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39話 神の教え

途中からシェイラ視点です。

「おいおいあんた。話が違うんじゃないかい?」


「言ったじゃないですか。僕はずぶの素人だって。それに僕が尾行されてるのに気付かなかったのはお互い様です」


隣でシェイラさんが焦った声を出すが、僕だってこんな話は聞いてない。きっと僕がある程度目星をつけていたのがバレていたのだろう。そこで僕が尾行してるのを尾行されたと。


「早く楽しませてよォ。疼いてたまんないのよォ」


ローリ様は完全にイッちゃってる。

シェイラさんと言う好敵手が彼女の何かに完全に火をつけたらしい。幸いその矛先はアルには向いていないため、アルはこそこそと二人から距離を取った。


「すみません。あぁなった彼女は、止まらないかも知れません。御守りのライナーさんもいないみたいだし………」

「やっこさんヤバいね。やっぱり相当強いわ」

「レベルとしてはウィードさんよりも上です」


やっぱりね。あたい死んじゃうかも。

そう呟いたシェイラさんは刃渡り十五センチ程度のナイフを抜くと、腰を低く構えた。まぁローリ様もイッちゃってるとは言え、流石に殺しはしないだろう。


初手は、我慢しきれなくなったローリ様だった。手が霞む程の速度で矢をつがえる動作をすると、同時に詠唱した。


「"雷よ貫け"ェ!」


暗闇を切り裂く様な一条の矢。雷光に照らされたシェイラさんとアルの顔が驚愕に染まる。昨日とは威力、速度がまるで違う。


驚異的な反応を見せたのはシェイラさん。瞬時に矢の軌道を把握し、頭部を十センチ動かしただけでそれを避けて見せた。それでもシェイラさんの頬には一筋の火傷痕が残る。

アルは膝の力が抜けそうになった。


「今の、頭狙って?もし当たってたら………」

「まぁ頭の一つや二つは弾け飛んでただろうね。近寄るしかないか…」


シェイラさんの声も震えている。

まずい。………まずいまずいまずいまずい!

あの人、本気で()()気だ!


「クヒッ!」


変な笑いを一つ溢したローリ様はまた詠唱しながら矢をつがえる。荒々しい口調とは相反して、その一連の動作は流麗で淀みない清流の如く行われる。息をすって吐く。彼女にとってはそれと同じ様に余分な力は一切無い、完成された所作。


「"火よ貫け"」


豪々と燃える火矢が放たれる。シェイラさんの姿は既にそこに無かった。地を這うかの如く、ローリ様に接近している。矢と交差する瞬間、半ば転げながら躱す。完全には避けきれず黒い服の袖が燃え始める。

