63話 ロウブの森
シグリッドを出発したアル達は、三日程でジャンルカに到着した。ジャンルカの街は既にブルドー帝国領であり、シグリッドの街と比べても少し大きく、そして堅牢な造りになっていた。
雰囲気としてはどこか暗く、厳か。
帝国では国に属する自衛集団は憲兵と言うらしいが、彼等が街の中までも厳重に警備していた。アル達もロザリオ王国からの冒険者と言う事でかなり念入りに検査された。
ジャンルカの街で護衛任務を完了すると、依頼主と別れてその足ですぐにダンジョンへと向かう。今度は同行してくれたガルムと二人で挑む。その結果。レベル22から26の九層のダンジョンを、迷宮主まで含めて三時間で走破した。ガルムはもう少し初対面の魔物を調査したがっていたが、【鑑定】での結果でとりあえず満足してくれたみたいだ。ちなみに獲得できたスキルは【魔力回復上昇Lv1】と【槍術Lv1】。
その日は、久し振りに宿の布団で眠った。
護衛任務中は野宿ばかりだったので、まさに天にも昇る気持ちだった。
そして今はいよいよ。次の目的地、ペンツへと向かっている所である。
しかし今回は徒歩だ。
ジャンルカの街でペンツ行きの護衛任務が無かった事に加えて、運行してる馬車便も一日に一本。今日のは既に出発したとか。
よって三人でのんびりと歩いて向かっている所だ。
幸い、ジャンルカからペンツまでは歩いても二日ほどで着くらしい。途中にあるロウブの森は絶対に迷うから必ず迂回して行けとの、宿屋の親父からのありがたい情報だ。
現在、徒歩で移動中の三人の会話は、【鑑定】と、ガルムの調査の比較結果についてだった。
「ふむ。やはり手前の観察では七割が良いところか」
シグリッドのダンジョンにて、アル達がトニエ達を助けて迷宮主に挑んでいる間。ガルムはひたすらランページの相手をしていたらしい。
盾で受けたり、攻撃を避け続けたり、剣で斬ってみたり突いてみたり。様々なアクションやリアクションを観察し、その中からスキルを考察するのだとか。
そして驚くべき事に、ランページやクープの魔物達の調査結果とアル達が【鑑定】してきた結果を比べると、七割以上のスキルを的中させていたのだ。
「いや、七割でもかなりスゴいと思うけど………」
「まぁそうだな。今までのデータは七割方が信用できると言う事が解った。そして今後はアルと一緒なのだから、かなり調査が進むことだろう。なるべく逐一【鑑定】を使用し、固定スキルだけでなく変化スキルも教えてほしい」
「な、なるべくね………」
「好奇心と言うのはなんとパワーを生むものや。身を滅ぼす事もあるがの」
その他には、お互いの今までの経緯を話し合った。
ガルムはとうやら本当に父親と喧嘩して里を出てきたらしく、なかなか戻り辛いらしい。そして今まで旅してきたいろいろな所についても話してくれた。だいたいどこでも竜人は珍しいらしく、あまり親しくなれた人もいないのだとか。それでもブルドー帝国北方の港町で同じ里の竜人の女性と出会い、熱い一夜を過ごした事なんかも教えてくれた。
アルの方は逆に人生のほとんどがミレイ村での事なので、スケールとしてはガルムの話と比べてかなり小さい。それでもガルムがミレイ村やエマさんに興味を持ってくれた事は嬉しかった。
また機会があれば連れていきたいと思う。
「お、森が見えてきたの」
一日目の日が暮れる直前に、噂の森にたどり着いた。
今日は森から少し離れた所で野宿だ。ジャンルカの街まで【空間転移】で戻っても良いのだが、最近はシオンが狐の姿になってベッドやらお風呂やらと言わなくなったのでそのまま野宿することになった。
