50話 ダンジョンの片隅で
ビキッ…!
ダンジョンが割れる音がする。何かが出てこようとしている音だ。思わず宝箱を見るが、誰も触ってはいない。
ビキビキッ!!!
音は完全に部屋の入口方向。
「走れ!!!」
その怒声は三兄弟のうち誰のものか分からなかった。
ジュリアは身体が数センチ地面から浮いたと思う程に跳ね上がり、それから言葉の意図を理解した。重たい杖を振りながら入口へと駆ける。
ビキッビキッ!!
周りの床から複数の金色の柱が伸びる。いや、それは腕だ。鎧を纏った腕。正確には、鎧そのものと言うべき魔物。入口の僅かな隙間の前に、二体のデュラハンが出現した。間に合わなかった四人の足が止まる。
ビキッ!
四人を囲む様にデュラハンが次々と現れる。
「下がれ下がれ!箱まで!」
今度は全力で反対方向へと走る。それでもそこには宝箱と壁しかない。
宝箱まで到着したとき、ジュリアは杖を持つ手が震えた。部屋の反対側には、デュラハンが六体。意思の読み取れない兜をこちらに向けていた。
「まずいぞ!」
「どうする!」
「おめぇら落ち着け!どうするもねぇ!戦るしかねぇだろ!一人二体だ!耐えて嬢ちゃんに削って貰うしかねぇ!」
ジュリアの返事を待たずして、デュラハンが戦闘体勢となった。
「デグは左、ドムは右!二体ずつだ!」
ジュリア以外が動き出す。
デュラハンの剣と三人の剣がぶつかり合う音が凍り付いていた背筋に響いた。
一人で二体を相手にするどころか、一対一をしたこともない。そんな彼等がいったいどれほど耐えれるのか解らない。ジュリアは震える手を押さえ付け、必死で考える。
二択だ。倒すか逃げ切るか。
どちらにしてもジュリアに出来るのは魔法だけだ。使える土魔法は四種類。二つが攻撃、一つが防御、一つが支援。
魔法を使って上手く逃げ切る手段は思い付かない。それならば倒すしかない。
有効なダメージを与えられるのはジュリアのみ。敵の数を減らさなければ生き残れない。攻撃魔法は二つ。【土槍】と【岩縛棘】。【岩縛棘】は敵を動けなくする魔法なので、どちらかと言うと支援寄りだ。
となれば、ジュリアに出来ることは一つ。
【土槍】で数を減らす事…!
詠唱を始める。一度で多くの槍を精製した方が、魔法効率が良い事は理解していた。ジュリアは魔力の大半を使い、槍を十五本精製した。
援護するのは、まずは末っ子のドムから。体格、技量共に一番苦しそうだ。
ジュリアの腕の震えは止まっていた。やらなければならないことだけを考える様にしていた。創り出した魔法を、漏らすことなく、必ず命中させる。それが出来なければ四人全員でここを出ることは出来ない。
的を絞る。
右の二体を相手にしているドムの、右側のデュラハン。その右腕が剣を振りかぶった瞬間を狙って、槍を三つ射出する。一つ目はその腕に命中し、剣を大きく弾いた。そして残りの二つも寸分違わずデュラハンの胸に突き刺さる。デュラハンは胸から二つの岩を生やしたまま後ろに倒れ込んだ。
次はデグだ。一番左側のデュラハン。こちらはオープンスペースとなっているため伸び伸びと剣を振るっている。やはり振りかぶった所を狙う。同様に三発を使って沈めた。
「お嬢!足りてねぇ………!」
その声はドムからだ。見れば先程倒したと思ったデュラハンが立ち上がっている。どうやら三発では削り切れないらしい。仕方なくもう一本撃ち込むと、今度こそ仕留めた。
直ぐ様真ん中で二体を相手にしているダンの援護にかかる。
三兄弟の中で一番体格が良く、剣術にも長けている。しかし戦闘開始三分で既に限界を迎えていると解った。一撃一撃をなんとか防いではいるが、その反動に上体は大きく振られ、その場に立っているのが不思議なくらいだ。
ジュリアは急いで【土槍】を放つ。一本外したが四本使って一体を確殺した。デグの方の瀕死の一体も止めを刺す。
これでデュラハンは残り三体。一対一の攻防が繰り広げられているがそれでも戦況はあまり好転していない。どうやらデュラハンは、先程まで互いの身体が邪魔で存分に剣を振れていなかったらしい。それが数が減った事で本来のパワーを発揮し始めたのだ。
