60話 新たな仲間
「これからどうぞよろしくお願いします」
「手前こそよろしく頼む」
アルとシオン、そしてガルムさんはクープの街の宿に帰ってきていた。今までガルムさんに対しては好印象だったが、なんと言うか、いざパーティを組むとなると別の緊張感がある。
「すみません………ガルムさん。実は僕達はパーティを組むのは実質初めてなので、何か決めておいた方が良いことがあれば教えてください」
よって、ここから始めることにする。
「すまない。実は手前もパーティを組むのは初めてなのだ」
あれ?これは予想外だ。
「え!?そうなんですか!?それでは十五年前に世界を周り始めてからずっとお一人で?」
「左様。と言うより、もともと竜人は滅多にパーティを組まない。人がパーティを組むのはダンジョンに挑んだり金を稼いだりするためだろう?竜人が人里に出るのは主に好奇心や見聞を広めるためであるからな」
そうなんだ………。
竜人がパーティにいる様な冒険譚を知ってるから意外と多いのかと思ってた。
「別に無理に何か取り決める事も無いじゃろう。一緒にやっていくうちに必要な事は話し合えば良い。堅い決め事などせずに柔軟に考えていく方が良いと思うぞ」
案の定、シオンがパーティの主導権を握る。やはり今後パーティメンバーを検討するときには、シオンと衝突しないかが最優先事項だな…。
「さぁ、それならば早速行動じゃ。一週間を無駄にしたからの。まずはレベルアップじゃ。アルテミスに行くぞ」
「承知した。手前はいつでも出発できる。アルテミスの次の目的地は決まっているのか?」
「アルテミスでレベルアップした後はここの迷宮主を倒す。その後はまたアルテミスギルドのミアと相談じゃな」
「何?それならばここの迷宮主を倒してからアルテミスに向かうべきではないか?」
「まぁそれでも良いが、レベルアップで増えるスキルもあるであろうし、肩慣らしで言えばここの迷宮主くらいならちょうど良い。よし、アル。準備せい」
【空間転移】について全く説明する気のないシオンに、ガルムさんは全く腑に落ちない様子だ。
そうなるよね………。普通に考えて、片道十日かけてレベルアップして戻ってくるなんて非効率だしね。でもとりあえず見てもらってから話せば良いや。
「ガルムさんも?」
「うむ。見せた方が早かろう」
「ルスタン中継で良い?」
「それが妥当じゃろうな。三人分の魔力がかかるからの。恐らくそれでもギリギリじゃ」
「すまぬ。話についていけぬ」
「すみませんガルムさん。シオンはこういう性格なんで………。とりあえずやってみますので、見ていてください」
そして訳の解らないガルムさんを連れて、三人はルスタンへと【空間転移】した。
「ん?今のは何だ!?」
数秒間の間、目まぐるしく景色が変わり、それが終わったと思ったらそこは既にルスタンだ。ガルムさんが疑問を口にするが、アルは精神回復薬を引っ張り出して少しだけ飲む。そして魔力が回復したと思ったらすぐにまたアルテミスへと【空間転移】した。
「う………。あぁー………やっぱり三人はキツいね………」
「な!?何が起きているのだ!?」
アルテミスに到着した途端に、ガルムさんの様子が変わる。
アルが魔力不足によるふらつきを薬で回復している間に、裏路地から大通りへと一人飛び出し、あたふたと辺りを確認して叫んだ。
「ここはアルテミスか!?」
珍しく興奮状態となるガルムさんに、アルは慌てて宥める。
「ガルムさん落ち着いてください!大丈夫です!僕のスキルですから!今説明します!」
ガルムさん程のレベルで取り乱されたら何が起きるか分かったもんじゃないと急いで路地裏へと引っ張り戻す。
「そなたのスキル?どうか分かるように説明して欲しい」
少し落ち着きを取り戻したガルムさんにほっとしながら、アルは【空間魔法】について説明した。
どうせこうなるならやっぱり先に説明しとけば良かったんだ………。
頭の上の狐はどこ吹く風とばかりにとぼけている。
「むぅ!?その様なスキルは聞いたことがない!だが確かにここはアルテミスだ。そしてつい先程まではクープにいた事も間違いない。いや確か、遥か西の方にどこからともなく姿を現す蝶がいると聞いたことがあるが、それと何か関連があるのか。もしかしたら時間的なものを操っている可能性もあるか、いややはり………」
一人考えに耽ってしまったガルムさんに、アルはどこかのスキルヲタクを思い出す。何か気が合いそうな二人だなと思いながら、あまり出会わせたくはないと思ってしまう。
「ガルムさん。とりあえず僕達は神殿でレベルアップしてきますので、待っていてください」
アルの言葉を聞いているのかいないのか、生返事が返ってくる。この人なら放っておいても大丈夫だろうと、二人は神殿へと向かった。
ちなみにガルムさんのレベルアップはここでは出来ない。