と言っても、護衛任務の時の様なひもじい思いはもうしない。
ジャンルカの街で買っておいたホクホクの食べ物を並べ、豪華に夕食を取る。そして寝る時には以前に買っておいた寝袋を大胆に広げて潜り込んだ。夜も少しずつ寒くなってきており、ミニシオンの抱き心地がたまらんのじゃまたこれが。
「ガルムは本当に大丈夫なの?」
「手前はずっとこれだ。この方が慣れているし疲れも取れる」
ガルムはあぐらをかいて座っている。
一晩中その姿勢で寝るらしい。昔アルも試したことがあったなぁとしみじみ思い出しながら、深い眠りについた。
翌朝。
「ただいま。じゃあ行こうか?」
【空間転移】でキャンプ地に戻ってきたら、ガルムとシオンも出発の準備が出来ていた。
いつも通りに苦い精神回復薬を飲み干しながら声をかける。
「魔力の残量はどんなもんじゃ?」
「いや、かなり余裕あるよ。向こうで精神回復薬も飲んで来たし」
「上々じゃ」
朝イチから、アルはルスタンへと転移してきた。
エルサにマンティコアの毒をまた必要な量だけ渡してきたのだ。今回は培養に時間がかかるとかで、次回は一ヶ月後で良いとのこと。薬もだいぶ完成に近づいてきているみたいだ。
あまり中身の入っていない鞄を背負うと、シオンが頭に乗る。
「こりゃこりゃ。どこへ行く」
しかし歩き出した途端に、上からシオンに首を捻られた。
「なんだよ?どこにって。森を迂回して行くんでしょ?」
「なぁにを戯けた事を。突っ切るに決まっておるではないか」
「え?でも宿の親父さんが絶対迷うって言ってたけど?」
「妾が森で迷うと?何を怖がるのじゃ」
「まぁ………確かにそうか。突っ切った方が早いのかどうかは分からないけど、迂回って言うくらいだから単純にペンツは森の向こう側にあるのかな?それなら直進する?」
「手前はそれで良い。森の中で新たな魔物に遭遇できるやもしれん」
「そうじゃろう。レベリングと移動の両立じゃ。早う行け」
そうして三人は森へと足を踏み入れた。
踏み入れた途端に、土と木の匂いが鼻腔いっぱいに広がる。葉と葉の隙間からちらつく光が、アル達を優しく歓迎している様な気さえした。
とりあえずジャンルカから歩いてきた方向から真っ直ぐに進み出す。
この森はかなりの年月ここに存在しているのだろう。
木々は一本一本がかなり大きく、どれも数十メートル以上という規模だ。よって見通しはかなり良いが、根が地表に突き出しているものも多く、暴れまわっているような状態で動き難さはある。
そして、その木の根を一歩越えると、急に三メートル程の落差があったりする。下の方を水がちょろちょろと流れているのを見たら、恐らくこれは川なのだ。水かさが増す事があるのだろう。土が侵食され、木々の根っこが露出している。
巨木ばかりのため視界は悪くないが、真っ直ぐに進むのはかなり難しく、本当に迷いそうだ。
アルはなるべく方向を見失わない様に歩いているが、頭の上のシオンが何も言わない所を見ると、だいたいは合っていそうだ。
「何か来る」
三十分ほど歩いた後、ガルムから警戒の言葉。
背と背を合わせ、敵の襲来に構える。
この森のレベル帯は分からない。そんなに高レベルの魔物がダンジョン以外においそれといるとは思えないが、用心に越したことはない。
そしてその姿はすぐに見えた。
猿だ。いや、異常に長い爪とその移動速度を見ると、猿の様な魔物だろう。近付いてくるにつれて、その毛が真っ赤である事に気付く、
「頭上!三体!レベルは………33!?」
すぐに【鑑定】の結果を伝える。
「レッドモンキーじゃと!?何故こんな森に!」
動きが速い!
