59話 失ったものと得たもの
夏が過ぎていくのを感じた。
もう昼前だと言うのに、陽は優しく、風は涼しい。
アルは椅子を窓辺まで持ってきて、窓の棧にもたれかかり、街の営みを眺めていた。風を浴びながら人の往来を眺めていると、先日の騒動が嘘のようだ。
あれから一週間が経った。
クープの街は現在、復興の真っ只中だ。
まずはあの広場から逃げ出した数匹の魔物を駆逐する所から始まった。それから魔物の死体の処理を冒険者全員で行い、最後に残ったのが壊れた建物の修復だ。
一番の被害は赤竜とシオンの戦闘による建物の損壊だったのだが、こちらにはお咎めは無いらしい。
それどころかマンティコアを三人で十五分の間抑えた事、竜の単独討伐の功績により、先日Dランクに上がったばかりだと言うのに、Cランクにランクアップさせてもらった。上に報告する際に、シャルロットさんのゴリ押しもあったみたいだが。
倒した魔物の素材については、緊急任務としての活動と言う事で全てギルドに没収。その代わり功績に応じた報酬が支払われた。
ちなみに、アルとシオン二人で二百五十万ギルの報酬を貰った。マンティコアの毒袋を回収できたのが最も大きかったみたいだ。まぁ何百年に一度しか現れない魔物の上、赤毒病の治療薬が作れるかも知れないのだからそれでも安い方なのかも知れないが。
赤毒病については現在、ルスタンにあるエルサの研究所で日夜研究が進められており、赤毒病の治療薬の試作も出来ているとか。
ちなみにまだ毒袋と、その中身の大半はアルが【保管】に持っていたりする。【保管】の中では時間経過がないため、毒の鮮度を完璧に保つことが可能だからだ。
よってたまに研究所へと【空間転移】して毒を渡して、その帰りに治療薬の試作を持ったエルサを連れてきたりなんかの仕事もしている。一応はギルドからの指名依頼だ。
余談だが、エルサの作った試作の薬の第一被験者はシャルロットさんで、全く躊躇う事なく飲む。
それだけエルサを信頼しているのだそうだ。そしてシャルロットさんの状態もかなり回復に向かっている様だ。
どうやらマンティコアの毒成分を調べてみると、今までに発見されたあらゆる毒と全く違う仕組みの物だったらしい。そしてその仕組みを応用していけば、マンティコアの毒を必要としなくとも、赤毒病の治療薬を作れそうとの見通しだ。
あとついでに。素材に関して言えば、赤竜の素材が丸々アル達の取り分になった。
なんでも今回の緊急任務は、"ダンジョンから出てきた魔物討伐"であり、それに外部から乱入してきた赤竜の討伐は含まれないとか。
その赤竜の亡骸についても、シャルロットさん協力の元で解体し、皮膚や肉、骨等のほとんどはギルドに買い取って貰った。内臓に関しては目敏くそれを待っていたエルサが、ギルドの倍額出すからと全て買ってくれた。錬金術の貴重な原料になるらしい。
手元に残っているのは牙が何本かだけだ。これは武器の原料となるらしいので、アルとシオンの分で三本の剣を作れるだけ残しておいた。
ちなみにその竜の素材の買取り金額はおおよそ五百万だ。エルサが内臓類を倍額で買っていったのが大きい。
あちこちに売る前に、ちゃんと【吸収】も忘れずにしている。それによって、赤竜からは【解体】、マンティコアからは【器用】のスキルを得た。どちらも剥ぎ取りとかでは便利そうだが、あまり戦闘向きのスキルではなさそうだ。
……………とまぁ、この一件でかなりの大金やスキルが手に入った訳ではあるが、それを諸手を上げて喜べない理由があった。
視線を窓の外から、自身の膝の上へと落とす。
膝の上にはシオンが寝ていた。
その姿は、狐の姿のミニチュア版。つまりミニシオンだ。あの巨大化が解けた後、シオンはこの姿まで小さくなった。そしてそれ以降この姿のままだ。
街から聞こえてくる活気づいた声が、どこか他人事のように思える。
今回の戦いで、アルは何も出来なかった。
シオン一人に無理を強いてしまったのだ。
シオンの頭を撫でると、うっすらと目を開け、アルをじっとりと見てまた目を閉じる。
「そろそろ起きて。ギルドに行かないといけないから」
「いちいちうるさいのう。お主は嫁か」
シオンを腕に抱いて立ち上がると、シオンは身体をかけ登り、アルの頭の上に陣取った。僅かな重みを感じるが、帽子をかぶっている程度の感覚だ。
「ほんと好きだねそこ。もう爪を立てるのだけは止めてよ?」
「あれはお主が悪い。妾を乗せるという栄誉にあずかりながらジュリアに抱き着かれるなど」
「いや、今の聞いても僕は悪くないと思うんだけ…痛いっ!」
