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9話 冒険者となった日

揺れる荷台の中。

アルは雑多に詰め込まれた荷物の中で寝ていた。いつも通りの悪路ではあるが一度眠ったアルには関係ない。

天気は良好だった。冬の寒さも過ぎ去り、まだ肌寒いが春の陽気だ。御者台では相も変わらずスキンヘッドのダングさんが、嬉しい事でもあったのか、鼻唄を歌っている。

一際大きく馬車が揺れる。


グサリ…

「いでっ!」


何かの痛みに飛び上がり、起き上がろうとする。しかし荷物の上に寝転んでいたせいで逆に頭から荷物に落ちる結果となった。


「おいおい。せっかくの商品を壊してくれるなよ?まぁほとんどおめぇさんが獲ってきた素材なんだけどよ」

「おやっさん、いい加減整理して積めっての」


アルの腰に刺さったのは、ホーンラビットの角だった。まともに上に乗ったのだが、アルの腰には傷一つついてはいない。アルはそれを取り上げると、ホーンラビットの角ばかりが百本ほど入った箱に投げ入れる。そしてワイルドボアの毛皮やら、オークの肉やらトレントの枝やらが入った箱を無造作に押し退ける。ここにあるのはほとんど全てアル達が倒した魔物の素材だ。半年間ほとんど毎日死にかけた甲斐あって、アル達のレベルもかなり上がった。現在のステータスはこうだ。


―――――――――――――――

名前:アルフォンス

職業:短剣使い

Lv:18


生命力:2000

魔力:2050

筋力:1950

素早さ:2100

物理攻撃:2000

魔法攻撃:2050

物理防御:1900

魔法防御:2000

スキル:【空間魔法】…【斬撃(スラッシュ)】【(シールド)】【保管(ストレージ)】【召喚(サモン)

召喚:妖狐


武器:鉄の短剣

防具:リザードの防具

その他:なし

―――――――――――――――

名前:シオン

Lv:18


スキル:【筋力上昇Lv5】【変身Lv5】【吸収(ドレイン)

    【風魔法】…【風鎧(ブースト)Lv2】【風加護(プロテクション)

    【雷魔法】…【感電(スタン)】【(スパーク)

              

共通スキル:【瞬間加速】【運上昇Lv1】【ステータス成長率上昇】【隠蔽】


武器:なし

防具:なし

その他:なし

―――――――――――――――



「まったくお前ってやつは本当によく寝るな!」


荷台の窓から顔を出したアルは、上機嫌なダングさんに窓越しに頭を叩かれる。最近は本当に機嫌が良かったが、今日ほどではない。


「昨晩はダンジョンが楽しみで、寝付けなかった様だったからのう」


そしてダングさんの横には、シオンが座っていた。シオンは暖かい陽射しに気持ち良さそうに目を細めながらうとうとしている。銀色の髪と耳。紅い目。相変わらず可愛らしい。外見だけは。


「ふぁ~ぁ。良いじゃん、ずっとこの日のために頑張ってきたんだしさ。まぁ僕の事はいいからさ。あとどれくらいで着く?」

「お主という奴は。頑張るのはこれからであろう」

「それはもちろん分かってるって」


欠伸(あくび)を抑える事もせず、アルは再び荷台の壁にもたれ掛かって目を閉じる。ぽかぽか陽気で最高のお昼寝日和だ。


「そうだな。あと、一時間って所だな。よし!昼飯がてら休憩でもするか」

「あ、おやっさんそれいらないから。わざわざゴブリン見つけたら止めるやつ。それより早く行こう」

「………お前なぁ。これは村から街へ出て行く若者への、俺なりの洗礼なんたぞ?」

「いらないいらない」


ダングさんはつまらなさそうに、道端の草むらに隠れている五匹のゴブリンを素通りした。

半年前。バド達の時も多分そうだった。ダングさんはわざとゴブリンに襲われる様な位置で馬車を止め、バド達を試したのだ。きっと彼なりの最終試験のつもりなのだろう。しかし、ゴブリンは勘弁したい。倒しても売れないし。あいつら臭いし。そもそもこの馬車には、アル達が倒したゴブリンよりよっぽど強い魔物の素材が大量に詰んであるのだ。そんな必要もないだろう。そんなことを言っているうちに、揺れが急に無くなる。街道に出たのだ。目的のアルテミスは、もう目前だ。







