62話 迷い
「あぁ~たまにはこう言うのも良いよね~」
がたごとと揺れる荷馬車の天井に寝そべり、ぽかぽか陽気を浴びながらごろごろ。夏も過ぎようとしており、風もかなりひんやりとしてきた。
控えめに言っても最高な午前中だ。できたらもう少しふかふかで、振動が少なかったらいいんだけど、それは無理な話。
アルのお腹の上にはミニシオンが丸まって寝ている。ガルムさんは荷台の中だ。
目的地が決定してから既に四日。
ブルドー帝国方面に行くと言う商人の護衛任務の最中だ。ペンツまでの道中には、ダンジョンが二ヶ所。一つ目はブルドー帝国領のジャンルカと言う街の近くにあるダンジョンで、レベルは22から26。
二つ目はロザリオ領のシグリッドという街にある、レベル19から21のダンジョン。もうすぐ到着する予定だ。
空に浮かぶ雲の形は流動的で見ていて飽きない。
もう何時間も空を見ているが、その景色は一つとして同じではない。
思えば、シオンと出会ってからもうすぐで一年になる。
出会った時はまだレベル6だったアルも、今やレベル30、冒険者ランクもC。冒険者の中でも中堅と言われる様な段階となった。それに色んな人達と知り合って、ガルムさんと言うパーティメンバーだって出来た。
雲の手前を飛び回る有翼型の魔物の姿を見て、クープで見上げた竜の事を思い出す。
しかしそんな風に数字や成長した事を並べ立てるのは、アルが自分自身を安心させたいからだと分かっていた。
………実はここ数日、心のどこかでアルは無力感に駆られていた。
最初はアルテミス。
ダリウス達の犯罪現場を突き止め、その身柄を抑えたまでは良かった。しかし結局、ヒュドラに殺されかけて、"烈火"の面々に助けてもらった。
そして次はゴールドナイツだ。
【戦闘狂】を発症したローリさんに対して、手も足も出なかった。あの時も、アルはたまたま【空間転移】と言う選択肢があっただけで、シェイラさんがいなければとうしようも無かった。
最後にクープ。
結局、マンティコアに対しては逃げる事や、時間稼ぎしか出来ていない。さらには赤竜に対してはアルは為す術もなく殺される寸前だった。シオンが助けてくれたが、その代償として、シオンはミニシオンのままだ。いつ元の姿に戻れるかも分からない。
結局、アルは何もしていない。出来ていないのだ。トラブルには巻き込まれるくせに、いつも周りに助けられてなんとか切り抜けてきた。
このままではダメだ。一人となった時に、アルは無力だ。誰も助けることが出来ない。
「ねぇシオン………。"強い"ってどういう事なのかな?」
「なんじゃ急に、厨二か」
「うーん。シオンが言ってたじゃん。最強を目指すって。でも、最強って何なのかなぁと思って」
「そうじゃの。一番分かりやすいのはレベルじゃろう。それから冒険者ランクか」
シオンは目を瞑ったまま、そっけなく返してくる。
「じゃあシオンが目指すって言ってた最強は、誰よりもレベルが高くなるってこと?」
「そうとも言えるが正確には違うの」
「またあやふやな………。ねぇ!ガルムはどう思う?」
「強さか。手前もまだ模索している段階だ。竜人の言葉にこんなものがある。"己の弱さと向き合い続けた者だけが真の強さを手にいれる"」
ガルムの言葉は、なんだか徳がありそうだった。ただ…。
「己の弱さと向き合い続ける?うーん。分かりにくい………」
「誰に聞いても分かりにくいに決まっておろう。そもそも強さなんてものを人に聞くでないわ恥ずかしい!自分で考えて自分で見つけて、自分でたどり着け!」
「そんなぁ。教えてくれても良いじゃん。ヒントだけでも?ね?」
「おーい坊主達。シグリッドの村に着くぞー」
結局、シオンは教えてはくれなかった。護衛任務の依頼主の声で、その会話は打ちきりになったからだ。
シグリッドと言う街はそこそこの大きな街だ。街全体をぐるっと塀で囲われ、数十メートル間隔で設置された高台には見張りが立っている。今までの街とは違う、緊張感の様な物が漂っている。
