4話 人生を変える一日
魔物には、適正レベルと、アルファベットによるランクが定められている。それらは基本的に全ての魔物に当てがわれる。ホーンラビットやゴブリンから、ドラゴンに至るまで全てだ。それらは冒険者ギルドと言う機関が定めているのだが、実のところ、詳しくはアルも知らない。
ホーンラビットの適正レベルは6。ゴブリンは14だ。
つまりホーンラビット一体を討伐する時には、レベル6くらいは必要ですよ。ゴブリンを倒すには、レベル14くらいは必要ですよと言う事だ。もちろん魔物の頭数やパーティの人数と強さによっても左右されるが。
「ゴブリンってどっか売れる所あるのか?」
「いやゴブリンはねぇなぁ。肉が食えねぇ事はないがかなり不味い。腐ったり他の魔物が食べたりも良くねえから、肉を食わねえのなら燃やしていくしかない」
バドは死骸を足で小突きながら、舌打ちをする。
結局、ゴブリンの死体は、穴を掘って放り込み、すべて燃やした。アルはそれに参加する気にならず、離れて見ていた。そして五人は早々とその場を後にした。
「おい、クリス。お前またさっきファイア―ボール撃つの待ったな?詠唱終わったら最速で撃ち込めっていつも言ってるだろ」
「い、いや、でもやっぱりまだ不安だから、当たるとまずいし………」
「だから、当たったら俺の責任だって言ってんだろ。ちゃんと詠唱聞いてるんだから、逆にタイミングずらされた方が危ねぇっての。それに逆だ。今だから、お前の魔法が俺に当たっても大丈夫なんだ。お前の魔法のレベルが上がってから当たるのは俺は嫌だぞ。今から練習しとかないとどうする。それにソフィア!お前も回復無駄撃ちしてたろ。なにクリスと同時に詠唱始めてんだ」
「なによ。理由は今自分で言ってたと思うけど?ダンジョンに潜ってる訳でもないし、馬車での移動に魔力使わないんだから保険かけといても損はないでしょ。初めて戦う相手だったんだし。異論は認めないわ」
荷台からの会話はバドの舌打ちで締め括られた。
「おいアル、大丈夫か?」
ダングさんの声にハッとなる。後ろの会話に聞き入ってしまっていたのだ。
「いや、なんか酔っちゃったかも」
そして咄嗟に嘘をついた。
出発してから十分ほどで、馬車の揺れはかなりましになった。街道に出たのだ。これで酔う奴はここまで来れていないだろう。
「そうか………無理すんなよ」
酔っていない事は分かっているのだろう。何に対してなのかは分からないが、その言葉はアルの慰めにはならなかった。アルは、バド達三人の戦闘を初めて見た。そして、自分との差を感じ、そして彼らを羨ましいと思ってしまったのだ。
彼らは、これから"冒険"をしていく。
その舞台となるアルテミスが見えてきていた。
街はもうすぐそこだが、アルにはやけに遠く感じた。
*
この国の名はロザリオ王国と言う。世界地図を広げると横長の大陸を縦線二本、横線一本でだいたい六等分するとそれがそのまま世界情勢となっている。その中で、ロザリオ王国は南側真ん中に位置している。現国王の名前はアルベルト・ロザリオ王。今代で二十五代目。近年のロザリオ国王は温厚で平和主義。どちらかというと争いを好まない性格だと聞く。
アルテミスは、ロザリオ王国で最北に位置する街だ。人口は三十万人にも及ぶと言われ、国内、国外合わせて見てもかなり大きな街に分類される。世界地図で見ると全大陸の真ん中に近いところにあるため、冒険者達からは"世界の中心"とも言われている。ちなみにミレイ村はアルテミスより更に北西側。ロザリオ王国の北にあるエリス教国との国境付近にある。
「身分証を」
黒い甲冑を着こんだ兵士がダングさんへと愛想なく声をかけた。右手には槍を持ち、地面に突き立てている。二十分ほど馬車やら人やらの行列に並んで待った後の無愛想は身に染みるなぁ。
アルテミスの街は、全体を三メートルもある黒い城壁で囲まれている。遠くからでは建物の先端等が見えていたのだが、近くに寄ると中は全く窺い知れない。
ダングさんが身分証を渡す。それを兵士は傍に置いてある水晶へと翳すと、水晶が淡く白色に発光した。
基本的にダングさんはミレイ村の代表という形にもなっており、ダングさんの同行者はそのまま通過できるらしい。と、前の時に教えてくれた。
「行っていいぞ」
やはりなんとも愛想の無い対応だが、ここは冒険者の街だ。それも仕方ないのかもしれない。
門を越えると、そこはかなりの広さの大通りが正面に真っ直ぐ伸びている。これはこの街の東西と南北にある門を直線で十字に結ぶ通りで、十字通りというらしい。
物珍しそうにしているアルとバド達とは違い、ダングさんは普段と変わらないペースで馬車を進めていく。十字通りは馬車が三台すれ違い、そして通行人が余裕を持ってその脇を通行出来るほどに広い。通行人の頭越しには、色々な露天や商店が並んでいるのが見て取れ、威勢の良い呼び込みが飛び交っている。アルは武器屋と防具屋を発見して入ってみたくなるが、とりあえずの最優先は神殿だったことを思い出す。
