86話 再会
「え………?今、何ておっしゃいましたですか?」
こんな変な敬語を使うのは、この数週間お馴染みとなったテンゴール冒険者ギルドの受付嬢、アナさんだ。
「ですから、ダンジョンは復活してます。ドロップアイテムが出るようになったのを確認してきました」
アル達の報告に、明らかに半信半疑のアナさん。
「あ、そうだった。確か、僕達がダンジョンを復活させたって言う証拠が必要なんでしたよね?であればこれを見てください」
アルはクリスタルゴーレムの素材を取り出して、カウンターにゴトゴトと置いていく。小さい破片はダンジョンに持っていかれたが、七割程は持って帰る事が出来たはずだ。
「まさか…!クリスタルゴーレムですか!?倒したんですか!?」
ただでさえあの巨大だったクリスタルゴーレムだ。七割でも相当な量がある。
「えぇ。ダンジョンに、取り込まれる前に回収して、それをきっかけにダンジョンが眠りから覚めた訳で………。あーだめだ。僕が話したんじゃ説得力無いね。ガルムお願い」
「うむ。つまりはだな。もともとこのダンジョンが陥っていた状態と言うのが…」
ガルムが話すことを、アナさんは一言一句逃さず書き留め始める。それに気を良くしたガルムは、まるで英雄譚を語るように羽振り良く話し始めた。アルには確信がある。これは長くなる。
「む?そういえばアル。盾の使い方なんぞ、どこで学んだのじゃ?」
「え?あぁ、あれはね。ロウブの森でメリッサさんに少しね。ほらシオン達とはぐれてた時。何事も経験とはよく言ったものだよ」
「なるほどの、どおりで腰使いがしっかりしておると思うたわ。いかにもアマゾネスの女どもが得意そうな事じゃ」
「その発言は一体どういう感情なんだよ…?」
バタン!!!ドタバタガタッゴロゴロ!!!
そんな音を立ててギルドに文字通り転がり込んで来たのは、"鉄の鎧"の四人だ。それぞれが何らかの魔物の素材を手に掲げている。
「アナちゃん!!!アナちゃあぁぁぁん!ダンジョンが!ダンジョンから…!!」
「「「ドロップアイテムが出る!!!」」」
*
十日後。
「うわ!何!?この人の数!!!」
アルの目の前に広がっているのは、テンゴール冒険者ギルド内に溢れかえる冒険者達の姿だった。
「おー!来たか!テンゴールの英雄さんよ!?」
声をかけて来てくれたのは"鉄の鎧"のアントンさん達だ。四人とも以前までの軽装ではなく、しっかりとした装備を纏っている。
「昨日まではまだガラガラでしたよね…?」
「あぁ、ここのダンジョンからまたアイテムがドロップするようになったってのを聞き付けて、儲けようと先陣切って来た奴等だ。ギルド側としても素材の買取額に色を付けるってのも、当分は継続する予定らしいからな」
この十日間、アル達はまだテンゴールダンジョンに通っていた。
ギルドからの指名依頼で、ダンジョン内に跋扈する魔物の大群を倒して回っていたのだ。今日みたいに他の冒険者達が戻ってきた場合に危険だからとの理由で。
そして通常通りドロップする様になったアイテムも、買取額を二割ほど上乗せしてくれていた。
「そうなんですね。じゃあ僕達はそろそろお役御免って所ですかね」
「なんだよお前ぇら。もう行っちまうのか?」
「えぇ、もともとここでは僕のレベルを36に上げるまでって決めてたので。これからはまた冒険者が戻ってきてダンジョンも街も順調に戻っていくと思いますし」
昨日、アルのレベルは36に到達した。
結果として一ヶ月でレベルアップは4つ。もともと異常と言われていたアルのレベルアップ速度の中でも断トツだ。
ミアさんの視線がとてもとても痛かったし、ルイさんなんかは"その秘密を究明する"とか言ってダンジョンに一日一緒についてきた程だ。魔物の大群ばかりを連続で相手にしているのを見て、"他の冒険者には到底させられない。全く参考にならなかった。凄すぎて言葉もでない"と言っていた。
ちなみにアルの現在のステータスはこんな感じになっている。
―――――――――――――――
名前:アルフォンス
職業:双剣使い
Lv:36
生命力:3650
魔力:3800
筋力:3650
素早さ:3750
物理攻撃:3700
魔法攻撃:3700
物理防御:3750
魔法防御:3850
スキル:【空間魔法】…【斬撃】【盾】【共有Lv2】【支配者】【保管】【空間転移】【召喚】
召喚:妖狐
武器:火竜の双剣【魔法威力増加Lv3】
防具:ダイアボアの革防具【軽量化】
その他:ダイアモンドの指輪【魔力消費軽減Lv5】
