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83話 魔物の巣窟《モンスター・ハウス》

スレイヴでの一件、その数日後。


そんな事は知る由もなく、アル達"古の咆哮(エンシェント・ロア)"は今日もテンゴールダンジョンへと潜っていた。



この街に到着した日から三週間が経過していた。

いくら大陸の南だからと言っても、時期は本格的な冬となり、朝晩などはかなり肌寒くなってきた。


毎日死と隣り合わせの戦闘を繰り返している成果もあって、数日前にアルテミスでお祈りしたところ、レベルが32から35まで上がった。

シオンは【風魔法】と【雷魔法】に新しい物を一つずつ修得し、アルは【空間魔法】の【共有(ユニフィケイション)Lv2】を修得した。Lv1では口に出さずとも意思疏通が出来る能力だったが、Lv2では"記憶"が共有出来る様になったらしい。伝えたいと思った記憶を相手に伝えることが出来るとか。使い道は今のところ思い付かないが、いつか役に立つ日が来る…のかも知れない。





「ねぇ、あれって、そうじゃない?」



ここはテンゴールダンジョンの奥深く。

三人の前には既に見慣れてしまったスチールウォーリアーの大軍がいる。まだこちらには気付いていない。


アルの指は真っ直ぐその軍団の中心を指していた。

鈍く光る鉱石の鎧を纏ったスチールウォーリアー達。しかしその中に一体だけ、一際輝くボディの個体が混ざっている。



「おぉ、スチールウォーリアーの中にも"稀少種"がおったとは。あれはミスリルか?今日は御馳走じゃの」


「それではいつも通りにやるか?」


「…当然!」


アルは双剣を抜く。

しゃらんと響いた音に、スチールウォーリアーの何体かはこちらに気付いた様だ。

手足を振り乱しながら迫ってくる。



「わかっとるな?稀少種は極力傷付けるな」


「頑張るよ」



先頭の剣持ちスチールウォーリアーと打ち合う。

右手で受け流し、そのまま回転して左手で敵の腕を斬り落とす。右から迫る別の敵の斧を双剣で受けると、あえて衝撃そのままに数メートル吹き飛ばされる。


アルが着地した頃には剣持ちと斧持ちが一度にガルムの槍に貫かれた。


集団の奥の方から飛んでくる弓矢を、ガルムの動きを妨げる物だけ叩き落としながら再び接近。


ガルムの槍を避けながら体勢の崩れた敵に【斬撃(スラッシュ)】で止めを刺す。


すると次に襲い掛かってきたのは、なんとミスリル製のスチールウォーリアー。つまりミスリルウォーリアーだ。どの個体よりも大きな剣を両手で振りかぶっている。その輝きから、剣もミスリル製の様だと分かった。


「げ!?」

「よいぞ!大剣もミスリル製と来た!傷付けるでないぞ!」



アルは大剣を振りかぶったミスリルウォーリアーを集団の奥へと蹴り飛ばす。動作が大きな分、隙は突きやすいか。




スチールウォーリアーは淡々と処理していき、ミスリルウォーリアーが出張って来る度に蹴り飛ばすか押し返す。もっと言えば他のスチールウォーリアーの攻撃がミスリルウォーリアーに当たらないように気を付けると言った介護付きだ。


