまた厄介じゃの。強引に押し入るのも難しい」
「エルフの戦士は五十人程いて、平均してレベル40はありますからね。忍び込むとしたらその全てを敵に回すと考えた方が良い。しかも永久的に。自分で言うのもなんですが、エルフは義理も不義理も忘れない性格ですから」
早速手詰まりになってしまった。
しかし強引に入り込むのも無理。手形の入手に関しても手がかりはゼロ。エルフの里は後回しにするしかないのか……。
「手形の入手も考えながら、まずは他の場所を探すと言う手もあるとは思うが……。リアム殿の様に同じく里から出てきているエルフの友人に聞けないのだろうか?」
ガルムが案を出すが、リアムさんは困ったように首を捻った。
「そうですね。里から出て仲良くなったエルフは何人かいますが、連絡が取れるとしても、運が良くて数日はかかりますね。そしてその人達が手形を発行できる権限を持っているとは思えません。もっと社会的地位の高いエルフでなければ難しいと思います」
やはりそうか。
にしても社会的地位の高いエルフの人なんて、そうそういないよな。って言うかそもそも、社会的地位の高いエルフって何だ?それを言ったらリアムさんだってAランクパーティのリーダーなんだから、かなり高い方だと思うんだけど。
やっぱりエルフの里は後回しにするしか無いのか。他の風雷石を探す方が楽ななのかも?だってそもそもアルが一年間冒険者をやってきて、出会ったエルフの人の数なんて……。
ん……?あれ?そう言えば……?
「あ……」
素っ頓興な声を出した僕に全員の視線が集まった。それに対してすごく微妙な笑いを返してしまう。思い出したは良いものの、あまり良い案ではないかも知れない。というか出来るならば避けたいくらいだ。
「アルフォンス君、何か思い付いたのかい?」
「いやぁ、その、手形を書けそうな人……?そう言えば、心当たりが無い訳でも無いかなぁ?……と?」
「本当かい!?」
リアムさんに詰め寄られる。
その勢いに、座っていた椅子から転げ落ちそうになるが、正直言ってその人物と言うのが問題だった。あまり上手くいくとは思えなかったため口に出すのを躊躇ってしまう。
「いや、でもかなりキビしい…?かも。僕も会ったことがあるってだけで、実際に面識があるとも言えない様な感じだし……?」
「ええから言うてみい。それでもエルフの里を攻め落とすよりかは現実的じゃろう」
「あの、えぇっと……エイブラハム……さん」
「誰じゃ?」
「手前は存ぜぬな」
「知らねェな」
「………なるほど。そうか。いや、確かに。彼なら社会的地位も申し分ない。それどころか彼以上の人物はいないだろう」
その名前を知っているのはリアムさんだけだった。
有名な人なのかと思ったが、そうでもないみたいだ。いやでも、もともとそういうのに疎そうな三人だからな。
「お主等だけで話を進めるでない!誰なのじゃ!」
「ブルドー帝国の首都イージス。その冒険者ギルドのマスターですよ。かなり歳を重ねたエルフが務めていて、確か元々は里の守衛隊長だった古兵だと噂で聞いています」
シオンの催促に答えてくれたのはリアムさんだ。
里の守衛隊長だったのならば、あの歴戦の戦士のような多くの傷も頷ける。もしかしたらギルドマスターとなった現在も、まだトレーニングは続けているとかかもしれないと思った。
「お主いつの間に知り合ったのじゃ?」
「知り合ったって程ではないよ。テンゴールに行く前に、ルイさんをイージスに迎えに行って、冒険者ギルドの会議に参加させられたでしょ?その時だよ」
「最近じゃねェか!その時に話したのかよ!?仲良くなったのか!?」
「いえ、議長を務める姿を横から見ていただけで、話もしてないんです。だから一方的に知ってるだけで、面識があるとは言えません」
僕の言葉に、あからさまにがっかりするクレイさん。
