68話 議会
翌日の朝。
祭場へと【空間転移】で戻ってくる。
結局夜は危ないと判断し、寝る時はアルテミスまで戻ることにしたのだ。
アマゾネスの皆が朝食を食べている所に到着すると、昨日と全く様子の違うメリッサさんが走り寄ってくる。
「アルフォンス君!おはよう!」
「お、おはようございます。」
「朝食取ってきたよ!一緒に食べよう?」
「あの、もう食べてきたので。ありがとうございます」
「それならこっちに来て座って!」
やけに明るい事に違和感を覚えつつ、今日も皆と狩りに出た。
「今日も盾の練習頑張ろうねっ!」
「え、えぇ。お願いします…」
「ねぇ!一緒に前の方に来て!索敵の仕方を教えてあげる!」
「はい…!」
戦闘中。
「せーっの!………アルフォンス君っ!?大丈夫!?」
「メリー!集中しろ!」
「メリッサさん!僕は大丈夫ですから!」
「でも怪我してる!」
「ちょっと血が出てるだけです!動けます!それより前見て前っ!」
移動中。
「ちょっとメリッサさん、離れませんか?」
「アルフォンス君さっき怪我してたし、こうやってくっついてた方が歩き方とかも勉強になるでしょ?」
「いや、と言うか歩きにくいんですが」
「それもまた練習になるよ」
狩りから帰る時。
「やっぱりアルフォンス君がいてくれたら、食料持って帰るのが楽ちんだね?」
「えぇ、少しでも役に立てるなら」
「すごいありがたいよ!ねぇずっとここにいたら?」
「いやぁ、それはちょっと………」
「えぇーなんでー?」
夕食の時も。
「昨日の食べ物は外から持ってきたの?」
「えぇまぁ。美味しかったですか?」
「すごい美味しかったー!特にデザート?って言うの?あんなに甘いものがあるんだね!ねぇ、外の話、聞かせて?」
「いやぁエヴァさんに外の事はあまり話すなと言われてるので」
「大丈夫だよ。ほらこうやって近付いて…耳元で話せば聞こえない」
「ちょっ!ちょっとメリッサさん!近い近い!」
「メリーって呼んで欲しいな?呼んでくれるまで離さないっ!」
「あぁーっ」
盛大なため息とともに、竜の翼亭の机に突っ伏した。
夕食もほどほどに逃げるように戻ってきたアルは、落ち着いた空間に甘えるように目を閉じる。
なんだか、メリッサさんからの猛攻が凄かった………。
四六時中アルの側に寄ってくるし、何かとくっついてくる。豹変とまではいかないが、まるで十歳前後の女児の如くアピールが直球。
昔、バドに同じ様にアピールしていたソフィアを思い出す。
「なになにー?アルフォンス君。恋の悩みかい?」
料理を運んできてくれたのはミアさんの妹で、この店のウェイターとして働いているマイさんだ。
「えぇ。恋の悩みと言えばそうなんですが。どうしたらいいか分からなくて」
「ふむふむ。つまり女性からの好き好きアピールが凄すぎて困っていると」
「何も言ってないのに!?」
「いやいや、君が恋の悩みと認めた時点で君が好意を持ってる側の話ではないし、向こうからの好意に対してどうしたらいいか分からないって言ってる様なもんでしょ?それ以外によくあるのはパーティメンバー同士での恋愛だけど、シオンちゃんとガルっちだからね。無い無い」
「ガルっちって………。でもまぁ間違ってはないです」
「ほら、お姉さんに話してみなさい?ミアに相談するよりかはマシよ?」
アルは所々を濁しながらも、マイさんに状況を話した。
時々ふむふむ、と物知り顔で相槌を打つマイさんはなんとなく頼りになりそうだ。
「なるほどねぇ?少し状況は分かりにくいけどね。私からのアドバイスは二つ。一つ目のアドバイスは、私は"受け流しておけば良い"と思う」
「受け流す?そんなもんですか……?」
「うん。きっとアルフォンス君に対しては興味があるし好意もあるんだと思う。でもそれがきっと初めての感覚で………何て言うかな。舞い上がってるだけなんだよ。
ここのお客さんでもよくいるの。勢いで口説いたり告白したりしてくる人とか。きっと新しいものってすごく新鮮な気持ちになって、魅力的なんだよ。十の好意が、百とか千とかに膨れちゃうくらい。
でも、時間が経つと膨れた分は萎んでいって、最初の部分だけが残る。その時に、最初の十の好意が、ゼロになってるか、千になってるかは分からない。誰にもね。だから私は萎むまで待っちゃうの。萎んだ後にどうするのか決める事にするわけ。ちょっと卑怯だけどね?」
その感覚はなんとなくは分かる気がした。
しかしそこまで割りきれるだろうか?
