85話 第二ラウンド
揺れるダンジョン。
シオンは興奮しているが、何となくアルは嫌な予感がした。
そういえば帰還水晶は?
ふと思い出して部屋を見渡すと、部屋の奥へと続く通路があったため走る。
その通路は三メートル程しかなく、抜けた先には帰還水晶が設置してあった。
しかし様子が変だ。
アルテミスに置いてあった物のように、淡く光っていない。つまりは機能していないのだ。
そしてその事実を肯定するかの様に、意気揚々と活気づいていたダンジョンの揺れが止まった。
「これって…まだ」
「む?まずいの。早く部屋に戻れ!」
アルが急いで引き返す。そして迷宮主の部屋に戻ると同時に、それは起こった。
ぼこぼこと部屋の床から何かが出てくる。それも二つ。
そのうちの一つは予想がついていながらも、あまり考えたくはなかった。
ダンジョンが、アルの【保管】の中にある魔桜石の棍棒を返せと言っているのだ。
その取り立て役として、ダンジョンは再度。迷宮主であるメタルギガースを寄越したのだ。
そしてもう一体。
姿を現したのは、"このタイミングで"と言いたくなる魔物だった。
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名前:クリスタルゴーレム・レア
Lv:39
スキル:【斧術Lv3】【物理攻撃上昇Lv4】【物理攻撃耐性Lv4】【異常状態耐性Lv3】【筋力上昇Lv2】【気配察知Lv2】【反射速度上昇】【見切り】【堅牢】【連携】【天気予知】【着替え】【社交性】【甘党】
武器:ミスリルアックス
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全身がキラキラと輝くボディのゴーレム。
体長は迷宮主よりやや小さい。それでも二メートル半はあるだろう。鉱石が部分的に生えている迷宮主と違って、こちらは正真正銘の全身鉱石だ。
ダンジョン内で探し歩いていたのに、まさかこんな所でコンニチハする事になろうとは。
ただ、どうする。この状況。
帰還水晶はまだ試していない。光ってはいなかったが、もしかしたら………。
「アル!第二ステップだ!」
そんなアルの逃走心理を笑い飛ばしたのは、魔物二体を挟んで部屋の反対側にいるガルムだった。嬉々として盾を構え直すガルムはこの状況を心から楽しんでいた。
何故だろう。その表情を見ると、アルもわくわくとして仕方がなくなってくる。
「類は友を呼ぶとは誰が言ったか…」
【共有Lv1】でガルムに二体の【鑑定】結果を伝えた直後。
「ゴォォォオオギィィァアアアア!!!!!!」
ガルムの【咆哮】がダンジョンを揺らす。
普段のガルムの声とは到底思えないそれは、まさに竜のそれだ。
それだけで二体の巨兵はまっすぐガルムへと向かって行った。
「迷宮主は先程と大差ないが、ゴーレムはレベルも高く、物理特化じゃ!魔法スキルで削れ!しかし先に倒すのはメタルギガースの方じゃぞ!」
「わかってる…!」
アルは巨人二体の後ろから接近する。
メタルギガースの一撃がガルムを襲う。ガルムはそれを見事に受け止めた。しかしそこにゴーレムのアックスが見舞われる。
「ぬうぅぅ!」
盾の向きを変えて正確に斧の刃を受け流して見せるが、一撃目の衝撃で体勢が不十分だったため、後方に二メートル弾き飛ばされた。そこにまたしてもメタルギガースの棍棒が襲い掛かる。
さすがに二体に連続で攻撃されると、ガルムでも完全には受けきれない。アルの方で工夫して、ガルムの負担を減らさなければならない。
体勢を崩しながらもなんとか連続攻撃に耐えているガルム。
そこにまたしてもアックスを振り下ろそうとしているゴーレムに、側面から接近する。振りかぶられたアックスを持つ手の手首部分を、横から攻撃した。
「【斬撃】!」
クリスタルの破片が視界に散る。
アルの側面からの攻撃を受けながらも、アックスは燦然と振り下ろされた。
しかしそこにガルムはいない。
アルの横からの攻撃により僅かに狙いがズレて、アックスはガルムの真横に振り下ろされていた。
「アル!見事だ!」
メタルギガースの棍棒を盾で弾きながらガルムの声が響いた。
アルは今度はメタルギガースに接近。
またしてもガルムに致命傷を入れようとしているメタルギガースの軸足。その膝の裏側に双剣を思い切り叩きつける。メタルギガースはそのまま片膝を着かされ、ガルムへの攻撃はキャンセルされる。
いわゆる、"膝カックン"だ。
その調子で、ガルムから標的を奪わない様に注意しながら巨人達を削っていく。
先程の迷宮主の時の様に無防備な所を攻撃していくのではなく、ガルムへの攻撃動作を妨害する、または攻撃の威力を落とす様な攻めを主として立ち回る。
もちろん、ガルムとアルが互いに攻撃の意図を理解し、結果として起こる未来を共有出来なければ成立しない。
しかしそんなのは、今日までやってきた事に比べれば何て事はない。
巨人達の動きなんて、ガルムが放つ槍の速度に比べたら、まだゆっくりな戦闘に思える。
そうしてペースを掴みかけていた時だった。
メタルギガースが棍棒を顔の前に立て、祈る様な動作を見せた。
その直後に、【土槍】がメタルギガースの頭上に現れる。その数は三本。しかし大きさはかつてジュリア・アレクサンドリアが出していた物の比ではない。まともにくらえば上半身が下半身に別れを告げるレベルでやばい。
「アックスを!」
ガルムの咄嗟の声に、アルはその【土槍】に背を向け、ゴーレムへと向き直る。
ゴーレムはまさに今、アックスを身体の横に引き絞っている所だった。この攻撃に【土槍】が重なると、ガルムでもダメージを負う可能性が高い。しかしもうアックスはいつ振り始められてもおかしくはない体勢だった。
間に合え…!