しかしリアムさんは違った。一人でぶつぶつ言っていたかと思ったら、どんどんと表情が明るくなっている。
「いや、考えれば考えるほど彼しかないかもしれない。エルフの里はブルドー帝国領なので、彼の管理下です。自身もエルフであるエイブラハム氏とは繋がりも必ずあるはず。アルフォンス君、早速行きましょう」
「今からまたイージスに行くんですか?」
「いえ、行くのはここの冒険者ギルドです。ルイ・グラナス氏に紹介状を書いていただくのです。こう言うのは"コネ"が物を言う。世界最大ギルドであるアルテミス、そのギルドマスターであるグラナス氏からの要請があれば、必ず背中を押してくれるはずです」
*
ビリビリ、ビリリリリリリリ………。
「あやつは気に入らん」
エイブラハムさんたら読まずに捨てた……。
ルイさんに書いてもらった紹介状は無惨にもバラバラとなり、高級そうな敷物の上に文字通り散った。
"紹介状?書くのは構わないけど、俺の言葉でどこまであの人を動かせるかは分からないよぉ?まぁ他でもない君達の頼みだからねぇ。彼の心に少しでも響くように頑張ってみるよ"
すみません、ルイさん。読んでも貰えなかったっす。
「と、とにかく、彼に会えただけでもあの紹介状は十分に効力を発揮したと言える……」
リアムさんが小声で僕を励ましてくる。自分自身にも言い聞かせているのだろう。
「儂は人を紹介されるのは嫌いだ。自分で人を見極める目くらいは持っとるつもりだ。……それで?頼み事とは何だね?」
リアムさんが代表して話す。
エルフとして大先輩なのもあり、最初に深々と一礼する。
「ギルドマスター殿。お忙しい中お時間を取っていただき申し訳ありません。初めてお目にかかります。"烈火"と言うパーティーのリーダーを務めております。リアムと申します。こちらはメンバーのクレイ。そしてこちらの三人は"古の咆哮"と言うパーティのアルフォンス、ガルム。子狐がシオンと申します」
「エイブラハムで良い。双方ともに噂は聞いている。"古の咆哮"のアルフォンスは、会ったのは二度目だな?」
「え!?あ、はい!覚えてくださっていて恐縮です!先日のギルド会議の際は大変勉強になりました……!」
「あのグラナスが随分と入れ込んでいると聞いている。会議での奴の申し出も、君達のためなのだろう?基本的に無関心なあの男がそこまでするのも珍しい。私も非常に興味がある」
エイブラハムさんはその鋭い目で僕を見つめた。
何故かその目は色々と見透かしているような気がするが、彼のステータスには【鑑定】スキルは無い。
エイブラハムさんはじっくりと"古の咆哮"を品定めした後、リアムさんへと視線を移した。
「それから"烈火"の名はこちらでもよく通っている。だが最近はあまり活動の様子を耳にしないが、それと何か関係がある。違うか?」
「おっしゃる通りでございます」
そこからリアムさんは必要な所だけをかいつまんで話をした。
エイブラハムさんは口を挟むことをせずリアムさんに一通り喋らせる。
リアムさんが三分ほどで話し終えると、エイブラハムさんはその目を細めて、考え事をするように口をつぐんだ。
「どうかお願い致します。私達に手形をいただけないでしょうか」
リアムさんと一緒に僕も頭を下げる。
頭を上げた時、エイブラハムさんの視線はこちらを見ていた。
「残念ながら手形と言うのは初耳だ。あそこもついにそんな事まで始めたか。ただ……君達の推察通り、私の一筆があれば手形などに関係なく、里には入れてもらえるだろう」
「本当ですか!?」
「では…!」
「だが、儂には何の得もない話だ。何より儂はまだ君達の事を何も知らない。
そもそも目的は何だ。パーティメンバーのためにと、"烈火"がここまでするのは分かる。例えあそこにユグドの葉が残っていない事が分かっているとしてもだ。しかし"古の咆哮"。何故、君達がここまでするのだね?こんな真冬に、寒さに弱いとされる竜人まで連れてやってきて」