「そこで二つ目のアドバイス。なるべく他の人にも相談すること。もちろん、馬鹿にしないでちゃんと話を聞いてもらえる人にね?恋愛なんて結局、正解はないんだよ。良い恋愛だった、悪い恋愛だったなんて、後からじゃないとはっきり分からないもんだよ。それにもしダメでも次の恋愛には活かせるって思えば全ての恋愛に失敗なんて存在しないって事だからね」
「マイ。いつまでもサボってんなよー」
「はーい、お父さん。じゃあね。ミアにも相談するなら、何て言ってたか教えてね!んじゃ!」
マイさんは颯爽と厨房へ戻っていった。
後には、結局どうしたら良いか分からないままのアルだけが取り残された。
*
翌日。
アルはアマゾネスの村に到着すると、一番最初に話しかけてきたのはペトラさんだった。
「おはよう、アルっち。長が呼んでたよ」
「おはようございます。エヴァさんが?」
「うん、なんか用事だって」
見渡すと、エヴァさんは朝食の席にいなかった。
きっと初めて会ったときの家にいるのだろう。そう思ってそちらに向かおうとすると、今度こそメリッサさんが近寄ってくる。
「おはようアルフォンス君!」
「あ、おはようございます。すみません、エヴァさんに呼ばれてるみたいなのでちょっと行ってきます」
メリッサさんは今日も絶好調の様だ。
そんな彼女を残して、アルはエヴァさんの元へと向かう。
「おぉよく来たね」
「おはようございます」
「何やらメリッサに気に入られたらしいじゃないか?」
「まぁ、気に入られたと言うかなんと言うか………」
「あの娘はいいよ?胸も大きいし」
苦笑いで返す。
「話と言うのはその事ですか?」
「おっと、気を悪くしたかい?若い者の恋愛に老いぼれが首を突っ込むのは無粋だったかね。では本題に入るとしよう。今日、他の集落の長との集会がある。一緒に来て意見をきかせておくれ」
他の集落との集会?
それはアルにとってかなり意外な物だった。
なんとなく、アマゾネスの人達は他と交流しないような、そんなイメージがあったのだ。
「それは構いませんが、何故僕なんですか?」
「お前さん、魔物のレベルが見えるのじゃろう?」
「ええ、そうですが」
「今回の議題は、ジャイアントガリーラの討伐だ。何回も前の集会から、ある集落の長がとうしてもすると言ってきかなくてね。お前さんがいれば数字的な根拠を示せるだろう」
「ジャイアントガリーラって………?」
「ミニチュアガリーラよりも、もっと巨大な奴の事だよ」
巨大なガリーラ?
え?いや、まさかそんな。この森に来た初日に出会った、あのめちゃくちゃ巨大なキングガリーラの事!?