ガルムとの連携も板についてきた。

何度か失敗して死にかけた事もあったが、今では互いの動きが手に取る様に分かる。



「あー、今回はちょっと疲れたね」


ついに、残りはミスリルウォーリアーだけとなった。

他のスチールウォーリアーは全て撃破し、既にダンジョンに吸収された後だ。


アルはミスリルウォーリアーの攻撃をひらりひらりと避けながら、精神回復薬(マナポーション)を煽る。


「よし、準備が出来たらやれ」


「はいはい、ガルム行くよ!」



アルはミスリルウォーリアーの大剣を躱すと、魔力を存分に込めた【斬撃(スラッシュ)】でその両腕を切断する。肘の関節で離断したので腕には傷一つ無い。


ここからが重要だ。


アルはなんと、ゴトリと音をたてて落ちた両腕と大剣に飛び付き、ダンジョンに取り込まれるより先に【保管(ストレージ)】に入れた。



床が揺れ始める。壁も。天井も。

迷宮が怒っているのだ。


魔物の素材と言う資産(リソース)を姑息に奪おうとする蛮賊に、制裁を加えようとしている。



アル達がいる場所を中心に、魔物が産み出され始める。

床から、壁から、スチールウォーリアーが這い出してくる。

魔物の巣窟(モンスターハウス)だ。


アルは両腕を失くしたミスリルウォーリアーを無傷で倒しきると、その攻撃によってバラバラになったパーツを全て【保管(ストレージ)】へと放り込んだ。



「移動じゃ!」



アルとガルムは走り出す。

いち早く現れたスチールウォーリアーを弾き飛ばしながら、一気にその場を抜け出した。


しかしそのまま逃げたりはしない。何故ならば、魔物は全て倒す。それが信条だから。



またしても三人の前にはスチールウォーリアーの大軍が迫る。



「俺の経験値になれ、ってね」












「ミスリルウォーリアー!?………しかも丸ごと!?」



良いリアクションをしてくれたのはテンゴール冒険者ギルドの受付嬢アナさんだ。ギルドの買取カウンターに雑多に取り出した金属片を見て、目を丸くしている。



「オイオイ…。こりゃ、ついに俺等のお株を奪われちまった様だな」



その騒ぎを聞き付けてやって来たのは"鉄の鎧(アイアン・アーマー)"のアントンさんだ。お株を奪ったと言う表現は実に的を得ている。


彼等はロックリザードをダンジョンから持ち逃げしている。

アル達は最近、それを真似して、ロックリザードよりもっと高価な魔物を【保管(ストレージ)】で持ち逃げしているのだ。

具体的には今回のミスリルウォーリアーの様な、貴金属や魔法金属を含む個体を。



「このカウンターにミスリルが持ち込まれたのなんて………何ヵ月振りでしょうかなのです………」


アナさんが心なしか涙声になっている。



「それで、買い取っていただけますよね?」


「勿論です!すぐに計量しますですます!ちょっと!誰か手伝ってなのです!」



そのミスリルの小山は、無事買い取って貰う事が出来た。

金額として、なんと約百万ギル。


本来ならばミスリルウォーリアーからドロップするミスリルの量は今回の十分の一程度だそうだ。もともとダンジョンドロップ製のミスリルは純度が高く、一キログラム一万ギルで買い取って貰えるらしい。


勿論、アル達とガルムで五十万ずつに折半した。




「やるなぁ!スーパールーキー!!!おいこっち来て一緒に飲めよ!御祝いだ!」



すでに足元がおぼつかないアントンさんに半ば強制的に連れていかれそうになる。しかし、アルもなんとなくお祝いしたい気分だった。

最近ではガルムとのダンジョン攻略が(はかど)っている事もあり、順調に強くなっていると感じていた。



「えー、では折角なので。ガルムはどうする?」


「手前も混ざろう」


「いいね!では今日は僕が奢りますよー!」


「マジかよ!?流石だスーパールーキー、アル!」


「こりゃ!アル!何を勝手な事を!!」


「まぁまぁ。元はといえば"鉄の鎧(アイアン・アーマー)"の真似をして稼いだお金なんだからさ。少しくらいは」


「少しじゃと!?こいつ等既に十万は飲んでおるぞ!?」


「アナちゃあぁん!エール追加だー!樽で持ってこォい!」



彼等はかなりの酒豪だった。

毎日稼いでいるお金を、ほとんど酒に使ってしまうらしい。そして宿も取らずに、そのままギルドで寝てしまう事も多いのだとか。

本来ならば追い出されるのだが、ギルドとしても素材を入れてくれるのもお金を落としてくれるのも彼等だけなので、大目に見てそのままにする事も多いみたいだ。



「おいおいお前等、次は何を狙うんだ?迷宮主でも連れてくるか?ガッハッハッハ!!!!!」


「いいえ僕等の狙いはクリスタルゴーレムです。迷宮主よりも値が付くと聞いたので。でも一向に出会えないんですよね」


「マジかよ!?クリスタルゴーレム!?」


「んーなでけぇのどうやって持って帰んだー?」


「あんなでかいの?…ってことは、ギルバートさんは見たことあるんですか?」


少し田舎風の訛りがあるのはギルバートさんだ。

彼は飛び抜けて酔っぱらっていて、立派な顎髭がエールでびしょびしょだった。



「ん…?あ、あぁ、一度だけ狩った事があるな。ありゃ確か、かなり奥に迷い込んじまった時だったかな?ディエゴ?」


「んだ。もう迷宮主の部屋の近くだったんじゃねぇが?」


「その時は拳大のクリスタルで三十万にはなったな?」


「あぁ、また出会いたいもんだが、持ち帰るには少々骨が折れるな」


「何言ってんだ。骨折で済めば儲けもんだ!ガッハッハッハ!!!あぁ………そう言えば。お前ら新しい任務(クエスト)の紙を見たか?」



新しい………任務?

正直言って、全然見ていない。と言うより、この街に来て以来、このギルドの掲示板が更新されたのを見たことがなかった。最初はチェックしていたが、それも一週間程前からやめてしまった。



「今日の朝一で貼り出されたんだ。何でも(くらい)の高い錬金術士を求めてるらしい。これがまた、報酬がかなり良いんだ。目が飛び出る程にな。なんたってあのAランクパーティの"烈火"からの依頼だってんだからな」


「え!?"烈火"からの依頼!?」



アルは思わず椅子から立ち上がっていた。

アントンさんもそこまでの反応は予想外だったのか、もともと身体に似合わずつぶらな目が余計に丸くなっている。



「この近くってどこですか?他には何か書いてありました?」


「お、おう。場所はスレイヴって街だ。ここから馬で北西に三日。他には………特に書いてなかったな。ただ、あそこは奴隷業が盛んな街で、そこにいる奴等もロクなのがいねぇ。錬金術士なんて高尚なのがいるわけねぇんだが、俺にはそもそも錬金術士を探す目的が思い付かねぇな」


「"烈火"には魔法使いが多いって聞いたぜ?魔法使いの杖に使われてる魔石なんかは錬金術士しか直せねぇって聞いたことあっから、それじゃねぇか?」


「まぁ何にせよ、錬金術士にツテでもない限りは関係ねぇけどな。ほら!エールのお代わりだ!ここには瓶を空にする錬金術士がいるぞ!」


「それも五人もだ!」



ん?五人…?

