8話 強くなる為には命を賭けろ
「よし、名前も決まった所で、とりあえず整理しよう」
胡座をかいて座るくらいまでに回復したアルは、シオンを目の前に座らせてから、膝を叩いた。まずは状況整理だ。しかし、シオンを正面に座らせた事で他に優先するべき内容があった事に気付いた。
「うーん…よし、まず状況整理の前に、シオンの服を取ってこよう。とりあえず僕の服を取ってくるからそれで我慢してくれる?」
「うむ。流石に毛がないと少し肌寒いものじゃのう」
二人は一度村へと戻った。いきなりシオンを村に入れるのもリスクが高いと考え、村の近くにシオンを置いてアル一人で家までダッシュする。エマさんはちょうど畑の方に出ていた様で、気付かれずに済んだ。十分ほどでシオンの所に戻る。
人が来ないような場所ではあるが、一応アルがコートで影を作りながら、着替えてもらう。シオンの身長は百五十センチあるかないかで小柄だ。アルでも十分全身を隠せる。
「これは仮の姿じゃ。妾は見られたところで何ともない」
「見た方は何ともなくないから!」
「なんじゃお主。何ともなくないとは、具体的にどうなるという意味なのじゃ?ほれ、ほれ?妾に言うてみるがいい」
「いいから早く着ろって!」
*
そんなこんながあり、やっと森の中に戻ってきた二人。
やっと一息つける。そう思いながら、また向かい合って座る。
太陽がかなり昇っていた。と言っても朝が早かったため、まだ十一時頃だろうか。
………と、時刻を窺っていたら、今度はシオンがすぐ前に座っていた。本当に目の前だ。膝が当たりそうな程に近い。
「おい、お主」
「な………何?」
「妾の前脚を握れ」
不覚にもドキッとしてしまう。この狐はなんと、頬を染めながらの上目遣いができる狐だった。言い回しにも百点をあげよう。
「何、その急なデレ。手を繋げってこと?」
「勘違いするでない!魔力が足りんのじゃ!」
あぁ、紛らわしい。
何でも【召喚】で呼び出された魔物は、ある程度召喚主からの魔力供給を必要とするとの事。特に大狐での姿はかなりの魔力を必要とするらしく、強制的に魔力が吸い取られていたらしい。勿論、アルの魔力量は雀の涙程度しかない。たった数秒で枯渇し、アルは昏倒。シオンも魔力供給が無くなった為、仕方なくこのような姿になってしまったとか。
「本当はもっとナイスバディにもなれるんじゃが。いかんせん魔力が足りん。追々と言う事で楽しみにしておくがよい」
「僕の魔力を変な事に使わないで下さい」
僕とシオンは今、手を繋いでいる。
握った時は二人とも冷たかった手が、行き交う魔力のせいなのかやんわりと暖かい。
こうして改めて見ると、シオンの仮の姿はやはりかなり可愛い。ボブカットの銀色の髪に、白い肌。全体的に色素が薄いためか神秘的な雰囲気を感じさせる。そこに紅い目がアクセントとなっており、吸い込まれそうになる。歳はやっぱり同い年くらい。小柄で華奢。手足なんて本当に細くて、剣なんて振ったら折れてしまいそうだ。そんな女の子と向かい合って手を繋ぐなんて状況に少し緊張する。この緊張がバレないといいんだけど。
「ごほん。えーっとそれで。僕の事はアルって呼んでね」
「それより、お主、その"僕"という一人称どうにかならんのか?"我輩"か"我"にせい」
「いや無理だから、今時いないから、そんな人。そんな事よりシオンのステータスの説明をしてくれるかな。数字が無い事とか。そもそも召喚した魔物は相当強いって聞いてたんだけど………シオンって戦えるの?」