しかしそれも、塀を越えて街に入るまでの事だった。外周と打って変わって賑やかな雰囲気にほっとしてしまう。
「シグリッドの警備は、いつもこんな感じなんですか?」
「まぁこの街は帝国との国境にも近いからな。未だにそんなに仲が良い訳でもねぇし、政治的に対立してるときはここらへんも結構ピリつくけど、最近はまだマシな方だ。よし………そんなら坊主達!四時間だったな?二時頃にここに集合で構わねぇか?」
「はい!お願いします!」
アル達は依頼主とそこで別れ、街のすぐ近くにあるらしいダンジョンへと向かう。
依頼を受ける段階で、依頼主と交渉し、この街で四時間の猶予を貰うことに成功したのだ。アル達のパーティランクがCランクと言うのも、交渉には有利に働いた様だ。
ダンジョンまで徒歩で移動する間、ガルムさんが神妙な顔で話しかけてくる。
「アル。頼みがある。今回、手前は別行動でも良いか?」
「え?えぇまぁいいけど。大丈夫かな?多分。大丈夫だと思う」
「すまない。あと、一から三層で現れると言う"ランページ"と言う魔物を小まめに【鑑定】しておいてもらえないだろうか?」
「わ、分かった………」
ここのダンジョンは、レベル19から21。全部で五層しかないかなり小さいダンジョンだ。現れる魔物も迷宮主を合わせて全部で五種類しかいない。ダンジョンに到着すると、本当にガルムは一人でさっさと行ってしまった。
アルはシオンを頭に乗せたまま、ぽつんと取り残される。
「何しとる。早う行かんか。時間も無限ではないぞ」
「はいはい分かってるって。でも一人でダンジョンに挑むことになるなんて思わなくてさ」
「なんじゃ、ビビっとるのか?」
返事をせず、走り出す。
「方向くらいは教えてよ!」
怖じ気づいている訳ではない。と思う。ただ何となく、一人で戦うのが寂しいと言うのはあった。
走り出してすぐに、正面から噂のランページと言う魔物が現れる。赤黒い毛の牛だ。体長はアルと同じくらいで少し小さめ。しかし何と言っても最大の特徴はその巨大な角。しかも魔法の一種なのか、燃えている。
互いに道を譲る気はない。衝突直前に回転して威力を足すと、双剣で真っ向から角を受け止める。
全力でいかなければ危ない。
そう思ったアルだったが、アルの双剣はランページの角を粉砕し、その身体を弾き飛ばした。
「あ…れ?」
よろよろと立ち上がったランページは視線が揺らいでおり、足元がおぼつかない。急いで飛び付いて追撃する。獣臭い息と鉄臭い血を浴びながらも、余裕を持って残りの生命を削り切った。
アイテム化するランページと自らの手を交互に見比べながら、アルは感触が違ったことに違和感を覚える。
「何を呆けておるんじゃ。ランページのレベルは19。10レベル差もあればそれくらい当然じゃ。ほれ、早う進め」
あの頃と比べると、レベルとしては少なくとも強くはなっているのか………。しかしアルの思う強さとはそう言う事なのだろうか?
そんな思考に捕らわれながらも、頭の上に乗り直したシオンに急かされてダンジョンをさらに進む。
アルはその後も、数種類の魔物を数撃で蹴散らしながら三層までを三十分程度で走破した。倒した魔物は迷宮主以外の四種類。得られたスキルは【追跡】が一つ。後はハズレだ。
あと一層分を抜ければ、もう迷宮主の部屋。
しかしそこで、アルは見過ごせないものを目にしてしまう。
一度過ぎた曲がり角を、戻って曲がり直す。一度通り過ぎた際に、チラッと見えたそれは、アルの見間違いでは無かった。
革製の肩当てだった。留め具は千切れ、血がベットリとついている。まだ乾いていない。【鑑定】すると、スキルもついていない牛革の防具。明らかに初心者用。
「まさかこれって………」
アルは嫌な想像をしていた。初心者の冒険者がダンジョンに飲み込まれ、防具だけ吐き出される図を。
