47話 これまでの経験と、毎日の研鑽
クープのダンジョンでは、六階層までしか回れない者と、七階層以下を回れる者とで稼ぎが大きく分かれると言われる。
これは特に五、六階層の主力である鉄人形が原因だった。数だけは多いくせにドロップアイテムは売っても雀の涙。加えて物理耐性が極端に高く、倒すためには少なからず魔力を消費してしまう。冒険者からしたら極力会いたくない魔物と言う位置付けだ。
対して七、八階層ではアイアンパペットはの数はぐっと減り、ドロップアイテムも高く売れる様な魔物が数種類現れる。
まず一種目がナーガと言う魔物。
下半身が蛇、上半身が女性の姿をしている。女性の姿と言っても、顔面は蛇と人間の間くらいの物で、鱗で覆われた身体も僅かに女性的な膨らみが見てとれる程度だ。アルの感性ではギリギリ女の人と見なさないため、倒すことには躊躇いはない。
ナーガの大きさは上半身だけでアルと同じくらいあり、尻尾も合わせると倍ほどになる。指がかなり長く、そして鋭い。蛇のような不規則な動きから、両手の指で攻撃してくるのが特徴だ。
基本的には両手での攻撃なのでカーティルと攻撃手段は同じだが、蛇の下半身から生み出されるくねくねした動きがどうも捉え難い。こいつも単体で行動している事が多く、稀にアイアンパペットが一、二体一緒にいるくらい。
一度両手を短剣で防いだら、そこからなんと噛みつこうとしてきてぞっとした。女性に迫られると言う事にはもともと慣れていないアルだが、ナーガだけは勘弁してほしい。
そしてナーガに次ぐ二種目が、なんと懐かしいリザードマンだ。このダンジョンでリザードマンが現れると聞いた時、アルは思わず歓声を上げたほどに嬉しかった。
あの双剣術を、また見る事が出来る。そう息巻いて探し回ったのだが、現れるリザードマンはどれも片手剣ばかり。そしてその剣技も、あの双剣術の奴に遠く及ばないものだった。
リザードマンは、この階層で最も出会う頻度が高い魔物だ。
多くは二体セットで現れる。三つ目の集団を倒した所で、全て片手剣。両手に剣を持っている奴はいなかった。
「そう気を落とすな。あれは恐らく特殊な個体であったのじゃろう。あそこの森におった事自体も珍しかった様じゃしの。どの種族にも稀に、普通とは違った特殊な成長を見せる個体が生まれる事がある」
「別に落ち込んではないけどさ………。ちょっと期待してたのは間違いないけど」
ダンジョンに取り込まれていくリザードマン達を眺めながら、逆にあの時の出会いに感謝しようと思い直す。思えばあの時と比べるとアル自身もレベルアップしているのだ。
もしも今"あのリザードマン"が現れても、既にアルの相手ではないのかもしれない。
そんな感慨に耽っていると、ダンジョンの床からリザードマンの皮がドロップする。生皮を剥ぐ工程が無くて助かるが、取り込まれたダンジョンの床の中でどんな事が起きているのかはあまり想像したくはない。
リザードマンのドロップアイテムは皮が八割、尻尾が二割だ。リザードマンは以前に吸収したことがあるので、スキルは得られない。ちなみにナーガからもスキルは得られなかった。
「む…!やっとお目当ての魔物が来た様じゃ」
シオンの警告と共にダンジョンの床に僅かな振動が走る。規則的な振動は徐々に大きくなり、巨大な何かの接近を知らせていた。そしてその魔物は、二人のすぐ近くの角から姿を現した。
「こいつが、デュラハン…!」
その魔物は今まで戦ってきた中では、迷宮主以外で一番の巨体だった。人型の魔物で、その高さは二メートルを越えている。所々が錆び付いた金色の鎧に全身を包み、その手にはアルの身長くらいある剣を提げている。
怪しげに光った目がアル達を捉えると、どうやら戦闘体勢に入ったようだ。