しかしシェイラさんは止まらない。右肩を燃やしながらでも得たチャンス。

ナイフが届く。そう確信した。


「アハッ!よく来たね!」


ローリ様の弓、握りのすぐ上の部分で、刃を受け止めている。何の素材でできているのか、まるで金属同士が衝突した様な甲高い音が鳴った。


「あぁァァァ!残念。"風よ貫け"」


矢が具現化されるより先に、シェイラさんは回避行動を取っていた。矢の斜線から逃れる様に深く体勢を沈める。加えて弓を射るモーション中を狙って再度ナイフを突き出す。


「はい!それもダメェ!」


今度は握りの下部分でシェイラさんの顔面を殴り飛ばす。どうやらあの魔法の矢は、詠唱してすぐに射たなければならない訳でもないらしい。

ただシェイラさんのナイフもローリ様の大腿部内側を大きく切り裂いていた。残念ながら少し浅く、大腿動脈には届いていない。


「これで終わりかなァ?」


シェイラさんが殴られたノックバックで数歩分距離が空く。ローリ様の右手には緑色の光が灯っている。先程詠唱した風の矢か。恐らく指に溜める事が(ストック)できるのだ。

弦を引くと、手元の光と引き換えに風の矢が精製される。


「まだだ!」


怒声と共に行われたシェイラさんの投擲。腰から取り出したのは太い針の様な物。弓を射る直前の、体勢的に最も隙のできる部分。そこを狙った命懸けの強襲。


顔面に向けて放たれた針、しかしそれすらも届かない。弓を引いたままの右手。ローリ様はなんと、その手の中指と薬指で針を掴んで止めて見せた。


「はい終わりィ」


そして無情にも放たれた風の矢は、シェイラさんの腹部を貫通。

地面に刺さった後、夜風に流されて消えた。


「ぐッ…レベルだけじゃないってかい………!」


崩れ落ちるシェイラさん。腹部からの出血が地面を赤黒く染めていく。ローリ様は弓を構えながらゆっくりと近づくと、足元に転がったナイフを蹴り飛ばした。勝負あった。


そのまま捕縛してから、回復薬(ポーション)をかける。そうするのが当たり前だ。そうするものだと思っていた。しかし【戦闘狂】が発動したローリ様には、(ことごと)く予想が裏切られる。


「"火よ貫け"」


シェイラさんの頭へ標準を合わせると、炎の矢が顕現する。

彼女はニヤリと笑った。


殺される。


アルは地面を蹴った。

【瞬間加速】を使用し、可能な限り速く二人の元に向かう。


時が凝縮される様な感覚の中で、弦を引き絞った右手が緩められるのを感じた。寸分の違いなく、シェイラさんの眉間に向けられた矢。間違いなく、彼女の命を断つ。


あと二歩、間に合わない。何とかしろ!何とかなれ!


斬撃(スラッシュ)】!


アルは剣を振っていた。

その詠唱を言葉に出す時間ももどかしい。頭の中で念じただけだったが、確かにそれは発動した。


漆黒の斬撃が、()()()()()

真っ直ぐ、ローリ様の持つ弓に向かって。


矢が手から離れたと同時。

その【斬撃(スラッシュ)】はローリ様の左手に命中する。


アルが行う直接的な斬撃の、半分にも満たない威力。彼我のステータス差を考えれば恐らく()()()()程度の威力しかないかもしれない。

しかしその悪足掻きは、確かに、矢の軌道を僅かにズラす事に成功する。


矢はシェイラさんの頬を(えぐ)りながら、彼女の背後に刺さると、決して小さくない爆発を起こした。


吹き飛ばされるシェイラさんの身体を、飛び付いて身体で受け止めると、そのまま数メートル転がされた。


「大丈夫ですか!」

「あん…た…ゴフッ!」


彼女は生きていた。

すぐに【保管(ストレージ)】からポーションを取り出すと、腹部に二三本分ぶちまけ、一本は手渡して飲ませる。


なんとか、繋ぎ止めた………。

アルは側に落ちていた二本の短剣を拾うと、その()に向き合った。


「なァに?アルフォンス。あなたも私とヤりたいのォ!?あなたのその訳分かんないスキル!興味あったのよねェェ!?」


【戦闘狂】は全然解けていない。どころか、その敵対(ヘイト)はアルへと移りつつある。幸い彼女はまだ近付いてこない。本気を出した彼女の【魔法矢】は、今のアルには避けられない。それを向こうも解ってるんだろう。


「あんた、間抜けも良いとこだね。あのまま放っておけば、死ぬのはあたい一人で済んだのに」


アルの背後では回復を終えたシェイラさんが憎まれ口を叩いている。あと数センチて死ぬところだったのに、よくもまぁそんな口がきけるもんだ。


「"風よ貫け"」

「【(シールド)】!」


ローリ様の不意打ち………!

しかしアルは今、"あの境地"に入っている。左肩に向かってくる風の矢の軌道を瞬時に把握し、掌大の一点に凝縮した【(シールド)】で迎える。


簡単に【(シールド)】が霧散した。

左肩に鋭い痛みが走る。これでも防ぎ切れないのか…!


「ぐがッ」


もっと魔力を込めないと、【(シールド)】でも防げない………!

