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71話 それぞれの戦い

"健闘を祈る。ヴィーヴルの祝福があらんことを"


ガルムがそう言うと、アルは一度真っ直ぐこちらを見た後に走り出した。


ガルムはその背中を見ながら、奇妙な感覚に浸っていた。

今まで魔物にしか抱いたことの無い好奇心。それを()の少年に感じ始めていた。


ガルムにはアルフォンスと言う少年が分からなかった。もっと言えば不思議だった。


何故あそこまで、人の事で必死になれるのか。


そもそも違和感は彼が【空間転移(テレポート)】のスキルを持っていると知った時からだった。ダンジョンの外であれば、離れた二点間を瞬間的に移動できる魔法スキル。


この十五年、多少の人と関わったがそんなスキルは聞いたことがなかった。


しかしガルムが抱いた違和感はその事ではない。

一ヶ月半前、クープの街中に魔物が溢れた時、あの少年が最前線で戦っていた理由。それが分からなかったのだ。


彼のスキル、【空間転移(テレポート)】を使えば、少なくとも彼と、彼の大切な人の数人だけでも逃げられたはずだ。

彼のクープの滞在期間は三ヶ月にも満たない。あのジュリアと言う少女?彼女と良い仲だったのかと思いきや、そんなことも無さそうだ。


彼がクープと言う街のために命を懸けて戦う理由が解らない。

もちろん冒険者としての緊急任務エマージェンシーミッションには強制参加が原則だ。それから逃げようとすれば最悪の場合冒険者資格の剥奪だって有り得る。


それを差し引いても彼の行動は解せなかった。




そして今回もそうだ。

命を助けられた分は客観的に見ても恩を返しているはず。

それなのにあんな風に、まるで自分の事の様に身を(てい)している。


ガルムには解らない。

少なくとも自身の好奇心のためだけにこの十五年旅をしてきた自分には。


目の前ではキングガリーラが未だ暴れていた。

アマゾネスの長を始めとして森の民が奮闘しているが、やはりかなり高レベルの魔物だけはある。どんどんと負傷者や怪我人が増えている。突然の乱戦となって、一人一人の準備が出来ていない事も影響しているだろう。




誰かのために自身を投げうる。

そんな行いの果てに何があるのか試してみるのも面白いか。


あの少年を見ていると、そんな自分の正義感や道義心を刺激される。少年の頃に戻った様な気さえする。



ガルムは【装備換装】で身に付けている防具を全て外した。



「セルゲイ!手前を間違えて攻撃しないように言ってくれ」


「何をする気だ!?」


「久しぶりのひと暴れだ」



ガルムはスキル、【竜化】を発動する。


心臓の鼓動が何倍にも増える。

心拍が上昇し、体温も急騰する。


目の前が真っ赤になり、身体中の血が沸騰する様な感覚。


身長が伸びていき、目線が高くなっていく。


ふつふつと内側からせり上がってくる何かが、腕を、脚を膨張させていく。骨はより太く、筋肉は筋繊維一本一本から膨れ上がる。


背中には新たな腕が生えたような感覚。




「あぁ、懐かしい感覚だ」


確か最後に使ったのは里を出る前だったか。




これが、竜人が竜の力を解放した姿。

もともと二メートルを越えていた身長は更に伸び、三メートルにとどく。

腕や脚も普段の倍以上の太さになっている。背中には翼。


ばさりと翼を開くと伸びをするように何度か羽ばたいて感触を確認する。



「なんなんだ………その姿は………」


「何でも良い。長くは持たん。これで少しはレベル差を埋められるであろう」


翼をゆっくりと羽ばたいて浮上する。

風圧による揚力だけではない。魔力を翼から放出することによって竜はその巨体を浮かす。


「【装備換装】」


ガルムは巨大な剣を取り出すと、高く飛翔する。


そこから降下して速度を上げながら、真っ直ぐにキングガリーラへと滑空する。



キングガリーラが振り回す両腕をすり抜け、大腿部を大きく上から下に斬り裂く。エヴァ程ではないが、確かにその一撃はダメージとして入った。


「この大剣で落下の威力を乗せてやっとこの程度か。調査のしがいがあるものだな!」


再び飛翔して、そこから降下。

視界の外から現れるガルムにキングガリーラは未だ反応できていない。


上昇と下降を繰り返しながらの攻撃。

この姿を維持できるのも二十分が限界だ。それまでに出来るだけのダメージを与えなければならない。



「やるじゃないか!」


アマゾネスの長は暴れるキングガリーラの身体に取りついて、手当たり次第に斬りまくっている。あの暴れる巨体相手に、そもそもよく振り落とされないものだ。


「こいつの首の所に何かあるのが見えるかい!?そこを狙ってみろと言われてる!」


「努力はするが難しい!」


すぐそばを掠めるキングガリーラの腕に肝を冷やす。

まだ二、三撃しか入れていないと言うのに、既にキングガリーラはこちらの動きを掴みつつある。



「アマゾネス達以外は全員さっさと逃げな!コラッ!怪我人も連れていくんだよ!」


エヴァから指示が飛ぶ。

あの身体の小ささでなんと大きな声だろうか。


そんな場違いな感想を抱きながら、ガルムは宙を舞った。













「いた!もう石を持ってる!」


「追うのじゃ!」


どんどんとアマゾネスの集落から離れていっている。

アルも必死に追いかける。時々【追跡】スキルも使いながら走るが、結構足が速い。


確かリヴァルのレベルは37。必死で食らいついていく。




すると徐々にリヴァルの脚が止まった………。

足音に気づかれないように茂みの影から忍び寄る。


"何だろう………?"