「はーい!らっしゃい!野菜が安いよー!」

「おいコラ何ぶつかってきてんだ腕の骨折れたぞこの野郎!」

「お兄さん!弓使い?矢が安いよ!」

「あ、俺の金貨!誰か拾ってくれ!」

「金だ!」

「あ!おいどけ!てめぇら!それは俺のだ!」

「ファレオ共和国に魔人が出たとか」

「魔人だって?一体何を嗅ぎ回ってるのやら」

「クープにはドラゴンが出たって聞いたぞ」

「まじかよ、最近何が起こってるのやら」

「コラ!糞ガキ!誰か捕まえてくれ!そいつリンゴ泥棒だ!」

「ばーか!誰が捕まるかっ!」

「俺は15レベルの魔法使いだ!パーティーに誘ってくれ!」

「おい魔法使い!俺らと来るか?六階層まで行く予定だ!」


やっぱり何時来てもこの街は良い。そう思わせる何かが、ここにはあった。そしてついに見えてくる。

―――――――冒険者ギルドだ。


「おう、ついに来たな」


ダングさんが背中を押してくれる。


「あぁ。それじゃ、おやっさん達者でね。エマさんの面倒みてやってよ。手は出さないでね」

「お、おぅ。なっ!なに馬鹿な事言ってんだ!こっちは大丈夫だ!お前こそたまには顔見せに行ってやれよ?………んじゃあな」


ダングさんはいつも通り、馬車を引いて外に待機しているギルド員の方へと向かった。この半年はアルとシオンが森の魔物を狩り散らかした為、かなりの儲けが出ているらしい。ギルド員も手を揉みながら対応している。


「アル。いつまでそうしておる。早くゆくぞ」

「…うん」


アルは冒険者ギルドの門を開く。

その中は夢にまで見た物とは少し違った。まず、むわっとした男クサい臭いと酒の臭いが鼻を突く。加えて、かなりの喧騒。アルたちが足を踏み入れると、何人かの視線が纏わりつく。まずはシオンに。それからアルを品定めする様に。そんな視線を無視してアルとシオンは奥に向かって進む。


中は大きく分けて四つに分かれる。一つは酒場だ。これが全体の半分を占めている。四人掛けのテーブルと椅子が出入口の周りに二十セットばかり置いてある。そこを越えると、カウンターが二つ。そして掲示板の様なものだ。掲示板の前にはそれなりに人が多いため、あそこは後回しにしよう。


正面のカウンターは窓口が十箇所程ある。そこにはビシッとスーツを着こなした、見目麗しい女性ギルド員達が座っている。ダングさんから聞いたことがあった。"冒険者ギルドの受付に座るギルド員は全員女性で、しかも美人揃い"と。どうやら本当だった様だ。今の時刻は昼時。並んでいる人はほとんどおらず、これ幸いとばかりに、酔っぱらった冒険者がお気に入りを口説いているくらいだった。


もう一つのカウンターは買取り専用らしい。二つほど窓口があるが、こちらは打って変わって男だ。しかも、どちらもダングさん程もある巨大な(おとこ)だった。


「新規の登録は、まぁ多分普通のカウンターだな。さぁて、どの子にし・よ・う・か、痛っ!?冗談だってシオン………」

「下衆な振る舞いは妾の最も嫌う所である」

「わかったよ。悪かったって」


アルがカウンターに行こうと寄ると、受付けの女性達が一斉にざわつき出す。


「こちらにどうぞ!」

「どうぞこちらに!」

「一番窓口はこちらですよ!」

「ちょっと窓口に番号なんてないでしょ!」

「ちょっとあんた達ねぇ…」


アルはその熱気にダメージを受けた気にさえなる。これがアルテミスの冒険者ギルド…。受付と言えども気合が違う。


「な…なんて仕事熱心な人達なんだ」


でもちょっと怖いかも。ん?隣からシオンの舌打ちが聞こえた。アルが選択したのは、その中で一番テンションが普通な窓口だった。ちなみに一番タイプな人もこの人だったのはシオンには内緒にせねばなるまい。


