61話 目指す場所と帰る場所
今話で第四章が締めとなります。
翌日。
アル達三人はクープを立った。
シャルロットさんを始めとして冒険者の皆にはしっかりと挨拶をしておく。シャルロットさんのハグに絞め殺されそうになったり、ベルモンドさんの手を握り潰してやったりとあったが、みんな別れを惜しんでくれていた。
「もう行くのですね」
「近いうちにまた来るよ。ジュリアも大変だろうけど頑張ってね」
「私は大変な事なんてないわ。それならダンジョンに潜ってた時の方が大変だったわよ」
「まぁ確かにそうか。でもとりあえず肩の荷が下りたんじゃない?これからはどうするの?」
「さぁね。まだ分からないわ。お父様の具合が良くならないことにはね」
「その点はエルサも頑張ってくれてるからね。僕達も協力できる事はするし」
「そうですわね。ありがとう」
何となくだが、ジュリアはアル達と一緒に来たいと悩んでいる様に感じた。しかしきっと父親の件も気に留めているのだろう、口には出さなかった。アルもそんなジュリアに何も言わない。ただ、「またね」とだけ言って握手した。
また土産でも持って、復興の様子でも見に来よう。
そんな想いを抱きながら、三人は路地裏でこっそりと【空間転移】した。
現れた先は国境の街ルスタンだ。
アルテミスまでの中継も兼ねてエルサに用がある。どうせ客もいないだろうと店の真ん前に【空間転移】したが、やはりこんな路地裏にはなかなか人も来ないらしい。腕は良いのに本当に勿体ない。
「ガルム。扉を開けたら大きい音が鳴るからね」
「………?。承知した」
バァァァァァン!!!!!
毎度お馴染みのシンバルの音がけたたましく響く。
予告しておいても、ガルムはビクッと激しめに飛び上がった。
「………笑うな、アル。とんでもない店だ」
「ごめんごめん。なんでも研究に集中してたらそれくらいの音じゃないと聞こえないんだってさ。………エルサー!?アルだけどー!」
店の奥の方に叫ぶと、どたどたと慌ただしい足音が聞こえてくる。奥の方から飛び出してきたエルサは、何故か血の気が引いていた。
「マンティコアの毒袋無くしたかー!?」
「いや、ちゃんとあるよ」
「シャルロット死んだかー!?」
「さっきまでは生きてたよ」
「良かったー!」
これも毎度のやり取りだ。アルが予告無しに来るとだいたいこんな感じ。
「いや、もうクープから離れるから挨拶にと思って」
「そうかー!毒袋どうするかなー!たまに来てくれるー!?」
「まぁ来れないことは無いと思うけど、次の目的地が遠い所だと【空間転移】するのに魔力が足りないかも知れないから………」
「うーん………困った!」
「まぁエルサの精神回復薬があればそこそこの距離はいけると思うけどね」
「マナポ!マナポ!全部持ってけ!」
慌てた様子で大量の瓶を押し付けられそうになるが、割らないように押し戻した。
「いや、全部は多いからその都度買わせてもらうよ」
「あ!そうだ!待ってろ!いいもんある!」
今度はそう言って一度、部屋の奥の方に引っ込んだと思ったら、一分程して何も持たずに帰ってきた。
「これ!」
と思ったら、アルに向かって拳を突き出す。アルが手を出すと、その上にポトッと何かを落とされた。
「ん?指輪…?え………ってこれ。なんか光ってると思ったらダイヤモンドついてるじゃん!それに【魔力消費軽減Lv5】が付与されてる!」
「三年前に暇潰しに作ったやつ!それで瞬間移動の距離稼げ!」
「え!?もらって良いの!?」
「馬鹿が!誰がただでやるか!一万ギルだ!」
「急に口悪っ!でも安っ!」
一応後から来たギャニングさんにも確認したが、エルサの言う値段で良いとの事。マンティコアの研究が終わったら、今度はアルの【空間魔法】を研究したいと画策している様で、その先行投資だとか。
それにしても、指輪とかのアクセサリーって錬金術士が作るんだな………。暇潰しでこんなものが作れるのだから、エルサって本当に天才なのかもしれないと考えを少し改める。
二人にはまた近い内に必ず来ることを約束して、今度こそアル達はアルテミスへと【空間転移】した。
「おぉぉ!これ凄いよこの指輪!魔力が全然余裕だ!」
アルテミスに到着するが、アルはすぐに感動を覚えた。
この路地裏に来るといつもしていた気分不良が全くない。魔力残量にかなり余裕ができていた。アルの体感では使う魔力が半分以下だ。
