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81話 その頃の烈火

待ってました"烈火"!


「あぁああ!やぁぁぁぁっと………見つけた!」



隣で獣人の彼女が普段は垂れ下がっている耳を全力で持ち上げながら叫んだ言葉は、ここに至るまでの苦労を見事に表していた。


目の前には薄暗い照明。そしてそんな()()()な光源でさえ十分と言える程の小部屋。

どうやらやっと"アタリ"を引いたのだと分かった。




「な、何だ!?お前達は!?人の屋敷に勝手に入って来るな!衛兵はどうした!」



その小部屋には二人。

一人はひょろっとした中年男性。尻餅をついた状態で後退りしている。そしてその奥には、真っ白のワンピースを着た女性。一見すると服は新品同様で、小綺麗に見える。しかし顔を覆う髪の毛は全く手入れされておらず、この部屋自体には糞尿の臭いさえ僅かに感じられた。


女性が顔を上げると、その表情に絶句する。

頬は痩せこけ、眼球も落ち込んでいる。往年の輝きは見る影もない。こちらの事が見えていないのか、それとも認識できていないのか分からないが、この状況に眉ひとつ動かさない。


じゃらん…と音をたてたのは鋼鉄の首輪。

鎖が床に伸び、巨大な楔で固定されている。


「一体ここが誰の…!」



有無を言わさぬ速度で抜刀する。

蒼く透き通るような細剣(レイピア)を男の喉元に突きつけた。



「貴様の精神がまともではない事は百も承知。しかし今の私はそれ以上だ。その御粗末な()()を刻まれたくなければ、黙って表に出ろ」



セシリアは男を見下ろして告げた。

怒りで震える細剣が、男の喉から血を垂らす。



「"烈火"の皆様方。後は我々にお任せください」


セシリアは後ろからやって来たギルドの職員と騎士達に道を譲る。

男は喉元の血を気にしながら部屋から出ていった。クレイがその尻を蹴飛ばすが誰もそれを庇ったりはしない。


セシリアは未だ虚ろな女性に近づくと、首輪を力任せに外した。



「お………。さい…」


壊れ落ちた首輪を見た女性は、言葉にならない声を漏らしながら、その首輪を慌てて自身の首に戻そうとしている。


「お許し………下さい。お許し下さい………」




呪縛。


そんな言葉が頭に浮かぶ。

その光景に堪えられなくなり、セシリアは彼女の手を止め、できるだけ優しく抱き締めた。



「助けに来るのが遅れてごめんなさい。もう大丈夫です。リンダさん。悪夢は終わりました………」


彼女の痩せ細った肩が小刻みに震える。

声にならない叫びが、セシリアの身体に刻み込まれる。


その痛みは、今まで身体に受けてきたどんな傷よりも。セシリアの心に深く、深く、刻まれた。












「セシリア。分かってるでしょ。私達だけが原因じゃないって」


「まだ言ってんのかよ。もう考えたって仕方ねぇよ。それに悪ィのは売る奴等と買う奴等に決まってんだろ?」



そんな慰めの言葉をかけてくれるのは、それぞれワインとエールを手に持ったイザベラとクレイだった。セシリアの様子にクレイは苛立った様子だが、彼なりに気を使ってくれているのだ。



「でも私達の不手際が彼女の監禁を長引かせた事は事実よ」



セシリアはグラスに半分以上残ったワインを一気に煽った。

この地方のワインは甘味の強いふくよかな味わいとされているが、今はほとんど分からない。しかしそもそも、冒険者ギルドの酒場で出しているワインは極端な安物ばかりだ。そんなどこの何で造ったか定かでない様な酒でも、今は酔えればそれで良かった。


ここはファレオ共和国のほぼ真ん中辺りにある"スレイヴ"と言う街。

アル達が滞在しているテンゴールから、馬車で北西に僅か三日ほどの場所にあるが、両者はまだそれを知ることはない。



「セシリア。反省すべき点はあるが、必要以上に気にする必要は無いと思うよ。私達はこの四ヶ月を棒に振って、"裏"奴隷の捜索に勤しんだ」


ワインのお代わりをしようとするセシリアの手を止めたのは、エルフのリアムだ。その深い声には人を落ち着かせる力がある。


「ワインおかわり!分かってるわ。でも元はと言えば私達の失態よ」



セシリア含む"烈火"のパーティは、約四ヶ月前にアルフォンス達とアルテミスで別れて以降、ずっと人探しをしていた。


アルテミスの一件で奴隷として売り飛ばされてしまった人達を探していたのだ。事の発端は、それよりさらに半年前。アルテミスで暗躍する人身売買の組織を、"烈火"が壊滅させ()()()()事が始まりだ。


