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51話 ジュリアの理由

「ええっと、それならジュリアって呼ぶね?」


こくこくと頷くジュリア。

いつもと違ってなんだかかなりしおらしい。普段からこんな感じだったら接しやすいのに。なんて事を言ったら失礼か。


「僕に何か話?」

「あの!その……………」

「まだどこか痛い?ペース落としてもらおうか?」

「いえ大丈夫…!ですわ……」


どうにも歯切れが悪い。勢いよく話し出したと思ったら、急に落ち込んでの繰り返しだ。アルは困ってしまった。喋らない女性がこんなにも扱い難いとは。今まで身近の女性ではいなかったタイプだ。


そんな時、前の方でわぁぁぁっ!と歓声が上がる。シオンがデュラハンを殴り飛ばし、素手で鎧をベコベコに凹ましていっていた。それに対して三兄弟が、やんややんやと喝采を送っている。


「盾役とは!つまりは!こういう事じゃっ!」

「俺!盾役やってみるぜあんちゃん!」


いや、それ絶対間違ってるよね?僕もあんまり知らないけどさ。盾役って素手でぼこぼこにするのが担当の人じゃないよね?


「あの子…。魔法も使えるのに前にも立てるんですのね………」


そんなシオンを見て話し出したジュリア。何がきっかけになるか分かったもんじゃない。この世は摩訶不思議だ。ジュリアは真っ直ぐシオンを見つめながら先程までとは違う表情をしていた。悔しさとか、そう言う類いの顔だと思う。


「まぁあいつは魔法もつかえるけど、筋力上昇のスキルもあるから。ゴリ押しだけどね?ジュリアは純粋な魔術師(キャスター)でしょ?」

「うん、そうですの。私は土魔法しか使えないから………」


ジュリアの目はシオンを捉えて放さない。


「あの………ずっと聞きたかったんだけど、ジュリアは何故その歳で冒険者に?しかもアレクサンドリアは伯爵家だって聞いたけど」


そこでやっとジュリアの意識がこちらに戻ってきた。シオンがデュラハンを倒したのだ。魔法を使えばもっと早いのに、シオンも楽しんでいる様子だった。


「………赤毒病せきどくびょうってご存知?」

「赤毒病………?って確か、とこかで。うーん………どこだったっけな。まぁどっちにしろ耳にした事はあるくらいかな。どんな病気なのかはごめんけど知らない」

「珍しい病気なんですって。魔力が精製できなくなる病気らしいですわ。症状は徐々に進行し、安静を守っても発症から十数年で意識レベルが低下、その後は植物人間となる。高レベルの冒険者に多いらしいです」

「高レベルの冒険者に?そんな病気聞いたことないよ」


高レベルの冒険者に多い病気となれば、聞き逃す訳にはいかない。なんせアルだって、その高レベル冒険者を目指しているのだから。


「魔物の毒攻撃の後遺症らしいですわ。

高レベルの魔物の毒は私達が想像できない程に強力で、解毒までの数秒で身体を蝕むらしいですの。そして赤毒と呼ばれる毒は、身体の中の魔力を精製する器官、魔力胆の障害を引き起こす。赤毒は現存する解毒薬では完全に解毒する事は不可能。魔力障害が進むと意識は消失し、魔力が精製されない限り目覚めることはない。

………と言う事らしいですわ。この話自体も十年程前に解明されたばかりなので、あまり知名度は無いかも知れませんわね。ルスタンに住んでる凄腕の錬金術士が赤毒を発見したらしいです」


かなり深刻な病気の様だ。それにしても、"ルスタンの凄腕錬金術士"。いや……………まさかね?


「その赤毒病が何か関係あるの?」

「私の御父様がその病気なのですわ」

「え?………つまり。赤毒病に罹患してる………ってこと?」

「えぇ、もう十二年になりますわ。幸い、赤毒を発見したルスタンの錬金術士様が薬を送って下さっているので、今の所、病状は安定しております」


アルは言葉を失ってしまった。十数年で植物人間。彼女は先程その言葉を、どんな気持ちで口にしたのだろうか。

しかしジュリアはと言うと、不敵に笑っていた。


「貴方が気にする事はないですわ。それに私は絶望から冒険者となったのではありません。希望を見つけるために冒険者となったのです」

「希望………?」


まるで悲しみなど既に過去のものであるといわんばかりの笑顔。その笑顔は、この薄暗いダンジョンの中で輝いて見えた。とても美しく、同時にどこか儚くも。


「赤毒病の記述は、古くからの書物にもあるのです。名前は違えど、冒険者達はその病気に大昔から立ち向かって来ました。そしてここのクープの街の書物では、とある魔物の毒袋から作られる薬により、末期の赤毒病患者が目を覚ましたとあります」

