42話 クープに舞う伝説
ここから新章です!
サラン魔法王国。
その中でも西の大都市と吟われる街、クープ。人口は一万人程と言われ、小規模な街に分類される。
そんなクープは普通の街とは違う点がいくつかある。まず最初に一つ挙げるとすれば、クープの街は他と比べて標高がべらぼうに高い。何故なら街自体が高さ数百メートル程の巨大な台地の上に存在するからだ。台地と言っても皿をひっくり返した様ななだらかな物ではない。バケツを被せた様な円柱型だ。
その台地以外は見渡す限りの平野。そんな中で、何故こんな大規模な台地が一つだけ存在するのかと言う所が、この街の最も特異な点だった。
この台地そのものが巨大な迷宮なのだ。
クープの街はと言うと、そのひっくり返したバケツの裏底にある。いや正確には、大昔の偉大な、もしくは愚かな先人達が、巨大な台地型のダンジョンの上に街を造ってしまったのである。そしてダンジョンの入り口自体も、クープの街のど真ん中にあるらしい。
「これ落ちたら間違いなく死ねるね………」
そして今。アル達を乗せた荷馬車が通っているのは、台地崖と呼ばれる部分。いわゆる台地の側壁だ。まさか一直線に急勾配の崖を登坂している訳ではない。
その台地崖の表面に掘られた断崖絶壁の道を進んでいるのだ。この道は巨大な台地崖の外周を、勾配をつけてぐるっと螺旋状に掘られている。
「落っこちても下までかなり距離があるからの。その分人より多めに走馬灯を見れるぞ」
道幅が限られているため一方通行。今アル達が通っているのは登り専用の道だ。街から離れる時は降り専用の道があるらしい。
これは人が作った物ではなく、このダンジョンが出来た時には既に存在したとか言う噂もある………。一体何なんだダンジョンって。
二時間ほどかけて崖際を行くと、やっと上に出た。
台地面の端から数百メートル程内側には、建物も何もない。流石に断崖絶壁に住もうと言う愚か者はいない様だ。
ただ、家がないと言うだけで、畑などはかなりの面積が広がっている。確かにこんな立地だと食料問題が少なからずありそうだ。人口一万人の中には農家も何割かの割合でいるに違いない。
正面にはやっと、クープの街が見える。そしてクープの街の向こうには、何もない。ただ青空が広がっている。なんなら同じ高さに雲まで見えるのだ。こんな光景は初めてだった。
頂上に到着したら、その場で身分証の提示を求められた。
もう面倒事に巻き込まれたくないアルは、この時にルイさんからの手紙も見せる事にした。そしてその効果かは分からないが、二つ返事で街に入ることを許される。
クープの街はガリアと違って、街を囲う壁のような物はなく、簡単な鉄柵が周りをほどほどに囲んでいるだけだ。
それもそうだろう。この街は少なくとも攻め込まれる危険性など考えなくとも良いのだから。もしも外から軍隊を連れてくるなら外壁の通路で迎え撃つのが最適。そして相手が人でない場合、気にしなくてはならないのは外より内だ。
近付いてみると建物は石造りの物が多い。建物も土も乾燥していて、どことなく砂漠の中の街みたいな感じがする。
「あぁ。思い出したぞ。妾は一度ここに来たことがある」
「え!?」
「なぁんかこの景色、見覚えがあると思うた」
シオンが先程からやけに黙っているなと思ったら、そう言う事だったらしい。既視感を感じていた様だ。しかしアルはシオンを連れてここに来たのは間違いなく初めて。とすると………。
「それってつまりその………大昔も前にってこと?」
「うむ。しかしその時はクープとか言う名前ではなかった様に思うたが」
やはり。前の召喚者と来たんだ。以前に召喚された時は【空間魔法】の使い手は女性だったって言ってたな。確かその事を聞いたのは、アルがシオンを召喚した日だ。あの時は"今はそれ以上は話したくない"って拒否されたんだっけ?