組織を潰す"烈火"の手から逃げ延びたグリフォンと言う大男と、【魅了】スキルを持つ冒険者のダリウスが手を組み、新人冒険者を奴隷として売り飛ばしていたのだ。


その人数は半年間で三十人にも上る。

多くがこのファレオ共和国に流れてきたとの事だった。


今日助け出したリンダは、ダリウスが最初に奴隷としたアルテミス冒険者ギルドの受付嬢だった人物だ。つまり約十ヶ月も奴隷としての扱いを受けている。

しかもただの奴隷ではない。

国際法で認められた"正規奴隷"ではない、いわゆる"裏奴隷"。



正規奴隷には魔導具として首輪が嵌められる。


その首輪には主人となった者へ服従すると言う魔法的強制力がある。またその反面で、その主人に課せられた、通常飲食をさせる義務、睡眠を摂らせる義務、暴力行為の禁止、性的行為強要の禁止など、その他諸々の最低限な法的保護規約が犯された場合、直ちに専門の機関に情報が伝わる様な仕組みとなっている。


しかし"裏奴隷"には、それすらも適応されない。

適応されないどころか、買い手はそれ等を目的とするからこそ、わざわざ高い金を出して裏奴隷を買うのである。


ただ、裏奴隷の売買や所持は国際法の重大な違反だ。その点、今回の様な強制捜査が可能であるため、冒険者であるセシリア達にも捜査と救出が可能となる訳だ。


テーブルに届いた何杯目か分からないワインをひっつかむと、乱暴に口元へと運ぶ。



「飲み過ぎだセシリア。そうは言っても、あの時アルテミスに立ち寄れるパーティでは、私達が最も適任だった。そして私達も決して手を抜いた訳ではない。つまり私達のした事は、冒険者ギルドにとっての最善だったと言う事だ。もちろん私達にも責任はあるが、私達だけで抱える物でもない」


「それを奴隷にされた人達に面と向かって言えるの!?彼女達を前にすれば、何を言っても言い訳よ!」



リアムの言うことは分かる。


分かるが納得できない。


だから今、セシリアに出来る事と言えば、未だに見つかっていない人達を一日も早く見つける事だけ。


実際そのために、この四ヶ月はダンジョンにも行かず、ファレオ共和国中を行ったり来たりだ。このスレイヴと言う街に来たのもこれで四回目。王都トニトルスに隠れていた奴隷商からあの腐った男爵にたどり着き、五日かけて昨日またこの街にやって来たのだ。