「いや、肩当てだけは妙じゃ。単に留め具が壊れたから棄てて行っただけの可能性も高い」
「………そうだね。一応なんだけど、この近くで人の匂いはする?」
「匂いはするにはするが、迷宮主の部屋の方が近いぞ?わざわざ安否を確認に行くのか?」
確かに防具を棄てただけの可能性はある。しかし何となく気になってしまう。それにまだ時間には余裕があるのだ。
「でも血がついてるって事は、怪我してるかもしれないし。このダンジョン内なら移動に時間もかからないからさ。様子を見るだけ行ってみようよ」
頭の上のシオンの表情は見えなかったが、恐らく人の匂いのする方に案内してくれるのだろう。髪の毛を右側に引っ張られる。そちらの方に走り出す。
「アルよ」
「ん?何?」
「お主はそのままでよい。これからも悩みながら戦っていけ」
それはきっと、先ほどの"強さ"に対してのアドバイス。
それに対する彼女の答えは"今までの通り"。
いつも通りダンジョンへと向き合い、レベルを上げていく。そうしろとシオンは言う。腑に落ちないが、今はシオンのその言葉を信じるしかない。
シオンの指示通りに進んでいくと、剣檄の様な金属音が聞こえる。最後の曲がり角を抜けると、すぐに状況を観察する。
そこには冒険者三人。そしてランページが一体。それからスケルトンという骸骨の様な魔物が二体。
冒険者の構成は剣士と弓士、そして魔術師。しかしその中で弓士と魔術師は怪我を負っていてまともに戦えていない。剣士だけが魔物三体を相手に時間を稼いでいる。
スケルトンは直剣を装備しており、剣術とも呼べない様な攻撃をしてくる。しかしそれでも暴力的に振るわれる二体の剣を捌くのは大変だ。
剣士の後ろからランページの突進が迫る。
気付いてない。アルは手を出す事に決めた。
燃え盛るランページに全速力で接近し、魔力をかなり込めた【斬撃】を見舞う。アルの胴体もあろうかという首を易々と落とす。水を斬るかの如く、何の抵抗もない。残った四肢は倒れ、脳の指令を突如失った脚がそれでも宙を掻いている。
今度はスケルトン二体の背後に回り込むと、その胴体を横一閃。こちらも二体同時に、【斬撃】の一撃で仕留める。スケルトンはこのレベル帯にしては珍しく硬い魔物だ。剣で殴ってもなかなかダメージは入らないが、魔法攻撃には弱い。
スケルトンが崩れ落ちると、剣士と目が合う。
アルを新手の敵とでも思ったのか剣を構え直すその人物は、アルと同年代だった。
「もう大丈夫ですよ」
剣を構えたままの彼に、アルは優しく声をかける。するととりあえず敵ではないと判断されたのか、構えを解いて、へなへなとその場に座り込んだ。
「回復薬は持ってますか?」
「いや、もうない…です」
その返事を聞いてアルは【保管】からエルサ製の回復薬を一つ手渡す。そして急いで奥の二人へと向かう。
その二人もアルと同年代だ。弓を装備した少年と、魔術師の女の子。
どちらもかなり傷ついている。また回復薬を取り出すと、弓士に一つ手渡す。そして自力で起き上がることの出来ない程弱っている魔術師の女の子には、一つ傷口にかけた後、抱き起こして飲ませてあげる。
そしてさすがエルサ製の回復薬だ。効き目がかなり早いのに加えて、めちゃくちゃ苦い。女の子は渋い顔をした後、ぱちりと目を開けた。
「あ、ありがとうございます!」
その声はいち早く回復を終えた剣士からだった。近付いて来たかと思ったら、ランページとスケルトンのドロップアイテムを集めて持ってきてくれていた。
「いや、僕こそ勝手に手を貸してしまってすみません。そのドロップアイテムも君達のものですよ。僕達はアイテム目当てに来てないから………」
そこで魔術師の女の子に視線を戻すと、様子がおかしい事に気付く。アルの顔を見たまま固まっている。何やら顔も紅くなってきている。
まさかエルサの回復薬のせい?体質で合わない人がいるとか。何か副作用が………!?