木から木へと飛び移るその速度は、地上と比べてかなり速く感じる。
「固定スキルは【素早さLv3】、【反射速度上昇】、【空歩】、【曲芸】、【迷彩Lv1】です!」
「変化スキルも是非頼む!」
「それは後で伝えます!」
ガルムのワガママを拒否すると双剣を構える。
レッドモンキーが攻撃体制に入った。
かなり速度は速いが、その動きは直線的。
【支配者】を使い、その動きを完全に捉える。
レッドモンキーの飛び付きに合わせて双剣を振るう。
しかしそこからレッドモンキーは驚異の反射速度を見せた。空中を足場にして、真横へと転身する。【空歩】のスキル。セシリアさんと同じそのスキルを使いこなし、アルの一撃は無惨にも空を斬る。
そしてその隙にアルの背後から迫るレッドモンキーは、ガルムが弓を命中させた。【装備換装】したのだ。しかしその矢も狙い通りとはいかず、足に刺さる直前で腕を犠牲に止められた。機動力を削ぐまでには至らない。
「かなりの反射速度だ。良いデータが取れる」
ガルムは相変わらずだ。
しかしアルにとってはレベルが3も上の相手であるため、そこまでの余裕はない。
今度は三体全員で迫り来る。ガルムは【装備換装】で、短剣と小さめの盾を取り出した。
アルの方には一体。
レッドモンキーの攻撃は長い爪による爪撃。
それをアルに当たる直前まで防がない。レッドモンキーの厭らしい笑みが見える。
「【盾】!」
首筋ギリギリでその手を止めると、もう一方の剣で胴を一突きにする。
「【斬撃】!」
刺した短剣を【斬撃】で無理矢理に動かしてレッドモンキーに致命傷を与える。
すぐに反転すると、ガルムがレッドモンキーの相手をしていた。
二体の内、片方は既に地面に転がっている。もう一体の攻撃を楽しそうに防ぎ続けていた。
「はぁ、ガルム。また悪い癖が…出て………る………」
注意の声が尻すぼみとなってしまう。アルとシオンの視線はガルムが倒したレッドモンキーに吸い込まれていた。
何と、死んだレッドモンキーが大地に取り込まれ始めたのだ。
姿が見えなくなった後、毛皮と爪らしきものがプッと吐き出される。
まるでダンジョンで魔物を倒した時の様に。
それを見てガルムも最後の一体に止めを刺した。
「え?待ってよ。これ。どういう意味?」
魔物の鳴き声がどこからか聞こえる。
それはレッドモンキーの様な小さい魔物ではない。
背筋が震える様な、巨大な魔物の声。
「ここはダンジョンじゃ」
「え?でもダンジョンなんて一言も言ってなかったけど。ミアさんが言ってたダンジョンも、もう二つとも通ったし」
「いや、あの時ミアは"ダンジョンが三つある。そのうち20レベル帯のが二つ"と言っておった」
「ふむ。確かにそうであったな」
「そうか。ここのダンジョンのレベル帯はどのくらいなんだろ?今のレッドモンキーが一番上とは思えないけど」
「恐らく一番下っぱじゃろうの。そして一番の問題はレベル帯ではない」
シオンが口ごもる。
何か悪いニュースであるのは確実だ。
「………迷った」
「迷った!?」
「これは困った事だ」
「ガルム落ち着き過ぎ!下がレベル33のダンジョンで迷うとかやばっ!ダンジョン内だから【空間転移】も使えないし………」
「とりあえず落ち着いて、来た道を帰るとしようぞ」
「妾が森で迷うと思うか?って言ってた人の言葉とは思え………」
アルの言葉は、また尻すぼみで終わってしまう。
足裏に僅かな振動を感じたのだ。気のせいではない。近くの水溜まりが波紋を作り、可視化を助けていた。
一定の間隔で刻まれるその振動は、段々と大きくなる。
アルは双剣を構え直した。直後。
バギッバギバキィィッ
そんな轟音と共にそいつは現れた。数十メートルも上の巨大な枝がいくつも折れて落ちる。咄嗟に双剣を構え直すが、そんな事は無意味だとすぐに理解する。
亀だ。
その頭部だけでも、家一軒分で収まらない大きさがある。その巨大すぎるスケールに訳が解らなくなるが、確かに甲羅と四足がある。
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名前:アイランドタートル
