表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
88/110

88話 捨てきれない希望

エルサからの言葉は、アルの中に絶望を生んだ。



「まさか…待ってよエルサ。そんな訳無いよ。だってセシリアさん、息してるんだよ?それなのにもう死んでる………?ははっ。いやいやいや、またまた。そんな冗談笑えないよ」


しかしエルサの目は至って冷静で、冗談を言っている様には見えなかった。



「大量出血を原因とした脳虚血が五分以上続いた事により、脳組織の一部が障害を受けたと考えられるわ。いわゆる覚醒を司る脳の領域があると言われてるのよ。そこが損傷したと考えられる。脳の神経細胞は自己再生しない。これは研究で分かってる。だから今の彼女の状態は、世間一般的に"もう死んでいる"とされているのよ。

今後、周りの生き残った組織が代替的に機能すれば覚醒する事は有るかもしれないけど、それが何年後か何十年後かは分からない。もし目覚めたとしても、他に障害は残るわ。ほぼ間違いなくね。冒険者として復帰できる可能性は極めて低い。それなら冒険者のままで死なせてあげる事も彼女のためよ」


「そ、そんな………」


足から力が抜ける様だった。

しかし、その宣告を聞いてそこまで悲観したのはアルだけの様だった。リアムさん達はもしかしたら別の人から既にそんな話を聞いていたのかもしれない。



「エルサ殿。無理を承知でお願いする。彼女を生き長らえさせて貰えないだろうか?彼女は飲み物や食べ物の飲み込みがとても悪く、栄養が摂れない」


「そうかもね。無理に食べさせて気管に入りでもしたら、肺炎になるかもしれないわ。そうしたらアウトよ。でも分からないわ。そうまでして彼女を生きさせるのは貴方達のエゴではないかしら?彼女は眠ったままでも、運良く目が覚めたとしても、辛い未来が待っているのよ」



彼女の言葉は重くアルにのしかかった。

エゴ。初めて言われた言葉だ。アルがセシリアさんに生きて欲しいと思うのは、僕のエゴというやつなのだろうか?


誰も何も言えなかった。

エルサから突き出された言葉は、非情に皆の心を穿(うが)った。



「今回………」


ぽつりと言葉を溢したのはイザベラさんだった。

セシリアさんの身だしなみを整えながら、肩を震わせる。



「………今回。私達は、不法に奴隷として売り飛ばされた人達を探していたの。この八ヶ月ほどの間で見つけたのは二十六人。しかし残り数人という所で、手掛かりを失った。そんな時に彼女が強行した作戦の結果がこれよ。"少しでも可能性があるなら賭ける"。彼女はそんな人だったのよ。だから私達は何としても彼女を助けるわ。例え腹を切り開いて食べ物を押し込んでもね。彼女が生き残る方に賭ける。それだけの強さを持った人よ」



イザベラさんの言葉は、気迫に満ちた物だった。



「もし、彼女を生き長らえたとして、彼女の目を覚ます事が出来るかどうかは別の問題よ。こうなってしまったら【蘇生(リザレクション)】でも彼女の神経細胞を"再生"出来ない。一つだけ可能性がある錬金薬ですら、作る手段はこの地上から失われてしまったの。エルフさん。貴方なら知っているでしょ?」