「えぇぇぇ!?あんなの倒すんですか!?」
「そう言ってるんだ。いや、そう言って聞かないんだ。
まぁどっちにしろついておいで。………お前さんの仲間とやらの情報も集められるだろう?」
エヴァさんの言葉にハッとなる。
彼女の言う通りだ。もしかしたらどこかの集落にたどり着いているかもしれない。いや、シオンの鼻の良さを考えれば、その可能性はかなり高い。
「はい!ありがとうございます!」
それからすぐに一行は出発した。
アルにとって予想外だったのは、メリッサさんが一緒に来ることだった。しかしそれも当たり前だ。まさかエヴァさんとアルの二人だけと言う訳もない。
しかしそれでもこのレベルの森だ。三人で大丈夫なのだろうかと思ったりなんかしたが、結論から言うと全然問題なかった。
エヴァさんが超強いのだ。
レベルはなんと57。メリッサさんから教えてもらったのだが、アマゾネスの長は一番強い女性が務めるものらしい。
アルとメリッサさんの盾で初手さえ止めれば、ほとんどの魔物が一撃で沈んでいく。どこからどう見ても腰の曲がったおばあさんなのだが、その肉体には計り知れない力を秘めている。
「やっぱり歳には勝てないね。そろそろ限界かね」
とはエヴァさんの言葉だが、とてもそうは見えない。
アマゾネスの村から目的地までは徒歩で三十分くらいだったと思う。
到着したのは、どこかの集落だった。
アマゾネスの村よりも一回り大きい感じがする。御神木の様な物はないが、ここも安全階層の様な場所なのだろうか?
そして当たり前だが、その集落には男性もいた。
アル達の事を、と言うよりもアルの事を物珍しそうに見ている。
エヴァさんは何度もここに来ているのだろう、迷いのない足取りで集落の中心の方へと向かう。
中心にあったのは他より少しだけ大きな建物だ。
入り口には槍を持った男性が一人立っており、エヴァさんを見て軽く会釈する。そして中に入るよう促す。
その時にメリッサさんをじっとりと見ていた視線が気になった。
そこに入ると大きな円形の机がどーんと置いてある。
中にはだいたい十人を越える人がいて、ほとんどが既に着席している。着席しているのはだいたい四十から六十歳代の男性ばかり。
「遅かったな。どうぞ着席を」
上座となる一番奥に座っている人が、厳かにそう言った。
歳は五十手前と言った所。立派な髭を蓄えた筋骨隆々の男だ。その鋭い目付きは歴戦の冒険者の様だ。
そしてその男の横から、痩せ細った男が素早く耳打ちする。
何を言っているのかは分からないが、それを聞いている方は神妙な顔で頷いている。
その耳打ちをしている男二人の後ろに、見覚えのある人が立っていた。
鱗状の硬い皮膚、金色の瞳。
二メートル近くある身長に、それに負けない盾を担いでいる。そしてその肩の上には見覚えのある小さな狐。
―――――誰あろうガルムとシオンだ。
「ぁむ………!」
声を出しかけたが慌てて口を塞ぐ。
ガルムさんが指を口に当てていたのだ。声を出すな、気付かれるなと言うサインを送っている。
しかし僅かに漏れた声でどうやら注目を集めてしまったらしい。
「おや、男性を連れてくるとはお珍しい。どこの集落から連れ去った奴隷ですかな?」
エヴァさんが何か言い返す前に、アルは急いでエヴァさんに耳打ちする。
「あの一番奥に立ってるのが僕の仲間です。ただこの場では、黙っといてください。僕は奴隷でも何でも構いません」
エヴァさんは片眉を上げて、一瞬怪訝そうな表情をする。
しかしすぐに機転を利かせてくれた。
「この坊やには我々の能力は使っていないよ。この坊やはそうだね。このメリッサの婚約者とでも言っておこうかね?」
「やだ!おばあちゃんたら!」
「え!?」
「ぬ!?」
エヴァさんの言葉に衝撃を受けたのはアル、シオン、メリッサさんだけではなかった。その場に座ってた男性陣全員がざわざわとし始める。
「婚約者だと?」
「アマゾネスに……?」
「どういう事だ?」
「静粛に…!本日の話し合うべき議題は他にある」
やはりそれを諌めたのは上座に座る男だった。
アルはその間に、ガルムとシオンに向かって【共有Lv1】を使用する。声に出さずとも意思疏通が出来る、【空間魔法】のスキルの一つだ。
"二人とも無事で安心したよ"
"手前らこそ心配したぞ。あの濁流に飲み込まれて生きているとは。シオンのステータスで無事は確認できていたがな"
"妾達とはぐれた三日のうちにまさか婚約しておったとは驚いたがな、この節操なしめ"
"いや、とりあえずそれは誤解だから"
"それなら今まさにお主の腕に絡み付いておるその女は何じゃ!"