いわゆる"本拠地"として登録されているのは竜人の里にある祭壇らしい。竜人の里は北の果てにあるそうで、里を出てからまだ一度も帰っていないとか。
狐姿のシオンを頭に乗せたアルはかなり目立った。
クープでは物珍しいといった視線を送ってくる人達はいなくなりつつあったので、何だか居心地が悪い。
「いつになったら姿が戻るの?」
「これは無理をした反動じゃ。まだ当分はかかるの」
シオンの当分と言うのがどの位の事なのか分からないが、しばらくはガルムさんと二人でやっていくしかなさそうだ。
いつも通り神殿で祈りを捧げると、身体が熱くなってくる。
そしてレベルアップの鼓動は一回………、二回。いや………三回!なんと三つもレベルアップしたのだった。
「こんな事ってあるの?まだ前のレベルアップから二週間くらいしか経ってないけど?」
「まぁ経験値と言うのは何を基準にしておるか正確には分からんからの。魔物を倒した数もそこそこではあるが、それ以外でも、今回は命の危機に晒される場面が多くあったであろう。それも大いに関係しておるとは思う」
うきうき気分でガルムさんの所に戻ると、ガルムさんは神妙な面持ちで待っていた。未だに何かをぶつぶつと言ってはいるが、落ち着いてはいるようだ。
アルがステータスを開くと、ガルムさんはぴくっとして口を閉じた。恐らく、アルのステータスを見たいと言う好奇心と、いきなりそんな事を言うと礼儀知らずではないかと言う不安が葛藤しているのだと思った。
「ガルムさん。この際なので僕達のステータスを見ておいてもらえますか?」
そしてそんな彼だからこそ、アルはガルムさんにステータスを見せることにした。もちろん【隠蔽】など一切しない、そのままのステータスを。
ガルムさんは何も言わずに一つ頷くと、アルの真横に立った。
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名前:アルフォンス
職業:双剣使い
Lv:30
生命力:3250
魔力:3400
筋力:3250
素早さ:3350
物理攻撃:3300
魔法攻撃:3300
物理防御:3350
魔法防御:3250
スキル:【空間魔法】…【斬撃】【盾】【共有Lv1】【支配者】【保管】【空間転移】【召喚】
召喚:妖狐
武器:コーク鉄の短剣【魔力量上昇Lv2】
防具:ダイアボアの革防具【軽量化】
その他:ミスリルの指輪【魔力吸収Lv3】
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名前:シオン
Lv:30
スキル:【筋力上昇Lv5】【変身Lv5】【吸収】
【風魔法】…【風鎧Lv2】【風加護】【風刃】【竜巻】
【雷魔法】…【感電】【雷】【雷光】【電気罠】
共通スキル:【剣術Lv2】【素早さ上昇Lv3】【物理攻撃耐性Lv2】【火耐性Lv1】【毒耐性Lv1】【瞬間加速】【威圧】【運上昇Lv1】【ステータス成長率上昇】【隠蔽】【鑑定】【解体】【裁縫Lv1】【器用】
武器:なし
防具:なし
その他:なし
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一緒に上から下までステータスを眺めると、増えているものがいくつかあった。
シオンの魔法二種類は、順調に増えている。
【竜巻】と【電気罠】。【竜巻】はそのまま竜巻を作り出す攻撃魔法。そして【電気罠】は電気の流れる線を張り巡らせる事の出来る魔法。罠と言うより通れなくするための魔法らしい。
アルの方では【空間魔法】に【共有Lv1】と【支配者】が追加されている。
【共有Lv1】は、魔力を消費して見える範囲の人と思考を共有できると言うもの。
"ガルムさん?"
"む!?何だこれは!?"
おぉ。内緒話に便利………。
ギルド職員が持っているスキルに【念話】ってのがあるけどこれと似たような物だろうか。あ、でも【念話】はギルド内であれば見えてなくても使えるんだっけ。
恐らくはレベルが上がっていくと効果が上がっていくタイプのスキルである。残念ながらアルが内心求めていたような攻撃系の魔法ではない。
そしてもう一つ。
【支配者】。
周囲の物体、魔力を知覚できる。使用中は魔力を消費し、その効果範囲によって消費魔力は増える。
これは、アル達が呼んでいる所の"空間把握"だった。
今まではスキル欄にその名前こそないが、アルの戦闘において最もと言って良い程に重要な役割を担ってきたスキル。それがついにこうしてステータスに表示されたのだ。
「【支配者】って言う名前のスキルだったのか。と言うよりも、今までもまだ解放されてなかったのに使えてたけど?」
「これは"エクストラスキル"と呼ばれるスキルじゃ」
エクストラスキル………?