「……………ユグドラシルの葉の事ですね」


「そうよ。通称ユグドの葉、ユグドリーフ。確か何年か前にエルフの里が襲われた時、全て焼き払われたのよね?」


「ユグドラシルの木が、エルフの里にしか生えていなかったという根拠は何処にもないですよ」


「まだどこかにあるってこと?場所を知ってるの?」


「探し出します」



エルサはその返答に対して、大きなため息をついた。

それから彼女はセシリアさんをじっと見つめると、数分間黙りこんだ。


数時間にも感じる数分間だった。

彼女の返答次第では、別の錬金術士を探しに行かなければならない。


エルサがもう一度ため息をついた事で、全員の視線が彼女に集まる。そんな視線を浴びながら、彼女は首を横に振った。


「はぁ………、仕方ないわね。とにかく胃の中に食べ物と水分を届ける方法を見つけましょ。幸い私に考えがあるわ。まだ礼は言わないで。実現する確証は無いわ」



エルサの言葉に、全員の頬が緩んだ。

そんな顔を向けられたエルサ自身も、照れ臭そうに笑ったのだった。













そこからは、エルサは寝る間も惜しんで研究に没頭した。

実はこの一ヶ月、彼女が【禁断錬成】をしまくっていたその実験こそが、成功の鍵らしい。



「またダメね。ねぇ、もう一度やって見せて?」


「…わかった」


エルサと部屋で二人きり。そして彼女の目の前に立つアル。

なんとその姿は一糸纏わぬ生まれたままの格好だ。エルサの視線が貪るようにアルに纏わり付く。


「【空間転移(テレポート)】」


アルは真隣に【空間転移(テレポート)】した。

そしてすぐにバスタオルを腰に巻き付ける。



「どうだった?」


「そうね。別の空間を往来している事は間違いないわ。もし食べ物を彼女の胃に直接転移させるとして、別の空間を通して…。いやダメよ。まずは別の空間に物を移動させる事から始めなければ…でももし…ぶつぶつ………」



エルサが一ヶ月間没頭していた研究と言うのが、アルの【空間魔法】に関しての研究だった。とりわけ【空間転移(テレポート)】についての。もしも【空間転移(テレポート)】が付与された指輪などを作ることが出来たならば、錬金術史最高の発明となるのは間違いないらしい。

それはそうだろう。誰もがある程度自由に大陸の端から端までを一瞬で移動出来る様になれば、この世界は生まれ変わると言っても過言ではない。


しかしその研究は困難を極めていた。



既に方法を探し始めてから数日が経ち、セシリアさんは日に日に弱っていた。

身体の清潔は【浄化(プリフィケイション)】で保てるが、床ずれが出来ないように数時間に一度は身体の向きを変えなければいけないし、やはり食事を摂れていない事により急速に痩せていっている。


「僕が【空間転移(テレポート)】で食べ物を直接送れればいいんだけど………」


「しかしそれは無理だったでしょ?【空間転移(テレポート)】はあくまで本人が移動するスキルで、貴方が触れている物の移動はあくまでオマケなのよ。だから、【空間転移(テレポート)】ではダメなのよ。【空間転移(テレポート)】を参考にして、別のスキルを創り出す必要があるのよ!」



エルサも焦りを感じている様子だった。

髪の毛をぐしゃぐしゃにしながら、頭を抱え込む様子は普段の彼女からは想像できない程だった。

しかしセシリアさんの為にそこまでしてくれる彼女に、アルは感謝もしていた。


「エルサ、大丈夫。間に合うよ。君も一度食事を摂った方がいい。えーっとまだ何かあったかな。あ、そうだ。この前アルテミスに行ったときに、僕の行きつけの宿で貰っといた料理があるんだ。【保管(ストレージ)】ほら。冷めてないから美味しいよ」