「あの娘。やはりただ者ではないな。【魔力消費軽減Lv5】を暇潰しで作るなど。どういう頭をしとるんじゃ。Lv5のアクセサリーなぞ、錬金術士でも世界で数人しか作れんはずじゃ。それとも妾の常識が古いのか?もしくはあやつが何か特別なスキルでも持っておるのか………」
「でもこれ………、本当に一万でもらって良かったのかな?買ったらいくらするんだろ」
「【魔力消費軽減】と【魔法威力増加】は魔術師にとっての【剣術】と一緒だ。Lv5ならば一千万ギルは下らないだろうな」
「いっ、一千万!?や、やっぱりこれ………」
「構わん。くれるというのじゃから貰っておけばよい」
何となく指輪を隠しながら、冒険者ギルドへと向かった。
昨日レベルアップしに来た時も気になったが、やはり通行人からの目が痛い。ほとんど全員の視線を集め、アルの頭の上にのっているシオンと、ガルムで半分ずつ分け合っている。
二人は全く気にしていない様子で、アルだけが指輪を隠しながらそわそわとしていた。
*
「これ!!本当なの!!?」
目の前に座るミアさんから、数枚の紙の束を突きつけられる。
その一枚目の紙にはアルとシオン、そしてガルムの顔写真が写っていた。
三人が冒険者ギルドに到着するや否や、ミアさんがマンティコアの如く走ってきて、個人相談室へと連行されたのだ。
アルはその紙束を受け取って目を通す。
「えーっと、なになに………?。Cランク冒険者アルフォンスと、同じくCランク冒険者の竜人ガルムがパーティを編成。名は"古の咆哮"。うん、合ってます。シオンが使役魔物って位置付けなのが気に入らないけど。そこ以外は」
紙からミアさんの表情へと視線を移すと、顎で続きを読むよう促される。顔怖っ………。恐る恐る二枚目を捲ると、また写真が貼ってあるが、今度はアルとシオンのだけだ。
「えーっと。サラン魔法王国のクープにおいて、大量の魔物がダンジョンから出てくると言う緊急事態。またその中には新種の魔物マンティコア(レベル36【鑑定】済み)と、以前より姿を見せていた赤竜も混ざっており、どうちゃらこうちゃら。その戦いの中で冒険者シオンは魔物である事が判明。よって冒険者資格を剥奪とするが、マンティコアに対して、かくかくしかじか、赤竜に対して、ああだこうだとあり、冒険者アルフォンスのパーティは解散となるが、冒険者アルフォンスのギルドランクを特例としてCランクと認定する」
そこには、クープでの事件が事細かに書いてあった。きっとシャルロットさんが作ったものだろう。なかなかに詳細な報告書でよくできている。
「えぇ。だいたい合ってますけど」
「だいたい合ってますけど。………じゃないよ!!!何をどうすればこんな大事件に巻き込まれるの!?何よりなんでそんな事件の中心的な人物になっちゃってるの!?しかもこれが来てから一週間も経ってるんだよ!?なんか連絡してよ!怪我とかないの!?」
怒濤の尋問口撃にアルだけでなく頭上のシオンまでたじろぐ。
「えーっと………そのすみません」
「すみませんで済みません!」
「ミ、ミアよ。少し落ち着け。妾達も別に、危ない事に積極的に首を突っ込んだ訳ではないのじゃぞ?クープの街を護るために仕方なくな所も多分にあってじゃの………」
「あなた達には【空間転移】があるんだから、逃げることも出来たでしょう!?そもそも貴女は何でそんな姿なんですか!?この紙束にはめちゃんこデカイ狐の魔物に変身ってありますけど!次はめちゃんこ可愛い狐に変身してるんですか!?」
めちゃんこ………?
と言うか、あのシオンが圧されている………。
これはただ事ではない。しかしここで思わぬ所から助け船が入った。横で話を聞いていたガルムだ。
「ミア嬢よ。口を挟んで申し訳ない。心配だったのは分かるが、それくらいにしてやれ。その時の最善の判断は、その場にいた彼等にしか出来ない。そして彼等が賢明である事は、そなたも重々知っているのだろう?それにシオンの姿を見て解ると思うが、代償も支払った。人々を護るためだ。手前もクープの人達と話してきたが、二人の行動は気高きものだった。それがクープの住人達の総意だ」
ガルムの深い声はやはり人を落ち着かせる効果があるのか、ミアさんの表情が柔らかくなっていく。ガルム………あんた良い人だよ。数少ないまともな友人だよ!パーティに入ってくれて本当にありがとう…っ!