「【斬撃】!」
斬撃を飛ばす。
大袈裟な程に魔力の込められた魔法攻撃は、ゴーレムが今まさに振り始めようとした瞬間にアックスを押し戻す。
アックスが何かに引っ掛かっているような感覚に疑問を持ったゴーレムの動きが止まった。
魔法攻撃と共に接近していたアルは跳躍。
ゴーレムの頭部スレスレを飛び越え、その頭部の周囲に【盾】を展開する。
急に視界が真っ暗になったゴーレムはあたふたと慌て出した。
あの頭部っぽい所に目があるのかどうか少し不安だったが、どうやら成功したらしい。
アルが着地すると同時に、メタルギガースが動いた。
【土槍】が三つ同時にガルムに向かう。
対するガルムは大盾を持ったまま、なんと一歩前進。
そしてメタルギガースに背を向けた。
ガルムの背中を【土槍】が貫く。
そんな一瞬先の光景がアルの脳裏を過るが、そこからのガルムは速かった。
身体を一回転させながら、迫る槍の横っ腹を盾で殴り付けたのだ。
その威力に土で形成された槍は粉々となり、無傷のガルムだけが立っていた。
盾を使った攻撃的防御だ。
「すごい…!」
一瞬で目の前まで迫る程の速さの槍を、槍先が身体に届く寸前で迎え撃つと言う度胸。そして身のこなし。タイミング。力強さ。
単純なレベル以外の強さ。もはや芸術の様に思えた。
「何度もは出来ん!なるべく魔法の発動を止めてくれ!」
魔法体勢から戻ったメタルギガースと、【盾】を壊したゴーレムによる、棍棒とアックスの攻撃が再開される。
しかしそこからはメタルギガースが少しずつ魔法を使用する様になってきた。
魔法を使う時の構えは同じ。
持っている棍棒に付与された【魔法詠唱Lv5】の恩恵か、極端に魔法の詠唱時間は短いものの、アルの攻撃により何とか詠唱を中断する事ができていた。
敵は二体ともかなり削れてきている。
動きが最初と比べるとかなり鈍い。もう少しだ。あと一息で倒せる。
「アル!」
クリスタルゴーレムの攻撃に【斬撃】を合わせて打ち込んだ直後、ガルムの声が異常事態を知らせた。
メタルギガースの方を慌てて振り向くと、メタルギガースは棍棒を真上に振り上げていた。それは特に変わりない叩きつけの動作に見える。
しかし違った。
まだ………振り下ろさない。
それにより、その動作が魔法の準備動作だった事に遅れて気付く。
「【激震】じゃ!」
シオンの声が響いた直後。
メタルギガースの棍棒が振り下ろされる。ガルムにではなく、地面に。
アルは跳んだ。
ゴオオォォォォォォゥゥゥゥウウウウン!!!
空中にいるアルですらその震動が分かった。
ガルムはもちろん、クリスタルゴーレムですらその揺れに体勢を崩している。
ただの揺れではない。魔法攻撃だ。よって短時間"麻痺"の異常状態となる。
唯一動けるメタルギガースが立ち上がると、"麻痺"で動けないガルムに一歩詰め寄る。
だめだ。
アルは空中で"麻痺"は回避できているものの、着地まであと二秒はかかる。
そこからでは間に合わない。
飛ぶ【斬撃】で…?