「うるさい!早うギルドへ行くぞ!」
という具合に、小さいままでも口だけはいつも通りのシオンである。
*
「おはようアル!あ、シオンちゃん!これ!また干し肉だけど良かったら食べてくれよ!」
「いえいえ、そんな!毎日いただいてるので。あ!こらシオン!」
「悪いの。肉屋の亭主よ」
「シオンちゃん!りんご食べる?」
「あ、ありがとうございます。今お肉いただいた所ですので…」
「アル貰っておけ」
「え?いや、そんなの…。あ、すいません。いいんですか?ありがとうございます」
「シオンちゃん遊ぼー!」
「うむ。今は忙しい故に、また今度の!」
「アルフォンス様!今晩お食事を一緒にいかがですか!?」
「え!?食事って…痛いっ!何だよシオン!」
「こやつの好物はナーガの下半身のソテーじゃぞ」
「どんな嘘だ!?」
「おー!アルとシオンじゃねぇか!ちょっとこっち来て飲めよ!」
「すみません!嬉しいんですがギルドに行かないと行けないので!」
「そんならつまみだけでも持ってけ!なぁ!」
「あ、ありがとうございます………」
「なぁ!今度俺達とパーティ組んでくれよ!」
「もう少しレベルを上げてから言え」
「かぁ!厳しいなぁ!」
「シオンちゃん!いつになったらまた殴ってくれるんだよォ!?」
街を歩くだけで、色んな人から声をかけられる。
この一週間はずっとそうだ。当然のごとく、シオンが魔物であると言うことはすっかりバレてしまっており、赤竜を一人で倒したと言う話も広まっていた。
アルは内心では、シオンが魔物だと知られると皆から怖がられるのではないかと不安に思っていたりもした。しかしどうやら、この街を救ったと言う事実と、ミニシオンの愛くるしいビジュアルが功を奏した様だ。
中には早く出ていって欲しいと話している人達もいる様だが。
ギルドに到着して中に入ると、これまた中にいた冒険者達ほとんど全員に声をかけられる。まだ午前中だと言うのに多くの冒険者が酒を飲んで騒いでいた。
今回の件での死者は五十人以上にもなる。死んだ奴等の分まで酒を飲むと言うのが、彼らなりの哀悼らしい。
そのダンジョンの方はと言うと、既に以前と変わらぬ状態らしい。あの騒動の直後には広がっていた階段と連絡通路は元に戻っていたのだとか。しかし今回は事が事だけにクープの冒険者達も、いまいち未だダンジョンに入る気にはなっていないらしい。緊急任務での報酬も入ったため、今は街の復興についての依頼で稼いでいる人達が多いみたいだ。
「相変わらず凄い人気ね」
こちらも以前と変わらず、人が誰も並ばないシャルロットさんのカウンター。
「えぇ。こんなことになるなんて予想外でしたよ」
「なぁに他人事みたいな面してんのよ。シオンちゃんだけじゃなくてあなたの人気も凄いのよ。クープの女連中は誰が一番最初にあなたと寝るかで必死みたいよ」
「寝る!?ってつまり………!?痛い!」
「お主にはまだ早い」
「分かったから爪を立てないでくれよ………」
「あらやだ貴方達、朝から見せつけてくれるわね。ところで残念なお知らせもあるのだけど、ちょっとついてきてくれるかしら?」
アル達のやり取りに苦笑いのシャルロットさんから、呼び出しをくらった。残念なお知らせとは何だろうと思いながらも、二人にはだいたいの想像はついていた。
シャルロットの私室までついていくと、彼女は一息ついてから切り出す。
「あなた達のパーティなんだけど、残念ながら認められなくなったわ。少なくとも二人以上の冒険者が組むと言うのが条件なのだけど、今回の件でシオンちゃんが魔物だって明るみに出ちゃったからね」
「あぁやっぱりそうですよね………。まぁパーティと言っても名ばかりのものだったので別に良いんですが………」
「そこであなた達とパーティを組みたいって人物を紹介したいと思って」
おっと、そう言う事なら話は変わってくるぞ………。
アルは未だ頭の上に居座るシオンと視線を交わす。
「あの………パーティメンバーはどちらかと言うと自分達で探そうかなと思ってたんですが」
「もちろん分かってるわ。貴方達をパーティに紹介してくれって話はかなりあるのよ。貴方達が思ってるよりもね。
ただ、今回は貴方達も仲が良い人物って言うことと、滅多に人と関わらない人達だって事で、貴方達も喜ぶかもしれないと思って。まぁ知らない人でもないから取りあえず話してみてくれる?」
「まぁ会うだけなら………」
「今ギルド内の【念話】で呼んでもらうからちょっと待っててね」
アルは促されてソファに腰を下ろす。