「そうね。ごめんなさい。アル君とシオンさんも、冒険者としての務めを果たしたんだもの。叱責どころか、お礼を言うべきね。………ありがとう。それで、今日はどういう用件なの?新しいパーティのガルム氏を紹介に来たの?」
「いえ、クープの迷宮を攻略したので、次はどこに行こうかと言う相談です。ちなみにレベルも30になりました」
「え!?もう30!?ちょっと待ってよ。二週間前まで27レベルじゃなかった!?」
「え、えぇ。それが僕達にもよく分からなくて………」
落ち着いたと思ったミアさんの興奮が再燃する。
これは次に報告がある時は、先に全部まとめて話してしまった方が良さそうだ。
「もう30レベル…。本当に早いね…。でも、アル君、おめでとう…!冒険者ランクもCになったし、これで世間的にも十分に力のある冒険者と認められるわ」
「ありがとうございます、ミアさん」
だが、もう驚くことにも慣れてきた様子のミアさん。笑顔に切り替えてお祝いしてくれる。
「あと次の目的地については、そうね。レベル上げ以外に何か目的とかあったりする?例えば、ガルム氏は本拠地が………」
「竜人の里だ」
「そう、竜人の里だから、先に【空間転移】で行けるようにしておいた方が良いかもね。アル君達は入れなくても、少なくとも近くまでは」
「いや、手前の事は二の次で良い。実は親と喧嘩して飛び出してきたのでな。帰りにくいのだ」
そこでちょっとだけ衝撃の事実が飛び出す。
ガルム、親と喧嘩してるのか。確かに十五年帰ってないって言ってたもんな………。
「それ以外に目標と言えば、道中に低レベルダンジョンが何ヵ所かあると良いの。低レベルで構わんから、まだ出会ってない魔物と戦える所じゃ」
「僕からは特に無いですね。強いて言えばこれから冬になる前に、先に北の方に行っておきたいくらいですかね?」
「うーん。確かにそうね。北の方は寒くなるとかなり移動しにくくなるから、先に行っておいた方がいいかも。それならブルドー帝国の南側、ペンツのダンジョンなんてどうかな?ここから馬車で十日くらいで、レベルは31~35。アルテミスやクープと比べると少し小さいダンジョンだけど、人気はあるわ。それでその道中にはダンジョンが三つあるわね。そのうち二つくらい20レベル帯のダンジョンがあるけど」
「「そこで(じゃ)!」」
こうして、次なる目的地はブルドー帝国に決定した。
*
その日の午後。アルとシオンはある場所に【空間転移】してきていた。
アルにとって懐かしい景色や匂いが、生まれてからの十六年間をぼんやりと思い出させてくれる。ちょっと歩くと、畑仕事をしている影が見えた。少し遠いがアルは大声で声をかける。
「エマさあぁぁぁん!ただいまー!」
腰を叩きながら立ち上がったのは、変わらぬ姿のアルの育ての親だ。そしてすぐそばでもう一人起き上がったのは、熊のような大男だった。知らぬ人が見たら熊と見間違えてもおかしくない。通報されない様に気を付けた方がいいレベルだ。
そばに駆け寄ると、エマさんは笑顔で出迎えてくれた。そしてその隣に立つこのミレイ村の唯一の商人ダングは、反対にバツの悪そうな顔をしている。
「あら、もう死んだかと思ってたわ」
「辛辣!」
エマさんから思いもよらぬ言葉が飛び出す。
思わず突っ込みを入れてしまう。
しかしアルが顔を上げた時。
エマさんは笑顔のまま、泣いていた。
「嘘よ」
そしてアルをゆっくりと抱き締める。
「おかえり」
それはすぐ耳元で、アルにしか聞こえない程の小さな声だった。
「ところで何故おやっさんがここにいるの?」
「何故って!女性が一人で畑仕事は大変だろうがぁ!?」
「焦るくらいの下心は持ち合わせていますと解釈できるのう」
「「喋った!?」」
「あぁ、言い忘れてたよ。これ、シオンね」
「「え!?」」
「シオンってぇと、あのシオンか!?」
「アル…。いくらシオンちゃんが好きで狐の獣人だからって、子狐さらってきて同じ名前つけるのはダメよ」
「エマさん!?違うから!」
「妾がシオンじゃ」
「話し方まで教え込んでなぁ………。狐も人の言葉を真似るんだなぁ」
その後、場所を家の中に移して散々説明する事でやっと二人は解ってくれた。今までエマさんにも、シオンが魔物だと言う事は伏せていたので、やっと隠し事をしなくて済むと肩の荷が下りた気分だった。
「そうだ。お土産があるよ」
そう言ってアルは、【保管】から机に大皿を出した。
ただの大皿ではない。
