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87話 暗雲


「セシリア………さん?」



声をかけるが返答はない。

それどころか、身動ぎ一つしていない。

遠目にも分かる。彼女には動き出す気配というものがない。



アルの頭はぐちゃぐちゃになった。


どういう事だろう?セシリアさんは眠いのだろうか?スレイヴからここまでの道中で寝てしまったのかな?馬車で眠るのは嫌いじゃないけど、ここまで熟睡するのは珍しいかも。


イザベラさんが、アルをここに連れてきた事でリアムさんに対して何か怒鳴っているが、内容は頭に入ってこない。


だめだよセシリアさん寝てるのに、そんなに騒がしくしたら起きてしまうよ。

でも確かにそろそろ起きて何か食べたり飲んだりした方がいいんじゃないだろうか。なんだか顔の血色も悪いし、唇だってカサカサになってしまっている。


自分でも、思考が論理的ではなく、的はずれな事ばかり考えているのはわかる。でも論理的ってなに?論理って誰が考えた何?こんなにも騒がしいのに、セシリアさんが起きない論理って何?


「セシリアさん………お久し振りです。アルフォンスです」


あ、やっと挨拶が出来た。そうだよこちらから挨拶しないと、返してくれる訳が無いじゃないか。


セシリアさんに近づこうとするが、なかなか思うように身体が動かない。これ、誰の脚だろう?いや、僕の脚で合ってるはずだ。だってぼくの胴体についてるし。と言うより二本しかない脚でバランス取ってるのがそもそもすごい事だったんだ。そんなに難しい事なら急に出来なくなっても仕方ないよね。なんたってセシリアさんは目を覚ますなんて簡単な事さえ出来ないみたいなんだから。


ようやくベッドにたどり着くと、起きないセシリアさんに違和感が強くなる。


セシリアさんの手に触れてみる。起きてたらそんなの恥ずかしくて到底出来ないけど、今はなんだが寝てるみたいだし。こそっとだったら良いよね。


なんだか少し痩せたかな?もともと色白だったのに、今日は一段と白く見えるよ。


冷え性なのかな?初めて会ったときに手を握って助けられたけど、あの時は温かかった気がしたけど。あぁ、そりゃそうだよ。だってもう冬だもん。



「アルフォンス君…」


肩に細い手を置かれる。セシリアさんが起きたのかと思ったが、それはイザベラさんの手だった。イザベラさんは目を真っ赤にして、涙も枯れ果てたと言った様子だった。


「イザベラさん、お久し振りです。セシリアさんが、起きられないんです」


「アルフォンス君、落ち着いて。ほら、手を貸して」



イザベラさんの手はセシリアさんのより温かかった。

彼女はアルの手をセシリアさんの顔の前に持っていく。すっかり人相が違って見えるセシリアさんの口元に手を翳すと、ふわりと暖かい吐息が手にかかった。


「ほら、大丈夫。息してるでしょ?多分こっちの声も聞こえてると思うよ。アル君が取り乱すとセシリアは心配性だから不安になると思う。だから一度落ち着こう。何があったかを説明するから。リアム。何か温かい飲み物をお願い」



アルは椅子に座らされ、少ししてリアムさんが温かいコーヒーを持ってきてくれた。


コーヒーなんか飲むのは久し振りだ。

確かそう。最後に飲んだのはアルテミスでセシリアさんとだ。二人で喫茶店に入って少し話をしたっけ。飲めないのに少し見栄をはって無理をしたんだった。



一口煽る。

苦いコーヒーの味が口に広がると、突然身体の感覚が戻ってきた気がして、これは現実なんだと伝えてくる。




セシリアさんは息をしている。死んでいる訳じゃない。


何かが理由で眠ってしまっているだけ。


だからリアムさん達は高額な報酬まで出して錬金術士を募集していたんだ。


セシリアさんの目を覚ますため。


まだ彼等は諦めていない。


それなのに、アルだけがパニックになって手をかける訳にはいかない。


前は助けて貰ったんだ。今こそ、何か出来ることをしよう。




自分にそう言い聞かせると、やらなければならない事に集中できる。

セシリアさんがこうなってしまった事に悲観するのではなく、彼女の目を覚ますために出来ることをしよう。



コーヒーを飲み干すと、心配そうにこちらを見ていたリアムさん達に向き直る。


「すみません、落ち着きました。僕達をここに呼んでいただいたと言う事は、何があったか説明していただけると言う事ですか?」


そのアルの言葉に、リアムさんとイザベラさんはキョトンとしてしまった。クレイさんは依然と無表情。


「驚いた。リアムんより落ち着いてるね」



リアムさんは少しだけ眉を持ち上げると、アルの目の前の椅子に座った。



「あぁ、アルフォンス君。もちろん、何があったかは全て話す。そしてお願いがあるんだ。もし君達に出来ることが有りそうなら、力を貸してほしい」


「力を貸す………ですか?」


「あぁ、そうだ。私達がこのテンゴールと言う街に来たのは約四ヶ月ぶりだ。そしてその時には、既にここのダンジョンはアイテムをほとんどドロップしなくなっていた。もちろん私達はこの国に売り飛ばされた奴隷となった人達を探すと言う務めがあったから、この街に滞在したのも一日だけだ。だがその時思った。もしもその務めが無かったとしても、ここのダンジョンを復活させる事は難しいだろう。そんな事が出来るという話は聞いたことがないし。ここはもう終わってしまった。とね。

