41話 ガリアの街
ゴールドナイツを発ってから二日。
アル達の目の前にはガリアの街が見えていた。ここはロザリオ王国の東の端。サラン魔法王国との国境にあたる。
「わぁすごい!ガリアの街って要塞みたいですね!」
「妾は腹が減った。早く昼飯にしたい」
ガリアは到底よじ登れない様な、黒く高い塀に囲まれていた。梯子をかけても登るのに時間がかかるくらいの高さだ。こちら側は少し丘になっているため、街の中が少しだけ見えるが、アルテミスと同じくらいの規模は有りそうだ。冒険者ギルドも、そこそこの規模のものがあるらしい。
そして何とも圧巻なのが、街の奥に見える景色だ。東西を分かりやすく画す様な大河が存在しているのだ。水面に光が反射して、見とれる様な美しい光景が広がっていた。
「護りが固いのは当たり前だろ?国境にある街なんだからな。あと、あんまりはしゃがないでくれよ。ガリアじゃ余所者はカモにされるって噂なんだから」
二人を諌めたのは、この真っ赤に塗装された荷馬車の持ち主。アルテミスからゴールドナイツまでの道中もお世話になった、行商人のアイザックさんだ。
ゴールドナイツで暫くは商品をさばく予定だったのだが、ナイツ・シュバリエによって荷を全部買い取られ、さらにはクープの街までの荷物運搬を頼まれたのだとか。そこでアル達がクープまで行きたいと言っていた事を思い出し、護衛の継続を持ちかけてきたのだ。
恐らく………と言うか間違いなく、ローリさんかライナーさんが手を回したのだろう。あの翌日にアル達はゴールドナイツを出発したのだが、その時の見送りもそこそこ凄かった。
深々とお辞儀したローリさんから、"利用回数券"なるものを手渡されたのだ。ゴールドナイツ歓楽区の店舗において、三十回分無料でサービスを受けられると言ったスタンプカードの様な紙切れだが、これにはアイザックさんが大興奮していた。だいたい一回の利用が三万ギル前後のため単純に考えて百万ギル程の価値があるらしい。
最終的には「アルフォンスなら嬢も喜んで相手しますわ。それに、その、もしも、私がお望みでしたら、非売品ですが…」などと口走り、ライナーさんにしこたま怒られていた。
そして何故かアルもシオンに怒られ、あれから三日三晩もぐちぐちと小言を言われている。
とりあえずこの券は【保管】の肥やしにでもしておこう。紙一枚なら容量も食わないし。今後使うこともないだろうが。………少なくとも当分の間は?
「あぁーあ。クープも良いけど、もう少しゴールドナイツにいたかったなぁ。まだ一回も遊べてなかったのに」
アイザックさんはこの二日間ずっとこの調子だ。ゴールドナイツに行ったのは半分は商売、半分は遊びだったらしい。
「アルは総帥とちちくりあったみたいじゃがの」
「え!?アル君!君って奴は!よりによってあの総帥と!?このっ!」
「違いますよ!半狂乱で虐殺されかけただけですって!」
「あの清廉でお優しい総帥がそんな事するかっ!えぇい天誅!」
なんだかんだと賑やかに過ごしながら、一行はガリアに向かう。
近くまで来てみると、やはり塀はかなりの高さだった。ガリアの人達からは"壁"と呼ばれているらしい。入り口はアルテミスと同様に東西南北の四ヶ所。アル達は西の門から入る。門の前にはこの街の騎士が二人立っていた。レベルは25と27。アルテミス、ゴールドナイツの騎士達と比べると少し低めだ。
アイザックさんはローリ総帥からの手形を見せ、アル達は冒険者カードを提示する。
眠たそうな騎士達はそれらを流し見するとすぐに通してくれた。通過するときに、隠そうともしていない大きな欠伸が聞こえる。
「ねぇアイザックさん。サラン魔法王国とロザリオ王国の関係ってどうなんですか?」
「あぁ。良いよ?まぁ少なくともここ何十年も表立った争いは起きてないね。国力も同じくらいだし、特に国家間に世界五大河川のウーテ川があるからお互い攻めにくいみたいだよ。ウーテ川で行ってる漁業間ではよくいざこざが起きてるって聞くけど、その程度だね」