"分からん。しかし好都合じゃ。獄炎石を使われたらかなわん。出来るなら不意を突いて石を奪いたいところじゃ"


シオンの声が頭に響く。




「どちら様ですかね?」


しかし、二人の予想とは反して、リヴァルは真っ直ぐこちらに向き直って言った。

どうやら気付かれていた様だ。【気配察知】系統のスキルは持っていないので、単純に勘が鋭いのか?


アルは堂々と茂みから姿を現すと、リヴァルの動きを警戒しながら近寄った。



「リヴァルさん、初めまして。冒険者をやってます。アルフォンスと言う者です。あなたが今持っているその石はアマゾネスの方達にとって大切な物です。是非とも返していただきたい」


リヴァルはクックッと嗤うと、首から提げた獄炎石を持ち上げて見せた。


「これですか?これが何だか知っているのですか?」


「あなたこそ、理解してるんですか?」


「えぇ。だからこそあなたに問いを投げ掛けているのです。もし今、私がこれを使えば、あなたの命は無いと言う事なのですよ」


飄々と受け答えする様子からは緊張と言うものを感じ取れない。それはレベル差からの余裕なのか。それともいざとなれば獄炎石を使うと言う脅しが含まれているからなのか。

アルも慎重に言葉を返す。


「あなたは我が身(もろ)ともと言ったタイプには見えないですけどね」


「クク………。確かにそうですね………?しかし追い詰められた人間と言う物は何をしでかすか分かりませんからね。

さて。ではどうしますか。やはり血無くして引いてはもらえませんか?あなたのレベルは32だそうですね?私の方がいくつか上ですが、それでもやると…?」


リヴァルは背中に担いでいた短剣を抜き放つ。そして左手には少し小さめの盾を取り出した。


その痩身な外見とは裏腹に、好戦的な性格らしい。アルも剣を二本とも抜き、戦闘に備える。


"シオンは戦えるの?"


"いや、まだ魔力が厳しい。隙を見てアマゾネスの応援を呼んで来よう"


"了解。せいぜい時間を稼ぐよ"


「そんなにまでしてアマゾネスの村を潰す気ですか?」


共有(ユニフィケイション)Lv1】でシオンと軽いやり取りを交わしながら口で時間を稼ぐ。



「アマゾネス………?ぷぷっくくくっ、アハハハハハ!」


今度はアルの言葉に、きょとんとするリヴァル。

そして次の瞬間には腰を曲げて大笑いし始めた。その隙にシオンが飛び降りてアマゾネスの村の方に走っていく。


「アマゾネスの村だって!?あんなものどうでもいいのさ!アマゾネスだけじゃない!他の集落がどうなったって知ったこっちゃない!」


その言葉は腑に落ちない。どこか口調も変わってきている。しかし彼の言うことは辻褄が合わない。


「なら何のために?」


「アハハハ。いいよ。教えてあげるよ」


その光景にアルはゾッとした。


リヴァルの顔が変わっていく。

まるで人が歳をとるのを早送りで見ているかのように滑らかに変化していく様だが、実際には若くなっていっている。


数秒後には、そこには別人が立っていた。


歳はアルと同じくらいに見えるし、痩せ細っていた手足はしなやかな筋肉に覆われている。顔も全く別人になった訳ではないが、その耳は鋭く尖り、目も細く鋭くなっている。顔色は全体的に青白くなり、その瞳は金色に光っていた。



―――――――――――――――

名前:リヴァル

職業:剣士

Lv:37


生命力:3700

魔力:3650

筋力:3650

素早さ:3800

物理攻撃:3750

魔法攻撃:3600

物理防御:3700

魔法防御:3750


スキル:【剣術Lv3】【受け流しLv3】【気配察知Lv3】【隠蔽】【擬態】


武器:魔鋼鉄の剣

防具:イビルボアの革防具

その他:ミスリルの腕輪【魔法攻撃耐性Lv3】

―――――――――――――――



外見が変わった事によりステータスも変化している。


【擬態】。


きっとこれだ。外見が変化したのはきっとこのスキルに違いない。

そしてステータス自体は【隠蔽】スキルで変えていたのだろう。【変身】の時にはステータスも見えなかったが、今回はしっかりと見えているため、少し効果が違うのかも知れない。