まるでお見合いかの様にそわそわとした気持ちになる。
だが正直言うとあまり期待していない。今このタイミングでパーティになりたいと言い出す人達を信用できない。多分先日の一件を見てだろうし。よってどう断ろうかという考えの方が先に立ってしまう。
「シオンとしてはこの状況でどういう人だったらパーティ組んでも良いかなって思う?」
「そうじゃのう。少なくとも妾達と同じかそれ以上の実力者、善人、今回の件と関わりがない者、妾達のレベリングについてこられる者………くらいか」
「うーんそうだよね。今回の件と関わっていないってのが一番難しいと思うけどね。あとレベリングの点でも難しいかなぁ」
そんな事を話していると、扉がノックされる。
どきりと心臓が跳ねるが顔は平常心を装う。
「入っていいわよ」
扉を開けて入ってきたのは、ギルドの職員。
それに続いて現れたのが。
――――――竜人のガルムさんだった。
アルは飛ぶように立ち上がり、先程までとは違う意味で緊張する。それは言ってみれば戦闘体勢に近い。
ガルムさんとは仲良くやっていた。
彼とパーティが組めるなら光栄だと思うし、心強い。しかし問題はそれ以前にあった。
何故なら今回、アルとシオンは仕方なくではあるが、竜を倒した。つまり殺してしまったのだ。
竜人にとって、竜は神聖な生き物である。
それは世界の共通認識。その竜を殺してしまったアル達に、ガルムさんが今まで通り接してくれるのか分からない。それどころか、戦闘になる可能性もあるのではないかと思ってしまう。
ガルムさんの表情は読みにくいが、やはり神妙な顔をしている様に思えた。
「そう構えないで欲しい」
こちらの緊張が伝わったのだろう。ガルムさんは両手を見せて戦闘の意思はない事を示した。
「シャルロット殿にも念を押されたのだが、手前にそなた達を攻撃するつもりはない。そしてその理由もない」
真っ直ぐな目で彼はそう言った。
「とりあえずは………信じます。しかし僕達は竜を………、貴方がたが崇拝する竜を殺してしまいました。もちろんそうせざるを得ない状況だったからですが………。それなのに何故僕達とパーティの申請を?」
「………座っても?」
ガルムさんの言葉にアルは頷く。ガルムさんは両手を見せたままゆっくりと移動し、ソファの対面に座った。
「もちろんそれについては説明するが、どうかまず座っては貰えないだろうか」
アルもソファに着席する。
少なくともガルムさんの事は知っている。不意討ちなどする人ではない事も。もしもアルと戦わざるを得ないならば、彼は正面から決闘を申し込んでくるだろう。
「シャルロット殿にも話した内容だが。手前ら竜人にとって、竜は神聖な生き物である。手前らの祖先と言われており、力と自由の象徴だ」
「それは知ってます。だから竜を殺したことで怒るんじゃないかと思って………」
つい口を挟んでしまった。ガルムさんはそんなアルを真っ直ぐ見つめる。
「しかし竜人は、竜と馴れ合っている訳ではない。あまり知られていないが、竜人の儀式の中に継承の儀と言うものがある。竜と決闘し、殺す儀式だ。
一対一の決闘により竜を殺し、その神聖な力を受け継ぐと言うもので、代々一族の長となる者が挑む。聖なる力を得た者は何か偉大な事を成し、一族に繁栄をもたらすと言われている」
「継承の儀………。初めて知りました」
初耳だった。
神聖な竜の力を受け継ぐことで、一族の長となれる。神聖と言うと大事に扱わないといけないというイメージがあるが、また考え方が違うらしい。
「話を戻すが、今回の件でそなた達は一対一で竜を殺した。つまり、その身には聖なる竜の力が宿っている事になる。手前はそなた達に興味があるのだ。これからそなた達が何を成していくのかという点において」
「でも倒したのはシオンであって僕ではないんですがそこは………」
「実際にどうかはさておき、そなた達が竜を倒したというのは事実だ」
ガルムさんはアル達から目を逸らす事なくそう言った。
アルは実際に竜と戦っていないのでなんとなく腑に落ちない所があるが、この人の探求心は知っている。己の好奇心のためなら魔物の攻撃を何時間も受け続ける事すらも厭わない。そんな人だ。
シオンを見上げると、彼女はまんざらでもない様子だった。
「まぁこやつなら強さも申し分なしじゃの」
ガルムさんの事をこやつ呼ばわりしたシオンに、シャルロットさんがびくっと姿勢を正す。でもガルムさんは何も言わない。なんとなくシオンの年齢とか魔物としての強さに気付いているのだろうか?