「え!?な、何?誰………ですか!?」
女の子が話し始めた事でほっとした。急いでエルサの所に連れていかなければならないかと思っていた所だ。頭上のシオンから舌打ちが聞こえる。
アルも女の子をしっかりと座らせてから手を離した。もしかしたら馴れ馴れしく触ってしまって動揺させたのかも知れない。
「アルフォンスと言う冒険者です。こっちの狐はシオン。たまたま通りがかった所だったので、勝手に手を貸してしまいました」
「アルフォンス………さん?」
「敬語は要らないよ。僕は17だよ。多分同じくらいだよね?」
「俺達も17だ」
「助かったよ。ありがとうアルフォンス。正直ヤバかった」
彼等の名前は剣士がトニエ、弓士がイルム、魔術師がヴェロニカと言うらしい。レベルはそれぞれ18、17、17。三人ともシグリッドの街に住んでいるらしい。
「かなり良い回復薬だな。そんなのこの街には売ってないぜ」
「あぁ、これはサラン魔法王国のルスタンって街の錬金術士が作ってるものなんだ。ちょっとだけ高いけど効き目はかなりの物だね」
「サラン魔法王国から来たのかよ!?」
「ランページとスケルトンを一撃だもんな。レベルはいくつなんだ?」
少し躊躇したが、正直に答える事にした。
「え………?あー…その。30だよ」
「30!?まじかよ!?すげぇ!!」
「めっちゃ強ぇじゃん!こんなダンジョンでそんなレベルの奴等に会った事ねぇぜ!」
男二人が盛り上っている。この二人にはきっと、アルが都会の方から来たバリバリの冒険者に見えているのだ。
「あの………アルフォンス様?こんな田舎の小さなダンジョンにどのような御用件でいらしたのですか?」
「なんだ?ニッキーその話し方?」
ヴェロニカの鋭い視線がトニエに飛ぶ。その視線には有無を言わさぬ圧力があった。
「えーっとヴェロニカ?別にかしこまらなくてもいいよ?僕達はここのダンジョンの迷宮主を倒しに来ただけなんだ。だからこの下の階層に行ったらもう帰るよ」
「まぁ!迷宮主を!是非ともその勇姿を私にも拝見させて下さい!」
「だからニッキーその喋り方痛っ!?」
ニッキーの杖が今度は弓士のイルムにヒットする。
「あなた方もアルフォンス様の戦い方を拝見した方が良いに決まってるわ。早く土下座でも何でもしてお願いしなさいよ」
「なぁんで俺達が土下座なんか!お前が」
「構わないよ!構わないから!その辺にしとこう!ね?別に階段から覗いてる分には僕も構わないから!」
慌ててアルが止めに入る。命を助けてなんでケンカの仲裁までしないといけないんだ………。
そうして一行は迷宮主の階段を目指した。道中もヴェロニカがやけにくっついて来たり、トニエとイルムからスキルに関しての容赦ない質問がきたりと大変だったが、なんとか躱しながら到着した。
ここの迷宮主はミノタウロスだ。頭は牛。上半身は人。下半身はまた牛の魔物。二足歩行で、両手にはアルの上半身程の斧を持っている。
「それじゃ。そこで見ててね。入ってきたら危ないから」
「おいまさか一人かよ!?」
「え?そうだけど。出会ってからもずっと一人だったよ?」
「いや、そうじゃなくて!てっきり誰かと待ち合わせたりしてんのかと………」
「うーん多分、大丈夫だと思う。キツかったら逃げるからその時は皆も先に逃げてね。危ないから」
アルはシオンをヴェロニカに預け、部屋に踏み入る。ミノタウロスはアルに気付くとゆっくりと背筋を正し、部屋を揺るがす程に吠えた。
確か、最初に戦った迷宮主はオークキングだったっけ。あいつがレベル23だったから、こいつはオークキングよりも2レベル弱い事になる。
アルは【支配者】を入れると、両手の剣を引き抜く。そして躊躇いもなく歩み寄った。ミノタウロスは右手を大きく引くと、アルの接近をただ待っている。
そしてアルが射程の中に入った瞬間。
右手の斧が振るわれる。アルは完璧なタイミングで双剣を合わせ、さらには【斬撃】を少しだけ使用して威力を底上げしておく。
衝撃の直後、二メートル程後ろに後退させられる。
しかし相手の斧も軌道を変えて通過していった。斧の刃が、アルの双剣が接触した部分で大きく欠ける。
続く左の斧も同様に迎え撃つ。あのオークキング程ではないにしろ、力強い攻撃を簡単に処理できる様になっている。
アルは攻めに転じる。この程度の攻撃をいくら受けた所で、何の練習にもならない。
【支配者】を使ってその攻撃を完璧に躱しながら、速さでミノタウロスを翻弄する。みるみるうちにミノタウロスに傷跡が増えていく。
それも腱の露出した所ばかり。手首。足首。膝裏。脇。それらの傷が深くなっていくと、ミノタウロスが力を込めただけで腱が断裂し始める。
そうなると一方的だ。
床にひれ伏したミノタウロスの頭部に、双剣を突き立てるまで、五分とかからなかった。
ドロップしたアイテムは角と魔鉄。それを【保管】に収納すると、シオン達の所に戻る。
「それじゃ。僕達は先に帰るからね?」
「す、すげぇ………」
「一人で迷宮主を………」
「アルフォンス様っ………!」
なんだか、熱烈な視線を感じる………。
「ま、まぁ。レベル差もあったしこれくらいはね?さぁさぁ僕達は帰るよ。君達は?」
「「「僕(私)達も帰ります!」」」
その後も、三人からの猛烈な質問は絶えなかった。恥ずかしいながらも、何となく悪い気はしない。しかしそんな中でも、心のどこかで自己嫌悪してしまうのだった。
この三人はまたどこかで出したいと思っとりますはい!
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