「確か見えてんだよね?俺のステータスが?」


「っ!?何でそれを?……………いや、そうでしたね。僕が【鑑定】持ちだと伝えた場所にあなたもいましたね」


「あぁ。それを聞いてすぐに逃げたけどね?【隠蔽】スキルでステータスは変えていたけどそれでも不十分か分からなかったから。今はどう?【隠蔽】も解いたからちゃんと見えてるでしょ?」



本当のステータスを見た所で、アルは少し焦っている。

明らかに戦闘向きのステータスだ。そしてやはりアルより5レベルも高い。

だがこれが本当のステータスかどうか信じるほどアルもお人好しではない。まだ本当に【隠蔽】を解いたかどうか分からないからだ。



「信じてないって顔だね。まぁいいよ、さぁ。そちらさんの狐がどこに行ったのか知らないけど、戻ってくるまでにカタをつけようか」



リヴァルが腰を落とす。

アルも双剣を構えるが、出来たらまだ時間を稼ぎたい。



「そんな姿に【擬態】するのは、戦闘する時のあなたのルーティンみたいな物なんですか?」


苦し紛れのアルの一言。

それは予想以上の効果を生んだ。またしてもリヴァルがきょとんとして、爆笑し始めたのだ。



「は?………クックククッ!アハハハハハッ!お前、面白い奴だね。【擬態】でこの姿になったんじゃないよ。これが俺の本当の姿さ!"魔人"と会ったのは初めてかい?」


「魔…人……?」


魔人。それは人間と魔族の間に生まれたとされる種族。

その特徴は青白い肌、そして尖った目と耳。確かに一致する。しかし彼等は今、基本的に大陸の北東に位置するギャルム魔人国から出てくる事はないらしいが………。


何にせよ、魔人と会ったのは初めてだった。




「魔人が何故こんな所に?」


「おっと話はそこまで。さぁ、()()()




突如、奴のスイッチが入る。


リヴァルが低い体勢から一気に距離を詰めてきた。


アルも瞬時に腰を落とすと、一歩分遅れて前進する。それでも【瞬間加速】がある分、加速はアルが上だ。


初手から【支配者(ドミネーター)】を入れる。

濃厚に凝縮された様な感覚の中で、リヴァルの動きを目と脳内に流れ込んでくる膨大な感覚で追う。


リヴァルの剣を両手の双剣で受けた。


「おっ?」


衝撃の直後、相手からそんな声が漏れたと思ったら、左手に持った盾で殴り飛ばされる。まさか盾で攻撃されるなど思ってもみなかったため、まともに顔に受けてしまった。


衝撃にのけ反って体勢を崩され、前も見えていない。が、【支配者(ドミネーター)】で剣での追撃が来ることは分かった。それを、【(シールド)】で防ぐ。


「おっ?おっ?何だ?何だ?」


慌ててリヴァルが距離をとった。

アルもすぐに【(シールド)】を消して呼吸を整えた。


「奇妙なスキルを使うね?消えた所を見ると魔法スキルなのかな?あと32レベルにしては力が強いし加速も速い。それも何かスキルが関係してそうだ。かなりの良スキル持ちと見たね」


早い。

一瞬でそこまでバレた。


「何にせよ楽しませてくれそうだ!」


再び接近。


今度は先程よりさらに速く、力強い。

(シールド)】や【斬撃(スラッシュ)】を使いながら全力で応戦するが、激しい剣檄に防戦一方となる。



「ほらほら!他にも何か見せてよ!」



強い………。

と言うより、上手い。


厄介なのは、あの丸盾(ラウンドシールド)

アルの攻撃をことごとく流される。受け止められるのではなく、受け流される。いくら打ち込んでも、リヴァルの体勢は崩れない。

支配者(ドミネーター)】を使っているからこそ、その盾を扱う技術の正確さはより理解できた。


対人での戦闘経験はほとんどないアルとは対照的に、リヴァルはそれに慣れていた。こちらの動きは常に察知され、先読みされている。


「君さ。レベルはそこそこみたいたけど技術が全然だね?どうせ魔物ばかり倒してレベル上げたんでしょ?」


剣と剣の応酬の中で、リヴァルは余裕のある口調で話しかけてくる。しかしアルにはそれに答えるだけの余裕はない。


「一つ良いこと教えてあげるよ」


鍔迫り合いの形に押し込まれ、すぐ目の前にリヴァルの顔があった。


「効率良くレベルを上げようと思ったら、殺すのは魔物じゃなくて、人だよ」


「な!?」


「あぁれ?もしかして人を殺したこと無いでちゅか?」


一度距離を取った所でその手を止めたリヴァル。ニタリと気持ちの悪い笑みを浮かべている。舌舐めずりするその顔は御馳走を見つけた野獣の様にも見えた。



人族(ヒューマン)ってのは、本当におかしな種族だよね。殺しが法で禁じられてるなんてさ。ナンセンスだよ」


「魔人には善と悪と言う考え方もないんですか?」



あえて会話に乗る事で体力の回復を図る。時間的にも好都合だ。



「最近は一部でそんな考え方が出てきてはいるけどね。まぁそんなのは腑抜けた奴等さ。家畜以下だよ!


我等、"適合者(サバイバー)"から見ればね」

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