「ありがとう………」



アルは食事を摂るエルサを見つめながら、セシリアさんの事を思っていた。こんな美味しい食事どころか、お水さえ飲めない。

意識がないからと言っても、身体は辛いに違いない。


彼女にあと何日残されているのか分からない。

アルも焦っていた。



「温かい食事をいつでも食べれるなんて便利ね。いえ、食事を口から摂れるってだけでも幸せな事なのね」


エルサも同じことを考えていた様だ。


「そうだね。確かにこの」


「そうよ………」


「え?」


「それよ!!!!!分かったわ!!!!!出てって!!一人にして!!!早くっっ!!!!!!」



突然怒鳴られたアルはエルサに追い立てられて、慌てて部屋を後にする。扉を勢いよく閉められ鍵をかけられる。見事に閉め出されてしまった。



「ちょっとアル君………」


そしてそこには偶然イザベラさんが立っていた。


「エルサが何か思い付いたみたいで………」


しかしイザベラさんはそんな事聞いていなかった。

彼女の目線でようやく、アルはタオル一枚しか纏っていなかった事を思い出す。いや、追い出された時にどうやらタオルも落としたみたいだった。


「い、い、いやあああぁぁぁぁぁぁああああ!!!!!!」


「うわあぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」


「うるさいわよ!!!!!」




そしてその数時間後。

アルとシオン、リアムさん。そしてぷりぷりと怒っているイザベラさんはセシリアさんのそばについていた。


そこにどたばたと音がしたかと思ったら、エルサが部屋に転がりこんでくる。


「見てて!!!!!」



エルサは辺りを見回すと、部屋の隅に飾ってあった花に近寄る。

そしてその花を引っこ抜いて投げ捨てた。ついでに少し高そうな陶器の花瓶をひっくり返して中の水も全部棄てる。


それを逆さにして床に置くと、その上にミカンを乗せた。


「いくわよ………」


全員が固唾を飲んで見守る。



「【転送(トランスファー)】」



ゴトリ。

ミカンが消えたと同時に、そんな音がした。


エルサが花瓶を持ち上げると、そこにはミカンが落ちていた。


「すごいすごいよ!エルサ!」


「さぁ、一応自分で試したけど、彼女にはイザベラがやってみて」


そう言ってイザベラさんをセシリアさんまで連れていき、あれこれ説明を始めた。


「やり方はこうよ。まず………。これ指輪付けて。服は着たままでもいいわ。イザベラ。触ってみて。これ、が鳩尾で、ここが胸骨の一番下、触ってみて。ここ。ここからこれくらいがだいたい胃の真上よ。ここに送りたい物をある程度密着させる。今回はお水にするわ。コップに入れてても問題ない。それから中のお水だけを胃に送る様にイメージする。言った通り胃とその周辺の臓器は勉強したわね?………良い?イメージが大切よ?………やって」


「………【転送(トランスファー )】」



コップのお水が消えた。

セシリアさんは特に変わりない。


「………成功したの?」


コホッゲホッ!!



セシリアさんが急にむせ返った。


「まずいわ!横に向けて早く!」


焦ったが、咳は数回だけで、どうやら水を吐き出した様だった。


「ちょっとエルサ!」


「大丈夫大丈夫!落ち着いて。大丈夫よ。ちゃんと胃に入ったわ。ほら、久しぶりに胃に物が入ったから逆流してしまったのよ。次からは少し上半身を起こした方が良いわね。あと胃が驚くから、最初は消化の良い物が良いわ。それも磨り潰して、水分でべちょべちょにするくらいで。毎回人肌に温めたくらいのお湯を少し入れてあげるのもいいかも…。あとは………」



そんな感じのアドバイスを受けながら用意された食事は、無事にセシリアさんの胃に届けられた。様子を見ながらになるが、これで栄養が取れれば、セシリアさんの命は繋ぎ止められるだろう。



「良かった………良かったよ。セシリア………」


イザベラさんが泣き崩れる。



「エルサ、ありがとう」


「いいのよ。私もこの研究成果はとてつもない発見になったわ。実はまだあの指輪では十センチ程度でしか物を移動させられないんだけど、もっと距離を伸ばせたら革命的な発明になるもの」


「さっきは、何を急に思い付いたの?」


「あぁ、【保管(ストレージ)】よ。私はずっと【空間転移(テレポート)】の方が上位互換だと思ってたけど非生命体を移動させるのは【保管(ストレージ)】の方が適してるって気付いたの。それならそもそも既知の技術でも魔力袋って似たような物があるし、作った事もあるからそれの応用で入力(インプット)出力(アウトプット)の位置に三次元的な概念を加えるだけでしょ?既存の錬金方法でも十センチ程度の移動なら問題なかったわ」


「そ、そうですか………」


全然意味が分からなかったが、とりあえず良かった。


その後数時間して、他の方法を探していたリアムさんとクレイさんも帰ってきた。その頃にはセシリアさんの様子も変化があった。顔色が戻り、極度に多かった脈も正常に近づいたらしく、エルサによれば良い徴候だと言う事だ。


