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78話 ダンジョンの異変

「これ…!一体っ!いつまで!続くの………!」


迫り来るロックリザードの右腕を斬り払うと、一本一本が十センチは有りそうな爪と接触して火花が散った。しかし火竜の双剣はしっかりと、表皮に接触した所を容赦無く斬り裂いている。


またその隙を狙って噛み付こうとしてきた別のロックリザードの口に、すんでの所で【(シールド)】を作り出してはめ込む。そして悪態と一緒に顔面を蹴り飛ばした。



「うむ。流石にもう鬱陶しくなってきたな」


「アル、反応が少し落ちてきておるぞ」


「もう!三十体は!倒して…!るのに!」



戦闘が始まってから、体感で既に十五分ほど経過していた。

魔力と精神(メンタル)の消費が激しい【支配者(ドミネーター)】は囲まれた時にのみ使うようにしているが、それでも精神的なストレスと肉体的な疲労を感じ始めている。


アルの少し離れた所では、ガルムが大盾で突進してくるロックリザードをことごとく跳ね返していた。そんな中でもきっと、彼の頭の中ではアルが少しずつ叫んで教えるロックリザードのスキルと、自身の考察の結果を擦り合わせているのだろう。


「ガルム、体力はどうじゃ?」


「手前はまだまだ!大丈夫だが!」


「アル、それなら来るだけやれ」


「そう言うと…思ったよ!」



そこからさらに三十分はロックリザードの嵐は止まらなかった。


幸いだったのが、現れた魔物がロックリザードの一種類だったことと、ロックリザードのレベルがアルよりも二つほど低いことだ。


そしてありがたい事に、火竜の双剣もその圧倒的な性能を遺憾無く発揮した。以前に使っていた剣と比べると、軽くて取り回しがしやすい上に、その斬れ味は通常の攻撃でさえ以前の【斬撃(スラッシュ)】に迫る物だった。そしてマルコムさんが言っていた通り、硬いロックリザードをこれだけ斬っても、その刃が鈍った様子はほとんどない。


しかしそんな火竜の双剣とは裏腹に、使い手のアル自身はと言うと肩で息をしていた。額からは汗が滴り、前髪が額に貼り付いている。身体のあちこちに傷が出来ており、酸欠気味で頭は回らない。


