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48話 魔物ヲタク

十日程が経った。


アルは未だ七、八階層でレベリングしていた。最近では【剣術Lv2】を得た事もあり、徐々に双剣術も板についてきたのが感じられた。

左手を振るう時の身体の重心や捻り、荷重の乗せ方も以前とは違う。そして何より、右手の攻撃と左手の攻撃の()()()が無くなってきたと言うのが一番か。左手で剣を振るえばそれが既に右手の予備動作となっている。逆もまた然り。それにより、相手の一撃の間に、二撃や三撃も加えられる様になっていた。

そして余談だが左手での箸の使い方なんかもかなり上達している。


その頃から、シオンもようやく戦闘に参加するようになった。アルとシオン交互に戦闘する事で、魔物を倒す効率は何倍にも跳ね上がっていた。


何せ、アルが戦闘を開始すればシオンはそれを素通りし、一人で先へと行ってしまうのだ。アルが魔物を倒してから後を追うと、既に彼女は他の集団と戦闘している。しかもほとんど倒しかけている事が多い。


そしてシオンはアルにもそれを求めた。仕方なくシオンが戦闘する横をすり抜け、次の集団を見つけて闘い始めると、またシオンがそれを無視して先に行ってしまう始末。鬼の様な効率狐へと化していた。最終的には別行動をとる等と言い出してもおかしくない。

しかしその効率化により、予定よりも早くレベルアップ出来るだろう。疲労度もかなりのものだが。


ところで最近、そんな彼女を見ていてふと疑問に思うことがある。それは、そうまでして最速のレベルアップを目指す彼女のモチベーションだ。


アルの場合は言わずもがな。こうして冒険者としてダンジョンに挑む事だけでも夢のようで、単調な作業でも毎日が楽しくて仕方がない。そして今では"烈火"と言う目標もある。


しかし彼女には?


彼女の立場になって考えてみてほしい。

急に異世界に呼び出された挙げ句。一緒に戦えと言われ。本来の彼女にとって雑魚とも呼べる魔物相手に毎日毎日レベリングをさせられる。もし反対の立場であれば、アルは「嫌だ、協力などしない。元の世界に還してくれ」と言っているかもしれない。

思い返してみれば【召喚】した当初から、彼女はアルのレベリングに関しては協力的だった。もっと言えばアル当人よりも積極的だったと言ってもいい。


ゴールドナイツに滞在していた時に、一度聞いたことがある。

アルが盗賊のシェイラを探していた時に、シオンが一人で森に行ってレベリングしてたと聞いた時だ。


「何故そんなにも自分に協力してくれるのか」と。


その時の返答としては、


「そんな事か。暇潰しに決まっておろう。そもそも雑魚を倒してレベルアップ?スキルも貰える?こんなヌルゲー他に無かろう。千二百年も生きておれば刺激に餓えておるものじゃ。そこそこ楽しませてもらっておるぞ」


との事だった。シオンにとってはゲーム感覚。毎日のダンジョンでのレベリングも暇潰しとの事だ。

しかし暇潰し感覚で、こんなに効率を追求して毎日毎日ダンジョンを回れるものだろうか?


シオンを召喚してから、既に九ヶ月程にもなる。それまでほとんど毎日魔物と戦う生活をしてきて、暇潰し?いわゆる飽きみたいな物が来るものなのではないか。


それに、時折シオンが見せるアルへの真剣な態度。あれはそんな遊び感覚では無かった様に思う。常にアルにとっての最善を考えてくれている。


あの時はシオンの言葉に半分納得したが、もう半分は別の理由があるのではないかと感じていた。そして何となくだが、それは前にシオンが【召喚】された時の事が関係しているのではないかと言うことも。そしてあれ以降は、何となく聞けないでいる。