正直言うと、狐の姿ならまだしも、今の姿では戦闘力はかなり期待できない。
「どうじゃろうの。なんせまだレベルが低いからの。まぁレベルはお主と一緒に上がっていく故。身体ステータスはお主と一緒じゃ。つまりお主と同程度の強さと考えればよかろう………ステータスオープン」
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名前:シオン
種族:妖狐
Lv:8
スキル:【筋力上昇Lv5】【変身Lv5】【吸収】
【風魔法】…【風鎧Lv1】
【雷魔法】…【感電】
共通スキル:【運上昇Lv1】
武器:なし
防具:牛革のコート
その他:なし
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シオンは自分のステータスを開いた。ステータスが書いてない以外は、普通のステータスと同じ様だ。そして一つ一つのスキルを指で押して見せてくれた。口調はなんだか古めかしいし、怖い事言うときもあるけど、基本的には優しいのかも………。そんな失礼な事を思いながらも、スキルを頭にいれていく。
【筋力上昇Lv5】…筋力に上昇補正。
【変身Lv5】…姿形を自由に変えられる。
【吸収】…倒した魔物から、魔力、能力を吸収する。
【風鎧Lv1】…対象者の身体ステータスを六パーセント上昇する魔法。持続時間一分。
【感電】…雷魔法攻撃。対象に麻痺状態を付与。
【運上昇Lv1】…運に上昇補正。
う、うらやましいスキルばっかり………。
これはステータスが一緒でも、実際にはアルよりかなり強そうだ。
「ねぇ、このスキルと共通スキルが別れてるのは何?と言うか、さっきこんな共通スキルなんてのあった?」
「共通スキルは召喚主と共有できるスキルの事よ。つまりこの【運上昇Lv1】のスキルはお主にも効果を発揮するであろう」
「え!?……………ほんと?」
「妾は滅多な事では嘘はつかん」
昨日まで一つもスキルが無かったのに…。
もう一つスキルを得てしまった。
「え、でもこれさっきは無かったよね?ね?」
「お主スキルの説明をしっかり読んでおらんのか?【吸収】スキルがあったであろう。【空間魔法】で【召喚】された召喚獣には必ずつくスキルじゃ」
確か………倒した魔物から、魔力と能力を吸収する。だっけ?
「倒した魔物からスキルを吸収できるって事!?」
「そう言うておる」
ふんぞり返る少女。何故そんなに詳しいんだ?
「それにしても、お主は何をやっておったのだ。もう歳も十六だと言うのに、未だにレベルが8とは。ステータスも全然ではないか」
シオンが呆れ顔でアルのステータスについて指摘する。
ぐぅ。そこを突かれるとなんとも苦しい。
「いや、【空間魔法】のスキルが出るまでスキルが無かったんだ。それでパーティにも入れてもらえなくて、一人でずっとやってきたから。これでもホーンラビット相手に頑張った方なんだよ?」
「まぁよかろう、とりあえずレベルを上げねば話にならん。そのような魔力では、妾が息苦しくて仕方ないわ。最寄りのダンジョンの適正レベルはいくつじゃ?」
シオンからダンジョンと、適正レベルと言う言葉が出てきたことに驚く。魔界に住んでるはずなのに、この世界の知識を持っているのだろうか?