全てのロックリザードを倒した時、心臓は早鐘の様に肋骨を叩打していた。


クープでの一件から、たった二ヶ月。

この量の魔物を相手に戦ったのはその時以来だ。


あれからレベルも上がっているはず。

それなのに、アルは疲労困憊だった。



「ようやく緊張感が戻ってきたかの?」



頭の上からシオンの落ち着き払った声がした。それは穏やかながらも、しっかりとしたお叱りの言葉だった。


そうか………。忘れていたんだ。

いつ終わるかも分からない数の魔物、それに囲まれて戦い続ける状況。


その中で沸き起こる闘争心。

脳内まで満たしていくアドレナリン。


そして、すぐ隣にある死の感覚。


崖上に立つ様な恐怖心。


それら全てが魔物と対峙するという事。

命を奪い合うという事。



たった二ヶ月で、()()()いたんだ。



死への嗅覚を。生への執着を。

それ等の感覚を無くして、冒険者は務まらない。



「うん…。目が覚めたよ」


命のやりとりだ。感覚を鈍らせると、容易に殺されてしまう。


「分かったなら良い。常に気を抜くな」



シオンの言ったことを考えながら息を整える。



「すまない。少しこちらに来てくれ」



気持ちを入れ換えながらやっとのことで顔を起こすと、ガルムが何やらしゃがみこんで何もない床を見渡していた。その表情は何やら神妙だ。


彼がいる場所はロックリザードと戦闘していた辺りだが、ロックリザード達の遺骸は既にダンジョンに吸収されている。



「どうしたの?」


「いや、ロックリザードのドロップアイテムなんだが。戦闘の合間を縫って【保管(ストレージ)】に納めていたのか?」


「え?僕が?いや、恥ずかしながら、そんな余裕は無かったよ。もしかして無いの?」


「それらしき物は無いな。まさか手前等の目を掻い潜って誰かが持っていったと言う事もないであろう。実に興味深い」



アルも辺りをみまわしてみるが、確かに。

二人で百匹に迫る数を倒したと思ったが、そこにはドロップアイテムらしき物は一つも見当たらない。

ロックリザードからだと………あの硬い皮膚か、背中から生えてたっぽい鉱石がドロップされていてもおかしくないはずだ。ドロップの確率も、百匹も倒して一つも落ちない程にレアリティが高いなんて事は無いだろう。




「うむ。これはやはり…」



頭上でシオンが唸る。



「シオンが感じてた違和感と関係あるの?」


「このダンジョンは、もしや、"死んでおる"のかも知れん。もしくは"死にかけ"。または"休眠中"か」


「興味深いな。ダンジョンの"死"とは」


「ダンジョンが死ぬ事なんてあるの?」



新しいダンジョンが出来た話は聞いた事があるが、そう言えば無くなったダンジョンの話は聞いたことが無かった。


「いや、"死ぬ"と言うのは、なんと言えば良いのか…語弊のある言い方であった。

ダンジョンとはそれ等一つ一つが(いち)生命体と言う訳ではなく、広大な大地にとっての摂理の一端でしかない。つまりダンジョンが機能しなくなる事を人々は一般的にダンジョンの死と表現するが、広大な大地からすれば所詮は新陳代謝の様な物じゃと妾は捉えておる。

つまりここで活動しなくなったエネルギーはどこかで消費される事になる。活動しなくなったここのダンジョンの変わりに、新しいダンジョンが世界のどこかに生まれると言う話じゃ…と思う」


「なるほど、グローバル(全体的)な捉え方をすべきという事か。興味深いな。そうなると大地から生まれる魔物達も、この大地にとっては何かしらの役割が…?」


「魔物を産み出す目的は、大地に堆積していく魔粒子を循環させることが目的であると妾は考えておる。そうなると当然、妾自身もその摂理に含まれる訳であるが」


「確かに。その考えだと、ダンジョンでの濃密な魔力場も納得できるな。しかし………については………である訳で………」


「うむ。しかし妾の考えでは………」


「だが…」



だめだ………シオンとガルムの会話についていけない。なんだか眠たくなってくる気さえする。


うー………ん?最初の方はまだ解ってたんだよな。

つまりはダンジョンと言うのは大地の摂理であって………?僕達から見てのダンジョンの生死は、この大地にとっては新陳代謝の様な物で………?



「………と考えれば、とりあえずの辻褄(つじつま)は合うはずじゃ」


「なるほど確かに。非常に興味深い」


「ちょっと待って!ストップ!

えーっと………。話の腰を折ってごめんよ?僕にはスケールが大きすぎて、途中からよく分からなかったんだけど、とりあえずこのダンジョンの魔物からアイテムがドロップしないのは、このダンジョンが活動を止めたからって事だよね?でも魔物は出現し続けるの?」


「いや。恐らくは次第に魔物の出現も無くなるじゃろう。

………が、それにしては現に先程のロックリザードの数は、普通のダンジョンと比べるとおかしいの」


「ドロップアイテムが無いからと、ロックリザードは冒険者の標的になっていないのではないか?それでロックリザードだけが跋扈(ばっこ)している可能性もあるかと思うが。

しかしそうなると、仮にだが。このダンジョンではロックリザードが先程の様な数で群れていたとして。手前等はどうする?当初の予定ではドロップアイテムでの金作も目的にしていたが………」



ドロップアイテムが無し………。


正直に言ってしまうと、ドロップアイテムは欲しい。どうせ同じ数の魔物を倒すのであれば、報酬があった方がモチベーションも上がる。

でも………。


「今の優先順位としては、お金が第一目的じゃない。魔物が列をなして向こうから来てくれるって事だよね。レベルアップを考えたら、こんな狩り場、滅多とないよ」



アルはそう口走ってしまってから、慌ててガルムを見た。 


一応アルはパーティリーダーと言う位置付けらしいので、もしかしたらアルの意見はガルムに強制力を持たせてしまうかもしれないと思ったのだ。

もしもガルムがここで無報酬で狩る事を内心嫌だと思ったら、アルの意見を押し付けてしまう事になるかもしれない。


ガルムの表情は読み取り辛いが、この表情はなんだろう?驚き?不思議そうな顔?もしかしてちょっと怒ってる?