そんな漠然とした疑問を考えながら戦闘していると、ナーガに爪攻撃を一発お見舞いされた。それまでが防戦一方だっただけに、彼女は厭らしい笑みを浮かべる。


「くっ!戦闘中に考え事なんて…」


左腕をそこそこ深く削られたが、出血自体は僅かな物だ。

しかし一度の油断は無数の危険を招く。再び繰り出してきた爪攻撃を剣で防いだ所で、アルの目に何か入った。視界が真っ赤に染まる。


何か攻撃が当たった?いや、違う。アルの血だ。ナーガの爪についたアルの血が飛んできたのだ。


そして直後には右の腕にも痛みが走る。今度こそ深々と肉が抉れている。握力が失われ、短剣も取り落としてしまった。


アルは"スイッチ"を入れる。

ステータスと"空間把握"に物を言わせて爪攻撃を掻い潜ると、すぐに【斬撃(スラッシュ)】を使ってスキル任せにケリをつける。


「油断大敵ってやつだ………」


目に入った血を拭うと、【保管(ストレージ)】から回復薬(ポーション)を取り出して傷口に適当にかける。

そして小走りでシオンの後を追った。


しかし最初の曲がり角を曲がると、そこでばったりとシオンと出くわす。

シオンは驚いた顔をしているが、それはアルも同じだろう。そんな彼女を見て、すぐにはどういう状態か分からなかった。しかも彼女の後ろからはリザードマン三体がどこかしらを引きずりながら追って来ているのだから尚更だ。


「ど、どうしたの?」

「それはこっちのセリフじゃ。もう一つ回復薬を使って完全に治しておけ」


シオンはさっとそう言い捨てると、リザードマン三体に向き直る。手負いのリザードマン相手とは言え、十秒もかからず力任せに屠った。その拳には、何となく怒気を感じる。


「もしかして怒ってる………ますか?」


回復薬を腕にかけながら、恐る恐るシオンの背中に問いかける。答えは明らかだ。彼女の身体から迸る魔力がそれを物語っていた。


「お主は油断が過ぎる!」

「ご、ごめん!気を付けます…」

「ふん。分かれば良い。と言っても頭で分かったつもりになっておるだけじゃろうがな。次に行くぞ」


シオンは背中を向けたまま先々と行ってしまう。もともと戦闘で少しでも気を抜いたり、明らかに間違った選択をすると彼女はかなり怒る。そしてそれについても彼女が正しい。二人、もしくは一人で魔物と向き合っている時には、一つのミスが死に繋がる。ずっとそう言い聞かされてきた。


アルは今一度、気を引き締め直してからシオンの後を追った。

彼女の後を追って最初の角を曲がると、またしてもシオンとぶつかりそうになった。しかし今度は、シオンはこちらに背を向けている。


「あれ?どうしたの?」

「………あれは何じゃ?」


シオンから分からないなんて言葉が出るとは珍しい。

その視線の先には、こちらに背を向けている魔物が二体。ナーガだ。ナーガの後ろ姿を見るのは初めてだったが、あの気持ちの悪いうにょうにょした尻尾は間違いないだろう。しかし不思議なのはナーガが二体一緒にいる事だ。アルは単独で行動するナーガしか見た事がない。


そしてよく見れば、ナーガ二体の奥に誰かがいた。かなり巨大な盾でナーガ二体と戦っている。


でもなんだか。………戦っていると言うより?防戦一方だ。

だが、それも決して追い込まれているわけではない。かなり余裕が有るように見えるどころか、ナーガ二体でもってしてもその盾の防御を全く崩せる気がしないのだ。


その人物が、巨大な盾でナーガの右手を大きく弾いた時。やっとそれが誰なのかが分かった。竜人(ドラゴニュート)のガルムさんだ。あの人は見間違えようがない。二人目の竜人がこの街に来たって噂は聞いてないし。


「あの竜人。戦う気が無いのか?いや、倒す気がないと見える」


確かこの前はでっかい弓を持っていたはずだけど、今日は同じくらい大きい盾を装備している。そんなのどこで売ってたんだってくらいにでかい。

そして確かにシオンの言う通り、ガルムさんはナーガの攻撃を受け流しているだけで、全く攻撃しようとしていない。あの巨大な盾で攻撃できるならと言う事が前提だが、あの余裕ぶりなら盾で撲殺なんかも出来てしまいそうだ。


「倒す気がないって。一体何してるの?」

「それが分からんと言うておる」


何やらガルムさんはこちらに気付いておらず、何か独り言をぶつぶつと言っているみたいだ。ちょっと怖い。


「加勢した方が良いのかな?」

「した方が良いように見えるか?」

「ううん。見えない」


そこからアル達二人はどうしたら良いのか分からなくなってしまい、少しの間その場に立ち尽くしてしまった。

五分程経った後にその光景に何の変化もない事に少しばかり恐怖を覚えた程だ。

そして何となく立ち去りにくくなってしまった。中途半端に待ってしまっただけに後に引けない…的な?


