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65話 森の民

「着いたよ。ここがあたい等の村さ」


その村はとてつもない巨木に囲まれた場所にあった。

この森自体が巨木で溢れているのだが、それが比にならないくらい巨大な樹が六本。村の周りにそびえ立っている。


「すごい大きな樹ですね」


「あぁ。六神木さ。一本ずつにそれぞれ神様が宿ってるって言われてる。さっき言ってたアイランドタートルも、ここには入って来ようとしない。ここは森の中でも神聖な場所なんだ」


この広大な森がダンジョンだとすると、ここはさながら"安全階層"の様な物なのかも知れない。

村の中には忙しく女性達が行き交っている。やはり着ている服は少し露出度が高い。かなり目のやり場に困るものだ。


「ここに住んでるんですか?」


「どういう意味?」


彼女の返答は怒ったような物ではなく、本当に意味がわからないと言ったものだった。


え?だってここダンジョンの中ですよ?

ダンジョンの中に人が住むなんて話、聞いたことないですけど。


と言う言葉を飲み込む。

なんとなく、彼女にこれを伝えていいものか分からなかったからだ。


(おさ)の所に連れてくからね」


返答のないアルの手を引いて、彼女はまた歩き出した。



この村は意外と広い。

家は五十件ほど。木造で屋根は草を編んで作られているみたいだ。

人の数は少し見ただけでも百人近くの人が住んでいる様だった。昼間だからか女性しかいないが、驚くべき事に彼女達のレベルは総じて高く、レベル40前後。


そしてアルは、村の真ん中にある一際大きな建物に通される。

先にアルを押し込むと、後ろからメリッサさんもついて入ってくる。天井は吹き抜けになっているのに目が行く。それだけでなんだか広く感じた。




「おやおや。これはまた珍しい客だね」


そしてそこにいたのはご年配の女性だった。

年齢は八十歳はめされていると思う。

木造の椅子に腰掛けており、その状態でも腰が大きく曲がっているのが分かった。首からぶら下げた大きな赤い石のついたネックレスが印象的だ。


「おばあちゃんこいつ溺れてたところを助けたの。でも、あたいのマーキング効かなかったんだよね。そしたらあたいらの役に立てるって言うから連れてきたんだけど…」


「ほうほう。そうかい。迷い人とは、珍しいね。ふーむ、どれどれ。

……………メリッサ。少し外しておくれ」


「え?でもおばあちゃん、危ないよ?」


「大丈夫さ。ろくに前も見えないが、人を見る目だけはまだ衰えてないからね」


朗らかにそう言う女性に、メリッサさんはしぶしぶ出ていった。

"ばあちゃんに何かしたら殺すから"アルの耳元で淫靡にそう囁いて。



「悪いね。あれは私の孫なんだが、どうにもおてんばでね。さぁ、その椅子にでもかけておくれ」


勧められた椅子にアルは腰かける。


「マーキングが効かないとは滅多なこともあるもんだね。あの娘がしたのは口付けだったかい?」


「え、あの………その、まぁ………」


「お前さんもしかして、初めてだったのかい?」


「いえ、初めてではないですが………、あんまり慣れてなくて」


「だろうね」


彼女の言葉にアルは苦笑いを浮かべる事しかできなかった。まともに顔を見れず、ネックレスの先についた赤い石を見ながら返答した。



「あの、僕はアルフォンスと言います」


話題を変えるつもりで言ったアルの自己紹介に、彼女は心底驚いた様子だった。


「おぉ、おぉ。こりゃ失礼。私の名前はエヴァだよ」


「エヴァさん。僕はお孫さんに命を助けて頂きました。この恩は必ず返しますし、返したいと思っています。ただ、僕には仲間がいます。彼等はまだこの森のどこかで迷っているはずです。僕は彼等を探さないといけません」