「えっとアルテミスって街で17~23だけど」
「ふむ。この森にいる魔物くらいなら今のお主のレベルともちょうど良かろう。早く17レベルまで上げる事としようかの。ほれ、荷物を取れ」
シオンは意気揚々とアルの手を引いて立ち上がる。
かなりの急展開に置いてけぼりになる。アルも慌てて立ち上がり、鞄を背負い直して短剣を確認する。ちなみにコートは未だシオンが着ている。
「え?今からいくの!?………しかも17レベルって?そんなレベルの魔物はここにはいないよ。だからだいたい皆12レベルくらいになったらダンジョンに行くんだ」
「戯けた事を抜かすな。この広い森の何を知っとるんじゃ。お主が知らんだけじゃ。世の中にはお主に分からない事など腐るほどある」
「だからってなんで来たばっかりなのシオンにそんな事が分かるんだよ」
シオンは答えずに歩き出した。その後を慌てて追いかける。
彼女はこの森に来たのは初めてのはずであるが、その足取りに迷いはなく、どんどんと森の中に進んでいく。
この数日で木々の姿も寂しいものへと変わってしまった。
そのせいでアルですら、はっきりとした場所は分からない。
「ねぇ、もしかしてシオンって今までにも【召喚】された事あるの?」
「うむ。一度だけであるがな。その時の主は美しい女じゃった。それ以上は、今は未だ話しとうない」
それははっきりとした拒絶だった。
シオンはそれだけ言うと、止まってくんくんと鼻をひくつかせる。それから数分毎に止まっては匂いをかぐ。非常に愛らしい。
「でも…待ってよ。………変じゃない?共通スキルがつくのは魔物を倒して【吸収】したときだけだろ?まだシオンを【召喚】してから、魔物なんて倒してないのに」
「妾が弁当を食べたであろう?あれに入っていた肉はおおかたお主が殺した物なのではないか?」
あ。あぁ、もしかしてホーンラビットの肉が入ってたのかな?それなら確かに僕が狩ってきたやつだと思うけど…。
ってことは、正確には倒すだけじゃなくて、僕が倒した魔物を食べてもいいのか?
「ここらへんじゃな。よし、今日は手始めに、お主が慣れているというホーンラビットを狩るかのう。準備はよいか?」
「準備も何も。どこにいるの?そんでそういえばそもそもシオンは武器がないじゃないか」
アルは周囲を見渡すが、どこにもあの白い影は見えなかった。
「魔物は今から呼ぶのじゃ。おぉ、そう言えば。あの村には回復魔法を使える者はおるか?」
「それなら僕のお世話になってるエマさんが使えるけど。瀕死でも息さえしてたら治せるって豪語する人だよ」
ニヤリと笑った彼女を、止める暇もなかった。
シオンは大きく息を吸い込むと―――――吠えた。
空気自体が怯えている。そう思わせる程の振動だった。それはこの華奢な女の子から出る様な声ではなく、あの大狐を彷彿とさせる声だった。改めて、この子があの狐だったのだと思い知らされる。
そして、その効果はすぐにあった。
吠えてから数秒後、シオンが指差した方角から、ホーンラビットが走ってくる。一匹いや、二匹だ。二匹を同時に相手したのは過去に一度だけ。その時のへこみが胸当てにまだ残っている。
短剣を抜く。ホーンラビットを複数相手にする時は、跳んだやつを目で追わない事だ。まだ跳んでないやつを視界に入れておかないと、背中から致命傷を貰う。
一匹目が勢いのまま突っ込んでくる。
それを何時ものようにかわし、短剣を刺し出す。そこでアルは何時もとは違う事に気付く。
身体が軽い。そうかステータスが上がったんだ。
今回アルは二つもレベルアップしている。まだレベルが低いため、ステータスの値はレベルアップ前の倍ほどにもなっているのだ。
先に跳んできたホーンラビットの腹から脚にかけてを切り裂く。その間もう一匹からも目は離さない。そしてもう片方は、跳びついてきた空中で首に短剣を突き刺した。
短剣を抜き、血を簡単に払うと、脚をやられて動けないでいるホーンラビットに止めを刺した。短剣での傷もかなり深く入っていた。
捌けた……………!しかも簡単に!
「気を抜くな」
ガサッ
シオンの声がしたのと同時に、草むらから更に二匹跳び出してきた。完全に油断していた。
二匹同時にアルに迫っている。これは………この体勢からじゃ、避けれない。しかもその内の一匹は頭に入る。まずい。
エマさんの言った"過信"という言葉が、今。頭を過る。
「がぁっ!」
鋭い痛みが走ったのは左肩だった。
ホーンラビットの角が深々と刺さり、角に真っ赤な血が伝う。
焼けつくような痛みが左肩に走る。かつてない痛みに涙が滲んだ。
でも、助かった………。
「まったく…。ぼぅっとするでない」
シオンが、アルの頭の直前でホーンラビットの角を掴み止めていた。哀れな角兎は空中でじたばたともがいている。それをシオンは軽く持ち上げると、そのまま地面に叩きつけた。ホーンラビットが破裂して飛び散る。顔のすぐ前を兎の目玉が飛んでいった。
我が目を疑った。シオンの手には引っこ抜けた角がまだ握られている。残りは地面でただの血溜まりとなっており、毛皮がせいぜい残っているくらいか。どんな勢いで叩きつければそんな事になるのか想像もできない。
ったくどんな怪力だよ………!【筋力上昇Lv5】の効果か!