ダングさんが荷を持っていくのは街の中心、神殿はそこを少し通り過ぎた所にあり、少し南側にある。十五分程馬車を進めると目的地に到着した。
「さぁ、冒険者ギルドだ。中でちょっと素材の取引きをしてくる。バド達もダンジョン行く前にここで冒険者登録せんとだめだろ。アルは俺が出てくるまで待ってろ」
冒険者ギルドはかなり大きな建物だ。何ならこの建物だけでミレイ村と同じくらいの広さかもしれない。ダングさんは必ず最初にここに来る。建物脇にある馬車を止めるスペースに行くと、職員らしき人が近寄ってくる。
「大丈夫。神殿までなら道も覚えてるし、十字通りを真っ直ぐ行くだけなんだから一人で行ってくるよ」
アルは飛び降りながらそう言った。
「いや、お前………さすがに、それは俺の監督責任がだなぁ」
アルはダングさんの方を既に見ていなかった。馬車の荷台から未だ出てこれていない三人に向かって簡単に声をかける。今生の別れとも言い難いし、仲も別に良くはない。それくらいが丁度いいだろう。
「バド、クリス、ソフィア。じゃあね。頑張って」
「おいアル…アルフォンス…!」
バドが何か言いかけたが、聞きたくなかった。
彼らはこれから、この街で暮らしていく。パーティーでダンジョンに潜り、冒険を繰り広げる。ダングさんと一緒に村へと帰るアルとは違う。
アルは馬車を飛び降りると、南の方へと駆け出した。
後ろから「三時間後にここに集合だ!」というダングさんの声が追い掛けてきたが、引き留めるようなものではなかったのでほっとした。
「さぁ!獲れたての野菜だよ!」
「なんでもブルドー帝国の動きがまた怪しいらしい」
「そこの坊っちゃん!魚ならここでしか手に入らないよ!」
「今なら付与のついた斧が安いよー!」
「ブルドーもそうだがギャルム魔人国も最近騒がしいって聞くぞ」
「おいガキ。おめぇ冒険者か?」
「おいやめとけ!子供にまで絡むなよ」
「ねぇ!可愛いねボク?お姉さんとイイコトしない?怖くないよ」
「アンタ、ほんとにこういう系好きよね。あらでもほんとカワイイ。どう?お姉さん達が手取り足取り教えてあげるよ?」
「なんだ?ポーション一つが五百ギルだと?ぼったくりやがってこのヤロォ!」
「おいおい止めろ止めろ!買わねぇなら出てけオラ!」
「今からダンジョンに行くが、回復魔法を使える奴を募集している!レベルは14からだ!」
やっぱりこの街は冒険者の街だ。
ワクワクドキドキムラムラの宝庫である。
しかし、この街にいずれ出てこられるかどうか。それはこれからのレベルアップにかかっている。遠目に神殿が見えている事もあり、数多の誘惑を振り切る度にアルの足は自然と早くなった。
神殿という建物は、かなり目立つ。真っ白な石造りで、無駄に柱が多いというのが印象的だ。大きさはそこまででもない。建物の中には創造の女神様を模したといわれる像が置いてあり、その前には十人くらいが腰掛けられる長椅子がたくさん置いてある。それだけだ。他には何もない。物以外では神父のような格好をした男の人が像の横に立っているだけだ。
長椅子は八割くらいが人で埋まっている。そしてそのほとんどが、淡く光っている。これがレベルアップのために必要なお祈りだ。
まずは、女神像と神父の所に行き、銅貨一枚を支払う。そして空いている席につき、祈る。祈る内容は特に言われたことはない。なるべくいっぱいレベルが上がりますように…と祈る人が多いのだろう。アルは今回はそれと同時に、"スキルが解放されますように、そのスキルが戦闘向きでありますように"と必死に願った。
アルには夢があった。
ミレイ村の自宅には、絵本が五冊ほど置いてある。アルが生まれる前に、父さんがいずれ読み聞かせようと買ったものらしい。それらの本は全て、勇者や英雄が、魔王を倒すという物語だった。主人公はどこにでもある村のなんでもない男の子。強力なスキルを授かり、信頼できる仲間と出会い、悪の王である魔王を倒す。アルはそんな物語に憧れていた。
英雄になりたいわけじゃない。勇者じゃなくてもいい。
アルは、仲間が欲しかった。こいつなら命を預けられるという仲間が。
苦楽を共に、世界中を冒険する。そんなパーティが。
そのためにアルは祈る。
身体がほんのり熱くなってきたのが解る。
今。ホーンラビット相手に命をかけた経験が。狩り方を必死に模索した時間が。強くなると言う覚悟が。この身に、骨に、肉に、神経になっていく。
ドクンッ―――――
やった。心臓が大きく跳ね上がる。レベルアップの鼓動だ。
アルは今レベルが上がった。しかしまだ祈りの熱は冷めない。
ドクンッ―!