エヴァさんはアルの話を真面目に聞いてくれた。


「お前さん、外から来た者じゃろう?」


「外と言うのはこの森の外からと言う意味であればそうです」


「ふむ。お前さんの様な外からの者は珍しい。数年に一度といったくらいか。だいたいがこの森で迷い、我らに助けを求めてくる。しかし我々がそれに無償で応えたことはない。お前さんの言葉を借りるなら、我々は恩には恩で返す。しかしお前さんには一つ恩を売ってある。まずはそれを返してもらわねば」



厳しい言葉だった。

それがここの人達の考え方なのだ。


アルが目を覚ました時に、彼女が言った言葉。


"あたいが助けなければあんたは死んでたんだよ?それならこれからのあんたの人生をあたいにくれても良くない?"


あれは冗談でも何でもない。彼女の本心だったのだ。彼女の考え方や価値観。

果たしてアルはこの人達に恩を返せるのか。もしくは恩を返せると証明できるのだろうか。


「"ステータス"」


アルは唐突にステータスを開く。

そこにはちゃんとシオンのステータスも載っている。とりあえず戦闘中ではないのだろう。ステータスは全快だ。


大丈夫………。

ガルムとシオンなら大丈夫だ。

先程の話を聞けば、どちらかと言うと僕の方が窮地に陥っているくらいかも知れない。


「では、恩を返します。ここで、外から来た僕にだからこそ何か出来ることが有るかもしれません。何日か下さい。必ず何か見つけます」


「大した自信であることよ。そこまで傲慢では無さそうだが、何か勝算があるんだね。良いだろう、数日様子を見る。メリッサ!!!」


最後のメリッサさんを呼ぶ声の大きさに飛び上がりながらも、なんとか首の皮一枚繋がったみたいだ。


「あとあんた。ここでは外の話はしないでおくれ。あたいらにとってはこの森が世界の全てさ。あぁ、メリッサ。この坊やに一週間程時間をやる。それまでの坊やの行動は逐一報告しておくれ」


「了解」


アルはまたしてもメリッサさんに手を引かれ、エヴァさんの所を後にした。



「アルって言ったっけ?あんたなんか出来るの?」


「それを必死に考えてます。必ず何かの役にたてるはずです」


「ふぅん?まぁあたいに何でも聞いてくれていいからね?あたいらの役に立ってくれるんならそれはそれでありがたいし?」



そこからメリッサさんは村を案内してくれた。


何となく、先程までの雰囲気とは変わっていて、なんというか、優しい。そう、優しくなった。


この村には二百人ほどが住んでいるらしい。

今は大半の人が狩りにいったり、山菜を採りに行っているらしい。ダンジョンでも山菜が採れる事には少し驚いた。


やはり、この村の建物はだいたい五十棟くらい。

どれも木造なのは変わらず、一軒ごとの大きさは少し小さめだ。


先程のエヴァさんのいた家が一番大きく、その家の前には少し開けたスペースがある。真ん中で火を焚く様な場所があり、朝食やら夕食なんかは全員でとってきた肉や野菜を分け合って食べるらしい。


「あの、メリッサさん。あの階段はどこに通じてるんですか?」


アルが目をつけたのは六神木の中でも一際大きな樹だった。

その樹の外周には階段のような物がある。


「あぁ。あれは祭場への階段だよ」


「祭場ってなんですか?」


「年に一度の御祭りとか、特別な式典とかするときにはあそこを使うの。今は登っても何にもないよ。見晴らしだけは抜群に良いけどね?この森のどの木よりも高い位置にあるから、地平線まで見渡せるよ。行ってみる?」


神木に階段作って良かったのかな………?

