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7話 狐と少女と山の中

目を覚ますと、いつもの机が見えた。

アルが八歳になる頃、エマさんが買ってくれた勉強机だ。机の上にはロザリオ王国の歴史や、世界史等を始めとして、礼儀とマナーを学ぶ本や野草の見分け方なんかの本が立て掛けてある。


本と言う物は高い。一冊で金貨が十数枚飛んでいく。これらはエマさんが昔持っていた物らしい。それらは既に全てアルの頭に入っている。別に勉強大好きという訳でもない。でもそれしかやることが無かったのだ。何故なら冒険者に憧れていたものの、半年前にレベルが5になるまで、エマさんに山での狩りなどさせてもらえなかったためだ。

ゆっくりと身体を起こすと、所々が痛む。昨日アルテミスから馬車で帰ってくる時に、かなり変な体勢で寝ていたらしい。


「ステータスオープン」


―――――――――――――――

名前:アルフォンス

職業:短剣使い

Lv:8


生命力:800

魔力:800

筋力:650

素早さ:900

物理攻撃:800

魔法攻撃:800

物理防御:850

魔法防御:800


スキル:【空間魔法】…【斬撃(スラッシュ)】【召喚(サモン)


武器:鉄の短剣

防具:牛革の防具

その他:なし

―――――――――――――――


良かった。【空間魔法】、ちゃんとある。

昨日アルテミスでレベルアップした際に出たスキルだ。アルの唯一のスキル。


魔法には大きく分けて二種類ある。戦闘向きとそうでないもの。戦闘向きな魔法で、代表的なのは四系統魔法。火・水・風・土の攻撃魔法。それ意外にも派生魔法として、雷魔法や氷魔法、光魔法や回復魔法等が存在する。


それに対して戦闘向きでないものはかなり多種多様だ。浄化魔法や、音魔法。クサイ臭いを出す魔法なんてのもあるらしい。まぁ使い方次第で戦闘に役立たないわけでもないが。基本的には攻撃性が乏しい物を指す。


【空間魔法】はどうやら戦闘向きのスキルらしい。それは昨日リアムさんから聞いた情報だ。しかし、基本の四系統魔法、派生魔法にもその名前はない。どんな魔法なのか、それは【空間魔法】の後に書いてある【斬撃(スラッシュ)】と【召喚(サモン)】を使ってみないとわからない。


外を見るとまだ少し暗い。時計を見るとまだ四時過ぎだ。

アルは今日、魔法を試すつもりだ。二度寝なんてしていられない。階段をそろそろと降りると、エマさんがもう起きていた。いつにも増して早いと言うのに。


「あらおはよう。やっぱり今日は早いのね。昨日はよく眠れたの?」

「おはようエマさん。ぐっすり眠れたよ。それで、今日森に行ってちょっと試してくるから」

「だと思ったから、サンドイッチとお弁当作っておいたわ。持っていきなさい。あとアル、お願いだから危険なことはしては駄目よ。どんなスキルを貰ったか知らないけど、無理だけは止めて。過信して命を落とした人は私も大勢知ってるわ」


エマさんの表情から、心からの心配が伝わってくる。

彼女を悲しませたくはない。もともと危険なことをするつもりも無いが、アルは無茶はしないでおこうと再度心に言い聞かせた。


「分かってるよ。帰ってきたらまたスキルについて話すから。あともしかしたらなんだけど………食いぶちが増えるかも。まだ分かんないけど」


エマさんの不思議そうな顔を尻目に、アルは装備を身に着け始めた。





いつもホーンラビットを狩っている森。

その中でもかなり入り口の方でアルは背中の荷物を降ろした。

冷えるから、とエマさんが渡してくれたコートも、畳んで置いておく。

勿論、既に森の中だ。魔物が襲ってくる可能性も無くはないが、経験上こんな端の方ではホーンラビットすら出てこない。ちなみに、ここは円形に十メートルくらい開けている所で、何をするにも広さは申し分ないだろう。


まずは【斬撃(スラッシュ)】を試してみるか。いきなり【召喚(サモン)】は少し怖い。流石に手に負えないような何かが急に出てきて襲いかかってくるとは考えにくいが、例えホーンラビットくらいの魔物が出てきたとしても、アルの場合は命に関わる。準備を万端にしてから挑みたい。