だが、実際には君達はここのダンジョンを甦らせた。君達には、私達が想像も出来ない力がある。そして恐らく知恵も」



リアムさんの視線がシオンとガルムに飛ぶ。

普通は知られていない事を知っているというシオンと、人里では出会うことすら珍しい竜人のガルムの知識を指しているのだろう。



「もし事情を話した上で、君達に出来ることがあるならば、セシリアを助けてあげて欲しい」



リアムさんとイザベラさんは深く頭を下げた。


「お二人とも止めてください。もちろん僕達に出来ることがあれば何でも」

「ごたくは要らん。さっさと何が起きたか話すが良い。時間が無いのであろう?」

「ちょっとシオン、こんな時まで」


「いや、アルフォンス君。良いんだ。シオン君の言う通りだ。私達には、いや、セシリアには時間がない。あった事を話すから、疑問に思ったら何でも聞いてくれ」



そこから、リアムさんはアルテミスを出てからの事を簡単に話してくれた。


裏奴隷となった人達をあらかた見つけ出した事。

スレイヴのギルド内での出来事から、スラム街の建物まで尾行し、突入した事。そこにいたのが幻影(ファントム)と言うテロリストギルドのリーダーで、"烈火"のパーティが手も足も出ずに、セシリアさんが重傷を負ってしまった事。


「確認するが、その小娘は頸動脈を損傷した事による失血。それにより意識を失ったのじゃな?」


「えぇ、そうだと思うわ」


「それに対して使った回復魔法は何じゃ?」


「【上級回復(ハイヒール)】よ。えぇ、そうよ。【蘇生(リザレクション)】はまだ修得出来てないの。私の力不足よ」



イザベラさんが下唇を噛む。

レベルが足りない事で誰かを救えない。それがパーティの回復役だったならば、どれだけ悔しい事だろうか。


「イザベラ、それは違うと言っているだろう。【蘇生(リザレクション)】は詠唱がより長い。あと三十秒遅ければそもそもセシリアは助かっていなかったかもしれないんだ」


「そうじゃ。過ぎたことはどうにもならん。結果としてまだ息をしている。それが重要じゃ。失った血の量と時間は?」


「それは、分からない。床一面が血の海だった」


「少なくとも一リットルは出てたわ。時間は頸動脈から出血し始めてから五分…。いや、六分くらいよ」


「なるほど、可能性としては脳に血が足りない状態が続いた事で、なにかしら脳に障害が起きたと考えるのが妥当じゃろう。その刃物に特別な毒物でも塗られていなかった場合じゃが………。自分で息は出来ておる。よってこれから目を覚ます可能性もある。しかしそれも、物を食べれないまま餓死してしまうまでの間じゃ」


「それで錬金術士………と言う訳か?何かしらの方法でこの娘に栄養を摂らせようと言う考えだな?」



それはアルには未知の分野だった。

でもシオンの話とガルムの推測の道理はなんとなく分かる。それなら、セシリアさんが目を覚ますまで、彼女に栄養を摂らせて健康を保つ事が最優先だ。それが解決してから、目を覚ます手段を探せば良い。



「エルサを連れてこよう。シオン、彼女しかいないよ」


「そうじゃの。前回は断られたが、タイミングを見計らえば可能性はある。あやつなら何かしら考え出すかもしれん」


「アルフォンス君?エルサとは誰だい?」


アルはリアムさんに、左手を見せた。

リアムさんは全く意味が分からない様だったので、右手で人差し指に嵌まっている指輪を強調する。


「この指輪を創ってくれた錬金術士の女性です。これはダイアモンドを媒体に使った指輪で【魔力消費軽減Lv5】が付与されています。そして僕達がクープの街で倒したマンティコアと言う魔物の素材から、赤毒病の治療薬の製作も任されている人です」


「【魔力消費軽減Lv5】だって…?最難度ダンジョンでのドロップ品以外で作製できる錬金術士なんて国に一人いるかいないかだ。そんな人に相談できるならこれ以上はないよ」


