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70話 キングガリーラ

防具や武器をチェックしながら身に付けていくアマゾネス達十人。

そんな彼女達を見ながらアル自身も防具の留め具を締め直す。



「村を頼んだよ。あたいがいない間はあんたがここの長だ」


エヴァさんとメリッサさんが手を握り合って挨拶をしていた。

エヴァさんはいつも自分がしている赤い石のペンダントを、メリッサさんの首にかける。腰が曲がっているのでメリッサさんが屈む様な姿勢だが、それはなんとも厳かなシーンに思えた。



全体の準備が一通り整ったところで、森の中からシオンが走ってくる。



「向こうも準備は良いようじゃ」


エヴァさんにそう伝えると、一行は出立する。

アル達も戦闘に立ち会うように求められている。ガルムのレベルは45未満だし、アルとシオンに限っては32だ。もちろん、直接に戦闘は行わず、少しでも身の危険を感じれば逃げても構わないという条件で。


シオンはアルの頭の上に戻ってくると、アルと横にいるエヴァさんにしか聞こえない程度の声で囁いた。


「………結局ガルムはハッキリとした事は掴めておらぬが、常にセルゲイに助言しているリヴァルと言う痩身の男が怪しいとの事じゃ」


「あのリヴァルについてはあたいもよく知らないね。いつからかセルゲイの横にいたからね。でもレベルは大したこと無いと聞いてるよ」


「何にせよ注意は必要って事だね」



キングガリーラとの戦闘を予定しているポイントは全ての集落から徒歩三十分程離れた所だ。アマゾネスの村からでは四十分ほどかかる。

奴には一日の中で決められた周回コースがある様で、今回はその途中に罠を仕掛ける。奇襲に選んだのは、かなり木が密集していて、巨大な身体では動きにくいであろう場所だ。


道中で現れた魔物達を蹴散らしながら、アマゾネスの戦士達は進む。






奇襲ポイントに到着すると、他の集落から出向いてきた戦士達が既に配置についていた。


何人かは木のかなり上の方へと登り、罠の仕掛けのために準備しているのが見える。

セルゲイさんがこちらに気付くといち早く声をかけてきた。


「遅かったなアマゾネス」


「女は準備に時間がかかるのさ。予定ではあとどれ程だい?」


「恐らくあと一時間程だ。準備も八割ほどは完了している。今回の主力はアマゾネスの皆様だ。奮闘を期待している」


「出来ることはするよ。出来ないことはしないがね」



アルはそんな会話を尻目に、ガルムに【共有(ユニフィケイション)Lv1】で通信する。



"大丈夫だった?"


"手前の方は問題ない。今回は我々に出来ることは少ないだろう。少なくとも巻き添えをくわぬ様に立ち回ろう"


"そうだね。特に僕なんかワンパンで御陀仏になりそうなレベル差だからね"


"にしても、本当に良いのだな?"


"何が?"


"既に助けられた恩は返したのであろう?別に我々がここまで介入する義理はもうない"


"まぁそうだね。でも何と言うか放っておけないし"


"まぁそなたならそう言うのだろうな。ならば手前も付き合おう"


ガルムとそんな会話を終えた後、怪しい動きをしている人がいないか見渡す。

と言っても、戦士以外でこの場に来ているのはアル達とリヴァル、それから即席で組まれた数人の治療チームだけだった。


ちなみに今回の討伐に際してアル達から大量の回復薬を提供もしている。その見返りは後でしっかりと貰うように言ってある。



「早く準備を進めろ!あまり時間もないぞ!」


指揮を取っているのはセルゲイさんだ。


仕掛ける罠は一つ。キングガリーラの動きを止めるという物だ。

この森にはハガネヅタという植物がある。(つる)の様な植物で、その長さは長いもので五百メートル。軽いし鋼の様に強いため、十分にキングガリーラの動きを止められるとか。





「ほんとに来るのかな?」


「知らぬ。妾は少し寝るとする………」



頭の上で寝始めたシオン。

それやられると動けないんだよな………。


セルゲイさんの指示やら罠の仕込みやらをぼーっと見ていると、かなり遠くの頭上でこちらに両手を振っている人が見えた。


目を凝らして見るが、アルの知らない人だ。


別にアルに手を振っている訳ではないだろうが、必死に何かを伝えようとしているその姿が気になったので、【共有(ユニフィケイション)Lv1】で通信してみる。



"どうかされました?"


"な!なんだ!?いや!キングガリーラがすぐそまで来てる!"


アルは飛び上がった。シオンが転がり落ちる。


"距離は!?"


"目と鼻の先だ!あと二十秒程でバレちまう!"



何故!?

まだあと一時間はあると今言っていたばかりなのに。

罠の設置は間に合ってる?いやまだ八割と言っていた。


辺りを見回すとアルの近くにいるのが半分。まだ罠設置の作業をしている人達が半分と言った所だ。


あの人の見間違いじゃ?