"これも含めて誤解なんだって!"
"うるさい!鼻の下を伸ばしおって!"
「今日の議題は他でもない。前々から提案していたジャイアントガリーラの討伐だ。議会を重ねる度に賛成派が増えている。今日こそ過半数を越える事と期待している」
「今喋ってるのがこの集落の長でセルゲイって名前よ。ジャイアントガリーラはここ数ヵ月でここいらに来るようになった魔物なんだけど、その魔物のせいでこの森の生態系が少しずつおかしくなってるのは確かなの。本来は臆病な性格だって話なんだけど………」
腕を組んだままのメリッサさんが、耳元でアルに教えてくれる。説明はありがたいが、狐様の敵視が高まっているのを感じた。
"二人はどういう立ち位置なの?"
"手前等は森を彷徨う内にこの集落にたどり着き、昨日から世話になっている。外から来た冒険者と言うことで、キングガリーラの討伐に関して後押ししてほしいと頼まれている"
"お主こそそれはどういう立ち位置なのじゃ"
"僕は………その…。説明が難しいんだけど、命を助けてもらった恩を返せなければ帰してもらえないみたい"
「ジャイアントガリーラ討伐に関してはリスクが高いと何度も言ってるはずなんだけどね?戦士の半分を失う事になりかねないよ。それに関してはこの坊やが説明してくれる。魔物のステータスを見ることができる能力を持っている」
「何………?ステータスを…?」
急に議会の会話に引き戻される。
まずい、この二重の会話少し頭が混乱する。
「えぇ、ジャイアントガリーラ、正式な名前はキングガリーラですが、レベルは56です。持っているスキルとしてはうろ覚えですが、物理攻撃がかなり通りにくかった様に思います。この森の主の様な存在であれば、さらに硬いと思われます。あの大きさですし、恐らくレベル50を越えた人達が二十人はいないと難しいと思います。それでも怪我人、死者は出るかもしれません」
その返答を聞いたセルゲイさんはアドバイスを求めようと後ろを振り向くが、痩せた男はすでにそこにはいなかった。
一つ咳払いをすると、鋭い目付きを取り戻して問いかけた。
「そもそもお前がステータスをみることができると言う証拠は?」
セルゲイさんの言葉に、アルは頭をぽりぽりと掻く。
「セルゲイさん、あなたのレベルは51です。主に使うのは槍ですか?【カリスマ】をお持ちなら皆を先導しやすいでしょうね?
もしご希望であれば全てのスキルを言って見せますし、なんならここにおられる方全員のを発表しても結構ですけど」
焦った様に騒ぎ出す長達の喧騒を他所に、セルゲイさんは今度はガルム達の方を向き直った。
小声で意向を聞いてから、全体に話すよう促す。
「手前は森の外から来た冒険者であるが、まずは各集落のレベル40以上の戦士のデータが必要だ。レベル50が二十人に満たなくとも、作戦と方法次第で、討伐までいかなくとも追い払う程度は可能かもしれぬ」
ガルムはハッキリとそう言ったのだった。
最近忙しく、更新滞ってます………!
ちょこちょこ頑張ります