と言う訳だ。国境と言えど名ばかり。騎士達のモチベーションとしてもそんな物なのだろう。
ガリアの街の中は、言つてみれば飾り気のない無機質な印象の建物が多かった。街行く人達も、質素な服に身を包み、どこか陰鬱な雰囲気すら感じる。
この街では魚料理が美味しいらしい。やはり大きな川の近くというだけある。アル達は通りに面した魚料理店のそばに荷馬車を止め、その店で魚料理を注文した。
料理は十分ほど待ったらすぐに来た。愛想の良い小太りのおっちゃん店主がのんびりと運んでくる。
「はいよお待ち。ハネウオの塩焼きに、キシズリの味噌汁ね。こっちのお嬢ちゃんはクロアゴの照り焼きだ。どの魚も取れたてだから旨いよ」
魚の名前は全然分からないが、その料理はどれも涎を誘った。すぐに料理へとかぶりついたアル達は、競う様に料理を口へと運ぶ。
う、旨い………。
新鮮な魚がこんなに旨いなんて初めて知った。確かに味付けも良いのだろうが、なんと言うか、身の柔らかさが違う。
アルの故郷のミレイ村には近くに大きな川なんてなかったし、アルテミスでだってここまで新鮮な魚は入ってこないのではなかろうか。
また今度、【保管】にでも魚を入れて帰って、アルテミスの皆に食べさせてやろう。そう思った。
そうして三人が料理に舌鼓を打っていると、店主のおじさんが慌てて戻った来た。
「おいあんたら。表の派手な荷馬車はあんたらのかい?」
派手な?あぁ。それなら間違いなくこの人のだ。
「はい、そうですけど?と言うか僕らのと言うより、こちらの行商人のアイザックさんのですが」
「そうか、行商人か。それならこの街は目的地じゃねぇんだろ?だったらなるべく早くこの街を出た方がええぞ。上様の目に入りでもしたら、きっと良くない事が起きる………」
上様?誰の事だろう。アイザックさんが食事の手を止め応対する。ちなみにシオンは完全に無視している。
「上様と言うと、もしやガリア辺境伯の事ですか?」
「あぁそうだ。悪い事は言わねぇ。問題に巻き込まれないうちに通り過ぎっちまえ。いいか、俺はちゃんと忠告したぞ」
それだけ言うと、店主のおじさんは店の奥へと戻っていった。
ガリア辺境伯?どこかで聞いた気がするが思い出せない。
「噂のガリア辺境伯ですか。どうやらこの街は早い内に出ていった方が良さそうですね………」
「噂…?なんて噂ですか?」
「アル君忘れたのかい?君がゴールドナイツの近くの森で見逃した盗賊家族が言ってたじゃないか。ガリア辺境伯に家と土地を不当に取られたって」
あぁ………あ?あぁ…!
そういえば娘のペットの家を建てるから追い出されたって話の奴だ。これは確かに面倒に巻き込まれそうだ。
「まずいですね………早く出ましょう。何かいちゃもんをつけられたら面倒ですからね」
予定よりもクープへの到着が遅れている。なるべく足止めはくらいたくないのだ。そう思って急いで料理を食べて外に出る。ここで断っておくがシオンさんだけはいつも通りのペースで、添え物の野菜までしっかりと残さず完食した。
しかし表に出た所で、どうやら既に時遅しだった事に気付いた。アイザックさんの荷馬車の周りに人だかりが出来ていた。誰かが中心で叫んでいるが何を言っているかはよく聞こえない。
「ちょっとどいて下さい!すみません!」
そうして人を掻き分けて進むと、荷馬車の周りに騎士が二人立っていた。叫んでいるのもこの人達だ。
「この荷馬車は誰の持ち物だ!現れなければ押収する!」
いやいや、それは困る。勘弁してくれ。
「そんな!ちょっと待ってください!僕の!僕のです!」
三人の中でいち早く群衆を抜けたアイザックさんが手を挙げながら近づく。
「何?貴様の?怪しいな。どこの者だ」
「行商人のアイザックと申します。先程西の門から街に入りました。西の門の騎士に確認して頂ければ分かります!」
アルもやっと人垣を抜け、アイザックさんの隣に並ぶ。
何が起きているのかさっぱり分からない。何故急に荷馬車を接収されなければならないのか。
「貴様、彩飾許可証は持っているのか?」
「さ、彩飾………?なんですか?」