「アル君すごい!それでその人はいま何処にいるの?」


「サラン魔法王国です」



アルの言葉に、二人は項垂(うなだ)れる。

膨らんだ風船が弾けた様に、希望と言う物が口から抜け出ていくかの様に。


「だめだ。ここからじゃ一ヶ月はかかる。セシリアはもう十日の間、ほとんど食べていない。そこまでの時間は残されていない」



十日もの間。

それはセシリアさんの変わり様から見ても分かった。



「いいえ、僕が今から連れてきます」


「だから連れてくるにしても間に合わないんだ」


「いいえ、なんとかエルサを説得して、三十分後には。信じないならリアムさん一緒に来てください」


アルはリアムさんに手を伸ばす。

またしても全く理解出来ていない状況だが、アルは無理やりその手を掴んで詠唱を始めた。


「サラン魔法王国のルスタンと言う街に()()ます。【空間転移(テレポート)】」



数秒の目まぐるしく変わる景色の後、アルとシオン、そしてリアムさんはルスタンの裏路地に現れる。


「な!?雨!?アルフォンス君これは一体!?」


残念ながら、こちらは雨だった様だ。しかもどしゃ降り。

しかし雨宿りなどしている時間もない。

アルは精神回復薬(マナポーション)をぐびぐび飲みながら、濡れる事も(いと)わずに歩き出した。


「言った通り、サラン魔法王国のルスタンと言う街です。エルサの工房がすぐ近くです。行きましょう」


「ちょっとアルフォンス君…待ってくれ!」


アルはリアムさんの質問を無視してエルサの工房まで走る。

いつもの様にシンバルの大騒音を潜りながら中に入ると、【浄化(プリフィケイション)】の指輪に装備しなおして自身とリアムさんの身体と服を綺麗にする。


エルサは………また上か。

嫌な予感がする。


「エルサー?入るよー!?」



アルは今度は遠慮無く階段を上がっていった。

リアムさんはもう何も言わずについてきている。


二階の研究室に入ると、エルサはいた。

気絶しておらず、起きている。しかしアルを発見したその目はやはり普段とは違うそれだった。何よりソファに()()()()()座っている。



「あぁ。アル。約一ヶ月振りね」



都合が悪い。出直すか………?

いや、しかし時間がない。彼女のそのモードがどれほど続くのかも分かったもんじゃない。



「久し振り、エルサ。こっちはエルフのリアムさん。"烈火"って言うAランクパーティは知ってるでしょ?そのリーダーだよ」


「初めまして、"烈火"の。リーダーの。エルフの?リアムさん?」


「赤毒薬の研究はどう?」



聞かなければいけないのはそこからだ。そちらに夢中だった場合、本当に来てくれないかもしれない。



「お陰様でほぼ完成だわ。あとはギャラドグドニングスがシャルロットの体調データを取っていくから、それで様子を見てって感じ」


「そう…!それは良かった!」


「どうもありがとう。それで何?また何かお願いとか言わないでよ」


「うっ。いや、それがその………」



先手を打たれた所でアルが言い澱むと、後ろにいたリアムさんがアルの肩を抑えて前に出た。



「初めまして。エルサ殿。

アルフォンス君からは世界一の錬金術士と聞いております。この度、私のパーティメンバーが負傷し、昏睡状態となってしまいました。栄養もろくに摂れていません。このままではあとどれだけ持つのかも分からない。どうかあなた様のお力を御貸し願いたい。何とかしていただけるなら報酬は言って貰っただけ出します」



なんとリアムさんは片膝を着き、頭を垂れた。


それは驚くべき事だった。エルフの人達は元々、プライドがかなり高い。エルフ以外の種族は下等生物だと言う人もいると聞く程に。だからエルフのリアムさんがそんな行動に出たことに、エルサもかなり驚いていた。



「まぁ、謙虚なエルフがいるのね」



エルサの顔に明かりがともる。

いわゆる"賢者タイム"のはずのエルサに、新たな好奇心が湧いたのが分かった。



「………謙虚な訳ではありません。私の意識のどこかにも、エルフが他の種族より秀でていると言う価値観はきっとあります。

ですが、友のために頭を下げる。そんなちっぽけな事が出来ないなら。それすらエルフのプライドとやらが邪魔をすると言うのなら………」



リアムさんは顔を上げ、エルサを見据えて言い切った。



「そんなものは(クソ)です」



リアムさんの言葉に、エルサは今度こそはっきりと笑みを溢した。



「………良いわ。連れていって」





 








今度はエルサを連れて、テンゴールのセシリアさんの所まで直接【空間転移(テレポート)】する。

一人増えた分で魔力消費的には多くなるが、なんとか大丈夫だ。


アル達が突然部屋に戻って来ても、イザベラさんとクレイさんは何も言わなかった。恐らくはガルムが説明してくれていたのだろう。しかしエルサの、幼い少女といった外見をみたイザベラさんは何か言いたそうにしていたが、リアムさんが先じて止めた。


「エルサ。こちらがセシリアさん…」


エルサはセシリアさんに近付くと、先程シオンがしたような質問をイザベラさんにしながら、セシリアさんの身体のあちこちを調べ出した。

しまいには服まで脱がし始めたので、慌ててイザベラさんがシーツで男達の目線を切った。



ごそごそと十分ほど続いた時。

エルサは「もういいわ」とだけ言ってシーツの向こう側からこちらに出てくると、枕元に置いてあった宿が用意していたお菓子を一つ口に放り込む。


そしてこちらに向き直って宣告した。




「まぁ、ありきたりに言えば、彼女はもう死んでいるわ」

この作品はあくまでフィクションです。

架空の世界での話であり、実在の人物や医療知識とは感覚が異なる事、御理解いただけますようお願い致します。

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