「あの、すいません。冒険者の登録をしたいのですが」

「え?あ、はいどうぞ。すみませんダリウスさん。仕事をしないといけませんので…」


彼女の受け流しが完璧過ぎて気付かなかったが、どうやら彼女も冒険者に口説かれていた様だ。ダリウスと呼ばれた冒険者は全身を重そうな甲冑に包んだ、いかにも戦士、といった出で立ちだった。青い長髪を顔から払いのけ、彼はこちらを一睨みする。そして舌打ちと共に「他にも窓口空いてんだろうが。チッ………ミアちゃんまたね」と言って酒場エリアに戻っていった。


「すみません。お邪魔でしたか?」

「いえいえとんでもない。助かりました。冒険者の登録ですね。以前に登録した事はございますか?」

「いえ、二人とも初めてです」

「それではこちらの用紙に記入をお願いします。代筆いたしますか?」

「いえ僕が二人分書きます」


ミアと呼ばれた受付の女性は、二十代の半ばくらいか。前髪を右目の上で分け、後ろは茶髪をポニーテールにまとめている。やはりかなり綺麗だ。ハキハキとして仕事ができる風だが、どこかしら穏やかな印象もある、そんな人だった。


彼女から申込み用紙を二枚受け取り、内容を埋めていく。

シオンとは事前に話し合い、シオンが魔物であることは勿論伏せておくことにしていた。シオンからの提案としては魔物使い(モンスターテイム)、奴隷等の選択肢も挙がっていたが、アルが嫌だった。彼女とは主従関係でなく堂々と"パーティ"でいたい。問題は何か検査でバレる場合だったが、そんなものは特にはないようだった。


「規約について説明させて頂きます。実際の規約はこんな分厚い本で千五百ページもあるので、簡単に説明させて頂きますね。実物が見たければ言ってください。今まで申し出た人は誰もいませんが」


ミアさんが丁寧に説明してくれる。規約は大きく分けて五つ。

一つ。冒険者またはパーティはレベル・実績によりランク付けされる。最初はFから始まってEDCBAと上がっていき、最高でSまでの七段階。任務達成数や物品買取額に応じて随時更新される。ギルドが斡旋する任務にも同様のランク付けがなされており、安全のため冒険者は自身のランクの一つ上のランクまでの依頼しか受けることが出来ない。

一つ。魔物や天災等での大規模災害の場合、ギルドが指定したランクに準ずる者はギルドの要請に応じる義務がある。

一つ。冒険者は犯罪を犯してはいけない。その場合、罪の重さにもよるが除名処分。最悪、逮捕や殺害対象となる場合もある。

一つ。冒険者が任務中に負った怪我、または不利益においてギルドは一切責任を負わない。

一つ。冒険者が死亡した場合、ギルドは一切責任を負わない。


まぁランク付けに関してと、何かあっても責任は負いませんよってことか。それから災害時のギルドからの依頼も断れないらしい。


「お待たせしました。ギルドカードが出来ました。最初はお二人ともFランクからのスタートとなります。お二人ともレベルは………18!凄いですね。その歳で18レベルとは。パーティに恵まれれば、すぐにでもダンジョン中階層に挑めるくらいです。必要があればダンジョンについての情報はお伝えできます。ちなみにギルドではパーティメンバーの紹介等も行っておりますので」


パーティメンバーの紹介までしてるんだな。しかしシオンの事がある今では、逆にパーティが組みずらい状態でもあるので当分は見送る予定だ。


「ありがとうございます。ダンジョンに挑むのは明日からにしようと思うので、また明日お伺いしてもいいですか?あとここら辺の宿の相場を教えていただきたいのと、出来たらお勧めの武器や防具、ポーション類が買える所を教えて頂きたいのですが」