その鋭い目は、僕が下手な嘘をつこうものならすぐにでも見破るぞと言っていた。下手なことは言えない気がした。
僕の中で目的は半々だ。ユグドの葉。それから風雷石。
風雷石に関しては下手に話すと許可が降りないかもしれない。"烈火"を手伝っているとするべきだろう。
でも、ただ手伝っているだけではだめだ。僕自身が、助けたい事を訴えなければ。
「僕は、セシリアさんに二度、命を助けられました。その時の恩は忘れていません。今の僕があるのは彼女のおかげです。だから僕に出来る事なら何でもします。僕には少し特殊なスキルが有ります。一度行ったことがあれば、遠く離れた場所でも一瞬で移動できるスキルです。リアムさんとクレイさんがエルフの里に行くと言うのであれば、お手伝いするに決まっています」
エイブラハムさんは、僕の言葉に驚いた様子を見せつつも、その内容をしっかりと吟味していた。
【空間転移】についての情報を話したことを、リアムさん達は驚いていたが、それは正直に言うべきだと感じた。
何故なら彼は冒険者ギルドのトップだ。"古の咆哮"の活動もある程度は耳にしている。特に【斬撃】や【盾】は大勢の前で使ってしまっている。どこかでアルの特殊なスキルについて耳にしていても、おかしくはない。
「まず。正直にスキルの事を話してくれたのは礼を言うべきだろうな。テンゴールでの一件は聞いている。そこからここまで、君達の移動が速過ぎる点は気になっていた。特に今はカムルの街で南北を通行するための橋が事故で落ちているらしい。よってロザリオ側からイージスまで来るにはもっと時間がかかるはずなのだ」
やはり言っておいて良かった。
これは前にシオンから学んだ事だ。全てを隠すのではなく、多少の事実を正直に混ぜながら、全ては話さない。
隣でリアムさんが深く息を吐き出すのが聞こえた。
「しかし……なるほどな。グラナスの若僧が君達を推す理由が分かった」
エイブラハムさんは荘厳な机から紙を一枚引っ張り出すと、ペンを取って何かを書き始めた。
手形の代わりになる様な物に違いない。僕はガルムやリアムさんと目を合わすと、思わず笑みが溢れた。
一分ほど待つと、エイブラハムさんは書類を四つ折りにして服に入れると、立ち上がった。全員に、扉から外に出る様に手で促す。
僕達の後から部屋を出てきたエイブラハムさんについていく。
しかしどうも様子が変だ。通ってきた道とは違う方向に歩いている。不審に思いながらついていくと、かなり広い空間に出た。その空間には何があるかと言うと、何もない。
だが人はいた。
冒険者の数人が武器を持たず、組み手をしている。それでやっと分かった。そこはギルドの演習場だ。
「すまんが、一時間ほど外してくれるか?おーい、グラン!」
エイブラハムさんの一声で、数組の冒険者達はすぐに荷物をまとめて出ていった。どの冒険者も、僕以上の手練れだ。
だが、エイブラハムさんが呼んだ男。
彼だけは異質だった。そして、僕はその人に会ったことがある。
威嚇的な真っ赤な髪の毛に、着ているのは紺色の着物。背中には一振りの剣。
その目付きは刃物の様に鋭く、睨まれただけで切り刻まれたと錯覚するほどだ。
グラン・ロード。
レベル59。Sランク冒険者。
間違いなく、世界最強の一人だ。
「あぁん?何だ?」
「少し協力してくれ。君にとっても悪い話じゃない。さぁ諸君、最後の質問は言葉ではない。冒険者たるもの力を示せ。彼を出し抜いて奪って見せろ。制限時間は三十分だ」
エイブラハムさんの言葉に、僕はぽかんとしてしまう。
それは僕以外もそうだったらしく、全員があっけに取られた顔をしていた。
その光景は、エルフの里でのデジャヴだった。