「そうなの!?それならまだ希望はあるって事だね」

「ええ、その魔物はこのダンジョンのどこかにいると言われています。ですので私は冒険者となり、何としてもその魔物を見つけ出すと決めておりますの。

そうですわ、こんな事で落ち込んでいる場合ではないのです。必ず見つけ出して持ち帰るのです………"マンティコア"の毒袋を」


アルは背筋に衝撃が走った。

"マンティコア"。その魔物は聞いたことがある。どこで?

ここの冒険者ギルドでだ。シャルロットさんに渡されたDランクの依頼の中に確かにあった。

依頼は確か"マンティコアの毒袋の納品"。依頼主は………そうだ。アレクサンドリア伯爵だ。ジュリアの父親。


そう言う事だったのか。それに加えて、アルは"赤毒病"と言う言葉をどこで聞いたのか思い出した。この街に初めて来た時だ。シャルロットさんの口から聞いたのだ。"赤毒病って聞いたことある?"と。


「アルよ。冒険者ギルドへと向かうが良いな?」

「あ、うん。そうしよう」


気づけば既にダンジョンから外へと抜ける階段の前まで来ていた。まだまだ明るい外からの日射しに目を細める。横目でジュリアを見ると、彼女もこちらを見ていた。アルに笑いかけ、駆け足で数段登った後こちらと向き合う。


「さっきは助けてくれてありがとう。貴方、まぁまぁ格好良かったですわよ。もっ…もしも私が冒険者をやめる日が来たら、私の、お、お、お婿さんにしてあげてもいいわ!アレクサンドリア伯爵家の跡取りよ!喜びなさい!」


顔を真っ赤にして宣言するジュリアに、アルも赤面する。

同年代の女の子に直球でそんな事を言われるなんて、これまた初めての経験だった。


「あと、話聞いてくれてありがとね」


優しくそう付け加えたジュリアは先に階段を上っていった。







冒険者ギルドにアル達六人が到着すると、中はてんやわんやだった。先程の音は何だったんだと住人達や冒険者が大勢押し寄せている。


アル達は人をかき分けながら中に入ると、カウンターの奥で慌ただしくしているシャルロットさんに声をかける。他のギルド職員は皆に詰め寄られて大変なのに、シャルロットさんには誰も近付かない様子で、彼女はすぐに捕まった。


「やっぱりここまで届いてたんですね?」

「ええ。この街中に響き渡っていたみたい。あんなの初めてよ。今までこんな事は起きたことがないわ。何の音か皆目検討もつかないけど、ここだけじゃなくて街中がパニックになってるかも」

「ギルド長。少しまずい話が…」


シャルロットさんとアル達の間に割り込んできたのは何度か見たことのあるギルド職員だった。前置きをすると、シャルロットさんにぼそぼそと耳打ちする。しかし、そんな耳打ちごときを聞き逃すシオンさんでは無かった。