―――――――――――――――
名前:シオン
Lv:36
スキル:【筋力上昇Lv5】【変身Lv5】【吸収】
【風魔法】…【風鎧Lv3】【風加護】【風刃】【竜巻】【風籠】
【雷魔法】…【感電】【雷】【雷光】【電気罠】【電撃】
共通スキル:【剣術Lv2】【槍術Lv1】【弓術Lv1】【筋力上昇Lv2】【素早さ上昇Lv3】【物理攻撃耐性Lv2】【魔法攻撃耐性Lv3】【異常状態耐性Lv3】【魔力回復上昇Lv1】【火耐性Lv1】【瞬間加速】【威圧】【運上昇Lv1】【ステータス成長率上昇】【隠蔽】【鑑定】【追跡】【解体】【裁縫Lv1】【器用】【暗算】
武器:なし
防具:なし
その他:なし
―――――――――――――――
身体ステータスとしては生命力と筋力はイマイチだが、物理と魔法の数値は両方伸びている。
増えたスキルはシオンの魔法が【風籠】と言う防御魔法と【電撃】と言う攻撃魔法。
共通スキルは迷宮主達から【魔法攻撃耐性Lv3】と【異常状態耐性Lv3】。その他のテンゴールの魔物から【弓術Lv1】と【暗算】だ。
「"鉄の鎧"の皆さんはやっぱり、まだここにおられるんですか?」
「んだな、ようやく冒険者らしく稼げるしな。それにおいら達は四人とも、ここが気に入ってんだ」
彼等もこの十日間は以前の様に魔物の行進ではなく普通の方法で戦闘し、素材を売っていた。その買取額にも色が付くので、十日前と比べるとかなり稼いでいる。
しかしそれ以外に彼等には、今後テンゴールの冒険者ギルドと商業ギルドの利益の1.5パーセントが入る。
これはアル達が契約した、ギルドからのダンジョン復旧の依頼。その成功報酬の半分だ。本来は"古の咆哮"の総取りだったのだが、これまでここを支え続けてきたのは他ならぬアントンさん達だ。そして復旧のきっかけのアイデアとなったのも、彼等の機転である。それくらいの報酬はあっても良い。
これはアルが言い出した事だった。シオンは猛烈に嫌がったが、ガルムの賛成票を得て可決された。
「そうですか。僕達は昨日ギルドからの指名依頼も完了して報酬をいただいたので、多分今日中にはここを立つと思います」
「何!?そんなに急にか!?旅の準備があるだろう!」
「いえ、僕達に準備はあまり必要無いんですよ。それに次はスレイヴに行こうと思っているので、またすぐ来ますよ」
彼等は揃って寂しそうな顔をしてくれた。
なんと言うか、感情が隠せない人達だ。
「そうか。また来たら絶対声かけろよ。それから。まぁ、なんだ。その。ありがとうな」
「お前ら最高だぜ」
「今度はおいら達が奢るかんな」
「お前等の話を広めとくからな?それにもしお前等の事を悪く言うやつがいたらただじゃおかねぇよ」
「はい、ありがとうございます!」
彼等と握手を交わして、アナさんにも挨拶してから冒険者ギルドを後にした。
「気の良い連中だったな」
「本当にね。この街が好きになったよ」
短い間だったが、彼等と出会えて良かった。
なんだか、いつも人や出会いに恵まれる。戦友とも呼べる様な友人が増えていく。そうして得た繋がりは、大切にしていきたいものだ。
「ゴールドナイツやクープのみんなは元気かな?また土産でも持って顔を出さないとだね」
「そうだな。ただロウブの森にも行くのなら、手前は遠慮しておく」
「ははっ!あそこの人達は癖が強いからね!」
そんな話で盛り上がっている時、何やら大通りの向こうが騒がしい事に気が付いた。
馬車が何台か街に入ってきたみたいだ。
少しずつ活気を取り戻す様子を見せ始めているテンゴールだが、馬車が何台もと言うのはここ数日では無かった。
ダンジョン復旧のニュースで希望に満ちている街の人達も興味津々だ。
「何だろうね?」
「次は商人達でも戻ってきたのだろうか?」
「む………?この匂い。まさか」
「どうしたの?シオン」
先頭の馬車が近くまで来た時に、シオンが何かに気が付く。
しかしシオンが何か言う前に、その馬車に乗っている知り合いに気が付いた。
「あ!リアムさん!リアムさんじゃないですか!お久し振りです!」
そう。
なんと"烈火"のリアムさんが乗っていたのだ。
嬉しい再開だった。アルテミスで別れて以来だ。
アルの声に気付いたリアムさんは慌てて首を振ると、すぐにアルを見つけた。
「ア、アルフォンス君………!」
「覚えててくれたんですね!お元気でしたか?」
リアムさんは一声で馬車を止め、颯爽と飛び降りると駆け寄ってきた。久し振りの再開の割にはなんだか浮かない表情だ。
