76話 冒険者ギルド会議
ブルドー帝国、首都イージス。
その第一印象は、"とてつもなく巨大な要塞都市"だった。
少し離れた丘から見た様子として、まず目につくのは中央から少し奥の方にある城。十数キロメートル離れたこの距離からでも分かるほどの巨大な建築物。そしてその城を中心に小さな建物がびっしりと隙間なく建ち並び、円形に広がっている。端から端までで数十キロメートルはあるかも知れない。
思い返せば、首都と呼ばれる様な街を見たのは初めてだった。
アルの中ではアルテミスが最も巨大な街だったのだ。しかし、イージスはそれを遥かに上回る巨大さだ。
イージスの外壁まで到着すると、門兵にミアさんから受け取った書簡を見せる。門兵も十数人規模でおり、厳戒な態勢が窺える。
渡した書類は、アルテミスギルドのギルドマスター、ルイ・グラナスの御付きの者である事を証明する正式な書類だ。門兵の人はそれに目を通した後、少しだけ丁寧な口調に変わって通行を許してくれた。
クエスト報告書にサインだけしてもらって、その場で荷馬車の業者さんとは別れた。ルイさんはイージスの冒険者ギルドにいるらしいので真っ直ぐ向かう事にする。
イージスの街中は、人が多いながらも、何となくアルテミスの様な活気は無い様に感じた。少し歩くとすぐに理由が解った。
冒険者の数が少ないのだ。
いや、それだと語弊がある。冒険者の割合が少ないと言った方が正しい。
アルテミスなんかは、街を歩いてる人の半分くらい冒険者がいるような感じだが、イージスに関しては一割かそこらだ。もしかしたらもっと少ないかもしれない。
確かに、首都の近くに高レベルダンジョンなんて無いだろうし、高レベルの冒険者がいる理由も必要もないのかも知れない。
アルは度々、通りがかった人に道を尋ねながら、小一時間かけて冒険者ギルドへとたどり着いた。ほとんど真っ直ぐ来たと思ったのにそれだけの時間がかかるとは、イージス広すぎ………。
冒険者ギルドは、思っていたほど大きくはなかった。
アルテミスにあるのと同じくらいの建物だ。この時間にもなれば、アルテミスのギルドでは目の前に立つだけで喧騒や酒の臭いなんかが漂ってくる。しかしここはやけに静かだった。
何だか様子が変だと思って、そーっと中を覗いてみる。
そしてそこにはなんと、酔っ払いどころか、酒盛りが出来るようなテーブルや椅子もない。決して人が少ないわけではないが、全員がカウンターの前に行列を作ってせっせと並んでいる。
「もしかしてここ、冒険者ギルドじゃ………ない?」
「いえ、ここは確かに冒険者ギルドでございます」
独り言に返事があるとは思わず、アルは飛び上がった。
入り口のすぐ真横に、ギルドスタッフの格好をした女性がすらっと立っていたのだ。
「大変失礼いたしました。私、当冒険者ギルドの案内係でございます。本日はどの様なご用件でございましょうか?」
「あ、案内係…?」
僕の知ってる冒険者ギルドと違う………。
冒険者ギルドって言ったらもっとこう、うるさくて、臭くて、暑くて、すぐ誰かに絡まれたり、そこら中で喧嘩が起きてたり、血とかゲロとか散乱してたり…
「うちのギルドと比較するのはそれくらいで勘弁してくれないかい?アルフォンス君」
入り口を塞いでしまっていたアルの背後から、知った声がした。
振り向くと誰あろう、ルイ・グラナスその人がそこに立っていた。いつも通りの、紫を基調としたロングコート。
「あ、お久し振りです。ルイさん。僕、声に出てましたか…?」
「いや?君の考えそうな事はたいてい分かるよ。久し振りだね。君の方が早く着いていると思ったんだけどねぇ。またお得意のトラブルかい?」
ははは、と乾いた返事で返して、ルイさんと握手を交わす。
「本当に君はタイミングが良いね。ちょうど今から会議なんだよ」
「あぁ、そうなんですね。では終わるまで僕はどこかで時間を」
「一緒に出てくれ」
「………え?」
一緒に出る?あぁ、ギルドの外に?ん?イージスから?じゃないよな。どこに………?