「ガリア辺境伯閣下が交付している彩飾許可証だ。それが無ければ一市民がこんな色のついた荷馬車を持つのは許されない。例え外から来た者であっても同様だ」
彩飾許可証だって?そんな馬鹿な事があってたまるか。アルも負けじと言い返す。
「それでも西の門では何も言われませんでしたが?その時に確認するべきじゃないですか?押収なんて横暴です」
「西の門の騎士はその者が怪しいかどうかを判断しているに過ぎない。許可証の有無を確認するのは彼等の業務外である。
おい、許可証がない。持っていけ。なお、荷馬車とその中身はこれよりガリア辺境伯の所有物となる」
「ま、待ってください!」
奥の方で騎士が荷馬車を馬ごとどこかへ持ち出し始めた。慌ててアイザックさんが止めに入ろうとする。
そしてその瞬間、騎士が勢い良く剣を抜いた。一瞬の躊躇いもなく、アイザックさんへと袈裟斬りに振り下ろす。アルは反射で短剣を抜くと、アイザックさんの前に躍り出た。
二本の短剣を交差し、その剣を辛うじて受け止めて見せた。
この騎士のレベルは26。ステータスはアルの方が目に見えて低い。しかし向こうは片手一本。アルは両手。その差で、何とか刃が届く前に受け止める事が出来た。
しかしかなり重い………!一撃を止めるのにも本当にギリギリだ。騎士もまさか止められると思っていなかったのか、驚愕の顔を浮かべている。
「な…!き、貴様!剣を向けたな!おい!加勢しろ!」
騎士の長剣を無理やり弾いて距離を取ると、荷馬車を動かしていたもう一人も剣を抜いてやってきた。
「何言ってるんですか、剣を止めただけです。向けてはいません」
「この!屁理屈を!」
「"止まれ!!!"」
再び迫る騎士を、怒声一つで押し止める。
アルの発した声は、まるで衝撃波の様にビリビリと辺りに響いた。アイザックさんを始めとして周りで見ていたほとんどが腰が引けている。
これは単純に叫んだだけではない。【威圧】と言う歴としたスキル。アルテミスで倒したヒュドラ、そのドロップアイテムから偶然にも【吸収】出来たスキルだ。これを使えばレベルが同じかそれ以下の相手ならば、その行動を数瞬抑制できる。これも使ったのは初めてだ。
明らかに向こうの方がレベルが上のためダメ元で使ったのだが、どうやら本当に僅かな抑制には至った様だ。まだ本格的に戦闘中ではなかったからかもしれない。
そしてその一瞬を使ってアルはポケットから、正確には【保管】から、一つの手紙を取り出した。
その手紙の裏面が見えるように、印籠のように掲げて見せた。
「えぇぇえぇい!皆の者ひかえおろ…じゃない間違えた。これを見てください!」
騎士達が足を止めて注目した。狙い通り。
「これは冒険者ギルド、アルテミス支部、ギルド長のルイ・グラナス殿から預かった書状です。私達は彼の遣いでサラン魔法王国のクープへと向かっています。ここで私の荷馬車を押収するのなら、冒険者ギルドの職務を妨害する事になる。中でも冒険者にとって世界の中心と言われる、アルテミスギルドのギルド長直々の任務のね」
予想通り苦い顔をする騎士。警戒しながら手紙を手渡すと、まじまじと表と裏を確認し始めた。そこにはアルテミスギルドの封蝋と、そしてルイさんの署名があるはずだ。すぐに本物だと分かる。…分かるよな?ルイさんの名前知ってるよな?
「確かに……………。ルイ・グラナス支部長の署名だ」
あぁ良かった………どうやら本物だと分かったみたいだ。
騎士二人の表情が見ていて面白い程に変わった。みるみる顔が真っ青になり、今にも吐きそうだ。そして彼等は剣を納めると、誰に習ったのかと言う程の見事な土下座を決めたのだった。
「どうもすみませんでした!貴殿がルイ・グラナス様の遣い殿とはつゆ知らず!どうか無知で下賎な我等をお許し下さい!
ガリア様には、冒険者ギルドがこの国、いやこの世界の安寧におきまして多大なる貢献をされておられると常日頃から教えて頂いております!冒険者ギルドの高貴な方々には、常に敬意を払うべきであると教育されております!」
な、なんと言う変わり身の早さ………!