もう数秒待ってみても。


いやそんな事を言っている間にどんどんと近付いている。


いや、そんな事を考えている場合じゃない。

一刻も早く全員に知らせるんだ。


アルは【共有(ユニフィケイション)Lv1】でこの場の全員に呼び掛ける。



"キングガリーラ接近!!!あと十五秒程で見える位置に来ます!逃げるか隠れてください!"


全員の動きが目に見えて止まったのが解った。全員がすぐにキョロキョロと辺りを見回し始める。

まずはキングガリーラの姿が見えないかどうか。加えて頭に響く謎の声の出所に。


"どこだ!?"

"見えねぇけどな"

"今の声どっからだったんだ?"

"うぉ!?何だこれ?頭に声が響く!?"

"予定と違うではないか!調査チームは何をしていた!"

"まだあと一時間あるって言ってただろ?"

"おやおや、今のは坊やの声かい?"

"キングガリーラだ!"

"やべぇ!隠れろ!"

"総員隠れろ!命令だ!今すぐに作業を中止して隠れろ!"



アルはエヴァさん達と一緒に木の影に隠れる。

少し離れた所ではセルゲイさんとガルムが同じ様に身を隠すのが見えた。



森に突然の静寂が訪れる。



まるでアルの聴力が奪われたのかと錯覚するほどに、辺りが静まり返った。



足元に、僅かに振動を感じる。



木の影から少しだけ身を乗り出すと、巨大な毛むくじゃらの腕が見える。間違いなくキングガリーラだ。


音を立てないその動きは相変わらず見事で、この森が奴の領域(テリトリー)だと証明していた。



"誰も音を立てるな!罠の進捗状況は!?"

"使えますが、まだ固定の部分が不十分かと…!"

"今日はこのままやり過ごすしかないね…!ただでさえ罠があっても勝てるか知れないのに、このまま戦うのは不利すぎるよ…!"



キングガリーラがついに姿を現した。

やはり桁違いに大きい。本当にこんな魔物に人間が勝てるのだろうかと疑いたくなる。


キングガリーラはその忍び歩きで罠の真下までやって来ると、何やら表情が変わる。


"動くな………!仕方ない、今日はこのままやり過ごす!"




パキッ!



その音はまるで真隣でしたかの如く聞こえた。

セルゲイさんとガルムの向こう側。そこでリヴァルさんが細木を踏み抜いていた。隠れていた木から後ろ向きに離れている。


まさか逃げ出そうとしていたのか。


リヴァルさんは慌てて木に張り付くが、既に遅い。



キングガリーラは何者かの存在を確信した様だった。





「ゴオアアアアァァァアアァァァッッッ」





咆哮が響き渡る。

両腕で激しくドラミングしながらの咆哮はほとんどの者の心と膝を折りかけただろう。



"罠を落とせッ!!!!!"



誰もが動けなかった中で【共有(ユニフィケイション)Lv1】で響いたのはセルゲイさんの声だった。


そして結果的に、それは英断だった。



キングガリーラの頭上から、ハガネヅタが降り注ぐ。

まさに今こちらに突撃してこようとしていたキングガリーラに絡み付いて引き留めた。


ハガネヅタがぎちぎちと音をたてるが、数十もの蔓はキングガリーラがもがく程に(もつ)れていく。



「やるしかない!戦闘だ!準備チームはそのままなるべくハガネヅタを固定し続けろ!その他は攻撃だ!アマゾネスを筆頭に群がれ!右手はまだ動きがある!左側から接敵しろ!」


セルゲイさんの指示が飛ぶ。



「やれやれ…!あんた達!誰も死ぬんじゃないよ!一撃入れて離脱を繰り返すんだ!」


エヴァさんが、しゃらんと言う小気味良い音を立てながら曲刀を引き抜く。



彼女の初動は、速すぎて目で捉えきれなかった。

姿が消えたと思ったら地面が砕け、彼女の後を追うように風が巻き起こる。


二秒で百メートル以上の距離を埋め、揺れの少ないハガネヅタを伝ってキングガリーラに接近する。



曲刀の切っ先を突き立てながらその巨大な身体を駆け上がっていく。左肩まで到達する直前、左脇を下から上に一閃。あの曲刀の大きさで何故そこまでの傷が出来るのか。キングガリーラの体毛に覆われた身体に数メートルの傷が生ずる。



喝采が起きた。


彼女の一撃が、森の民に確実に勢いをつけた。彼女の後に十人のアマゾネスが我先にと続く。さらにその後ろから他の戦士達も迫って行った。



さすが全員がレベル45以上の戦士達だ。

その動きはまさに一流。


キングガリーラの不規則とも思える動きを理解し、外敵に群がる蜂の様にダメージを与えていく。



「ゴアアアァァァッ!!」



キングガリーラが苦悶の雄叫びを上げる。



「すごい!………いける!」


「いや………!引け!一度引け!」



アルの言葉に異を唱えたのはセルゲイさんだ。

その視線の先はキングガリーラから少し逸れた辺りだった。


雄叫びを上げたキングガリーラが、少し動かせる右手を力任せに引っ張っている。右手に引かれるハガネヅタの先にある木が、なんと、傾いた。


「倒れる…!」


"右腕に引かれた木が倒れてきます!一度離れて下さい!"