「会議に。一緒に。出てくれ」
「え?…え!?僕がですか!?何のために!?」
「世界中に点在する冒険者ギルドのマスター達が一同に会するんだよ?顔を売っておいて損はないと思うけどねぇ?」
「顔を売るとか身体を売るとかのお誘いは足りてるので!」
明らかに何かを狙っているルイさんから逃げようとした所で、腕をがっしりと捕まれた。ぎちぎちと力比べになるが、抜け出せそうにない。
「いやぁ、もう少し君のレベルが上がってたら逃げられてたよ。危ない危ない。まぁまぁ、騙されたと思って聞きたまえ………。もしかしたら、将来とんでもない儲け話が転がり込んでくるかも知れないよぉ?どちらにしろ今日の会議で君を紹介するつもりはない。軽く顔を見せておく程度だ。僕の後ろに立っておくだけで良いからさぁ?」
「わ、わかりましたから!手を離してください!………僕は何も話しませんからね?あと僕のスキルについても、公にしないと誓ってください」
「勿論さ」
ルイさんは快活に笑ったのだった。
*
アルは今までにない緊張を感じていた。
迷宮主と戦う前よりよっぽど緊張している。
冒険者ギルドの数は大陸全土で百を越える。
勿論ギルドの規模は大小様々であるが、今回はその内の約半数のギルドマスターが集まっていると言う。
ロザリオ王国のアルテミスギルドと言えば、大陸全土でも最大規模らしい。つまりそのギルドマスターであるルイさんは会議の中心人物と言っても良いくらいだろう。そんなお偉いさんが沢山集まる場所に数時間も立っておくなんて、倒れたらどうしよう………。
貧血にならないように水分取っといた方が良いかな…。いやでもトイレに行きたくなったら困るし…。
そんな事を考えているうちに、ルイさんはどんどんと冒険者ギルドの奥の方へと進んでいく。
そして最奥の扉まで迷うことなく歩くと、何の躊躇いもなく扉を開けて中に入った。それにアルも続く。
その部屋は息が詰まりそうな所だった。
と言うのも、人数としては六十人ほどいるだろうが、決して部屋が狭いわけではない。部屋は十分すぎる広さだ。長テーブルが六列ほど、部屋の中心に向かって円状に置かれている。例え六十人全員がゆったりと着席してもかなりスペースには余裕があるだろう。
どうやら会議はまだ始まっていない様子で各都市のギルドマスターの面々が互いに情報交換していた。
「あらやだっ!アルちゃんじゃない!」
そんな中、一際大声で叫びながらこちらに走ってくる巨体がいた。
アルは予想外の再開に引き返そうとするが、時すでに遅し。レベル40を越えたスキンヘッドの巨漢にガッチリとホールドされてしまう。
「シャルロット…さん!?何で…うぐっ!ここ…に!ぐるじぃ…」
「だって私、ギルドマスターだもん。逆にこっちが聞きたいわ」
「シャルロット、放してやってくれよ。あと数秒続けたら、アル君にもう二度と会えなくなってしまうからねぇ」
「あら、ごめんなさい…?」
ルイさんの言葉で何とか生命の危機を脱したアルだったが、締め上げられた肋骨が何本かイッているのではなかろうか。後で回復薬が必要だと思った。
もっと早く気付くべきだった。彼女(本当は彼)はサラン魔法王国のクープと言う街のギルドマスターだ。この会議にいるのも当たり前だ。
「アル君は僕の指名依頼で"送迎役"だ。君にはその意味が分かるんだよねぇ?」
「あら、それは羨ましいわね。私も長旅は病体に響くから、次からお願いしようかしら?幸い、エルザの薬のお陰で、かなり体力は戻ってきたのだけれど」
「どうやらそうみたいですね…」
その回復ぶりを刻まれた肋骨をさすりながら、嫌味を言う。
「おい、クープのシャルロットと仲良さげにしてる奴、まさか噂の?」
「あぁ、アルテミスのグラナスも一緒だ」
「"古の咆哮"のアルフォンス。噂の"竜殺し"だ」
「冒険者登録してからまだ一年だってな」
「子供じゃないか」
「だが、クープの事件では相当活躍したらしい」
「赤毒病の開発にも貢献してるって」
「最近は新人が賑わってて頼もしい限りだな」
隠そうともしない声が、アルの耳にも聞こえた。
思わずそちらを向くと、どの人も軽く会釈をした後、視線を逸らしていく。
「うんうん。良い感じの反応だねぇ。
クープでの一件は有名だ。シャルロットの報告書は全ギルドマスターに送られているし、その中での君の活躍も知らないはずはない。この会議は君の名前と顔を結びつけるには絶好の機会だと思ったんだよぉ」
「全く………。貴方の考えてる事なんてだいたい想像がつくわ。アルちゃんを利用するつもりでしょ。貴方のそう言う所は嫌いではないけど、好きにもなれないわね」
「君との関係はそれで十分さ。さぁ会議が始まるよ」
ルイさんがさっさと行ってしまうと、シャルロットさんはアルに向き直った。そして小声で言った。