「ふむふむ。どうやら音の発生源はここのダンジョン自体らしいの」

「え!?何で!?」

「あんた!もっと声落としなさいよ!」

「いや!これで聞こえるなんて思わないですよ!」

「え?あの音の原因はダンジョン?」

「でもそれってどういう事…?」

「うーん、わからん」


驚いた声をあげたのは耳打ちしていたギルド職員だ。シオンがまさか超"魔獣"的な聴覚をしている等は知るよしもない。


「ちょっと貴方達!声を落として!ちょっとこっち来なさい!」


シャルロットさんのお怒りを買い、どうやらまた奥の部屋に連れていかれるみたいだ。


「まったく、なぁにを焦っとるのじゃ。どうせすぐに知れ渡る事であろう?」

「そうだとしても、少しでもギルドが対応を考える時間を貰えるかしら?下から広まるのと上から知らされるのでは混乱の度合いも違うわ」


正論だ。シャルロットさんが正しい。シオンは一度鼻を鳴らして、ソファにどかっと座る。ちなみに三兄弟のダンデグドムさん達は、それより酒が飲みたいとついてこなかった。


「貴方達はダンジョンから戻ってきたんでしょ?何か変わったことはあった?」

「そこの小娘が死にかけておったくらいじゃ。あとはいつもと変わらん」

「あら。私はアルフォンス様に助けて頂いたのですけども。貴女は見ていただけではありませんか」

「知った口を。妾が」

「あー分かった分かった!そこまでにして」


アルが大声を出して止める。今にも噛みつかんばかりの二人を引き剥がす。幾度となく繰り広げられてきたいがみ合いに、シャルロットさんも頭を抱えていた。


「ジュリア。助けに行けたのは、シオンが君達が危ないかもしれないと教えてくれたからなんだ。彼女が気付かなければ僕はそもそも助けに行けてないんだよ。

それとシオン。()()()()()んだろ?もう十分だ。

二人とも。いがみ合いたいなら暇な時にしてくれ」


なんとか黙ってくれた。アルは目でシャルロットさんに話の続きを促す。


「アルフォンス君ありがとう。貴方ってほんと良い男ね。はいはい、ごめんなさい。

今回の件に関して、当ギルドとしてはダンジョン内に調査隊を送るくらいしか出来ないと思うわ。一応早い段階で原因はダンジョンだと公表する。その上で調査隊を募り、ダンジョンを一通り調査。何か見つかれば対処するし、見つからなければ経過観察ね」

「住人の中にはこの街から避難しようとする人達も出てくるかも」

「そうなればこちらで人員を雇って少しずつ()に下ろすわ」


こんな高い所で何十万人の人達がパニックになったら死者が大勢出そうでゾッとする。下りの坂を押し合いへし合いしていたら崖下に押し出される人なんかも出そうだ。


「でもその可能性は多分少ないと思いますわ」

「私も同感」

「え?なんで?」

「よく考えてみるのじゃ。今この街に残っているのはドラゴンが上を飛び回っても大丈夫な連中じゃ。そもそもが、こんなダンジョンの上に住もうなどという変人達でもある」


確かに………。そう考えればこれ以上の混乱など起きないのかも知れない。


「とにかく。調査隊の募集は明日からでも行うわ。貴方達も是非参加して頂戴。きっと実力ではこの街で貴方達に勝てる冒険者はいないもの」


その言葉にシオンとジュリアが得意気な顔をする。なるほど、こう言う風に扱えば良いのか。勉強になるな。


「さて、今日はもう帰って頂戴。私も指示を出さないといけないわ」

「妾はまだ少し話がある。小娘は帰ってよいぞ」


シオンは何かまだ話したいことがあるらしい。ジュリアは一瞬何か言いかけるが、ちらりとアルの顔を見てから、結局何も言わずに出ていった。ありがとう………あんたはシオンより大人だよ。


「何?私も忙しいんだけど?」


机から書類を引っ張り出しながら、シャルロットさんは邪険に言った。


「小娘の父親の件じゃ。実際の所、容態はどうなのじゃ?」

「………まったく何よジュリアったら。ジュリアに聞いたら?」


やっぱり、シオンは先程のアルとジュリアの話が聞こえていたらしい。それにしても、表立ってはあれだけ煽る様な事ばかり言ってるくせに、気になるんだな。シオンらしいと言うかなんと言うか。


「しらばっくれるでない。同じ境遇であるお主の耳に入ってこん訳が無かろう」

「………個人的な事には答えられないわ。これ以上聞くのはやめて」

「赤毒病の件について、妾達に全ての情報を与えるか否か。妾達はそれで協力するかどうか決める。中途半端な情報しか与えられず動くのは気に食わんし、お互いに秘密を持っては百パーセントの協力も無理な話じゃ」


シャルロットさんのこめかみに青筋が立つ。全て教えないなら協力しない。こちら側のスタンスをハッキリ主張したシオンに対して、苛立ちながらもどうするか決めかねている。


「それなら赤毒病についての病態生理と、マンティコアについての知る限りの情報。それで十分でしょ?」

「そこまでなら他の冒険者と同じ程度の協力しか出来ん」

「他の冒険者以上の協力が貴方達に出来ると言うの?」


シャルロットさんの厳しい視線が、今度はアルにも飛んでくる。それは実際、分からない。赤毒病とマンティコアについてはあらかた聞いたし、その中で直接的にアル達が力になれるような事があるだろうか。少なくともアルは思いつかないが………。