今なら、少しは話してくれるのかな………。
クープの街中にいざ入ると、やはり砂漠の中の街と言う印象は間違っていなかった。空気から土地から、何から何まで乾燥している。
街の露店に並んでいる野菜類も、ジャガイモやトウモロコシ、マメ等。水の少ない環境でも育てやすいものばかりだ。
「まずは冒険者ギルドだな」
道を尋ねながら、荷馬車を進める。十五分ほど行くとその建物は見えた。それ以外と同じように、石造りの建物はかなりの年季を窺わせる。他より一際大きな建物ではあるが、アルテミスなんかの規模には到底及ばない。それでもきっと酒場は併設されているのだろう。ギルドの中からは馬鹿騒ぎの声が聞こえてくる。
徐々に太陽は水平線近くまで遠のき始めている。この時間帯であればほとんどの冒険者は既に酒場だ。それは間違いない。
外にギルドの職員がいないので、アルとシオンの二人で入る。
埃っぽい扉を押し抜けると、そこには確かに酒場が併設されていた。しかしどうにもおかしい。先程まで確かに喧騒が聞こえていたのに、アルが中に入った途端に静まり返ったのだ。
これはまた、問題の臭いがする。あと酒と汗の臭い。
「オイオイ………新人たぜ」
野太い声が酒場に響き渡る。
その言葉に相槌を打つように、何人かが嫌らしく笑い出す。声の主は奥の方に座っていた巨漢だ。その男は立ち上がると、アルへと近付いてくる。
慎重は二メートルありそうなくらいに高い。そして顔の真ん中鼻の辺り、真横に大きな傷跡があった。レベルは26。ステータスはパワー寄り。他の冒険者をざっと【鑑定】して見ても、こいつが最もレベルが高い。
「そう構えんな。別に俺達は新人潰しをしようって訳じゃねぇんだ。近年じゃ王都の近くに、ここより効率の良いダンジョンが見つかった関係で、最近じゃここは冒険者の入れ替わりが少なくてな。新人は珍しんだ。
俺の名前はベルモンドだ。仲良くやろうや」
大男は握手を求めてきた。意外と紳士な男じゃないかベルモンドさん。アルも自然と彼の手を取り、握手を返す。
痛い…痛い痛い痛い。
少しだけニヤリと笑ったベルモンドさんは徐々に力を込めていく。
アルも痛みを顔に出さず、笑顔で返しながら負けじと握り返す。
これ以上はまずい。手が潰れる。その直前で、ベルモンドさんは手を緩めた。
「やるじゃねぇか坊主。名前は」
「アルフォンス。こっちがパーティメンバーのシオン」
ベルモンドさんは悪餓鬼の様に笑うと、先程まで握手していた右手をひらひらと振りながら元いた方へと戻っていった。
「こいつらには手ぇ出すな」
ベルモンドさんのその一言で、大半の視線が二人から外れた。まだこっちを見ているのは、主には好奇心の目だ。
「これを新人潰しと言わず何と言うのじゃ」
全くだ。どうやら彼はこの中でも一目置かれている存在らしい。一応は認められたと言うことだろう。
「ここでの暮らしが楽しみになってきたよ」
ピキピキと痛む右手を涼しい顔で誤魔化しながら、いつか逆にあいつの手を握り潰す決意をする。
酒場を突っ切って奥のカウンターへと向かうと、そこには職員がそこそこいた。冒険者の数自体はそれなりにいるのだろう。
カウンターには今は一人しか座っていない。これまたベルモンドさんと並ぶ程の大男だ。スキンヘッドに鋭い視線。睨まれたらそれだけで心臓が止まってしまいそうだ。
ここに新しい冒険者が来ない理由ってコレなんじゃ………。そんな事を思いながら恐る恐る話しかけた。
「あのーすみません」
「アンタ中々やるじゃない。あのベルモンドちゃんを黙らせるなんてさ………。それにあらやだ、可愛い顔してる。ようこそクープの街へ」
間違えた。絶対間違えた。何をって?いや、この街を選んだ事をだよ。十日近くもかけて遥々やって来たってのにこんな仕打ち酷すぎる。
「こりゃ。戻ってこい。早う手紙を渡さんか。妾はもう腹が減ってこれ以上は待てんぞ」
シオンに叱咤されて何とかアルは再起動する。震える手で手紙を取り出すと、その大男の前に差し出した。
「…ん?なぁに?あらやだ。これルイちゃんからじゃない。珍しいわね」
その受付嬢はその場で手紙をすぐに開封し、黙々と読み始める。アルはと言うとそのショッキングピンクのネイルが施された指に意識が遠退きそうになる。
「んんー。………な、る、ほ、ど、ねぇ。あなた達こっちいらっしゃい。奥で話しましょ。御菓子も出すわよ」
どこかに連行される。いや誘拐かもしれない。
大声で助けを呼んだ方が良いだろうか………?いや無理だ。酒場の冒険者はアルと目が合う端から逸らし始める。
あの…ベルモンドさん!おいベルモンド!手を出すなどうのこうのはどうした!認めたんじゃないのか!助けてくれ!