まぁそれもアルには分からない世界だ。黙っておこう。


それからメリッサさんのお誘いもお断りした。あの螺旋状の階段はどうもクープを思い出してなんとなく登る気にならない。


「午後からはあたいも狩りに出ないといけないんだけど、あんたはどうする?」


「僕も行きます。レベルは皆さんより低いですが、何か役にたてるかもしれません」


「へぇ?自分の面倒くらいは自分で見てね?もう一回命を助ける事になればあんたは完全にあたいのもんだからね?」


その言葉に、不覚にもドキリとしてしまう。

彼女の言葉には、何故か下心や、悪意といった感情が見えないのだ。

それが不思議でならない。


「メリッサさんは何故そこまで僕にこだわるんですか?」


「え?何でって。皆に自慢できるじゃん?」


じ……………自慢?















「はぐれたら完全に迷子になるなこれ………」


午後からは、メリッサさんに連れられて森での狩りに加わることとなった。狩りは大人数でするらしく、先に行っている他の人達と合流するらしい。


「へぇー珍しい。あんた方向音痴なの?」


彼女が装備しているのは、その身体が隠れんばかりの大盾だ。ガルムさんが持っている物と、大きさはほとんど同じくらいか。


「いや、方向音痴と言うか、そんな話でもないと思うんですが」


「あ、いたいた。おーい!お待たせ!」


合流ポイントに到着した様だ。

しかしアルはその人達を見て驚きと動揺が隠せない。十人くらいの人がいたのだが、全員が女性なのだ。そしてやはり服の露出度は高め。メリッサさんより激しめの服装の人も半数いる。



「遅いじゃーん!待ちくたびれたってのー」

「ごめんごめんちょっとやることあってさ」

「メリーはいっつもだから言っても無駄だよ」

「こいつサボり上手だからな」

「あたいってそんな位置付け!?」

「え!?ってか誰その男!?」

「あーこいつは…」

「若い男!」

「しかもイケメン!」


女性達が殺到してくる。

アルが逃げようときびすを返した時には既に囲まれていた。この人達、並大抵のスピードではないのだ。全員がレベル35前後の実力者。アルはあっという間にもみくちゃにされてしまう。