今のもしかして、二つ…目?
その鼓動の直後に、身体を覆っていた熱が冷めていくのを感じる。レベルアップした際の鼓動の直後に身体の熱が冷めた。そのタイミングからすると、ギリギリレベルアップに届いたみたいだ。嬉しい誤算だ。スキル…!スキルは!
アルはまるで泥棒の様にそそくさと神殿を出ると、どこか人のいなさそうな所へと急いで向かった。こんな人混みのなかでステータスを開くわけにはいかない。誰かに覗き見されるという事以前に、常識的に不味いという事をダングさんから教えられていた。例えば急に街中で服を脱ぎ出す様なものだ、との事だ。
神殿から五十メートルほど離れた所で、建物の陰に入る。裏路地とまではいかないが十分に人は来ないだろう。少し薄暗いが大丈夫。ステータスは明るいから見えない事はない。
一つ。――――――――――大きな深呼吸。
来い………。来い……………。
「ステータスオープン」
―――――――――――――――
名前:アルフォンス
職業:短剣使い
Lv:8
生命力:800
魔力:800
筋力:650
素早さ:900
物理攻撃:800
魔法攻撃:800
物理防御:850
魔法防御:800
スキル:【空間魔法】…【斬撃】【召喚】
武器:鉄の短剣
防具:牛革の防具
その他:なし
―――――――――――――――
スキルが!出てる………!!【空間魔法】!
魔法……………か。
【空間魔法】って何だ?………わからん。
とりあえず剣士とかの道は絶たれたという事だけは解った。アルは腰に吊るしている短剣を、無意識に指で撫でていた。
欲を言えば、剣に関わるスキルが欲しかった。アルが何度も夢に描いたのは【剣術】のスキル。その【剣術】スキルを持っているだけで、冒険者として飯が食っていけると言われている程の物だ。
なんだか、自分が今まで積み上げた物が白紙に戻った様な気分だが、仕方ないのだろう。いや別に白紙に戻ったわけではない。それが活きる場面というのもあるに違いない。無駄な事なんて無いはずだ。あとは、このスキルがどういうものなのかは解らないが、戦闘向きである事を祈るしか
「おう、ごめんよ、君。少しおじさん達と話良いかな?」
突然背後でした声に、アルは飛び上がった。
………君?君って僕の事?誰だろう?こんな人気のない路地で?これは、イヤな予感。
またバドお前かよ………!
脅かすんじゃねえよ!……………なわけないよな?
とりあえずステータスを消し、ゆっくりと首だけ振り返る。男が四人。やや逆光で見え辛いが、年齢は二十台後半から三十台後半まで。
………いやいや四人は多い。しかも体つきからして全員が鍛えている。もしかしたら冒険者かも知れない。戦うというのは無理だ。アルよりレベルもステータスも圧倒的に上だろう。
「な、何か…?」
「いやぁ、それがおじさん達。お財布落としちゃってね?家に帰れずに困ってるんだ。出来たらお金貸してくれないかな?」
馬鹿にしたような調子で話してくる男は一番下っ端に違いない。どうやら要求はお金みたいだ。せっかく貯めたお金………。出来たらスキルに合わせて装備も買いたかったんだけど。仕方ない。
「き、金貨銀貨はないんですが、銅貨と鉄貨なら少しは………」
銅貨と鉄貨の入った袋を恐る恐る渡す。
フフ………フハハハハ!馬鹿共め!