四ヶ月のうち三ヶ月はほぼ移動時間だった。

残りの人達はあと数人。順調に事が運んだとしても一ヶ月はかかるだろう。それにまだ、最近救出した何人かを、ロザリオ王国まで護送する仕事だって残っている。



セシリアは焦っていた。

もちろん今やっているそれだって、冒険者ギルドからの依頼だ。大切な仕事であるし、誰よりもセシリア達が責任を持ってやり遂げなければならない。


しかしもう四ヶ月もまともに戦っていない。(ろく)でもない奴隷商やその買い手を殴って回っているだけだ。細剣(レイピア)を振るうことさえない。



"烈火"が座るテーブルのすぐ近くで、囁き声が聞こえたのはそんな時だった。

こちらに聞かれたくないのか聞かせたいのか分からない声量で、男三人が喋っている。


「オイオイオイ。マジかよ!まさかあれ"烈火"じゃねぇのか………!?」

「はぁ…?うぉぉ!?マジだ!間違いねぇよ…!それじゃ、あれが噂の"氷姫"か…?マジで良い女だな。ヤりてぇぇ…!」

「待て待て。俺は回復術士のイザベラ様に一票だ。あの胸と言ったら…。回復どころか腫れ上がっちまうぜ!」

「腫れるってとこがだよ?」

「決まってんだろ!?俺の聖剣だよォ!?」

「がっはっはっは!なぁなぁ、お前声かけて来いよ…?」

「馬鹿言え…殺されるぞ」

「はぁ!?こんなチャンス滅多とねぇぞ!?」

「あぁ、見たところ相当飲んでるぞ。それにほら良く見ろ。周りの奴等もソワソワしてるぜ?早いもん勝ちかも知れねぇな…?」

「向こうも意外と待ってるのかも知れねぇぜ?」



そこまで聞いて、セシリアは愛剣である"薄氷"を取って立ち上がった。


「よせ!セシリア!!」

「だめよ!!!」


その二人の制止も聞かず、セシリアはずんずんとその三人組に近寄っていく。酒場中の視線を纏めながら、三人の目の前まで行って立ち止まった。【鑑定】するまでもない。腹周りの贅肉から見て、良くてレベル30前後だろう。

三人組はビックリした顔を隠せていないが、顔の赤さからどうやら全員が相当酔っていると分かった。



「何だ?」

「どうした?姉ちゃん。俺等に何か用か?」

「そんな物騒なもん持ってよ?」



ニヤケ顔で白々しく言い放った。



「えぇ、そこの貴方?良ければ今夜のお相手をお願い出来ますかしら?」



セシリアが笑顔で言い放つと、後ろでクレイがエールを盛大に噴き出した音がする。

セシリアに指名された三人組の中でも一番強そうな男は、一気に得意気な顔に変わり椅子から立ち上がった。



「うっひょーーー!こいつは最高だァ!どれ見たか!?お前等!?」

「嘘だろ!?」

「マジかよ!?俺は!?俺じゃダメなのか!?」


「彼が良いみたい………ねぇ、すぐに始めよう?」


可愛らしく見える様に努力しながら言ってみる。


「バァァァカ!ご指名は俺だ!?あぁいいぜ?俺はいつでもオーケーだ!がっはっは!天下のAランク様も、結局は女って事だ!なぁ?もう我慢出来ねぇんだろ、えぇ?」


男が調子に乗ってセシリアのお尻に手を回そうとした所で、その手を掴み取る。そして有無を言わさず、一気に内側に捻り上げた。


「うぎぎあぁぁぁああ!」

「えぇ。もう、我慢の限界」


男は叫び声を上げるが、お構い無しに腕を捻り上げたまま、その小汚い赤ら顔をテーブルに叩き付ける。


「いでぇぇ!!!」

「何すんだこのアマ!?」

「不意討ちなんて汚ねぇぞ!」


連れの男二人も、武器をひっ掴んで立ち上がった。


「はぁ?一体何を寝惚けた事を言っている。私は今夜の相手をお願いし、こいつはそれを承諾した。相手と言えば決闘の相手に決まっているだろう?お互い冒険者だ。それ以外に何があると言うんだ?分かったら少し黙っていろ。

………さぁ!全員聞け!!!」



セシリア達は既に酒場中の視線を集めていたが、大声を出す事でそれ等を自身に固定する。そして後ろのリアム達に素早く目配せした。



「私達はAランクパーティの"烈火"だ!私達が、この奴隷事業が盛んなスレイヴに来たのには理由がある!既に知っている者もいるだろう!私達はロザリオ王国から誘拐されて売られて来た裏奴隷を数人探している!ロザリオからこの国まで運ぶのに冒険者の護衛を雇ったハズだ!そしてその冒険者がこの中にいるのは分かっている!自ら名乗り出ろ!そうすればその者の責任は問わないと約束しよう!」


ギルド内がざわざわと騒ぎ出すが、名乗り出る者はいない。

セシリアがゆっくりと周りを見回すが、多くの冒険者は同じように周りをキョロキョロしているばかりで、名乗り出てくる者はいなかった。

そしてその内、ギルドスタッフが止めに来た。



「ちょっと!困りますよ…セシリアさん!」


「あぁ、すまない。騒がせた。酔った勢いだったんだすまない。今日はもう帰るとするよ。ほら、この金でこの冒険者達にはもう一杯ずつ酒を。私からだ。薄汚い貴殿達の命が無事だった事の御祝いだ。心して飲め」


テーブルに押し付けていた男を離してからそう吐き捨てると、"烈火"はその場を後にした。

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