横を見ると、ガルムがとてつもない勢いで酒を煽っていた。












「ぐぅ、昨日は久しぶりに飲み過ぎたな………。ダンジョンが傾いてる気がする」


「いや、傾いてるから。ここのダンジョンはずっと坂道だから。本気で言ってる?そんな状態で後ろから槍で突かれるのすっごく怖いんだけど…」


「安心しろ、冗談だ」



翌日のダンジョン探索はこんな感じでスタートした。

ガルムは本調子ではない様な気もするが、足取りはしっかりしている。きっと大丈夫だろう。………と願うしかない。


「今日は休養日にしても良かったのに」


「お主は"烈火"の事が気になっておるだけであろう。あわよくばスレイヴとやらに行こうとしておるのではないか?」


「………うーん、だってさ。あのセシリアさん達がそんな高額な依頼を出してたなんてきっと何かあったんだよ。本来ならあの人達にも錬金術士の知り合いくらいいるはずだし。急いで募集してるなんて」


「手前の体調は抜きにしても、確かに気がかりではあるな。しかしそのパーティはAランクなのであろう?そうならば彼等の問題は彼等で解決できるのではないか?」


「まぁ、確かにそうかもしれない………」



アルにできる事と言ったら、エルサを【空間転移(テレポート)】で引き合わせるくらいの事だけど。それでもスレイヴには行ったことが無いため【空間転移(テレポート)】では飛べない。

ここから移動してたら三日はかかるとアントンさん達は言っていた。


それに確かに、彼等はAランクパーティだ。

最上位のSランクに次ぐ精鋭。そうそう命の危機に瀕する様な事態になるとは考えにくい。


本当に装備の修繕関係だけの話なのかもしれない。

いや、多分そうだ。単なる思い過ごしだろう。



「ううん。ごめん何でもない。僕達はこの街のために出来る事をしよう」


「よし、では進め」



気持ちを切り替えてダンジョンを下る。

頭の中で"烈火"の事を隅に追いやりながら、前方を警戒する。


今日は出来るだけ深くまで進むつもりだ。

昨日アントンさん達が言っていた迷宮主の部屋の近くにまで行けば、クリスタルゴーレムに出会えるもしれない。




数分ほど歩くと、最初の遭遇(エンカウント)だ。今日の初戦はお馴染みのスチールウォーリアー。


このダンジョンの浅層ではかなりの確率で出会うためそれも仕方ないだろう。しかし、また大勢で動いているかと思いきや、三体だけしかいなかった。


「珍しいね。群れはもう狩りきっちゃったのかな?まぁ楽で良いけど。ねぇガルム、僕一人でやらせて」


「一向に構わん。手前は少し失礼する。うぷっ…」



ガルムから了承を貰って、アルは双剣を抜く。

敵の得物は剣、槍、弓だ。


剣を持ったウォーリアーが前に出てくる。

三体は少しずつズレて射線を確保しており、剣持ちウォーリアーと初撃を打ち合うタイミングで槍と弓が迫ってきた。


しかしその程度の同時攻撃など、もはや怖くはない。

全てを左右の剣で迎撃しながら、数十秒で剣、槍、弓の順に倒しきった。


もちろんアルは無傷。息一つ切れていない。

攻撃と回避の動きの中で無駄が無くなって来ている感じだ。



「さぁ、今日も調子良いよ!次行こう次……え?」





ぺっ…。




そんな音がした。久し振りに聞く音だった。

危うくガルムが嘔吐する音に掻き消されそうだったが、もしアルに聞こえなかったとしてもシオンが聞き逃す事は無いだろう。



その音と共に現れたのは、金属板のような物だった。

ダンジョンの床に転がるそれを見ても、アルは最初それが何なのか分からなかった。


しかし【鑑定】を使って見れば一目瞭然だ。

"スチールプレート"と表示されている。



「ま、さか。スチールウォーリアーからの………。アイテム…ドロップ………?」


アルの頭の上で、不敵な笑い声がした。


シオンだ。

知っている。これは悪巧みが上手くいった時にする笑い方。



「やはりな。これで決定じゃ。このダンジョンは死んではおらん。眠っておるだけじゃ。そうと分かれば。さぁ、叩き起こしに行こうではないか」

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