冒険者達の黙祷に見送られながら、シオンの怪力に引きずられるのだった。
*
「ようこそ、クープの街へ。私がこの冒険者ギルド、クープ支部長兼看板受付嬢のシャルロットよ。ルイからの手紙にはあなた達に良くしてやって欲しいと書いてるわ。あの子がここまで肩入れするなんてね。あなた達何したの………?」
勘違いしてもらっては困るのだが。決して。連れられた先の部屋に、御嬢様風の美女が待っていた訳ではない。
この台詞を言っているのは先程のスキンヘッドの大男だ。こいつは豪華に設えた部屋に入るなり、奥に置かれた椅子に堂々と腰を降ろしたのだ。机の上に肘をついて組んだ手の上に顎を乗せ、ショッキングピンクのネイルをこれでもかと言うほどに見せつけてくる。
そしてなんと、彼(彼女?)がここのギルドマスターらしい。
アルが身の危険に震えている隣で、シオンはお茶菓子を頬張っている。
「まみもみへおはん。ままふぁるへみふふぁんふぉんほぉほうひゃふひままへほぉ」
「何もしてません。ただアルテミスダンジョンを攻略しただけです。シオン行儀が悪いよ」
アルが頬張りながら喋るシオンの通訳をする。
しかしシャルロットさんはその返答では不服そうだ。ってかこのおっさんをシャルロットって呼ぶ事にちょっと抵抗あるんだけど………。
「それは手紙に書いてあるわ。もちろんあなた達が特殊なスキルを持ってるってことも少し書いてある」
「え、そうなんですか!?」
「嘘よ」
何の悪びれた様子もないスキンヘッド。満面の笑みでこちらを見据える。
やられた………。カマをかけられたのだ。見た目からして一筋縄では行かないと思っていたが、本格的に気を付けなければならないかもしれない。
「あら、ごめんなさい気を悪くしたなら謝らないと。別にあなた達と敵対したい訳じゃないのよ。ただここの冒険者はほかと違って少し閉鎖的だから。余所者には厳しい所があるわ。あなた達の情報をある程度教えて貰えれば、私が全面的にサポートしてあげられるわよ」
「お主の助けなど要らん。妾達の用はダンジョンだけじゃ。他の冒険者と馴れ合う気はない。滞在期間は長くても約三ヶ月。そうしたらすぐに出ていく」
打って変わって下手に出てきたシャルロットさんに、シオンが辛辣な言葉を返す。それに対してシャルロットさんは片眉を上げると、シオンを面白そうに観察し始めた。
そして何かを感じ取ったのか、満足気に微笑む。ついでに机の上の瓶からキャンディーを一つ取り出し、口に放り込んだ。
「うーん、あなたも悪くないわね………?まぁスキルの話となれば詮索はしないわ。ただ、ここは小さな街よ。困った時はお互いに助け合いましょうってハナシ。ところで二人とも今晩一緒にお食事でもどう?」
「遠慮します。シオン行こう」
それだけはゴメンだとハッキリ断り、アルは席を立った。何となくこの人は苦手だ。身の危険がどうこう以前に、シャルロットさんと言う人物がまだ分からない。出会って数分の人に、これ以上探りを入れられたくなかった。
しかしシオンは何故か、なかなか立ち上がろうとはしなかった。鼻を一度鳴らし、高圧的な態度で言った。
「既にお主は何か困っておるのではないか?」
その言葉に、シャルロットさんは口の中でキャンディーを転がすのを止め、不思議そうな顔をした。
「そうね………。それならついでに聞かせて?あなた達、今までに赤毒病の人って出会ったことある?」
シャルロットさんは質問を質問で返す。