「恐らくじゃが可能じゃ。もしも情報を渡すと言うのならば、妾達のスキルに関しても話そう。妾達のスキルに関しては知っておいて損はないと保証する」

「知っておいて損が無いなら、まず教えてくれても良いんじゃない?そのスキルが有用で使い道があると思ったなら、今分かっている全ての情報を渡すわ」


シオンはじっと値踏みする様にシャルロットさんを見つめると、小さく舌打ちした。


「良かろう。ところで、その全ての情報と言うのにはお主自身の事も含まれるのじゃろうな?妾は伯爵とやらだけではない。お主の事も案じておるのじゃぞ」


そこで二人は黙りこくってしまった。

視線だけで、アルには出来ない何かしらの意思疏通をしているのでなければ、膠着状態だ。シオンは何やらシャルロットさんの身を案じて言っている様なので、シャルロットさんも怒りきれない様子だ。

しかしその話はアルにはよく分からない。そこで少し怖いが、勇気を振り絞って疑問点をぶつけてみる。


「あのー?すみません。さっきからシオンは何言ってるの?シャルロットさん自身の事がどうして関係あるわけ?」

「シャルは赤毒病じゃ」

「………え!?シャルロットさん…も?」


シャルロットさんは表情ひとつ変えない。それはつまり肯定という事だろうか。


「シャルがよく食べておるアメ玉は治療薬じゃ。赤毒病のな。症状を和らげる程度ならば緩和薬とでも言うべきか。あの小娘から定期的に受け取っておったであろう。恐らくルスタンのエルサとか言う錬金術士、あやつの調合した物か」

「ジュリアったら………。そんな事まで話したの?」

「小娘はお主の事は一言も話してはない。お主のそのアメ、相当甘いであろう?錬金術士の所では、百数種類もの薬の匂いに混じってその匂いがしたし、小娘の持ってくる袋からも同じ匂いがした。それだけで既に気になっておったのじゃ」

「あぁもう!分かったわよ!」


シオンの勝ちだった。圧倒的な身体能力(スペック)で押し切った。こうしてアル達二人は情報交換を得る代わりに、赤毒病の治療へと全面的に協力する事となった。


まずこちらから、現在持ち得る全てのスキルを教えた。今後もし要請があれば協力する事になる。特にシャルロットさんが目をつけたのは【空間転移(テレポート)】の魔法とシオンの嗅覚だった。【空間転移】は言わずもがな。一瞬で彼方へと移動できる魔法は何かしらの使い道がある。そしてシオンの嗅覚は、ダンジョンでのマンティコア探しに役立つのではと期待されたのだ。


続いてはシャルロットさんからの情報。

シャルロットさんとアレクサンドリア伯爵はもともと友人で、十数年前にパーティを組んで出掛けた際に毒を浴びたとのこと。それからマンティコアの話を聞き付けてクープへとやって来たのだと。

伯爵はかなり病状が進行しており、既にベッドから起き上がれないらしい。朝と夜にジュリアと会う時には薬の力も借りて気丈に振る舞っているが、それ以外はほとんど寝たきりだとか。


一方でシャルロットさんは、伯爵ほど進行してはいないが、実際にはギルド内を歩くので精一杯らしい。常に嘔吐感や身体の倦怠感があり、戦闘等は到底無理みたいだ。

マンティコアに関してはかなり古い文献で、ここに現れるとしか分かっていないらしい。今この時も、サラン魔法王国の魔法学園で研究が進んでいる。


アル達はレベリングをしながらも、マンティコアの捜索にも重点を置くと約束した。特にマンティコアが深層の隠し部屋等に限定して出現すると言う可能性もあり、その場合はシオンの嗅覚が光るに違いない。


こうして、シャルロットさんとアル達の間には隠し事は無くなり、アル達は全面的な協力を約束したのだった。


そしてその翌日。ダンジョンの上げた叫び声について、すぐに調査隊が編成された。

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