特に魔法は練習が要るって聞くし………。


「ステータスオープン」


アルはリアムさんに教わった通り、まずステータスを開く。そして【斬撃(スラッシュ)】と書いてある所を、人差し指で押した。するとスキルに関しての説明文が出てくる。そこに書いてある詠唱をまずは覚える所から始めるらしい。しかし、アルはその説明文を見て固まってしまった。こう書いてある。


斬撃(スラッシュ)】…無詠唱の魔法斬攻撃。空間を切り裂く。


詠唱書いてないんですけど?おーいリアムさん?詠唱どこにも書いてないんですけど?斬攻撃って事は、刃物で斬ったりって事?

試しにアルは短剣を抜き、近くの木を適当に斬りつけてみる。そこそこの傷がつく。確かに以前より威力は上がっている気はする。いや待て、昨日のレベルアップでステータス自体も上がってるんだからそりゃそうだ。


「ステータスオープン」


もう一度【斬撃(スラッシュ)】をチェック。まぁ先程と変わらず同じ事が書いてある。そういえばと思い、今度は試しに【召喚(サモン)】の方を指で押してみる。


召喚(サモン)】…異空間から魔物を召喚し使役する。血を寄り代(よりしろ)に以下を詠唱する。"異界に住みし魔の物よ 時を越え我と共に行かん 我が名はアルフォンス この名と血を代償に我と契約し その姿を顕現せよ"


あった………これ詠唱だ。そこそこ長いか?

でもレベルアップとともに詠唱も短くなるってリアムさん言ってたし。それにこのスキルの場合、戦闘中に唱えることも無さそうだし、別に困らないだろう。まぁ血が必要なんだったら、戦闘中の方が都合のいい時もあるかもだけど、それについては今からあんまり考えたくはない。


うーん。もう先に【召喚(サモン)】試しちゃおうかなぁ。

召喚するだけじゃなくて、ちゃんと"使役する"って書いてあるし、呼び出しても、急には襲っては来ないんじゃないかな?


若干【斬撃(スラッシュ)】の使い方が解らない事により、投げやりになっている部分もあるが、【召喚(サモン)】を先にしてもそこまで悪いことにはならないだろうと言う確信もある。


ところで詠唱ってこの文章を見ながら言ってもいいんだろうか?覚えて言わないといけないのであれば、少し練習が要るだろう。途中で間違えたらとんでもない魔物が出てきて食い殺されるとかのリスクあったりするのかもしれない。

が、とりあえずステータスを開いてそのまま読んで試してみようと思う。


アルは短剣を一度手首に当て、いやいやそこは下手したら死ぬと思い直す。どのくらいの血が要るんだろうか。試しに人差し指の先を少し切る。本当に葉っぱなどで切れたような小さな傷だ。そこの周りを抑えて、ぷっくりと血が球になるくらい絞り出す。


「こんなんじゃホーンラビットすら出てきてくれないかな?」


アルはゆっくりと間違えないように詠唱を始める。

この詠唱、そんなに長くないと思ってたら、いざ始めてみるとかなり長い事がわかる。一言発する毎に、身体から力が抜けていく感じで、ゆっくり読まざるを得ないためだ。これが、魔力を使っているという事なのだろう。


そして指先の血にも異変があった。まるでそこに透明の生き物がいて、吸いとられていくように血が宙に漂う。そして段々とどす黒く粒子化していき、血煙の様な物となって舞った。


これ、中途半端な気持ちでやっちゃったけど、もしかしてヤバい?


その事実に気付いた時、もはや詠唱は半分ほど終わっていた。これは止めるべきか。いや、途中で止めたら逆に危ないのか。

アルは頭のなかで躊躇いながらも、詠唱を続けた。


その間にもアルの血はどんどんと吸い取られ、眩暈を覚える。血煙は十メートルはあったはずの広場を埋め尽くす程に広がっている。これ全部、僕の血か?