ミアさんは驚いた顔をしている。


「えっと、何か?」

「す、すみません。いえ…お若いのにしっかりしておられるなと思いまして。えっ………とはい。まず宿ですね。ピンキリではありますが冒険者の方が泊まられるのでしたら一泊五百ギルから三千ギルくらいまででしょうか」

「へぇ………五百ギルとはかなり安いんですね?」

「えぇ、ここは冒険者の方々で成り立っている様なものですから、ギルドカードを提示することで、ランクに応じて国からの補助金が出るんです。料金の相場についての補足ですが、ベッドがついている部屋で千ギル、加えてトイレがついている部屋では二千ギルと言った所です。さらにお風呂までついたら三千ギルはかかりますね」


トイレとお風呂問題か。うーん悩み所だな。まぁシオンの事があるし、安全性を考えるとトイレまでは必須かな。


「あとポーションに関してですね。街中に商店や露店等も有りますが、価格と効果がまちまちです。ちなみにギルドでも販売しておりまして、価格は定価ですが効果は一定の品質はありますので、冒険者になりたての方には初めはこちらをお勧めしています」

「そうなんですね。すみませんが、こちらで売っているポーションって実際見せて頂けたりしますか?」

「構いませんよ、少々お待ちください」


ミアさんはデスクを立つと、奥の棚から小瓶を一つ取り出して見せる。手で握れば隠れるほどの大きさの瓶の中には、緑の液体がきっちりと蓋近くまで入っていた。


「ではそれを四つ。お願いします」

「はい。二千ギルになります。………はい、確かに。

あと武器と防具に関してですが、申し訳ありませんがギルドからの紹介は行っておりません」


まぁそうだよね。店側からしたら不公平だもんね。と思ったら、ミアさんはカウンターから身を乗りだし、小声で耳打ちしてくる。隣でシオンが反応して動きかけたが、咄嗟にカウンター下でシオンの手を握って止める。一体何をするつもりだったのだこいつは。君の【筋力上昇Lv5】が付いた怪力だと、下手すると死んじゃうから!


「………私個人としては、ここから十字通りを真っ直ぐ行った所にあるマルコムとガブリエルのお店がお勧めよ。武器屋と防具屋が並んで建ってるからすぐ分かるわ。二人とも頑固だけど親切だから。あ、あと宿は二千ギル出せるなら"竜の翼亭"って所が良いわよ。私からの紹介と言えば良くしてくれるわ」


綺麗な首筋が目に入った。それと同時にフルーツのような香りが鼻を刺激し、脳の奥の方が痺れる。


「あ、ありがとうございます」

「いえ。それではまた明日お待ちしております。本日承りました私、名前をミアと申します。とうぞご贔屓に」


なるほど。これは、人気が出るのも分かる気がする。愛想がよく、事務的な中にも、特別感を感じさせる対応。男が勘違いしてしまうというものだ。


「あ、はいではまた…」

「断る」

「こらシオン。ではまた明日来ます」


笑顔で手を振るミアさんに後ろ髪を引かれながら、アル達は冒険者ギルドを後にした。何人かの視線に嫌なものを感じるが、あえてそちらは見ないようにする。その視線はシオンに対してが半分、もう半分はアルに対してだった。当分はここでの生活も気を付けないといけないかもしれない。シオンはそんなことを一切気にせず、アルの裾を引いた。


「アルはああいうのが好みなのか?」

「まぁ、そうなるのかなぁ?あんまり好みとかは無いけどね。強いて言うなら、ああやって優しくしてくれる人が好きかな?」

「ふむ。恋愛経験無し男の典型的な意見じゃの」

「うっ、うるさいな。あの村で育てば仕方ないだろ!」


アルはポケットからギルドカードを取り出す。名前とランクが書いてある。そしてどういう仕組みか分からないが、アルの顔写真まで入っていた。まだ最底辺ではあるが、それは確かにアルの冒険が始まった事を意味していた。

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