戦士達に向かって呼び掛ける。

状況を確認した戦士達が離脱していく中、アマゾネスの一人が遅れた。ハガネヅタに脚が絡まっている。



「まずい!早く逃げろ!」


キングガリーラが右手のハガネヅタを無理矢理に引き千切った。自由になった右腕が彼女に迫る。


そこに割って入ったのはエヴァさんだ。

風の如くアマゾネスの戦士に近付くと、絡まったハガネヅタを曲刀で両断。ついでに彼女を蹴り飛ばした。



そこからはアルの位置からは見えなかった。

キングガリーラは動かせる右腕で左腕に絡まった蔓を乱暴に引き剥がす。


ハガネヅタがバラバラと辺りに散乱し、周囲の木に打ち付けられた。



「がっ…!」


その中で、アルの近くの木に吹き飛ばされてきたのは誰あろうエヴァさんだった。

激しく背中から衝突し、声を上げる。



「エヴァさん!」


慌てて駆け寄り、回復薬を取り出す。

彼女に渡そうとするが、手を上げて大丈夫だと合図する。



「ゴホッ…!ったく乱暴な奴だ。今ので腰が伸びたよ。………こりゃ全員が逃げる時間を稼ぐしかないね。せめて集落の方からは遠ざけないとならない」


場は既に混乱状態だ。

キングガリーラが暴れ回るため誰も近付けず、遠巻きに見ているしかできない。


「アマゾネスの長よ。あやつの後頚部に何か見える。ミニチュアガリーラには同じ部分に何か()()()の様な物があるか?」


「でき物だって…?あいつ等の体調まで心配しきれないよ!」


「何か関係が有るやもしれん!」


「ミニチュアガリーラにはそんなもの無いはずだ…」


「では隙があればそこを狙ってみるのじゃ!」


「そんな急所がやすやすと狙えたら苦労はないよ!」


エヴァさんが立ち上がる。

そばに落ちていた曲刀を拾い直し、キングガリーラを見据えた。


「何としても集落の方へは行かせられない………」


「ん………?待て!」


エヴァさんが再び体勢を低くした所で、シオンが彼女を引き留めた。


「まだ何かあるのかい!?今度は何だい!?あいつの痔を狙えってんならそのつもりさ!」


「お主!獄炎石をどこにやった!?」



シオンの慌てた様子に驚くが、同時に初めて聞く名称が出てきた事に困惑する。ずっとシオンと一緒にいるが、エヴァさんとの会話の中で獄炎石と言う名前が出てきたことはない。

そしてエヴァさんもその名前については知らないようだった。


「ごく……?何だいそりゃ?」


「お主が首からさげておったペンダントじゃ!どこへやった!?まさかあやつの足元に落としたのではないじゃろうな!?」


「え?来る前にメリッサさんに渡してた赤い石の事?」


「小娘に!?まずい………リヴァルは!?」


シオンの言動が解らない。

ペンダントの心配をしたりリヴァルさんの心配をしたり。


「リヴァルがおらぬ!アル!すぐにアマゾネスの集落へと行くぞ!」


「お前さん。何故あの石の事を………?」


「あんなもの見ればすぐに解る!アル早く走るのじゃ!取り返しがつかないことになる。理由は道中で説明する!早うせい!」



アルはシオンに急かされるままに、走り出した。

解らないが彼女がここまで焦っているのだ。重要な事に違いない。



「すみません!エヴァさん僕達は行きます!御武運を!」


「あんたもね!途中でミニチュアガリーラに出会ったらでき物が無いか見といておくれ」



"ガルム!"


"アルか!逃げるか?"


"いや、リヴァルが何か企んでいるらしい!僕達は後を追う!ここにいても僕じゃ役立たずだし!ここを任せる!全員を上手く逃がして!"


"手前に何が出来るか解らんが、尽力する"


"ガルム!死なないでよ!"


"承知した。アルとシオンも健闘を祈る。ヴィーヴルの祝福があらんことを"



ガルムと視線を交わすと、アルは走り出した。



森の中を疾走する。

一ヶ月前と比べたら、森の中での移動速度は確実に上がっている。

また【支配者(ドミネーター)】で前方の索敵をしながら極力魔物との遭遇(エンカウント)も回避する。



「エヴァが首から提げていた赤い石の名は獄炎石じゃ!あの卵程の大きさでもキングガリーラを木っ端微塵にして一キロ圏内を更地にする程度の威力はあるじゃろう!」


「何でそんな物をペンダントに!?」


「アマゾネスは他の集落から狙われておったと言っておった!恐らくは抑止力として持っていたに違いない!」


「リヴァルの狙いは獄炎石ってこと?」


「分からんが可能性は高い!どうせ妾達があそこにおっても何も出来ん!石のそばにおる方が良いじゃろう!」





全力で走ること五分。

アマゾネスの集落にもうすぐで到着する矢先。


支配者(ドミネーター)】の範囲に人が引っ掛かった。


その人物は痩身で猫背。リヴァルさんだ。

そしてその手には間違いなく、あのペンダントを持っていた。

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