「やぁ、活躍の噂は聞いてるよ。どうも、失礼致しました。初めまして。私は"烈火"と言うパーティのリーダーでエルフのリアムと申します。貴殿は、間違っていたなら申し訳ないのですが、ガルム殿でございますか?」
「ん?いかにも。すまない。もしどこかで会っていたなら…」
「いえいえ、以前に私が一方的にお見かけしただけです。なにせ竜人 の方は珍しい。アルフォンス君とは以前にアルテミスで出会いまして。まぁその話は追々。それと、あぁ、アルフォンス君、なんだったかな?あぁそうだ。元気だよ。いや………まぁ。そうだね。僕は元気だよ。それで、君達はまたどうしてここに?」
なんだか、今日のリアムさんはよく喋る。
少し会わないうちに何かあったのかな?それともまた酔っ払ってるとか?いやいや、まさかまだ午前中だし。
「僕達は一ヶ月ほど前からここのダンジョンで少し活動してまして」
「え?ここでかい?テンゴールの?それなら、もしかして………。ここのダンジョンでまたアイテムがドロップするようになったと言うのにも君達が一枚噛んでるのかい?」
「えぇ、まぁ………」
アルの言葉に、リアムさんは驚いた表情のまま数秒の間固まった。
あれ?何か都合が悪かったかな?
「リアムさん………?」
「ぁ…あぁ。いや、何でもない。まさかこんな所で君の活躍の恩恵に預かれるなんて、ラッキーだったよ。そうか。あぁ………」
またしてもリアムさんは黙りこんでしまう。
どうにも様子がおかしい。
「リ…リアムさん?大丈夫ですか?」
「ん?あ、あぁ。いや、………アルフォンス君。話があるんだ。後で来てくれないか?その、もし良ければガルム殿も。あとシオンさんにも可能であれば声をかけて…。え?え?この小さな狐がシオン君なのかい!?それはまた興味深い…!っと。いや、そう言う場合じゃ無いんだ。とにかく、お願いだ。アルフォンス君。後で僕らの泊まってる宿に来てくれ。君にも完全に無関係と言う訳ではない」
こんなにも神妙な顔のリアムさんは初めて見た。
なんだかパニックになっている様に見えるし、今にも泣き出しそうだった。
「えぇ、わかりました。必ず行きます」
「よかった。ギルドの受付嬢に宿の場所を伝えておくから!すまない!」
そのリアムさんの顔が、頭から離れなかった。
*
その日の午後。
アナさんに"烈火"の皆が泊まっている所を聞いて、その宿にやってきた。この街で一番設備が良く、一番新しい宿だ。
リアムさんは、まったくいつからそうしていたのか。
宿の入り口で立って待っていた。
「リアムさん…!」
「あぁ、ありがとう。"古の咆哮"の皆さん。ついてきてくれ。あぁその………"彼女"が待ってる」
リアムさんについて中に入り、廊下を進んでいくと、ある部屋の前で止まった。
ゆっくりとこちらを振り向くと、ガルムでもなく、シオンでもなく、アルの目をまっすぐ見つめて言った。
「アルフォンス君。どうか冷静に頼む。君の思慮深さを、"彼女"も買っていた」
「え?………はい」
リアムさんは誰にと言う訳でもなく頷き、アルに扉を開けるよう促した。
アルはその扉のノブに手をかける。
金属製でひんやりと冷たい。しかしそこでなんとなく動けなくなってしまった。
………待ってよ。
なんだこれ?何かがおかしい。
リアムさんの様子は再開してからどうにもおかしい。
そしてそう言えば、彼等は錬金術士を探しているのではなかったか?"彼女"と言っていたが、その人が錬金術士?
何にせよ、扉を開ければ分かる。
分かるのに、開けるのが怖い。
この扉を開けると言うことは、今までの生活から何かが大きく変化する。
そんなアルを見かねてか、シオンが肩の上に降りてくる。
シオンと目を合わせるが、彼女はゆっくりと瞬きをするだけで何も教えてはくれない。
しかしその目ははっきりと、この部屋が覆い隠す事実からは逃れられない事を伝えていた。
アルは扉を軽くノックして、ゆっくりと開ける。
中には、椅子に座ったままうつむいているイザベラさん、そしてクレイさんがいた。
"お久し振りです"
そんな挨拶をしようとして、"彼女"に目が止まる。
部屋に一つしかないベッドで横たわっている。
アルが入ってきた物音に反応する様子もない。
顔からは血の気が無く、まるで動き出しそうに無い。
そこに横たわるのは、姿の変わり果てたセシリア・バルネットだった。
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