6話 烈火
「……………で、今に至る。と。」
コーヒーと氷をストローで混ぜながら、イザベラさんは好奇心を抑えきれない様子だった。路地裏で話し込む訳にもいかず、五人はそそくさと少し離れた所の喫茶店に入る事になり、今に至る。
アルは正面に座るイザベラさんが向けてくる好奇の目に耐えられず、その隣に座る男の子へと視線を移す。が、すぐに目を逸らした。ものすごい剣幕で睨んできているのだ。目だけで殺されそうだ。この子供、なんて目をしてるんだ人でも殺せそうだ………。
男の子と反対側には、濃紫のローブを纏ったエルフさんだ。こちらも好奇の目ではあるが、あまり興味は無さそうだ。まだ助かる。
そしてアルの隣。俯き、うっすらと涙を溜めながら顔を紅くしている女性。セシリアさん。アルは何も悪くないと、ここに来るまでの道中でイザベラさんとエルフさんに言われたが、罪悪感を感じずにはいられない。
初めてって言ってた………。僕も初めてではあるんだけど、やっぱり男と女じゃ重みが違うし。
場を沈黙が支配する。
どうやら会話の進行役のはずのイザベラさんが、この沈黙を楽しんでいるらしい。それに堪えきれず、アルが音を上げた。
「あ、あのすみません」
「はいはい何かなアルフォンス君?」
ニコニコしながら、イザベラさんが答える。
ストローをグラスから抜き、それでアルを指名する。
「あの、皆さんはパーティなんですか?」
アルの言葉にキョトンとした顔をするイザベラさん。
そして吹き出す様に笑いだした。
「あっははは!そうか!そうだよね!ごめんなさい!
私達はパーティよ。パーティ名は"烈火"。少しは顔が通ってきたと思ったけど、私達もまだまだってことだね。いや、気にしないで。紹介するね。このパーティのリーダーはリアムよ。見ての通りエルフね。年齢は…二百二十六歳だっけ?」
「二百三十六歳だ」
「あぁそうそうそれね。うちの魔法使いで、魔法での攻撃役。ちょっと興味があることないことで態度に差が激しいけど、まぁ気にしないで不機嫌なわけじゃないから。それでこっちが小人族のクレイ。…これでも二十九だからね。子供扱いすると怒るから気を付けて」
「え、二十九!?」
「おい、お前死にてェか?」
「二十九歳よ。本人曰くだけどね?クレイは斥候兼アタッカー。こっちは普段から不機嫌だから放っておいて。それから私がイザベラ。回復を担当してるよ。犬の獣人だけど、運動オンチなの。獣人は皆が近接戦闘向きだと思わないでね。そういえばアル君どこか怪我してない?あったら治すけど」
「あ、大丈夫です。ありがとうございます」
「はいよ。んで最後がアル君の恋人になった、セシリアちゃん」
「恋人じゃない!」
あ、やっと喋った…。
「セシリアもアタッカーだよ。ちなみに極最近ファーストキスを済ませたばっかりの純情乙女ちゃん。オススメだよ」
「イザベラ。本当に怒るよ」
「あははは。ごめんごめん。セシリアは怒った顔も可愛いね。でもセシリアは他の冒険者達にもすごい人気で、アルテミスだと週に一回は告白されるし、他の街に行ったときなんかもっと大変なんだから」
「皆きっと物珍しいだけでしょ。そんな一時の感情に流されているだけの相手とどうこうなるつもりはないの」
イザベラさんは全く悪気のない様子で、セシリアさんをかわしている。セシリアさんも何だか初対面の時と比べて口調が変わってきている。これが素なのだろうか。
それにしても、彼らはAランクパーティだと言う。強いとは感じていたが、アルが思っていたよりも凄い人だった。パーティの強さは魔物と同様に、アルファベットによるランク付けがされている。ランクはS~Fの7段階で、Aは上から二番目だ。かなりの強さだと解る。アルが目指していた勇者や英雄に限りなく近い人達だ。そんな凄い人達とこうしてテーブルを囲んでいるなんて、急に肩身が狭い感じがする。
「……………それで。ねぇ。アルフォンス君。出来れば正直に答えてほしいんだけど、君は一体何者なの?」
セシリアさんのその言葉で、一瞬で空気が変わった。
彼女以外の三人が酷く驚いている。先程まで表情の無かったリアムさんは興味深そうにセシリアさん、それからアルを見据え、イザベラさんなど手で遊んでいたストローを取り落としても拾おうともしていない。
何者も何も、巻き込まれた一般人でしかないんですが。僕からしたらあなた方こそ何者って感じです。レベル50がレベル8を捕まえてお前何者だって、それこそ何事って感じですけど。
「えっと、名前はアルフォンスと言います。十六歳です」
「それは知ってる。どこから来たの?冒険者なの?ランクは?」
隣から身を乗り出してセシリアさんが詰め寄ってくる。いや、年齢は初めて言ったと思うんだけど………って近い近い近い!