「何それ聞いたことないよ」
「後天的な修練により会得できるスキル、とでも言おうか。例えばじゃが、各属性の魔法は最大で八つの魔法がある。妾の風魔法も雷魔法もどれだけレベルを上げようと、それぞれ最大で八種類。しかし稀に九種類目の魔法を会得する者がおる。それこそエクストラスキルじゃ。ただ、使っていけば良いわけではない。才能やセンスはもちろん、人生をかけた修練と、深淵に迫る理解が必要じゃ」
「それも聞いたこと無いんだけど?」
そんなスキルがあるならもっと話題になっても良いんじゃなかろうか?
「エクストラスキルなど持っておるのはほんの一握りじゃ。まさに人生の全てをそれに注ぎ込んで会得できるかできないかのレベル。ましてやエクストラスキルを持つほどの者は、おいそれと人に話したりもせんじゃろう。
それとお主のはエクストラスキルと言っても取得難度はかなり易しい部類じゃ。前の召喚主も会得しておったしの。
まぁあの娘よりかなり早かった点は誉めてやろう」
シオンの口から前の召喚主の話題が出るのは初めてだった。
その人の事についてもう少し聞いてみたい部分があるが、ずっと黙っていたガルムさんが限界を迎えた。
「待て待て!!手前を放置するな。
そもそも【空間魔法】とは何なのだ!それからこの共通スキルというものについても説明してくれ!」
「ガルムさん落ち着いて下さい!説明しますから!」
まずい!混乱させ過ぎた!
今にも暴れださんとするガルムさんを必死に宥めた。そしてスキルについて簡単に説明した後、アル達は再びクープへと戻った。
*
「【盾】!」
マンティス二体の鎌攻撃を受け止める。
すぐに短剣を切り返してその鎌を弾くと、一体に接近。【斬撃】で胴体を深々と斬りつける。もう一体はガルムさんが巨大な剣で鎌ごと両断していた。
アルの方もすぐに再接近して仕留めるが悠長にしていられない。通路の奥から迫る巨大な影が見える。
「奥からスタンピードです!」
「任せろ」
ガルムさんが前に出る。
「【装備換装】」
持っていた巨大な剣が消え、今度はガルムさんの全身が隠れる程の巨大な盾が現れた。そして身に付けている防具も重厚な物へと変わる。
スタンピードは全長十数メートルもある巨大な魔物だ。
アルはその巨体を受け止めようなど考えた事もない。しかしガルムさんは、すっと腰を低くして重心を落とすと、スタンピードとの衝突に合わせて全身で盾を押し出した。
ゴオオォゥゥウウン!
巨大な鐘の様な音がダンジョンに鳴り響いた。
スタンピードの長い身体の後ろの方が、勢いそのままにうねうねと宙に浮く。アルは慌てて接近し盾を回り込むと、スタンピードの頭部に短剣を両方刺し込む。
「【斬撃】!」
刺し込んだ位置から【斬撃】を発動。盾との衝突で既に頭部の装甲はヒビだらけだったために、一撃で頭部をもぎ取った。
「まさかスタンピードの突進を受け止める事が出来るなんてビックリですよ」
「そなたの方こそ、やはり【斬撃】はかなりの威力だな。5レベル分は差があっても攻撃が入るだろう。そして何より【盾】で防御してからの【瞬間加速】での詰めが異常な程に速い。もともと【盾】では防御の衝撃も無い所から急に最大速度へと加速する様はまるで消えたように見えるだろう。そして」
「ガルムさん!もう分かりました!ありがとうございます!」
ガルムさんのスキル考察が止まらなくなるうちに慌てて止める。この人、もしかしたらセシリアさん以上のスキルヲタクかもしれない。………いやあの人も大概だからな。でも良い勝負しそうだ。
「ガルムさんの【装備換装】も良いですね。一瞬で武器と防具を入れ換えれるってかなり柔軟な戦い方ができそうです」
「その分、金もかかるがな」
ここはクープダンジョンの十四層。
アルテミスでのレベルアップ後、当初の予定通り迷宮主を倒してしまおうとの事である。
「ボス部屋はもうすぐじゃ。さっさと倒して帰るぞ。妾は腹が減った」
「はいはい」
「ところで御二方。手前の事はガルムと呼び捨てで良い。敬語も要らん。そして手前もアルとシオンと呼び捨てで呼ばせてほしい」