体内の循環血液量が減少した事で心拍数が上がる。もしくは単純に恐怖からか。酷い立ち眩みに膝を着く。それと同時に詠唱が―――――終わった。


血煙が晴れる。いや、何かに収束していく。

それはかなり大きい。それこそ、この広場にやっと納まるくらいの大きさだ。


動物……………何だ?

犬?狼?いや違う。


――――――――狐だ。


再度の立ち眩みの後、アルが目を開けた時。

そこには巨大な狐がいた。全身は銀色の毛に覆われ、淡く発光している。目は深紅。アルの様子を注意深く窺いつつも、ここはどこだと言った様子で左右にも視線を走らせる。アルは身動き一つ出来なかった。それほどに力の差は歴然だ。腕一本でも動かした瞬間に、食いつかれる。そんなイメージが脳裏に浮かぶ。

そして既に【召喚(サモン)】の詠唱は終わっているにも関わらず、アルの全身からは未だに魔力が抜け落ちていっている。何故?でもマズい。このままだと昏倒する。でも狐相手に動けないし。


まぁでも、どうせ食い殺されるなら、意識がない方がいいか………。


アルの意識はそこで途絶えた。







こつん。こつん。


頭に何か当たってる。なんだっけ?あぁそうだ魔法を使ったんだ。全身が怠い。指先がチクチクする。

いや違う、狐だっ!


「ひゃぁっ!」


飛び起きたアルの目に入ったものは、あの巨大な狐ではなかった。再度、アルを眩暈が襲う。周りを少しだけ見渡すと、どこにもあの狐はいない。それだけ確認して、アルはまた倒れこんだ。


とりあえずの危機はない。しかし大きな問題があった。

それは「ひゃぁ」の声の主である。勿論、僕ではない。

仰向けに倒れこんだ状態で、顔だけそちらに向ける。そこには、アルのコートを羽織った女の子が座っていた。目が霞んではっきりとはしないが、歳は同じくらいに見える。そして一番問題なのは、恐らく彼女がそのコートの下に()()()()()()()と言う事だ。


「それ、僕のコート………」

「わ、(わらわ)を呼び出しておいてコートの心配かお主!」


呼び出しておいて………?

何言ってんだ。呼び出しも何も、僕今まで寝てたんだけど?昨日に引き続き命の危機に曝されてたんだけど。

あ、誰かがあの狐を見て助けを呼びにいってくれたって事か?にしてもなんで、こんな女の子が?しかも裸で僕のコートを?雪山じゃあるまいし裸で暖め合うなんて訳じゃないだろうし。


いや、僕はいいんだよ?歓迎だよ?それこそこんな可愛い子とそんなシチュエーション夢みたいだよ?でもこんな可愛い子、ミレイ村にいないはずなのにな。この子の髪、綺麗な白色だなぁ。いや、銀色かなあれ?頭に何かついてる。それって耳?何それ最近の流行り?あぁ違うよ獣人じゃないか、イザベラさんと一緒。イザベラさんは垂れ耳だったけど、この子はピンとした立ち耳だ。それにほらふかふかそうな尻尾も見える。ってそんな場合じゃないよ。あの狐が帰ってこないとも限らないし、早く村まで逃げないと。


「ねぇ君…狐の魔物を見た?かなりでっかいやつ………。早くここから離れないと、戻ってくるかも知れない」


と言いつつも、身体は動かせる状態でない。


「む?あぁ、お主。呆けておるのか?いや、察しが悪いのか。こんなのお決まりのパターンであろうに。まぁ鈍感系主人公と言うのも定番ではあるがな。多少先が思いやられるがまぁいい。気付いておらぬのであろうが、妾が狐よ」

「君、なんか………変な喋り方だね。それに………はは。ちょっと冗談キツいよ」


この子が、狐。はは、こんな可愛い子が?あの殺気と涎をダラダラ垂れ流してたような、体長十五メートルもありそうな狐?