デュラハンは剣を中段に構えると、特大の踏み込みと共に横に薙ぎ払った。シオンは素早く後退して避けるが、アルは両手の剣で迎え撃つ。
剣が当たった瞬間、アルの全身に衝撃が走る。何とか剣筋を変えることには成功したが、僅かに体勢が崩れてしまう。
「凄いパワー…!」
アルテミスでのオークキングを思い出す。しかしあのオークキングよりもパワーでは上だろう。
デュラハンの返しの一振りを今度は完全に避けきり、【斬撃】で腕を斬りつける。かなり太い腕だが、半分を断ち斬った。オークキングより力は強くても、硬さはせいぜい一体の魔物に過ぎない。あと一度で完全に腕を落とせる。そうなれば勝ちだ。
どうやらデュラハンには痛みはない様だった。
腕の傷に全く怯む事なく、大振りしてくる。錆び付いた剣を今度は【盾】で弾き、今度こそ剣腕を落としにかかる。成ればそれで王手だ。
「もらった…!」
「【土槍】!」
その聞き慣れない声と詠唱に、身体が硬直する。
【斬撃】を繰り出そうとしたアルの目の前数十センチの所を、巨大な錐状の物体が通りすぎていく。寸分違わず半分千切れていたデュラハンの腕を直撃。完全に破砕した。
そして続く二発目の錐がデュラハンの胸に刺さる。栗皮色の鋭く尖ったそれは、岩石のような物で精製されているらしい。二メートルもあるだろう巨大なそれは、根本深くまでデュラハンを貫いた。
デュラハンは胸から岩を生やしたまま後ろに倒れ込む。
どうやらそれが決め手になったらしい。アルは、デュラハンの亡骸をダンジョンが取り込みにかかるのを茫然と見る他無かった。
【土槍】とやらが飛んできた方を見ると、そこにはいかにもお嬢様風な女の子。ジュリア・アレクサンドリアが杖を構えて立っていた。いつも一緒の巨漢三人組もいる。ジュリアは何故か驚いた様な顔をしていたが、アルと目が合うと急に仏頂面を決め込んだ。
えーっと………今のは何だろう?
本当にアルに当たりそうであればシオンが警告してくれていただろうが、すぐ目の前を通り過ぎる攻撃に背筋が凍ったのは確かだ。言ってみれば、危うく背後から串刺しとも言えるところである。
何より他の冒険者が戦っていた魔物に止めを刺すのは、獲物の横取りとも取れるマナー違反行為だ。そのレベルまでダンジョンに向かっていて、それを知らない訳は無いだろう。
「おい、小娘。どう言うつもりじゃ」
「な、何よ?この私に文句でもあるって言うの?」
「ほぅ?妾達とここで一戦交えたいのか?」
やはり、突っかかったのはシオンだ。アルを思って?か、単にシオンの癇に障ったのか。恐らく、というか確実に後者だろう。前々からシオンはジュリアに対して厳しい態度を取っている。
「そ、そんなつもりはないわ。ただ少し苦戦してた様だから?手伝ってあげただけよ。感謝しなさいよね」
「感謝も何も、殺人未遂か横取りか。どちらだったのかと聞いておるのじゃ」
「な、何よ!手伝ってあげただけと言ってるでしょ!第一、二人だけでこんな所までのこのこ出てきて、命知らずなの!?馬鹿なの!?まぁ良いわ、この広いダンジョンではもう会うことも無いでしょう」
そこからシオンを止めるのにアルが必死になっているうちに、身振り手振りでジュリア達一行をなんとか追いやった。
「せいぜい死なない事ね」
そんな捨て台詞を残して、四人はそそくさとダンジョンに消えた。
「あの小娘。次に会おうものなら………」
「まぁまぁ。楽できたんだし良かったじゃない?」
憤るシオンに、アルはそう言うしかない。これ以上ジュリアとシオンの仲を悪くするわけにはいかないからだ。冒険者同士のいざこざは御法度である。
「何はともあれ。デュラハンも僕単独で何とか倒せそうだね。ただ、数を倒した所でドロップ品は何個持って帰れるか怪しいけど」