先程までの高圧的な態度がまるで嘘の様だ。この長セリフを噛まずに空で言えるなんて。毎朝暗唱して練習してないと到底出来ない芸当だ。
この長い文章を要約するとつまりは、冒険者ギルドと揉めるなとガリア様とやらに重々言われている、と。
「そうですか。分かったら早く手紙と荷馬車を返してください。僕達は先を急ぎます。その方がお互いの為でしょうし」
「助かったよアル君…。ありがとう………」
アルが騎士から手紙を受け取ると、騎士の手が震えているのに気が付いた。そんなにガリア様とやらが怖いのか、はたまた冒険者ギルドの職員を敬うように洗脳でもされているのか。恐らく前者だろうが、ガリア様の怖さなんて知ったこっちゃない。いっそのこと一市民にすぐ斬りかかる様な騎士は多少の罰を受ければいいのだ。
アル達は手紙と荷馬車を返してもらうとすぐにそこを後にした。来た方とは反対方向の東の門へと向かう。
ちなみにシオンは最初から群衆を分け入ってまで参加する気が無かったらしく、人混みが散ってからてくてくと近付いてきた。
そしてどうやら先程の騎士二人も、荷馬車の後ろからついてきている。何をしているのかと思ったら、他の騎士達が彼等と同じ愚を犯さない様に注意しているらしい。もう勝手にしてくれ。
二十分ほど荷馬車を進めると、一行は東の門へと到着した。
「おぉぉー!綺麗ー!」
東の門を抜けると、その景色に思わず大声を上げてしまう。
ロザリオ王国とサラン魔法王国を分断するウーテ川。その川幅はガリアの街辺りでは五百メートル以上にもなる。その水量も凄まじく百年程前には大雨が降って川が氾濫し、ガリアの街が海に浮いているように見えたとか言う話も残っているらしい。
そしてそんな川の渡り方は、橋だ。
ガリアの東門からまっすぐ川の反対側へ向かって伸びる橋。それは対岸のサラン魔法王国最西端の街、ルスタンへと続いている。
巨大な川に、巨大な橋がかかっているのだ。なんでもロザリオ、サランの両国で名のある土魔法の使い手が何十人も集まり、半年もかけて作ったのだとか。感動しない訳がない。
悠々と流れる水を足元に眺めながら、アルはまるで船旅をしている様な気分に浸っていた。
橋の中央には、円錐型の屋根がついた広い場所がある。
いわゆる関所で、荷物のチェックをしている。国家間を移動するにあたって、税金のかかる物はその分を徴収しているのだ。ガリアの外周門よりもかなり厳重な検問が敷かれており、ここがまさに国境だと言うことを感じさせた。
一台一台念入りにチェックしているのか、関所には遠目から見ても十台以上の荷馬車が並んでいる。アル達はその最後尾につけるが、五十メートル以上も手前で止まってしまった。
「一、二時間はかかるな」
「妾は後ろで寝ておるからの」
「アイザックさん何かあったら起こして下さいね」
「おいおい!俺がまた斬られそうになったらどうするんだよ!?」
なんて話していたら、まだ後ろをついてきていたあの騎士二人が、気持ち悪い笑みを浮かべながら揉み手で近寄って来た。
「ルイ・グラナス様の遣い殿!ガリア様から賓客の方は優先的に検閲を通過して頂くよう仰せつかっております!どうぞこちらより前にお進み下さい!」
何だか分からないが、ファストパス的なアレらしい。
ガリア様ってのは過去に冒険者ギルドと何かあったのか…?
そう疑ってしまうくらいにはかなり下手に出てくる。自身が権力を振りかざす分、上や他からのそれには敏感なのかもしれない。
正直言って装飾許可証なんてものを考える様な奴はアルには理解できない。そんな奴に接待を受ける様な扱いをされるのも嫌なのだが、先程殺されかけた迷惑料と思って潔く受け取る事にした。何にせよこの街にも当分は来ることもあるまい。
こうしてアル達は国境を何事もなく通過した。
橋を渡った先のルスタンの街では、どこかから連絡が行っていたのか最初から騎士が案内に付けられた。ルスタンの街はガリアの街とは大違いで、色鮮やかな建物と活気のある人達。領主も民思いで、善人だと言われているらしい。
それなら皆ガリアからルスタンに引っ越して来れば良いのにと思うのだが、ガリアには転居許可証とやらが存在しほとんど承認される事が無いのだとか。つくづくガリア辺境伯と言う人は独裁的な統治をしているらしい。正直二度と行きたくはない。
その後、一行はそんなガリア辺境伯の事などすっかり忘れて、ルスタンで存分に旅行者気分を味わったのだった。
そこからさらに二日かけて移動した後、アル達はついにクープの街に到着する。
これにて三章は終了です!
ここまで読んでくださりありがとうございます。
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