「男だ!?ん?いや?もしかして女か?」

「いや男だ!男の匂いがする!」

「誰かっ!?助けっ!うわぁっ!」

「上はないぞ!」

「大丈夫!下はちゃんとある!」

「脱がせ脱がせ!」

「ちょっと!そいつあたいのなんだから!ダメだって!」

「いいじゃんちょっとくらいさ!」

「一、二回貸したって枯れやしないよ!」

「ちょっと!落ち着いて!」

「遅れてきたのもシテたからなんだろ!?」

「うわー!私久しぶりかもー!」

「こう言う時は年長の私からだろ!」

「こういう若い子にねちっこいのはウケないんだって!」

「ねちっこいってなんだ!濃厚と言え!」

「こら!抵抗するな!」

「ズボンはダメですって!」

「おい!手を放せ!」

「ん?こいつなんで抵抗してんだ?」

「あれ?」

「や、や!やめて下さいっ!」

「え!?」

「え!?」

「………え?」

「メリーあんた!まだマーキングしてないの!?」

「なになに!?何で!?」

「まさか、本命!?」

「あーそいつさ………マーキング効かないんだよね?」


「「「「ええぇぇぇ!!?」」」」

「マーキング効かないとかあんの!?」

「やっぱりこいつ女じゃない?」

「どこまで試したの!?」

「あたしも試してみていいー?」

「ダメですって!」

「ダメダメダメ!そいつはあたいが先に唾つけたんだから!あんた等は手出しちゃだめだよ!(おさ)にももう報告してるからね!」



その一言で、やっとアルは放してもらえる。

ゴールドナイツと言い、なんでこんな女性が強い所で問題に巻き込まれるんだ………。


「ふぅん?………坊や、名前は?レベルは?」


「アルフォンスと言います………レベルは30です」


「今日ついてくるの?」


「はい、お願いします」


「まぁいいけど…?メリー、あんたちゃんと面倒見なよー。もったいないからね。死んじゃったら。………さ!いこいこ!早いとこ今日の分終わらせよー!」



やっと解放された気持ちになりながら立ち上がると、メリッサさんがすぐ近くにいた。脱がされかけて斜めになったアルのシャツを直してくれる。


「なるべく安全な所にいなよ?あたいは最前線だから、あまり気にかけてあげられないから、ほら行くよ」


メリッサさん優しい………。

獣の様な女性達に囲まれた後だからか、やけにメリッサさんの優しさが身にしみた。



女性達ばかりでちょうど十人。

森の中を歩く最中は真剣そのもので、一言も発さないどころか歩き方にもかなり気を使っている。


アルも森での歩き方は慣れていると思っていた。シオンに何度も注意されたこともあり練習もした。しかし彼女達のそれはレベルが違った。


森と溶け込む様な歩き方。

少しでも目を離すと見失ってしまいそうな程だ。



先頭はメリッサさんだ。

手を挙げて部隊を止める。


手振りで左右に合図を出すと、メリッサさんと同じ様な盾を構えた人と二人だけ残して、部隊が半分に割れていった。

正面で盾二人が耐えている内に、横から挟撃するのだろう。


アルはまずは参加せず、彼女達の狩りを見て勉強することにした。

いきなり参加しようとして邪魔したら目も当てられないからだ。



葉っぱの隙間から見えたのはゴリラの姿の魔物。

ここでゴリラと言うと以前に出くわしたキングガリーラが一番に思い浮かぶが、それよりもかなり小さい。それでも高さではアルの身長の倍はあるのだが。

名前はミニチュアガリーラ、レベルは37。


メリッサさん達の盾部隊が前進する。


ミニチュアガリーラがそれに気付くと、両手で激しく胸を打ち付け吼えた。ドラミングだ。


盾を持った二人はそれでも前進。

両者が衝突する。


ミニチュアガリーラの肩からの突進を、盾二人で受け止める。

衝撃で生じた風圧がアルの前髪をさらっと撫でた。ガリーラに()があるが、数メートル押し込まれながらも二人の体勢は崩れない。


衝突の際の二人のタイミングが完璧に揃っており、なおかつ数メートル押し込まれた状況でも二つの盾はまるで一枚の岩の様に隙間なく並んでいる。


突進で崩せないと判断したガリーラの猛攻が始まる。

両腕で薙ぐ様に腕を振り回す。メリッサさん達は左右でそれぞれ腕を受けているが、その場から全く動かない。空気が歪んで見えるほどの衝撃を受けながらも、崩れない。


左右の茂みから他の女性戦士達が飛び出した。

槍が半分。もう半分は剣を持っている。


剣が先行してガリーラを斬りつけ離脱。

それでやっと左右からの加勢に気付いたガリーラに槍を突き出す。そちらに気をとられていると今度は反対側。


最後はメリッサさん達だ。大盾を担ぐように上に構えると、盾の下部分が尖っている事に初めて気がつく。

それで無防備なガリーラの足部を突き刺した。


ガリーラの標的は盾の二人から変わらない。

腕を弾き、隙あらば突き刺す。


両側からも絶え間なく刃を突き立てられ続け、ミニチュアガリーラはすぐにダウン。女性戦士達に囲まれ、ダンジョンへ取り込まれる事になった。



「どうだった?何か思いついた?」


「い、いえ。何と言うか今まで僕が戦ってきた方法と違いすぎて、勉強になりました」


「ふふ、なにそれ。それじゃ勉強させてあげたって事でまた貸し一つだね?」


「いえ!ちょっと待ってください!」


メリッサさんは可憐に笑った。


ミニチュアガリーラからのドロップは肉だ。

さすがにあの体格なだけはある。五キロ程の肉塊だ。


その肉を誰が持つかで言い争いが始まったので、アルが【保管(ストレージ)】に入れるとかなり驚かれた。何をしたのか聞かれたが、スキルの事なのではぐらかした。


「やるじゃん、勉強の分の貸しは無しで良いよ」


メリッサさんに背中を叩かれる。

いやこれ、何だかんだで一生恩なんて返しきらないんじゃ………?

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