「妾は腹が減った」

「え?今!?」

「どうせ干し肉じゃ。観ながらでも食えよう」


こうなればシオンは聞かない。

仕方なくアル達はそこで昼食を摂る事にする。クープに来てからも、昼食は干し肉だ。いつかみたいに、ほかほかの定食を持ち込んでピクニックみたいに広げたりはしていない。

普段は何かと高級思考のシオンさんだが、どうやら干し肉は結構好きらしい。なのでその点に関してはほとんど文句は言わない。ちなみにアルテミスの頃から比べるとほんの僅かだけ高い肉にランクアップしている。例えるならバドからクリスぐらいの些細な変化でしかないが。


そして固い固い干し肉を十五分ほど頑張って噛んだ後。やはりガルムさんの状況は変わっていなかった。何だか少しニヤつている様にも見える。それがますます怖い。かれこれ二十分近くになるのではないだろうか?


「………これ。もうさ。そっと立ち去らない?」

「そっと、と言うのはもう遅い。あやつこちらに気付いておるわ」

「えーまぁ、そうだろうね。逆にナーガがこっち襲って来ないのが不思議だね」


ナーガ二体はガルムさんに釘付けだ。親の仇と言わんばかりの勢いで両手を振るっている。

あ、ナーガが尻尾で攻撃してる。あんな攻撃パターンあったんだ。


「うむ。完全に"ヘイト"があの竜人に向いておるからの」

「………ヘイト?って何?」

「ヘイトとは敵対心の事じゃ。魔物が誰を優先的に攻撃するかは敵対心(ヘイト)の多少で決まる。つまり魔物が誰を一番殺したいと思うかじゃ。例えば妾で言えば、今のヘイトはジュリアとか言う小娘に断トツで向いておる。あやつめ、固定砲台しかできんソーサラー(魔法使い)のくせにヘイト管理も出来んとは完全な地雷DPSじゃ」

「ごめんちょっと後半は何言ってるか分かんなかった」

「まぁ良い。これ以上時間を無駄にはできん。何をしておるのかはまた会った時にでも聞けば良かろう。行くぞ」


シオンは踵を返して元来た道を戻っていった。

アルは一応彼等(彼女等)に向かって手を振ってみると、ガルムさんは確かに盾の後ろから片手を挙げて返事をしてくれた。やはりアル達の事は分かっていたらしい。どうやら助けが必要でないと言う事もそれで分かったため、アルは安心してそこから離れた。


もしかしたらアル達が見ていたからスキルを出せなかったのかも?そうだとしたら悪い事したかな。そんな反省もしながら二人はレベリングへと戻った。







「あ!ガルムさん!お疲れ様です!」

「ん?あぁアルか。先程は奇遇であったな?」


ギルドに戻ってきたアル達は、そこでばったりとガルムさんに出くわしたのだった。そしてガルムさんは先程の大盾ではなく、いつかのアルテミスでも装備していた、荘厳な意匠の施された剣を帯びていた。


「あれ?盾から剣に持ち換えて、またダンジョンに行かれるんですか?」

「む?いや、今日はもう上がりだ。あの盾はどうも重くてな。持ち運びには向かんのだ」

「あぁそうなんですね。そういえば実は、先程の件で謝らなければと思いまして」


ガルムさんの顔が少し怪訝な物へと変わる。

もともと竜人で表情が読み難い上に、ガルムさんは感情が顔に出にくい。ここら辺の機微も最近やっと解る様になったのである。これは我ながら大きな進歩だと思う。


「謝る?何をだ?それを言うなれば手前こそ。そなた達の進路を長く邪魔しておったのではないかと申し訳なく思っておったのだ」

「いえいえそんな…!僕達こそ長い時間観戦してしまってすみませんでした。僕達がいたせいで、なかなかガルムさんもいつも通り戦えなかったですよね………」

「いや、勘違いしないで欲しい。あれが手前のいつも通りだ。別に手の内を隠そうとしておった訳でもない」


いつも通り………?って事は?少なくとも盾を使っている時には、あんな感じで魔物と長い時間戯れていると?