「いや!今のは僕個人の意見であって!もしもガルムが報酬の事も考えて移動したいと思ってるならそれでも全然大丈夫なんだけど!」


「………いや、手前も報酬に興味はない、アル。もともとはスキルを探るために、一体の魔物を相手に数時間、もっと言えば数日かける事もあったのだ。手前は魔物と長く対峙できて、その生態を知ることができれば何でも良い。どうか、手前に気を使わないで欲しい」



今度は、彼がハッキリと笑っていると分かった。

アルにも分かりやすいように大袈裟に表情を作ってくれたのかもしれない。


「そうだったね!」


そんな彼に、アルは余計な事は何も言わずに、ただしっかりと笑い返す。



「良く言ったのじゃ。覚悟は出来ておるな?」


「多分…!」


「十分じゃ。では次を探しに………と言うところじゃが。何やら向こうから来てくれたらしいぞ。ダンジョンがこの会話を聞いておったかの様じゃな?」



シオンの言葉の意味はすぐに分かった。


その姿や、鳴き声よりも先に知覚できたのは、地響きだった。


そしてだんだんと大きくなるその震動の原因が、進行方向下り坂の先より姿を現す。



しかし予想外にも、その先頭はなんと魔物ではなく、冒険者だった。

比較的軽装な防具に身を包んだ男達が四人。いかにも命からがらと言った様子でこちらに全速力で走ってくる。


まだ百メートル程先にいるその四人の後ろからは、やはりロックリザードが群れを成して追随してきていた。



「む、なるほど。()()()()()になっておるのか」



シオンが感心した様な、納得の言った様な声を出す。

段々と近づいていくにつれてその集団の様子がはっきりしてくるが、シオンの言葉はほぼ確実に、コレに対してだろう。


冒険者の四人が、四人とも。

肩に担いでいるのだ。


………何を?


何ってそりゃ………。一般的な物よりかなり大きいあの爬虫類系のボディと、その所々から生えている鉱石の様な物。ほぼ間違いなく、ロックリザードの死体。

いや、死んでいるかどうかまでは分からないんだけど。とにかくロックリザードを四人が一匹ずつ担いで走っている。



「興味深い。あのままダンジョンから出るつもりか?」


「え!?死体を持ち帰ろうとしてるの!?」


「そうじゃろうの。ドロップアイテムが出ないのであれば、ダンジョンが取り込む前に持ち逃げしようと言う魂胆じゃな。さぁ、アル。注文通りの魔物の行進(デス・パレード)じゃ!思う存分に闘え!」


「えぇ!?まさかあの量を!?下手したらさっきの倍以上…」


「つべこべ言うでない!」



「どけどけえええええぇぇぇぇぇえええええ!!!!」

「邪魔だ邪魔だ邪魔だ邪魔だ邪魔だ!!!!!」

「死にてぇのか!!!!!逃げろぉおお!!!」

「お前らぁぁああああ!!!走れ走れぇぇぇええええ!!!」



集団の先頭はすぐにそこまで迫っていた。

アルは火竜の双剣を抜剣すると、重心を落とす。


「よおぉぉぉし!そんなら坊主!!!後は任せたぁぁああ!!!!」


アル達の隣をドタバタと通りすぎていく冒険者達には見向きもせず、アルは剣を振りかぶる。まだ距離があるが、少しでも数を減らし、行進の勢いを落とすべく、唯一の遠距離攻撃を叩き込む。