デュラハンからドロップするのはデュラニウム金属という板金だけだ。これはなんと一つ金貨一枚で買い取って貰える。ただしかなり重い。一つで十キロ近くもあるため、精一杯持って帰ったとしても一人三枚が限界と言われている。
床から拾いあげた黄金色の金属は、確かに重い。シオンに手渡すが、【筋力増加Lv5】の恩恵か、アルほどには重さを感じていない。シオンは金属の裏表を一度見回すと、スキルを行使した。
「【吸収】」
アルは金属を受けとる前に、スキルが増えているかどうかを確認する。このスキルを確認する時のワクワク感が何とも言えない。
「ステータスオープン。さてさて。何か出…るか………」
共通スキルの項目を指で辿っていくと。そこには新たなスキルが追加されていた。
それは、ここ数年間。「最も欲しいスキルは何?」と聞かれたら食い気味で答えたであろうスキル。【空間魔法】と言うスキルを初めて見た時に、一度は諦めた"剣の道"。
まさか、自分のステータス欄にそのスキルを見る日が来ようとは。バドに虐められていたあの日の僕に、言ってあげたい。
大丈夫。夢を見ろと。
【剣術Lv2】。
「来たぁぁぁぁ!!」
「うるさいわっ!急に大声を出すでない!」
ダンジョンに反響する程の大声を出すアル。反対に耳を塞ぎながら怒り出すシオンにアルは慌てて謝った。
「ごめんごめん!でも見てこれ!ほら!剣術スキルだよシオン!【剣術Lv2】だって!」
「分かったから落ち着け!」
「ごめんごめん。でもさ、やっと剣術スキルが出たんだよ?何でそんなに落ち着いてるのさ?」
耳から手を離して毛を整えながら、シオンはいつも通りのジト目でアルを見据えた。アルから見れば、シオンはほとんど喜んでいない様に見える。それどころか、どこか不満気にさえ見えた。
それに酷く水を差された気分になる。
「お主には剣術スキルに過度な期待をして欲しくないのじゃ」
「過度な期待って、確かに凄く待ちわびてはいたけど………」
「確かに。剣術は有用なスキルじゃが、妾が思うに剣術スキルはただの目安じゃ。自身の剣術がどの域にあるのかを教えてくれる数字でしかない。確かにレベルの高い剣術スキルの付与された装備を使った時に補助輪的に働く様な作用はある。しかし根本的にはその本人の技術や、精神が未熟では何の意味もない」
落ち着いたシオンに諭される。剣術スキルを持っていればそのレベルに応じて強くなる。漠然とそんな風に思っていた事は確かだけど。
「例を挙げよう。剣術スキルはもっていないが、剣術Lv3程度の実力を持った剣士と。剣術Lv5の剣を装備した素人。闘ったとすれば勝つのは間違いなく剣士の方じゃ。剣術スキルがあれば剣の太刀筋は整うであろう。しかし、どの様に剣を振るうのか。そこまではスキルは考えてはくれん。剣術とはそこまで甘い物ではないと妾は思う」
アルはなんとなく意気消沈してしまう。
シオンの言う通りだと思ったからだ。以前にミアさんの【剣術Lv2】のナイフを使った時も、拙いアルの双剣術もどきを補助してくれたが、剣そのものをどう振るか。それを決めるのはアル以外の何物でもない。
「妾が何故ここまで水を差す様な事を言うのかと言うとじゃな。お主には剣術スキルに甘えて欲しくないのじゃ。"前の時"にも、剣術スキルを腐らせておる輩は大勢見てきた。剣を振るうのはスキルではないと言う事にも気付かずに。
良いか。スキルがお主を強くするのではない。お主が強くなる事でスキルが活きるのじゃ。
アル。剣術スキルなど無くてもお主の剣は強い。強くなっておる。この短い期間ですら、お主自身の剣術でいくつもの修羅場を越えてきた。剣術スキルを自信にするな。これまでの経験と、毎日の研鑽を自信とするのじゃ」
シオンの言いたいことは分かった。