リアムさんなんかは魔物のどこの部分か分からない様な細い管を持って帰ってきていた。どう使うのかはあまり考えたくないが、切羽詰まっていたのだろう。


リアムさんもクレイさんもほっとした様で、崩れ落ちる様にへたり込んでいた。



「エルサ殿、本当にありがとう。いくら感謝しても足りないくらいです」


「いいのよ。私もこの一ヶ月が報われた気がしたから。そういえば報酬だったかしら?まだ思い付かないから、思い付いたら言うわ。楽しみにしておいて。私は少し寝てくるわ。彼女の容態が変わる以外では起こさないで」


エルサが部屋を出ようとすると、クレイさんが慌てて立ち上がった。

再開してからほとんど口を開くことの無かったクレイさんだが、エルサをまっすぐ見つめた後、頭を深く深く下げた。


「ありがとう…ございます………。この恩は一生忘れ…ません!」


エルサは何も言わずに、そのまま部屋を出ていった。



「さて、今度はアルフォンス君、君達にだ。この度は本当にありがとう。当面だがセシリアの命は繋がれた。この街に来たとき、私達はどうすれば良いのか分からなくなっていたんだ。本当に助けられた。この恩義は必ず返すつもりだ」


「手前は何もしていない」

「妾もじゃ。強いて言えばアルじゃの」


「いやいや!僕もエルサさんを連れてきただけで、何もしていません。エルサさんを説得できたのもリアムさんのおかげでしたし」


「アルフォンス君。今回セシリアが助かったのは間違いなく君のおかげだ。これからはユグドの葉をさがす事で忙しくなるが、いつか必ず恩は返すよ」


リアムさんはその大きな手をアルに差し出した。

そしてアルも、その手をしっかりと握り返す。その後にはイザベラさんが抱き締めてきて、クレイさんとも握手した。











「お主はそう言うと思っておったがの、妾達はそれほど力になれんと思うぞ」


「手前もそう思う」


それは宿に戻った後、アルがシオンとガルムに"ユグドの葉を探すのを手伝いたい"と打ち明けた時だった。アルの予想とは裏腹に、二人の意見は厳しい物だった。


「え?何で…?」


「それは、ユグドの葉がもはや失われたアイテムじゃからじゃ。どこに行けば手に入ると言う話も全くない。不老不死の石を探すのと同じ程に、あてがないのじゃ」


「分かってるよ。だから手伝わないといけないんじゃない?」



アルは焦った。

二人ならアルに同意してくれると考えていたからだ。



「手前等が協力できるとしたら、アルの【空間転移(テレポート)】を使った"移動"くらいだろう。それにもしもユグドの葉が見つかったとして、そこはどんな場所だと思う?」


どんな………場所?


「ユグドラシルの葉は、どんな怪我や病気でもたちまち治してしまうと言う伝説の回復アイテムじゃ」


「可能性があるなら、どこかのダンジョンの隠し部屋の宝箱の中とか?」


「まぁいい線いっとるの。あえて付け加えるなら"高レベルダンジョンの"じゃな」



高レベルダンジョン。

一般的にそれはレベル50以上を指す。アルはまだ40にも届いていない。つまり本当の意味で、"移動"以外で力にはなれない。



「わかったか?お主が今すべき事は彼等についていく事ではない。一刻も早く強くなると言う事じゃ。彼等が助けを必要としたその時に、力になれるように」


「………わかった」



アルは、またしても自身の非力さを痛感する。

レベルも36まで上がって、少しは何か出来るような気がしていた。ここのダンジョンの中でだって、ガルムと上手く連携して立ち回れていた。しかしそんなのは、まだ中途半端だ。


大切な人を助けたいなら、もっともっと強くならないとダメなんだ。



そのためなら………何だってしてやる。

ブクマ、感想少しずついただきましてありがとうこざいます!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