残りの土槍は二本。ダンが思ったよりキツそうだ。二体を相手にしていた時間が長かった事が原因だ。
残りの二本をダンの相手に命中させると、魔力回復薬を腰のポーチから引っ張り出して煽る。物がイマイチな為、回復に時間がかかる。
それでも怠い身体とふらつく頭を奮起させて再び詠唱を始める。
一体につき四本かかるとは、予想外だった。残りの三体を仕留めるにはあと十本も要る。十本は無理だ。意識が無くなる。とりあえず六本だ。ダンとドムを自由にすれば一気に一対三が出来上がる。
詠唱を終えると、ジュリアの意識はギリギリだった。視界はぐわんぐわんと周り、嘔気が込み上げる。それでもなんとか六本は創った。あとは当てるだけ。そうすれば余裕が出来る。
ジュリアはその場に座り込む。ふらついて、立っていると狙いが定まらないからだ。しかしそんな状態でも、ジュリアは必ず外さない自信があった。それはこの六年の経験だ。ジュリアの唯一無二の武器。
揺れる視界の中で放った二本の槍は、ダンの両側の耳元を掠め、デュラハンの胸を抉った。
ダンは一度その場に膝を着く。そして回復薬を煽った。ジュリアはドムの相手に狙いを定める。この四本が当たれば生き残れる。外せば恐らく三兄弟のうちの誰かが死ぬ。
まずは一本。剣腕を射抜く。余裕だ。
丁寧に一本ずつ魔物の胸に岩を生やす。最後の一本。既に相手はそれまでの衝撃でまともに動けない。外す気がしない。
「私の………勝ち!」
最後の一本を放った瞬間。勝ちを確信した。
しかし、その直後。誰もが予想しなかった事が起きる。
"ギギャァアァァアァアアァ"!
誰かが。
いや、何かが、叫んだ。
咄嗟に両耳を塞ぐ。
それはまるで、女性の断末魔の叫びを何百倍にもしたような音。これ以上に不快な音をジュリアは今まで聞いたことがなく、身体中を電気が走り抜ける様に悪寒が駆け巡った。どこから音がしているのかも分からない。全方位からの暴力的な音は五秒ほど続いた。
そしてやっと目を開けた視界の先。そこには、【土槍】に左肩を貫かれたドムがいた。
当ててしまった!いや、違う。ドムがあの"声"によろけたのだ。運悪く、それが魔法の射線上だった。
私は悪くない。
そんな自己防衛の様な言い訳が浮かぶが、すぐに危機感がそれを押し退ける。
「ドム!!」
デュラハンの剣はドムを押し退けたダンの胸を深々と斬り裂いた。倒れ込んだダンとドムは動かない。頭のどこか隅っこの方で、三引く二は?と言う簡単な計算が行われる。そしてデュラハンは倒れ込んだ二人を見て、数瞬も躊躇う事は無い。
「うおおおお!」
残ったデグだ。自分が請け負っていた一体を引き連れながら、二人へと猛進する。デグも既に満身創痍で、二体どころか、一体すら相手に出来ないだろう。ジュリアも意を決し、三人のもとへと走る。
「"土よ。その慈愛を以てか弱き者に堅牢な保護を"【岩壁】」
間一髪だった。ジュリア達四人の目の前に岩の壁が現れる。それは四人の周りを囲う様に出来ていた。
ジュリアは今度こそ床に吐いた。魔力の枯渇が原因だ。暗転した視界ながらも回復薬を三兄弟に飲ませていく。
「ゴブッ………、天使に、見えるぜ。口はゲロ臭いけどな」
「ぐっ………はは………何となく今日は当たる気がしたんだよな…【土槍】」
「あんた達、生きてたら覚えときなさいよ」
ガンッゴンッ…
死にかけ達がそんな無駄口を叩く間にも、岩の壁を向こうから殴る音が聞こえる。振動が床まで響く。
ゴンッ…ガン!
この壁がいつまで持つかが生死の分かれ目だ。少しでも体力が回復できれば。
ガンッゴンッ……ピキ………
「え?」
微かに………だが。違う音がした。
ピキピキ………ガン……ゴン
四人で顔を見合わせる。
「おい………嘘だろ」
ガン…ゴンッ………ガンガン………ガン…ガンゴンッガンゴンッガンガンガンッ!
明らかに、壁を叩く音が増えた。子供が玩具を叩きつける様な、リズムにもなっていないそれが部屋中に反響する。
「まずいわ!持たない!」
その声が合図だったかのように壁が崩壊する。デュラハンの数は四体…!二体増えてる何故!