赤毒病…?アルは初めて聞いた名前だ。もしかしたらアルが知らなかっただけで、出会ったことがあるのかも知れない。そう思ってシオンを見るが、彼女も首を横に振っている。彼女もどうやら知らないらしい。
「いえ、一度も」
「あらそう…………。また聞くことがあったら教えて頂戴ね」
「あ、そうだ忘れてました。外に僕達がここまで護衛してきた人がいます。任務完了の申請をお願いします」
アイザックさんの事をすっかり忘れていた………。
冒険者ギルドから出ると既に太陽は半分沈んでおり、辺りに赤い光を投げ掛けていた。
アイザックさんの元へとシャルロットさんが寄っていく。アイザックさんは待たされて少し不機嫌そうだったが、それもシャルロットさんを見るまでの話だ。何故こんなにも時間がかかったのかは、彼女を見れば言うまでもないだろう。
アイザックさんとはここでお別れだ。短い間だったが彼と旅が出来て良かった。
「これからどこに行くんですか?」
「うーん。そうだな。あまり考えてない。荷物もすっからかんだし。まぁ儲かったけどね。ここからまたゴールドナイツに戻ってもいいけど、何かと理由つけてまた追い出されたら悲しいしなぁ」
「今度はきっと大丈夫ですよ。儲かったお金で少し遊んで来れば良いじゃないですか」
「金は使わんと入ってこんと言うからの」
「それは使い方によるとは思うんだけど………。まぁここらの街で取れる名産でも仕入れて、今度はブルドー帝国にでも行ってみるかな。ここより寒いから、色白美人が多いって聞くし」
結局そっちなんだ………。
がくっと肩が下がるが、それくらいの気持ちの方が案外商売も上手く行くのかも知れない。
「何はともあれ、ありがとうございました。またどこかでお会いしたいですね」
「あぁ、そうだな。君達との旅は刺激的で楽しかったよ。また儲け話があれば教えてくれよ。じゃあ、またな」
「はい。またいずれどこかで!」
アイザックさんをその場に残して、冒険者ギルドを後にする。
遠目でシャルロットさんに捕まっていた所を見ると、もしかしたらまだ何日か滞在する事になるのかも知れないが、彼の幸運を祈っておこう。
「アルよ。宿は少し豪華な所にするぞ。長旅の疲れを癒さねばならん」
「またシオンは。その高級志向、直した方がいいよ?」
他愛もない夕方。やっと目的地に辿り着いた安心感からか、二人ともやや口数が多くなる。シオンは二人きりの時の方がよく喋る。
朝起きてすぐの寝惚けた時や、一日ダンジョンを回ってへとへとで帰る時、宿で夕食をとっている時や、寝る前に灯りを落として真っ暗になった時。そのどれもがアルの好きな時間だった。
今日この時も、楽しくて穏やかで。心が満たされていくのを感じる。それがきっと、一人じゃないと感じるって事なんだと思う。
「そういえばシオンはさぁ、前にここに来たときは―――」
不意に。
二人の頭上で何かが嘶いた。
上を見上げると、夕焼け空に何か見える。
かなり高い位置。今アル達が立っている場所自体が、大地から数百メートルも高い事を忘れてはならない。
しかしそれよりももっと高い所に、それはいる。ゆっくりと進んでいる。
「………ほう。これはまた」
隣のシオンの呟きは、夜の帳に溶けて消えていく。
そこまで高い位置だと、まだ夕陽が当たるのか。そんな場違いな事を考えてしまう程に、それは幻想的な姿。
「これは珍しいの」
紅く照らし出されたその姿は、内包している焔を映し出しているかの如く光を放つ。
巨大な翼で、大きく一度、羽ばたいたのが見える。物語でしか聞いたことのない、この世界における至高の存在。
「―――――こんな所に竜とは」