「………あぁ!何かの特訓ですか?えーっと、盾で攻撃を受け流す練習とか?」

「いや違う。あれは魔物の特性を調べておったのだ」

「特性を………調べてた?とは?」


あ、今の表情はきっと得意顔だ。よくぞ聞いてくれました!って顔してる。こういう人の話は長い。先程まで隣にいたシオンはシャルロットさんの方へと消えていく。


「その通り。今日はナーガの特性を調べておったのだ。

体長は頭から尾まで約二メートル半。行動パターンは、群れず単独。基本的な攻撃は爪での引っ掻き攻撃。引き裂き攻撃と言った方が良いか。両手それぞれ左右からと、斜めからの振り下ろし。単なる爪以上に斬り傷は鋭利。おそらく固定スキルとして斬撃アップ系のスキルか、もしくは体術系のスキルを持っている。爪以外には蛇の尾を使っての打撃攻撃もあるようだ。予備動作として上半身の回旋があるが、その身体の構造上解りにくいものとなっている。またその直後には例外としてアッパー気味の引き裂き攻撃をする時もある。

その他の気になる点としては、物理攻撃が通り難い。また移動法も特殊だ。関連する固定スキルを持っているかも知れない。変化スキルとしては未だ検証例が少ないが【筋力上昇】【素早さ上昇】【威圧】【受け身】等が有力だ」


今までにない程に雄弁に語るガルムさんに、アルは一歩たじろいでしまう。彼の言っていた"魔物の生態を調べている"と言う言葉を、ナメていた………。


「そ、そうなんですね………」

「あぁ。三日ほど調べたが、解ったのはたったこれだけだ。特別に変わった所等も無い故、調査を継続するか非常に悩ましい所だな」


そしてガルムさんは一人で考え込んでしまった。

ちなみにこの人の調査はほとんどが正しい。本当に、非常に申し訳無いながら、アルは【鑑定】スキルでそこまで努力しなくとも分かってしまう。今ガルムさんの口から出てきたスキルは、どれも今までにナーガのステータスに見てきたものばかり。


―――――――――――――――

名前:ナーガ

種族:ラミア

Lv:26


スキル:【物理攻撃耐性Lv1】【体術Lv2】【素早さ上昇Lv2】【看破】


武器:なし

―――――――――――――――


これがナーガの多くが持っているスキルだ。ナーガによってはこれに加えて【挨拶】やら【化粧】やら【魅了】なんかのスキルを持っていたりするのだが、戦闘に関係の無いスキルまではどうやっても解らないだろう。


「あの…気になったのが、固定スキルと変化スキルって言うのは何なんですか?」

「む?あぁ、それはであるな。魔物には種族によって固定されているスキルがあると手前は推測している。それを手前が勝手に固定スキルと呼んでおるのだ。また固定スキル以外に、各個体が持ち得るスキルもある。これは一定では無いと考えられるが、それを変化スキルと読んでおるのだ」

「はぁ………。それを調べるために、あんな風に攻撃させて観察してるんですか?」


ガルムさんははっきりと分かる様にニヤリと笑った。やはりその笑顔は少年の様である。


「その通り。しかし攻撃させているだけではないぞ?わざと隙を見せたり、時には攻撃を受けたりして、攻撃手段やスキルを引き出すのだ」

「それは、非常に………何と言うか。楽し…そうですね?

あ、でもナーガの攻撃に噛みつきって無かったですか?僕は一度、鍔迫り合いみたいな体勢から噛みつかれそうになりましたけど………」


「何!?それは知らぬ!左様であったか。これはやはり明日もう一日、ナーガの調査をせねばならぬな………。情報提供感謝する。ちなみにアルよ。他の魔物についての考察も聞いて貰えはしないか?そして貴君の気付き等を是非教えて欲しい」

「え、えぇ…良いですけど」

「それは助かる!勿論、今宵の勘定は手前が持とうぞ!」


そこから陽がとっぷりと暮れるまで、ガルムさんの情報収集に付き合わされたのだった。

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