あぁでも確かに髪の毛と尻尾は色が似ているかも。目も綺麗な赤だし。いやでも体積がおかしいよね?質量保存のほうそ………


「ステータスを開くがよい」

「ステータスオープン」


すぐに従った。確かめるにはそれしかないと解っていたからだ。結果はすぐに、そして最も解りやすく出た。


―――――――――――――――

名前:アルフォンス

職業:短剣使い

Lv:8


生命力:150

魔力:50

筋力:100

素早さ:100

物理攻撃:150

魔法攻撃:100

物理防御:100

魔法防御:50

スキル:《空間魔法》…【斬撃(スラッシュ)】【召喚(サモン)

召喚:妖狐


武器:鉄の短剣

防具:牛革の防具

その他:なし

―――――――――――――――

名前:

Lv:8


スキル:【筋力上昇Lv5】【変身Lv5】【吸収(ドレイン)

    【風魔法】…【風鎧(ブースト)Lv1】

    【雷魔法】…【感電(スタン)


武器:なし

防具:牛革のコート

その他:なし

――――――――――――――――



「理解したか?妾は妖狐という種族じゃ。魔界の中でも一角の…。ってお主聞いておるのか」

「いやいや、ちょっとごめん静かにして。なんだかとても悪い夢を見てるみたいだ。そうだ、昨日からずっとおかしかったんだ。なんか知らないけど美女やら巨乳やら全裸美少女やらがぽいぽい出てきてお友達になれるなんて、僕はどれだけ強欲な夢を見ているんだ。エマさん早く起こして下さい」

「ふむ。妾に黙れとはよく言うたものじゃ。に、しても友達………か。うむ。………友達、そうじゃの。それはそうと、全裸美少女というのは妾の事かの?悪い気はせんが、それよりも差し迫った問題として、妾は空腹なのじゃが…」


アルはそっと鞄を指差す。エマさんが作ってくれたサンドイッチがあるはずだ。それからお弁当もある。昨日からのが全部夢でなければあるはずだ。女の子はコートの前を押さえながら、ぺたぺたと鞄へと向かっていった。


ちょっと待ってくれ。これが夢でないなら、あの狐は僕が召喚した魔物で、その狐があの女の子で、つまりあの女の子は僕が召喚した魔物で………。


身体を起こす。少し動けるようになってきたみたいだ。頭の方も少しずつ回るようになってきた。でも多分、あの子の言うことは本当だ。でなければ全裸の女の子がここにいてアルのコートを羽織っている意味が解らない。それにあの銀色の髪の毛、耳と尻尾。赤い目もあの狐と特徴が一致する。


「なぁ、僕にも少しくれないか?なんだか血が足りないみたいだ」


彼女はサンドイッチの方を放ってよこした。包みを取ると葉野菜と肉が、パンの柔らかいところだけで挟んであった。いつもよりずっと豪華だ。一口噛むと、口一杯に肉の旨味が広がる。それからシャキシャキとした野菜の食感も最高だった。よし、元気が出た。落ち着いた。まず自己紹介からだ。


「ねぇ、僕の名前はアルフォンス。アルだ。君は名前とかってないの?」

「名前はお主がつけるのであろう。好きな名前をつけるがよい。妾が気に入らなければ食い殺すがな」


怖っ…。

お弁当をもしゃもしゃと食べてる姿は本当に可愛いんだけど、本当に魔物なんだなぁ…。一緒に入れてくれていたフォークを使わずに手掴みしたり、そのまま口を近付けて食べている辺り、野生感が凄い。いろいろと言いたいことはあるけど、一つずつ片付けよう。


まずは名前だ………名前か。生まれてから名前なんてつけたことはない。ペットですら飼ったこともない。何かヒントでもないか。その時アルの視界の端に、森に咲いている白い花が映る。花。女の子だし。花の名前なんか良いかもしれない。白い花。


「シオンの花……………"シオン"はどう?もし駄目だったらすぐつけ直すから噛まないで」


弁当を食べている手が止まった。いや、手も既に使ってないから口か。もしも気に入らなかったのなら、どうなるんだろう。

彼女はジロリとこちらを見る。口の回りがソースで赤くなってるの、拭いてくれないかな…。


「まぁ、いいだろう。それにもう決まってしまった様であるしな」

「良かった。………ステータスオープン」


確かに名前の所がシオンになっていた。

これで確定か。彼女が狐だ。そして、僕のパートナーだ。


「よろしくシオン」

「うむ」


この日、僕と(シオン)は契約された。

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