Lv:54
スキル:【物理攻撃上昇Lv4】【魔法攻撃上昇Lv4】【物理攻撃耐性Lv5】【魔法攻撃耐性Lv4】【火耐性】【水耐性】【筋力上昇Lv3】【素早さ上昇Lv1】【堅牢】【硬質化】【水中移動】【気分屋】【読書】
武器:なし
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レベル54。
手も足も出ない。
亀だけに。いやそんな事いってる場合じゃない。
アイランドタートルは辺りをゆっくりと見回した後、アル達に気が付いた。こちらをじっと睨み付けている。
「シオンさん巨獣化お願いしますッ!」
「そんな事言うとる間に早く逃げぬと死ぬぞ」
アイランドタートルの咆哮が響き渡る。
それは明らかに殺意のこもった宣戦布告。
アルは腰が抜けそうになりながら走り出した。来た方向へと全力疾走する。
「追ってきてる!ってか速っ!」
大地を激しく揺らしながら追ってくるアイランドタートル。
その規格外の脚はあらゆる物を潰し、人など巻き込まれたらひとたまりもない。
幾多の木を薙ぎ倒しながら、真っ直ぐアル達の後ろについている。
対してアル達は密集する木の根を避けながらなのでその差は歴然だ。どんどん追い付かれている。
「まずい!追い付かれるぞ!」
「そんな事言ったって!」
しかしギリギリの所で、アイランドタートルはスピードを緩めていき、段々と距離が離れていった。
「はぁっ…はぁっ。あ、あれ?」
「何故か知らんが助かった。何はともあれ、あの亀の魔物は非常に興味深い」
「二人とも隠れるのじゃ!」
シオンの余裕のない言葉に、急いで太い木の根に身体を寄せて身を隠す。こればっかりは、隠れる場所が多くて助かった。
するとアイランドタートルとは別の方向から、また振動が近付いて来ているのが分かった。
三人で息を潜める。
嫌な汗が全身の汗腺から溢れ出してきた。
足裏に伝わる振動がゆっくりとなり、徐々に無くなる。
振動が………止まった。
心臓の音がやけに大きい。
そして生暖かい風が頭上から降ってきた。
変な臭いのする空気だな。
ゆっくり見上げると、そこには巨大なゴリラの様な魔物がいた。
生暖かい風はそいつの鼻息だ。
思わず声を上げそうになるが、すんでのところで飲み込む。
まだこちらには気付いていない。
その体長はアイランドタートルと同じく百メートル近くはあるだろう。
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名前:キングガリーラ
Lv:56
スキル:【体術】【棒術】【物理攻撃上昇Lv5】【物理攻撃耐性Lv4】【筋力上昇Lv5】【素早さLv3】【体力回復上昇Lv3】【咆哮】【威圧】【気配察知Lv2】【気配遮断Lv4】【反射速度上昇】【寝技】【蹴力上昇】【柔軟】【集中力】【曲芸】【臆病】【逃足】【カリスマ】【歌唱力】
武器:なし
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化け物ばっかりだ………。
アル達の頭上を忍び足で行くキングガリーラ。
驚くべきはその動きのなんと静かなことか。手足を柔軟に使い、立てる音を最小限に留めている。
しかしその直後。
森の奥からまたしても巨大な何かがキングガリーラに飛びかかる。
それはアイランドタートルだ。太い前足の先についたごつい爪での先制攻撃。
そして見事に爪攻撃はキングガリーラにヒットする。
左肩から前腕にかけてを大きく斬り裂き、巨大な血の滴が辺りへと撒き散らされる。
「逃げろ!」
キングガリーラがこちらに後退してくる。
先程までアル達がいた木の根が巨大な足で踏み抜かれる。
「なんか最近こんなのばっかり…!」
「つべこべ言わずに走れ!」
「森の出口どっち!?」
「分からん!とにかくあいつらから少しでも離れろ!」
背後で始まった亀とゴリラの戦闘音に文句を言いながらも、三人は全力でその場を遮二無二離脱した。
そして見事に三人はこの森の奥深くへと入っていってしまうのだった。