「アルちゃん。気をつけて。ルイちゃんは貴方を政治の世界に引き込もうとしているわ。Aランク以上の冒険者には避けられない事だけど、貴方にはまだ早い。いずれ決めるのは貴方だから、今はこれだけ忠告しておくわ。貴方にはちゃんと断る権利があるのよ」
きっとこの会話も、ルイさんの【地獄耳】で聞こえているのだろうが、アルはシャルロットさんに感謝を述べておいた。
政治の世界と言われてもピンとこないが、アルは一人ではない。シオンやガルムもいるし、ミアさんだっている。一人で全て背負う必要はないのだ。
ルイさんの席は円形に配置された一番内側だった。
アル以外にもギルドマスターに連れられて来ている人は何人かいる様で、皆一様にギルドマスターの右後ろに立っていたのでマネした。
「これより第五百七十二回、全土ギルドマスター定例会議を行う。なお、この会議中はいかなる魔法や武器も使用禁止とする。これを破った者は冒険者ギルド会員規約に則り、冒険者の称号を剥奪し、さらに必要であれば刑法に準じて処するものとする。なお、この度も議長を務めるはブルドー帝国、首都イージスの冒険者ギルド、ギルドマスターの私、エイブラハム・アスカムである」
全員が着席またはその後ろに控えたのを合図に、議長と名乗る人が開会を宣言した。その人はエルフだった。綺麗な白髪を短く刈り上げて、年齢としては六十代くらい。しかしゆったりとした服から覗く首や腕は相当に鍛えられており、ほっそりとしたエルフのイメージからかけ離れていた。
首筋に見えるいくつかの傷も、魔法使いと言うよりはまさに歴戦の戦士と言った風格を感じさせる。
何故こんなにもよく見えるかって?そりゃその人はすぐ近くの席に座っているからさ。
今さらだけど、ここってもしかしてすごく上座なんじゃ………?
「今回の議題は多くあるが、まずは、八ヶ月後に予定されている首脳会議についてだ。各国の王達が一同に会する、四年毎に開かれている最重要事項だ。例年通り、冒険者ギルドとしても高レベル冒険者を勅命依頼として警備、護衛に当てる予定である。具体的にはAランク以上だが…。
その該当冒険者の一覧、加えて警備、護衛の割り振りについては事前に配布した資料を確認して、本拠地登録がされているギルドは該当冒険者に提示しておく様に。この件について何か意見のある者はいるか」
議長の問いかけに、反応はなし。沈黙。
誰も何も言わず、手元の資料をぱらぱらとめくる音だけが響いた。議長も手元の資料から顔を上げる事すらない。
あぁなるほど、会議って言っても確認作業程度のおとなしい物なんだ。そりゃ今回で五百七十何回とかだもん。もう今さら話し合う事なんてないのかも知れない。
「それでは次の議題に」
「失礼、議長」
しかし、そんな空気を破ったのは、誰あろうルイさんだった。
恐らく滅多に意見のある者などいないのだろう。全員が驚きの混じった表情で一斉に顔を上げてこちらを見つめた。
ルイさんはアルの位置からは見えなかったが、どうやら机の上で左手を上げていたらしい。エイブラハム・アスカムと言う名の議長はじっとりとした目でルイさんを見る。まるで、"面倒な事は言ってくれるな"と聞こえてくるような視線だ。
「………アルテミスギルド、グラナス君」
「ありがとうございます。勅命依頼を提示する該当冒険者に関してですが、当ギルドからAランク以下の冒険者を護衛任務に推薦することは可能でしょうか?」
「………それは出来ない。冒険者ランクは信頼性の証だ。実際にBランク以上への昇格の際には厳重な適正検査もあるのは知っているだろう。いくら実力があろうが、信頼のおけない者に勅命依頼を受けさせることは出来ない。それでは次の議題へと移ろう」
「お待ちください、議長」
今度はハッキリと怒りを顕にした目付きだが、ルイさんは全く意に介していない様子だった。
「……………何かな?」
「それでは、これから八ヶ月の間にAランクへと昇格したパーティはどうでしょうか?それであれば信頼性に問題はないはずです」
「………そうまでして推したい者がいるのかね?」
「えぇ、もしもAランクへと昇格することが出来たなら、是非お願い致します」
視線だけで二人が戦っていると分かった。
「良いだろう。もしそうなればその者の適正を慎重に審査した上で決定する。これでよいかね?」
「御検討、感謝します」
ようやく次の議題にありつけた議長を尻目に、ルイさんはこちらに振り返って軽くウインクして見せた。
「良かったね、アルフォンス君?」
口の動きだけでそう言うと、ルイさんはまた会議へと戻っていった。
あれ?
今の推薦したいって言ってたの、まさか僕の事………?
でもあと八ヶ月で、Aランクって………?
Aランク!?
えええぇぇぇぇぇぇえええええーーーーー!!!