「下がれ下がれ!」
もっとも早く立ち上がったのはやはりダンだ。
その声で全員が再び戦闘体勢となる。四体の攻撃を三兄弟が代わる代わる弾く弾く弾く。よく防げているが、いつ誰が致命傷を貰ってもおかしくない程の乱戦。
ジュリアはそれを後ろで見ている事しか出来ない。ふらついた足取りで後ずさるが、ついに背中が部屋の壁に当たる。その時、上と下も解らない乱戦の中でジュリアだけが気付いた。
部屋の入口に、二人の人影が立っている事に。
*
時は少し遡り…
「うーん………」
急に立ち止まったかと思えば、歯切れの悪い声を出すシオン。
来た道の方向を見ながら何か悩んでいる様子だ。
「何?珍しいね?ジュリア達の事?」
先程アル達は遠目にジュリアらしき人影を見た。
シオンが嫌がったのと、スキル等を詮索されるのが嫌だったため、逃げてきた形だ。恐らく向こうもアル達だと気付いただろうが、シラを切ればどうにかなるだろうとシオンが言うので仕方なくだ。
「うむ。先程あちらの道から宝箱の匂いがすると言ったであろう?どうやら罠付きの部屋だったらしい。微かに血の臭いがする。人間か魔物かまでは分からんが」
「………え?罠付きか………」
血の臭い。何かと戦闘になっているのは間違いない。
問題はそれが誰の血かだ。デュラハンとアイアンパペットのではない事は確かだ。奴等からは血が出ない。この階層で言えばナーガかリザードマンが有力だが、隠し部屋の罠の場合は、それ以外の魔物が出たりするケースもある。
「よし、見に行こう」
「そう言うと思ったわ。仕方ない。妾達があやつ等の進路を絞ったのも一因じゃ。これで死なれでもしたら歯切れが悪いからの」
「急ごう。さっきの断末魔みたいな音も気になるし」
アルとシオンは走り出す。一応、鼻で確かな道が分かるシオンに先行してもらう。先程の場所からはそんなに離れてはいないため、数十秒で分かれ道に到着する。分岐を折れ、隠し部屋の方向へ。
壁を抜けると、ジュリアが見えた。宝箱の近くにいる。その手前にはデュラハンが四体。その影になって、普段一緒にいる三人組が応戦していた。
戦闘中だ。手を出すべきか逡巡する。
しかし直後にはアルは剣を抜いた。三人組の満身創痍な様子と、何よりジュリアの追い詰められた表情。
「シオンは三人組の手当てを優先して」
アルは全力で【威圧】を発動する。音もしない圧力を四体のデュラハンへと向ける。直後、そいつ等の動きが止まった。
「こっちだ!」
その声で、デュラハン四体の標的を奪い取る。【挑発】程ではないが、なんとかなったらしい。黄金の鎧の向こう側で、三人組が腰から崩れ落ちるのが見えたが、そちらはシオンに任せよう。ゆっくりと振り向いたデュラハンは一斉にアル目掛けて突進してきた。
アルは"空間把握"を入れる。これでこの部屋はアルの領域だ。
四体のデュラハンを相手にするのは初めてだが、出来るはずだ。このくらい切り抜けないでどうする。
それに本来は単体で動くデュラハンが、せっかく四体も集まってくれているのだ。せっかくならこの機会を存分に活かさせてもらおう。
デュラハンの突進から、四本の剣が一気に迫る。それが戦闘開始の合図だ。
四体一斉攻撃を後ろに避けた後は、各々好きに攻撃してくる。あっという間にアルは四方を取り囲まれてしまった。しかしアルは躱す。躱す事が出来ている。本来死角となる背後の動きでさえ手に取るように解る。四体相手でさえもアルには傷一つついていない。
次は第二段階だ。アルは躱すのを止めた。両手の剣を二本重ねて、巨大な剣を受け流し始める。受け止めることは難しいが、受け流す事なら可能だ。しかしまだ完全とは言えない、体勢が崩れる。タイミングと角度。体重の割合と足運び。あらゆる要素を考え、研究し、動きを最適化する。
そして第三段階。
アルは両手で受けていた大剣を、片手だけで受け流す。おっ…もい………。やはりその質量はそれだけで武器だ。しかし完全に弾かなくても良い、僅かでも剣筋を乱せば、アルの体格には十分だ。
十分ほど経過した。体感でだが。
【空間把握】を使用し続けていることで、少しずつ頭痛がしてきた。魔力はまだまだいけるけど………。
もう少し詰めたかったが、最終段階だ。
アルはデュラハンの攻撃を受け流しながら、少しずつ移動を始める。
先ずは右に三歩。そして左に三歩。デュラハン達もアルに合わせて移動する。徐々にスピードを上げていくと、デュラハンの攻撃パターンにも変化が生まれてくる。単調だった攻撃は変則的な動きへ。それによりアルも柔軟に動く必要が出てくる。