「え?えぇ。ガルムさんがそれで良いなら………いきなり全く敬語を使わないってのも難しいかも知れませんが徐々になら」
「それでは頼む、アル」
「はい………よろしく。ガルム」
「ガルムよ、妾もシオンで構わん」
そんな会話で親睦を深めながら先に進むと、歩いて十分ほどの所に迷宮主の階層への階段はあった。毎度シオンの言う通りである。
初めてそこを通った一週間前の事を思い出しながら、階段を降りていく。
………いた。今回はちゃんと。あの時の迷宮主、アラネアだ。
正確にはあの時の奴はマンティコアに殺されてしまったため、そこにいるのは別のアラネアなのだが。
「どういきますか?」
「いろいろ試すことにしよう。前にも戦ったと言ったな?」
「ええ。あの時はまだレベル27の時でしたけど。あ、そうだ。まず僕が単独で行ってみてもいいです?」
「何?別に構わんが」
アルはあの時の殺り合いを思い出す。
奴の前脚との高速戦闘を、アル自身、間違いなく楽しんでいた。レベルが追い付いた今、どこまでできるのか試したい。
アルは短剣を二本抜くと、堂々とアラネアの前に姿を見せる。躊躇うことなく近寄り、【支配者】を使う。あの時はアラネアの突進が先だったが、今度はアルからだ。
前脚が届く範囲に入ると、アラネアの前脚二本が頭上から襲う。短剣二本で弾きながら躱す。やはりかなりのスピードだが、レベルが上がったアルには少し物足りない。
「早く四本使ってよ」
アルのその言葉が理解できるのかどうかは分からない。
しかしアラネアは声とも言えない奇声を上げ、重心を後方に移した。そして前脚四本を使って攻撃を始める。
速い………っ!
あの時は一本欠けてて三本だったが、今回はアラネアも全力だ。
四本の脚が絶え間なく降り注ぐ。それを全て捌くのに、神経回路が焦げ付きそうな程に脳を働かせる。
駄目だ。このままでは先にアルの体力が切れる。アルは防御として【盾】を混ぜ始める。アラネアの攻撃数回の内、一度を【盾】で防いで【斬撃】で削りにいく。
ギンッ………
芳しくない音が響く。
前とは違う音。何度か同じ脚の同じ位置に【斬撃】を叩き込むが、明らかに前よりも傷痕が浅い。
一度距離を取って、ガルムさんの所まで下がる。
「アル、お主は………」
「ガルムさ…、ガルム。この前の奴と違って【魔法防御耐性】がLv4もあるから僕だけじゃ時間かかりそうです。一緒にやって貰えます?」
「承知した。どういう戦い方が良いか」
「【装備換装】でいろいろ試してみてください。なるべく合わせます」
「承知した」
二人は同時に地面を蹴る。
アルは先行して正面からアラネアに接近すると、振り下ろされる四本を【盾】で受け止める。その直後にガルムさんの大剣が横薙ぎに振るわれ、その四本を弾き飛ばした。その内の一本が取れて飛んでいく。アルはそのまま巨大な腹部の下を、短剣で斬りつけながら背後に回る。
盾に【装備換装】したガルムさんが正面で脚を弾いている間に、アルは背後から、頭部から生える人型へと斬り込む。
しかし八つの眼で背後も見えているのか、奇襲は止められる。そしていくら斬りつけてもアラネアの【体術】スキルにより、いまいち致命傷にならない。
しかし突然、アラネアの動きが鈍る。
アルに気をとられている隙に、弓に【装備換装】したガルムさんが八つ並んだ眼を驚異の連射で射抜いていた。
そうそう、その眼が邪魔だったんだよね。
アラネアが痛みに悶える中、アルも眼を潰しにかかる。
慌てたアラネアは一度距離を取ろうとするが、ガルムさんの鎖鎌がそれを許さない。いつの間にか【装備換装】して、二本分の脚を鎖で絡めとっており、アラネアが引いてもビクともしない。
アルは思わず笑いが漏れた。
この人やっぱり凄い人だ。迷宮主をまるで子供扱いしている。
アルが動きを合わせるどころか、完全にアルの動きに合わせて貰っていた。
シオンとはまた違う動き、スキル、思考。
その全てが新鮮で、そして複雑だ。
一緒に戦うとはこういう事だ。
今は未だ、ガルムさんに合わせてもらっているが、いずれは必ず、ガルムさんの動きに合わせてみせる。
そこから色々なパターンを二人で試しながら、アラネアを十分程で倒しきったのだった。