何が、"折れてしまいそうな細い腕"だ!
「ぐっ、くそ!動くな!」
アルは肩に刺さっているホーンラビットの首に短剣を刺し込む。暴れるたびにぐりぐりと痛かったのだ。ホーンラビットが息絶えても、角は抜けない。いや下手に抜くともっと出血する。ただでさえ【召喚】で持ってかれたのに。
「角を途中で斬ってしまうがよい。【斬撃】が使えるであろう。短剣で斬りつけながら【斬撃】と詠唱するだけでよい。無詠唱とは詠唱が必要ないと言う意味じゃ。慣れれば口に出さずとも念じるだけで使えるようになる」
「うっ、【斬撃】ッ」
短剣を角に向かって勢い良く振り下ろすが、抵抗感は全く無かった。今まで弾くことは出来ても斬り落とせた事などないのに、今回はまるでバターのように刃が通った。アルの振った短剣の軌跡通りに、空中に黒い残滓が残っている。これが、【斬撃】。魔法斬攻撃………!
アルは鞄から手早く包帯を取り出すと、それで肩を巻き、角が抜けないように固定する。回復薬も一応は一本持ってはいるが、なんとなく使い時は今ではない気がした。
そしてその直感は正しかった。
「そのスキルは魔力を消費するゆえ、使いすぎるとまた倒れるからの。さぁさぁまだ始まったばかりじゃ。今日の分、あと二十匹は来るぞい。早く構えろ、アル」
ガサガサと周囲が騒がしくなる。
その所々から白い毛や角が見え隠れしていた。既に敵の突進射程距離圏内に五匹は見える。大地を蹴る音がいくつも重なって聞こえる。
アルは、初めて死の足音を聞いた気がした。
*
アルは誰かに担がれていた。
力の入らない両手からは、血がぽたぽたと落ちている。
ぼんやりとした灯りに、うっすら目を開けると真っ赤に染まった視界。それでもどこにいるかは分かった。
ここは知ってる。家だ。
「エマとやらはおるか?」
シオンの声とノックの音がする。それと同時に、身体が少し揺れる。という事は担いでくれてるのはシオンか。
扉が開く。人影の後ろから明かりが外に漏れ、僕達を照らす。そこで初めて日がすっかり落ちていることに気づいた。
その人影が息を飲む声が聞こえる。それだけで分かる。エマさんだ。
数歩進んで家に入ると、シオンに降ろされる。
体勢が変わる事で、ごぼっと血が肺から口の中まで溢れる。
それを吐き出した所で、ぴゅーぴゅーと言う呼吸音も聞こえ、自分でも瀕死であると分かった。なんてったって身体に十数ヶ所穴が空いているのだ。
「アル!一体何が………!」
「先に回復せんと死ぬぞ。もってあと五分じゃ。回復薬も使ったんじゃが、穴の数が多すぎたの。ちょっとばかりやりすぎたか」
エマさんの手がアルに触れる。
回復魔法を受けた事がない訳ではないが、身体全体が暖かく、まるで真冬に毛布にくるまれたような感覚。
"生き返った"。そう感じた。
「どなたか知らないけど、アルを助けてくれてありがとう…!」
「うむ。くるしゅうない」
いや、エマさん。そいつが元凶だから………。
その後、エマさんにこっぴどく叱られたのであった。
しかし、その地獄の様な日々は、それから半年程続く事になる。