アルはガルムさんを【鑑定】した。
自己満足かも知れないが、何となく友人を勝手に【鑑定】するのは失礼かなと思っていたが、今回は仕方ないと思う事にする。
―――――――――――――――
名前:ガルム・ドラゴニュート
職業:なし
Lv:41
生命力:4300
魔力:3950
筋力:4200
素早さ:4200
物理攻撃:4250
魔法攻撃:4000
物理防御:4200
魔法防御:4150
スキル:【竜化】【装備換装】【堅牢】【魔法攻撃耐性Lv3】【咆哮】
武器:なし
防具:竜革のレザーアーマー【魔法攻撃耐性Lv4】
その他:ダイヤモンドのバングル【物理攻撃耐性Lv4】
―――――――――――――――
あぁやっぱり、強い。
当たり前だ。この人は魔物の生態を調べるために日夜、魔物と文字通り向き合っている。そしてそもそもが五百歳を越えているのだから。
アルの今の心情としては、是非パーティを組んでもらいたい。この人になら、スキルを全て話してもいいかとも思うし。でも不安要素もあった。
「僕達としては、ガルムさんがパーティを組んでくださるのはありがたいですが、ガルムさんは魔物の生態を調べていたのではないですか?僕達とは行動がかなり違うので大丈夫かなと思って………」
「手前は構わない。今はそなた達の方が興味がある。それにそなた達もダンジョンには入り浸っておったであろう?それならばある程度は調査も可能であろう。そもそもそなた達のダンジョンに潜る目的は何なのだろうか?」
シオンと顔を見合わせる。
「もちろん最強を目指すのじゃ。最速でな。それを達成したら次はまた考える」
「何となくそう言うと思ったよ………。僕達の目的は特にはありません。ダンジョンを巡りながら強くなる。それだけです。ですのでガルムさんなら僕達も大歓迎です。お互いの目的が食い違った時にはまた考えましょう」
ガルムさんは目に見えて笑顔になった。この人こんな表情出来るんだ。そんなに喜んでもらえるとなんだかこっちまで嬉しくなる。
「ハイハイ。話が纏まったなら終わり終わり。申請はもうこっちでやっとくから良いわよ。パーティ名は決める?」
アルはハッとなる。
パーティ名………。シオンと組んだ時はとりあえず後で考えようってなってからそのままだった。
「そうだな………。"竜殺し"なんてどうだ?」
「やめてくださいっ!ガルムさんっ!似たような名前の奴等知ってるんでますます嫌です!」
「"狐とその下僕"と言うのはどうじゃ?」
「うるさいっ!あながち間違ってもないけど!」
「"竜騎士"はどうだ?」
「とりあえずガルムさん、竜の件は置いときませんか………?」
「ADTでどうじゃ」
「シオンは黙ってて!」
シオンだけは絶対本気で考えてない。間違いない。
「それならお主が考えるのじゃな。妾達は世間体など気にせんからの。好きな名前をつけるがよい」
仕方ない………。この二人には任せられない………。
アルは頭の中で必死に考えた。そして閃く。
「それなら"古の咆哮"はどうですか?シオンもガルムさんも長寿ですし」
シオンもガルムさんも【咆哮】持ってるしね。シオンはスキルじゃないけど。いずれ僕も得るかもしれないし。
「ぬ、アルにしては多少マシな意見じゃの」
「手前もそれで良い」
こうして"古の咆哮"は正式なパーティとなった。
アルの二人目の仲間は、誠実で、好奇心の旺盛な男だった。