こんなこともあろうかと、金貨と銀貨はダングさんにとりあえず預けてきたのだ!ざまぁみろってんだ!
心の中でささやかな抵抗を続けるが、決して顔には出さないように注意する。しかしアルの言葉を聞いて、スキンヘッドの男が手前の下っ端を押し退けて出てくる。そしてその男の言葉が、アルの運命を全てひっくり返した。
「おいどけコラ。だからこんなガキ、大して持ってねぇって言っただろうが。
マジでもう金持ってねぇのか?あぁ?それよりオメェ綺麗な顔立ちしてんな。女じゃねぇのか?男装してるとかってオチじゃねぇのか?まぁどっちでも良いか。おい、てめぇらこいつ隠れ家に連れていけ。俺等で遊んでからマッドの所に連れてくぞ」
え………ちょっとまって?欲しいのはお金じゃ?マッドって誰?
遊んでから………?ってまさか?いや、僕、男だし。どっちでも良いって何?そんな事ってあるの?
ちょい待てって!?僕ホントに男だって!俺!雄だって!ちゃんと付いてるって!
イカれた目をした(様に見える)スキンヘッドの男の手がアルに伸びてくる。アルの右手が咄嗟に短剣に伸びた。
―――その時。
ガアァンッ!
人が降ってきた。空から。と言うより建物の屋上からか?いや、そんな事は今となっては僕の雄雌くらいどっちでもいい。いややっぱり雄雌はどっちでも良くない。
重要な事は、スキンヘッドを初めとした四人組が仰向けにひっくり返ったという事だ。
アルはまだ立っている。その人物の攻撃対象で無かったからだ。目の前の人物はフード付きの茶色ローブに頭まですっぽりと覆われ、顔どころか装備も見えない。ローブから出ている物といえば、武骨な鉄の剣。どこにでも売っている様な雑な作りの剣から、男四人を吹き飛ばすほどの剣圧が生じたのだ。
「テメェ誰だッ!」
スキンヘッドが状況を確認したのと、ローブの人物に手を引かれて走り出したのは同時だった。
かなり…速……い!身のこなしもしなやかで、手を引かれているだけのアルもかなりの速度を出せている。そのせいで最初の角を曲がってすぐの所でその人物の顔を覆っていたフードが外れた。
流れるような長い金髪が現れる。女性だった。
後ろで括られた髪は風に靡いてふわりと宙に漂う。後ろを走るアルの鼻を、花の様な香りがくすぐった。
彼女はちらりと後ろ見に後方を確認すると、長い睫毛とキリっとした目が見える。すぐに大通りの方角へと曲がり角を折れた。大通りはもうすぐそこだ。
しかし、彼女は大通りのすぐ手前、陽の光が腰まで射し込む辺りで止まった。そしてどこからともなく取り出した白いローブを、フードからアルに被せる。アルが軽くフードを持ち上げた時には、今度は彼女の全身が顕になっていた。茶色のローブと鉄の剣はどこにもない。
身に付けているのは透き通るような青空を連想させるような色のプレートが所々に使われた装備。それはパワーファイターがするような重装備ではなく、アルと同じような機動性を重視した鎧。そして、腰には剣。かなり細い。細剣と呼ばれる類いの剣だ。女性が使うことの多い、突きに特化した剣である。
そして何よりも目を引くのは、その美貌。
全体的に幼さが残る顔立ちではあるが、少し化粧された様子からもアルより年上なのは分かる。すっと高い鼻。前髪は右目の上で左右へと分け、他は一つに纏めている。白い肌には傷一つなく透き通るようだ。
彼女は路地の壁に自らの背をもたれかけさせると、アルを引き寄せ、アルの股の間に自らの右脚を差し込む。アルがいわゆる"壁ドン"しているような体勢だ。ただこの場合アルは壁ドンをさせられているのであって、ドキッとしているのももちろんアルの方だ。
そんなアルの動揺もよそに、彼女は流れる様な所作で左手の指を絡め、右手はフードの上からアルの頬に……………。
え、え、え、ちょっと待って!?
いや、やっぱり待たなくていいかも。
「すまない」
彼女は端的にそう言うと、そのままアルの顎先を引き上げて、キスした。