「【斬撃(スラッシュ)】!」


空間を斬り裂きながら進む漆黒の斬撃は、ロックリザードの集団に突き刺さる。

見事、走るのに夢中になっていた先頭の二体に重症を負わせる。


よし………いや、ちょっと待って。


しかしその二体を躊躇なく踏み荒らしながら、その後ろからロックリザードが波の様に押し寄せてきた。止めるどころか、その速度は全く落ちていない。


「いやいやいや!この量で一気に来られたら無理だよ!」


「下がりつつ捌くぞ!あの冒険者達が逃げて来れたのだ!そこまでは速くない!」


ガルムの指示に従い、二人は後退しながらの戦闘へと切り替えた。

バックステップしながら、先頭で追ってくるロックリザードに剣を食らわせる。ロックリザードも走りながらのため、爪での攻撃は出来ない。いや、爪攻撃する奴もいるが、緩んだスピードのせいで後ろのロックリザードに乗り上げられ、踏み潰されながら見えなくなっていく有り様だ。

ロックリザードの噛みつき攻撃を中心に(かわ)しながら、その前足を斬りつける。脚にダメージを負ったロックリザードは自動的に後方集団に踏み潰されていく事になった。


後退が最優先。少しでも危うければ攻撃せずに退く。そのラインを見極めながら剣を振るう。


ガルムは少し距離を取り、大弓で遠距離から狙撃している。

もちろんガルムは弓の腕も一級品だ。数十メートル先からでも、アルには当たる気配はない。

しかし弓を射ってから着弾までの時差(ラグ)もあるため、アルの動く範囲には流石に射っては来ていない。それはパーティの連携としては正しい。通常は。



「ガルム!!!」


それでも、先を行くガルムを一瞬だけ見据えながらアルは叫んだ。

一秒の何分の一かの時間だけ、ガルムと目が合う。別に【共有(ユニフィケイション)Lv1】を使わなくたって通じる。そう確信していた。


そしてやはり、来た。

アルの背中に向かってまっすぐに、当たれば死に繋がる様な威力を有する一矢。いざ自分にそれが向けられたとなると、急にその矢が悪魔の様な禍々しさを纏っている様に感じた。


アルはロックリザードに対する斬撃の動きの延長で、後方に高く宙返りする。世界が反転する中、アルの顔のすぐ下を、一条の矢が通過する。その瞬間に、矢の禍々しさは消え去った。


矢は、先頭を走っていたロックリザードに命中。そいつは大群の奥へと消えていく。アルはそちらを見向きもせず、別の個体へと斬りかかる。


そこからは、矢は躊躇なくアルの領域へも飛来した。

次々と迫る矢の意図を汲み取りながら、アルの動きは洗練されていく。


二人とも互いの意識を感じながらも、一切妥協はしない。

ロックリザードと闘いながら、まるでガルムとも組み手をしている感覚さえある。


ガルムの姿が全く見えなくとも。例え数十メートルの距離があろうと。二人の動き、二人の意図、アルの剣、ガルムの弓が、次第に一つへとなっていく。


シオンと二人で剣を振っていた時とはまた違う感覚。

興奮、そして喜びが沸き上がる。全身を電気が駆け抜ける様な快感を、アルだけでなくガルムも感じているのが解った。


こんなの、最高だ。


まだまだやれる。もっともっと、強くなれる。僕達なら、どんな強い敵にだって立ち向かっていける。


これがパーティ。


もしもこれにシオンが加われば。いや、シオンだけじゃない。これからまだまだ仲間を増やして、こんな戦いが出来れば。


それこそがアルの探していた"仲間"。そして"冒険"に違いない。


自分でも気付かないうちに、アルは笑っていた。




「まったく…楽しそうにしおって。少し妬いてしまうの」



頭の上からそんな言葉が降ってくる。



「シオンも!早く…!元の姿に!戻ら…!ないと…ね!」



アルにしがみつきながら、シオンも笑っていた。

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