双剣を投げる…?
いや、あの棍棒は止められない。
行くしかない………。行け………!メタルギガースに………!
「【盾】!」
アルの選んだ選択肢は、【盾】だった。
暗黒の障壁が出現する。
アルの足元の空間に。
それをしっかりと踏み締め、アルは再び跳んだ。空中からの跳躍、さらには【瞬間加速】も使用している事により、今度はダンジョンの天井に届く。
メタルギガースの真上だ。
奴はガルムを叩き潰すつもりだ。棍棒を振り上げ始めた。
天井に着地すると同時。アルは【保管】からあるものを取り出す。
取り出した瞬間、アルの目の前は臙脂色で一色になった。先ほど倒したメタルギガースの魔桜石の棍棒だ。
メタルギガースは見えない。
しかし【支配者】で分かっている。この真下に確実にいる。
「いっ!!けえぇぇぇぇぇぇぇえええ!!!」
天井を全力で蹴り、魔桜石を押す。
そして跳んだ。
大質量の魔桜石と共に、一気に落下する。
アルの【威圧】混じりの叫び声に、メタルギガースは棍棒を振り上げた体勢でこちらを見た。
顔面から直撃する。
硬いものやら柔らかい物やらが潰される嫌な音を立てながら、メタルギガースを押し潰した。
倒した。
それを確認もせず、アルは全力でガルムの元へと向かう。
今度はクリスタルゴーレムだ。
【異常状態耐性Lv3】の恩恵か、麻痺からの復帰が早い。ガルムが麻痺から回復するまでに一撃入れられる。
アルがゴーレムの前に立ちはだかった時、既に全力の一振りは始まっていた。
いざ前に立つと、クリスタルゴーレムから発せられる何かに足がすくみそうになる。
しかしガルムの前にはアルしかいない。
あの時。シオンが火竜から護ってくれた様に、今度はアルが仲間を護る番だ。
ガルムが取り落としていた大盾を拾う。
【支配者】で、盾越しにもアックスが迫っているのが分かったが、丁寧に準備しなければならない。
両手でしっかりと大盾を持ち片足を引く。
重心を落とし、顎を引く。
背筋を伸ばしつつ、体幹をやや前傾する。
「【盾】!」
少しでも威力を減らそうと、盾の前に壁を創り出す。
凝縮されたような一瞬の中で、タイミングを測っていた。
まだ待て…
もう少し………
【盾】がアックスと衝突。
音を立てて砕け散った。
ここだ!!!!!
【瞬間加速】を入れながら重心を前に。腰を沈みこませ、上体をさらに前傾するように盾を前下方へと押し出す!
「あああぁぁぁぁぁあああ!!!」
ゴオォォゥゥゥウン………!!!
五十センチほど押し返される。
しかしアックスは軌道を変えて通過していった。
アルの後ろから。あの、人を落ち着かせる深く穏やかな声がする。
「………殺った」
横を風が通り過ぎていった。
槍を突き出したガルムは、まるで電撃の様にクリスタルゴーレムの胸を撃ち抜く。
その一撃に、ダメージが蓄積された関節部分が離解し、音を立てて崩れ落ちた。
アルは肩で息をしていた。
急に静寂が訪れた迷宮主の部屋で、アルの呼吸と心臓の音だけがやけに大きく響いていた。
「た、倒した………?」
「最高の仲間だ、アル」
ガルムが言ったのはそれだけだった。
「…まぁね」
そう言って拳を突き出すと、ガルムも嬉しそうに拳を突き合わせた。どちらからとも無く、二人は大笑いした。
「まずいまずい!アル!早うクリスタルを回収するのじゃ!」
「え!?あーーー!!!やばい!」
シオンの声に、慌てて散らばったクリスタルに駆け寄る。そしてダンジョンと取り合う様にクリスタルゴーレムの破片を【保管】に入れていく。
「おい待て!こら!やめろ!それよこせ!あーもうバラバラになってるから回収しきれな…い……」
その時、迷宮主の部屋全体を風が吹き抜けた。
どこから吹いてくるのか分からない風は、急坂になっている入り口へと向かって流れていく。ダンジョン中の魔力や空気が激しく循環されるような感覚に、"ダンジョンが生き返った"。そう感じた。
「アル…!」
今度はガルムの慌てた声だった。
部屋の中心の床が盛り上がり、またしても新たなメタルギガースが這い出そうとしてきていた。
きっとこのクリスタルを持って帰ろうとしているからだろう。
「それじゃ………ずらかろう!!!!!」
三人は帰還水晶へと走った。
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