そして、シオンがアルの事を信頼してくれているという事も。
シオンがアルの剣術を認めてくれている。それを知れた事が、既に剣術スキルを得たことよりも嬉しかった。
「僕の事を考えて言ってくれてありがとう。シオンがそう言ってくれただけで、気持ち的には剣術スキルを捨ててもいいくらいだよ」
「それなら捨てるとするかの」
「え!?捨てるとか出来るの!?いや、でもさ。無くても別に困らないとか」
「嘘じゃ」
しれっとした顔で嘘をつく女狐。
「その言い方。シャルロットさんに似てきたんじゃない?それに"妾は滅多な事では嘘はつかん"っていつも言ってるくせに」
「む?それなら嘘でなく冗談と言う事にしておこう。それより時間を食いすぎた。早く次の敵を探しに行くぞ」
「はいはい、冗談ね。面白い」
デュラハンの重たいドロップアイテムを【保管】に収納すると、二人はどちらからともなく進み始めた。
「ちなみにさ。なんでそんなにシャルロットさんの事を気に入ってるの?僕はどちらかと言うと苦手なんだけど?」
「ん?シャルか?妾はあやつの芯の強い、"筋が通った"所を気に入っておる。嘘つきなのが玉に瑕じゃがの。それに以前も言ったが、あやつは自分自身には正直じゃ」
「そんなもんかなぁ…?」
まだアルには分からなかった。もっと人を見る目を養っていかなければならないという事か。
「妾としてはお主があの竜人とそこまで打ち解けた意味が分からんわ。もともと竜人は人とあまり親密にはならんはずじゃが。しかもあやつは魔物の生態を調べ歩くなどと言うておったろう?一種の変態じゃぞ?
そもそもお主はスキルヲタクやら戦闘狂やら暗殺者やら。変態ばかりに好かれるきらいがある。今後は気を付ける様にすべきじゃ。特に女には」
「さて、レベリングレベリングっと………」
突きつけられた正論にアルは反論できない。僅かな抵抗として、意識を無理やりダンジョンへと引き戻した。
この階層でのメインターゲットは、リザードマンだ。加えて先程倒し損ねたデュラハンも悪くない。どちらも剣を持ち、アルの相手にはちょうどいい。つまりこの階層も、レベルアップと双剣術の練習には持ってこいと言う訳だ。
アイアンパペットとナーガも悪くはないのだが、アルはナーガが何となく苦手だった。噛みつかれそうになったのが若干トラウマになっている。
その後は、ジュリアと出会うこともなく、かなりのスピードでリザードマンを中心とした魔物を狩っていった。アルの願いも虚しく、三割はナーガだった。
そして【保管】がいっぱいになりかけた頃からはドロップアイテムさえも無視してダンジョンを奔走する。そしてその中で、アルの動きもより洗練されていった。
どんどんと双剣術が上達していくのを感じる。
このダンジョンの初日にヘルハウンドを相手にしていた時とは違う。アルのイメージしていた理想に、近づいている気がした。
そしてシオンは先程あの様に言っていたが、実際に【剣術Lv2】の恩恵は感じられた。今まで僅かにブレていた剣筋が、綺麗な直線に整えられ、まだ少しぎこちない左手での扱いも、不可視の力によって誘導される様な感覚があった。
急激に剣が上達したかの様な気分に満ち、軽い全能感すら覚える。
しかしシオンが言った様に、スキルに頼りきりになるわけにはいかないのも事実だ。スキルがもたらす恩恵により逆に自身の拙い部分を再認識し、スキルのアシストを受けながらもその剣筋を身に付けようと意識していかなければならない。
両手の剣を振りながら、大陸の反対側にいるであろうあの人を想う。
あの人達も妥協などしていない。アルが強くなる分、あの人達も強くなっている。
こんな所で満足している時間はない。
アルの目指すべき高みは【剣術Lv2】で納まる様な所にはないのだ。