最近のお気に入りである、ルスタンの魚料理の盛り合わせだ。ルスタンでも有名な店にお願いして作ってもらった。この料理が作られたの自体は一週間程前なのだが、やはりそれらはたった今作られたかの如く新鮮で出来立てだ。「へい!お待ち!」状態である。
「お前今の、魔力袋か?」
「まぁ!美味しそう!もしかして魚料理?何年ぶりかしら!」
ダングのおやっさんは、さすがに商人だけあって魔力袋と思ったらしい。取り出し方に一切疑問を持たないエマさんのリアクションもどうかと思うが。
「魔力袋みたいなもんだよ。でもどれも新鮮だから安心して。おやっさんも食べていってよ。サラン魔法王国のルスタンって言う大きな河の横にある街で、一番人気な名店の料理だから旨いよ」
おやっさんは何か言いたげだったが、視線で押し止める。
そして三人と一匹はその料理に舌鼓を打った。まだ少しだけ早いが夕飯には良かっただろう。料理を食べた二人の反応に、やっぱりここら辺の人にお土産にするには、新鮮な魚料理に限るとつくづく感じたアルだった。
アルテミスやミレイ村にも干物などの乾物は回ってくるが、やはりルスタンで食べる魚料理は全然違う。少しだけ【保管】の容量を、常に魚料理用に使おうかと思うほどだ。
食事が終わると、エマさんはアル達がどうしていたかを聞きたがったので、アルはミレイ村を出てからの動向を話して聞かせた。
何となく心配をかけたくも無かったので、ヒュドラの事やマンティコア、竜の事などは黙っている事にした。それでさえ、エマさんは「それって大丈夫なの!?」とか「無茶ばかりしてはだめよ!」と所々で口を挟んでくるのだ。もしもそこら辺の話をすれば一気に説教モードだろう。
「実はまだ、エマさんにプレゼントがあるんだ」
話も一通り落ち着いた所で、アルは【保管】から数々の貴金属アクセサリーを取り出した。指輪やネックレスなど様々。十五個程のそれらはどれもデザインが洗練された物ではなく、やや武骨なデザインではある。
「えーっとね。まずはこれかな。ミスリルの指輪。【浄化】が付与されてる。エマさんなら知ってるよね?そんでこっちもミスリルのネックレス、【筋力上昇Lv3】ね。それからこっちの金の指輪は【料理Lv4】でしょ?腕輪三つは【掃除Lv4】と【裁縫Lv4】と【洗濯Lv4】。んで洗い物用に【手荒れ耐性】なんかもあるし、【熟睡】や【害虫退治】。冷え性対策に【血液循環改善】なんかも面白いでしょ?それから………」
それは、エマさんの今の生活が少しでも楽になるようなスキルの付与されたアクセサリー。総額は二百万ギル程。ちなみに金額の半分は【浄化】が占める。
もちろんシオンには了承を得ている。
アルがエマさんに今できる恩返しは、これぐらいしかないと思ったのだ。今回のクープの一件で、アルの所持金は一千万ギルを超えた。ちなみにこの出費を除いても九百万ギルは残っている。
例えばこの二百万ギルをエマさんに直接渡しても、きっとこの人は使わない。アルに何かあった時のためと、きっと、ずっと貯めておく。だからアルはこう言う形の恩返しを選んだ。
今のエマさんの生活の中で色々な負担が少しずつでも減るように。
もちろんアクセサリーの効果は一つしか発揮されないために、いちいち付け替える必要はあるため、良し悪しだろう。
それでもいくつかは使っていける物があるはずだ。
「アル。ありがとう」
その言葉を聞けただけで満足だった。
アルの自己満足もあるのだろう。もしかすると、結局【浄化】か【筋力上昇Lv3】しか使わないなんて事もあるかもしれない。でも、エマさんはそれを口には出さないし、アルもそれはそれで満足だ。
「でもね」
エマさんの目に涙が溜まる。
「私にとって一番のお土産は、あなたが無事に帰ってきてくれた事よ?それを忘れないでね」
アルの視界がボヤけた。
温かい感情が頬を伝い落ちる。
アルにはまだ………帰る場所があった。
全て挫折して、二度と立ち上がれなくなっても。きっとそんなアルでさえ受け入れてくれるであろう場所。
そんな場所がいつまでも在る。
それを知っている事が、アルに勇気を与えてくれる気がした。
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これにて孤高の迷宮編は終了です!
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