「アル。待ちくたびれたぞ」
しかしそこでシオンからの"待った"が入った。いや、"早くしろ"の方か。どんどんと楽しくなっている所だが仕方がない。攻勢に出る。
剣を三回避けた後、四本目を受け流した直後にそのまま一回転、両手で【斬撃】の二連擊を腕にお見舞いする。それにより呆気なく腕が斬り落とされた。直後にはまた違う剣を避けつつ、腕無しデュラハンの懐に飛び込み止めを刺す。
こいつらは物理攻撃への耐性がべらぼうに高いため、倒すのに魔力を消費するのが面倒な所だ。物理で殴っても倒せない事はないのだが、【斬撃】を使うより十倍ほど時間がかかる。
残りのデュラハンは三体。
やることは簡単だ。剣を受け流し、または避ける。それにより生じた隙に斬りつける。それの繰り返しだ。
アルが攻勢に出てから数十秒後。全てのデュラハンはドロップアイテムの金属板へと姿を変えた。
「全く………お主も見境が無くなってきたのう。その向上心は良いところではあるのじゃが」
シオンからの文句は待たされた事によるもので、アルの行動に対してではない。逆に少し満足そうにすら見える。
大男三人組とジュリアはどうやら助かったみたいだ。四人とも意識もあるし、回復薬を使っているみたいなのでじき全快するだろう。
「わりぃな。あと二分遅かったら死んでた。助かった。ありがとう」
「いえ、間に合って良かったです。さっきの悲鳴の様な声も、ここで何か起きたんですか?」
この大男さん達、厳つそうに見えて結構礼儀正しいみたいだ。
一方、ジュリアはと言うと、珍しくその口を閉じ、首をぶるぶると横に振った。
「あんな声は今まで聞いた事がねぇ」
「あぁ、そうだ。ジュリちゃんよ。さっきのは声にビビって俺が自分から当たってったんだ。気にすんじゃねぇぞ」
どうやらジュリアの魔法が当たったらしい。あの巨大な岩の棘が当たるなんて考えたくもたいが、先程のは尋常でない音だった。それも仕方ないだろう。致命傷にならなくて良かったとしか言えない。
「とりあえず僕達は一度地上に戻って様子を見てきますが、そちらはどうされますか?」
「俺達も一度戻ろう。久々に死にかけてちょいと漏らしちまった。パンツがびしょびしょだ。嬢ちゃんも良いか?」
ジュリアは魂が抜けたようにこくこくと頷く。大男のお漏らし発言にアルはぎょっとするが、周りの人達はクスッと笑っただけだった。きっとこの人なりの場を和ませるジョークなのだろう。
四人が十分歩けるようになってから、一行は地上を目指した。
魔物は現れたそばからアルが片付けていたので、後ろの四人はついてくるだけだ。
「おめぇ、その剣どうなってんだ?なんでデュラハンにズバズバ剣が入る?」
「それは剣じゃなくて、僕のスキルですよ。どんなスキルかは教えられませんが」
「レベルはどれくらいなんだ?良かったら教えてくれ」
「えーっと26…じゃない、つい昨日レベルアップして27です」
「まじかよ!?俺らとそんなかわんねぇじゃねぇか………。これは何の差なんだ………?」
「んなこと考えたって無駄だ。同じことやろうとしても俺達には出来やしねぇ。俺等に必要なのはやっぱり完全な盾役だせ。やっぱりデグ。お前しかいねぇ。【堅牢】と【受け流し】持ってるお前が適任だ」
「えー俺嫌だって。装備重いし、痛いじゃねぇか。それになんか地味だしよ」
「バカ野郎。さっきみたいな場面でデュラハン数体相手に立ち回ってみろ。英雄だぞ!?なぁ姉さん!?」
「そうじゃの。盾役は地味だと思われがちじゃが、一番重要な役割でリーダーの資質が求められる。何より一番勇敢な奴がやる役割じゃ。女性としてもそんな男に惹かれるものじゃ」
「そ、そうなのか?」
和気あいあいと盛り上がる後ろ。シオンもなんだか楽しそうだ。前方を策敵しながら先頭を歩くアルは、そんな会話を片手間に聞いていたが、何やら服の裾を引っ張られた。
「ん?ジュリア…さん?」
そこにはやけにおとなしいジュリア・アレクサンドリアがうつむいて付いて来ていた。何か話があるらしい。
「ごめんシオン。ちょっと交代いい?」
シオンに先頭を任せて、アルとジュリアは皆から少し離れて歩く。
「どうかした…んですか?」
依然と俯いたまはまの彼女に、慎重に言葉を選びながら話しかける。
「ジュリアでいいですわ」
「え?」
「ジュリアって呼んでって言ってるの!丁寧な言葉遣いもいらないですわっ!」
とりあえず第一声で怒られたのだった。