と思ったら、顔の接近がきっかけで先程の事を思い出したのだろう。急に顔を紅らめて戻っていった。
「えっと、住んでるのはここから北西に馬車で半日くらいにあるミレイ村という所です。アルテミスにはレベルアップが目的で来ました。今日で三回目です。冒険者には、なりたいと思っていますが、まだなっていませんし、なれるかも正直……………分かりません」
その答えに、セシリアさんは依然として不満そうだった。他の三人は妙に訳知り顔で事の成り行きを見守っている。セシリアさんはどうしたもんかと、う~んと一頻り悩んだ後で、指を一本立ててアルに向き直って言った。
「アルフォンス君に頼みがある。冒険者同士のスキルの詮索はルール違反なのは解っている。しかし君はまだ冒険者ではない。そこで………。君のスキルを一つと、私のスキルを一つ。情報交換しないかい?」
「ちょっと待ってセシリア、そこまで…」
やんわりと止めにはいるイザベラさんをセシリアさんは手で制す。
「これは私個人の取引だ。"烈火"に迷惑はかけない」
イザベラさんはあきれた顔をしている。
クレイさんも驚きを隠せていない。ここまでセシリアさんがこだわるのは珍しいことなのかも知れない。
そこで大きなため息をついたのが、リアムさんだ。落ち着いた様子で会話に割って入り、仲介を買って出る。
「はぁ。あのね、アルフォンス君。いや待て。落ち着け。セシリア………、別に止めはしないよ。
アルフォンス君、いいかい。これは断ってもいい。私達は無理強いしないし、彼女がそうしようとしたら私達で止める。それは約束する。でも断る事はあまりおすすめはしない。何故ならこの情報交換で恐らくこちらにメリットはない。セシリアの知的好奇心が満たされるだけだからだ。そしてアルフォンス君。君にはメリットはあれど、デメリットはない。保証しよう。実際に情報交換したら分かる」
リアムさんはそう断言した。保証する、と。
スキルを一つ、しかも実は一つしかないスキルを教えたとしてもデメリットはないと言い切る彼に、アルは頭を捻る。
提案はスキルの情報交換。お互いに一つずつ。
アルのスキルは【空間魔法】の一つだけだ。使い方もまだ正直解らない。それをAランクパーティの面々に相談できるという事だけでもメリットではあるが、ほいほいとスキルは人に話してはいけないとよく聞かされている。
リアムさんからの援護もあり、セシリアさんの目は輝きに満ちていた。これは、正直断りにくい。こんな美人に興味を持たれるなど、生まれてこの方初めての事である。
嘘をつくという選択肢もあるけど、まぁ助けてもらった人達だし………。なんとなく、この人には嘘をつきたくない…。
「分かりました。スキル一つだけです。ちなみに一つならどれでもいいんですか?」
そのアルの発言にセシリアさんがピクリと反応した。
「構わない」
しかし、揺らがない。真っ直ぐとアルの目だけを見ている。今度ため息をついたのはアルの方だった。
「はぁ………。僕のスキルは、【空間魔法】です。正直言って先程のレベルアップで解放されたばかりなので、どんな魔法なのか一切まだ解ってません。これでいいですか?………他のスキルまでは教えられませんよ?」
アルの言葉への反応は、三者三様だった。この場合は四者四様か?この中でハッキリと驚いたのはリアムさんだけ。セシリアさんは変わらず好奇心の目を向けているし、イザベラさんは首を傾げている。クレイさんは魔法と聞いてあまり興味が無さそうだった。
「ふふっ………ありがとうアルフォンス君。私も答えるね。私のスキルの一つは【鑑定】。簡単に言えば物体、もしくは生物の情報を得るというものよ。これもかなり珍しくて、持っている人はほとんどいない。ダンジョンドロップで極稀に出るとは聞くけど、それも定かでないし」
セシリアさんの言葉が急に砕けたものとなる。それも気になったが、もっと重要なワードが飛び出した。
ダンジョン、ドロップ………?極稀に出るって、スキルが………!?
「え!?スキルってダンジョンでドロップするんですか!?」
「なんだ知らなかったの?あぁ…そうか君は………。
期待させてしまってごめんだけど、確率はかなり低いよ。私達の場合はダンジョンに潜ってもう八年。だいたいの人達より長い時間潜っていると言う自負はあるけど、その中でドロップしたのは三つだね。三年に一つくらいかな?それも四人で分けたから、一人当たりでかんがえると八年で一つ出るかでないか程度だね」
八年で一つ。かなり少ないけど。
スキルが―――得られる!これ一つじゃない!まだ可能性はある。
「ありがとうございます。それを知れただけでも良かったです。それで、【鑑定】スキル………ですか?例えば、この机を鑑定すると、材料が解ったりするとかですか?」
「あぁ、物体の場合はそうね。ちなみにこの机は"ガレドの木"でてきてるわ。そしてここからが重要なんだけど、人や魔物等に使った場合、その者のステータスを見ることができるの」
ステータスを見ることができる?
なんだそのスキル。聞いたことも無い。
しかしもし本当ならば、対人戦で有利なんてもんじゃない。いざ闘う前に、私はこのくらいの強さですよ。こんなスキルが使えますよ。と吐露しているのと一緒だ。
しかも魔物にも使えると来た。魔物のステータスが一体どう見えるのかは分からないが、何となくの強さが解るだけでもダンジョンに挑む上ではかなり有利に働くだろう。
「あれ?でもステータスが見えるなら………もしかして僕のも」
「そうなの。実は私は、最初から君のスキルを知ってた。そしてそのスキル一つしかない事も。
君が私を信頼して、正直に話してくれたことをとても嬉しく思う。ちなみに他のスキルについて匂わせたのも、賢明な判断だったと言っておこうかな」
ウインクで"ごめんね"と謝られる。全部バレていたという事だ。つまり僕は試されたとも言える。
この取引に関して、そりゃ僕にデメリットは無いわけだ。何故なら最初からこの取引は負けが決まっていたんだから。
「え、スキルが一つなんて事ってあるの?あぁ………でもまぁそれで分かったよ。セシリアがそこまで固執する理由が。ごめんねアル君。セシリアは下手に【鑑定】なんてスキル持ってるもんだから、ちょっとスキルヲタク的な所があるの」
「スキル一つだけなんて、激弱じゃねぇか」
スキルヲタク…なるほど、知的好奇心とは上手く言ったもんだな。そんで激弱って…。そこまではっきり言われたのは初めてかもしれない。なんとなく苦手意識…。
「【空間魔法】か。何百年の間、久しく聞かなかった言葉だ」
「リアム、何か知ってるの!?」
リアムさんの何か知っていそうな言葉に、セシリアさんが飛びつく。僕も無意識のうちに机に手をつき、前のめりになっていた。
「昔、まだエルフの里に住んでいた頃。そこの書物で見たことはある。それによると過去に【空間魔法】のスキルを持った者は確かにいた」
心臓が跳ね上がった。これは、情報としてかなりありがたい。
エルフの書物なんて、僕の行動範囲では絶対に見ることができない。
「リ、リアムさん!それでこれはどんなスキルだったんですか?」
「いや、すまない。私もかなり昔の事で、ほとんど覚えていないのだ。確か、その者は強大な魔物を従えていたとはあった。魔物使いの技術はここ百年程でできた物だから、その当時はかなり珍しかったはずだ。だから私もそれだけ覚えていたのだ。あとはそうだな確か…」
「何!?」
「何ですか!?」
セシリアさんとアルが詰め寄る。
「"敵に回すな"………と。なので戦闘系の魔法なのは間違いないと思うのだが」
何それ格好良い!中二〇がうずうずと騒ぎ出している。
隣ではセシリアさんが一層顔を輝かせているし、興味無さそうにしていたクレイさんですらピクリとなる。
「他には何か思い出せませんか?というより、もしそのエルフの里に行けば、その本を見れば、もっと解るんですか?」
「すまない。覚えているのはそれくらいだ。それにアルフォンス君、残念ながら君がその本を読むことも恐らく出来ないだろう。まずエルフの里は最近では人間の立ち入りを拒んでいると聞く。そして約十年前、ナディア教国が侵略してきた際に、里の書庫は焼け落ちてしまったんだ。だが、そう悲観することはない。どうやら目立つスキルの様だ。エルフの里以外にも世界中のあちこちに記述が残っていると思うよ」
な…なんと言う事を。ナディア教国何してくれてんの?
でも尚更ここでリアムさんと出会えた事は本当に幸運だった。きっと失われた知識を知る数少ない人物だ。
そして早く、早く試してみたい。僕に何ができるのか。
アルの胸は希望に満ちていた。
*
「おぉ!アル無事だったか!探したぞ!一時間も遅刻しやがって!」
数時間ぶりに見たダングさんの顔は、何故だか数時間ぶりとは思えないほどに懐かしかった。
ダングさんは冒険者ギルドの前で待ってくれていた。あと十五分来なかったら騎士団と冒険者ギルドに捜索依頼を出すつもりだったらしい。
あの後、セシリアさんがアルをパーティにどうしても入れたいと駄々を捏ねたり、クレイさんに決闘を申し込まれたり、リアムさんが失われた本を再生するために、またスキルについて解ったことがあれば教えてほしいとお願いされたり等々。いろいろとゴタゴタした結果。ダングさんとの集合時間に一時間も遅れてしまったのだ。
「おやっさん、本当にごめんなさい!
実はレベルアップしたりカツアゲされたり、掘られそうになったり売られそうになったり、美女に迫られたり、パーティに誘われたり決闘を申し込まれたり大変だったんだ」
「お、おう?…お前大丈夫なのか!?」
ぎょっとしたダングさんに生返事を返す。
正直言うと、"烈火"へのお誘いはかなり魅力的だった。しかし、今のアルはただの足手まといだ。彼らに助けられるばかりで、アルが彼らの役に立てる事などほとんどないだろう。そんなおんぶにだっこでは仲間とは言わない。パーティとは呼べない。そんなのは、冒険とは言わない。
アルは冒険者ギルドを見上げた。
必ずここに帰ってくる。自分の実力で。
希望を見出した事、"烈火"のパーティに出会えた事。
それらに感謝しながら、そう決意した。
ちなみに帰りの馬車は、荷台で荷物に揉まれながらぐっすり眠った。