矢は【(シールド)】だけでなくアルの左上腕も貫通し、綺麗に風穴が開いている。


これは………まずい事になった。







シェイラの人生は、例えるなら"夜"だった。


両親は幼い頃に亡くした。

母さんは流行り病で、父さんは病気だった。原因は分からないと回復術士(ヒーラー)に言われた。怪我と病気は違うのだとか。父さんはそれでも母親より二年も頑張って生きてくれた。


幸い、シェイラには引き取ってもらえる親戚がいた。

しかし彼等も決して裕福では無かったため、貧しい生活が続いた。


シェイラが盗みを覚えたのは、もう十年以上も前の事だ。

二十歳を越えてスキルの【変装】がLv5になった時、シェイラは盗賊を本業にしようと決めた。【気配遮断Lv3】もある。盗賊こそが私の天職だと世界が告げている。神様が私に盗みを働けと言っているのだ。だからこの能力を活かさない事こそ罪。そう思うことにした。


当時は依頼があれば暗殺も請け負っていた。盗賊と言うよりは暗殺者と言った方が正しいかもしれない。


向かうところ敵無しだった。盗みでは【透視】スキルもかなり役に立った。誰が懐に何を持っているのか一目で分かる。変装で容姿を変えて近付き、盗みまたは殺しが終わればまた違う変装でしらを切る。それだけでもシェイラを捕まえられる者はいなかった。


ゴールドナイツにやって来たのは一年ほど前。男が女を漁りに来る街。集まる男達も下衆(ゲス)なれば、身体を売る女達も下衆。そう言う認識だった。

この街に来る目的は、商人や貴族、冒険者からの盗み。それだけ。


しかしいざこの街に来てみると印象は変わった。やはり男達は下衆ばかりだったが、女達は違った。どちらかと言えば、馬鹿な男達から搾取している印象さえ受ける。加えて、ここの女達は皆強かった。精神面でも肉体面でも。


シェイラはすぐにこの街が好きになった。ここの人達も。

それでも盗みはやめられなかった。盗みは既にシェイラの一部だった。その代わりと言ってはなんだが、殺しは止めた。盗む相手も悪どい事をしていると噂になっている奴からに絞ったし、命を奪ったりもしなかった。

ここは酷く、居心地が良かったのだ。


何でもないいつも通りのある日。裏で奴隷のやり取りをしている様な腐った商人から盗みを働いた。()()()をしようと言って裏路地に連れ出し、向こうが迫ってきた所で金品を掠め取って逃げる。

今日も上手くいった。ちょろいもんだ。


しかしその逃走中にそいつは現れた。一見して平凡な少年。いやぼちぼち青年になりかけ、くらい。おとなしそうで整った中性的な顔立ちに、この街の総帥殿と同じ珍しい黒髪。

しかし服の上からは分かりにくいが、身体もなかなかに鍛えている。そしてレベル39のシェイラとぶつかっても怪我もしていない身体能力(ステータス)

そこまで並べればもはや平凡な青年とは言えないか。


まぁどっちにしろ、会うのはこれっきりだと思った。だから翌日、総帥殿と一緒に商業区へ来たときには驚いた。総帥殿の知り合い?にしてはこの街では見ない顔だ。


さらにはその夜。そいつは現れた。

なんと、あたいを尾行してやがった。仕方ないから正体をバラすと、この街を出ていけとか言ってくる。しかもあたいを見つけたら好きにして良いって約束には目もくれない様子。流石に相手は半分しか生きていない様なガキだ。その点については悔しくなんか無い。それだけは絶対に無い。


そしてその青年は、どこから漏れたのか皆目検討もつかないが、こっちの情報をかなり持っていた。交渉以外で情報の漏洩を防ぐには、殺すか、もしくは監禁拷問の類いしかない。

残念だが大人しくこの街から出ていくか。気に入ってたのにな………。


そんな事を思い始めた時。

奴は現れた。この街の騎士団、総帥殿。ローリ・ナイツ。そのカリスマ性と実力はこの街なら誰もが知るところである。そして噂によれば、彼女は戦闘になると()()する。そして総帥殿は、現れた時から戦闘体勢だった。


それでも逃げると言う選択肢は何故か頭に無かった。それは、地の果てまでも追ってきそうな殺意によるものか。もしくはその直前に少年との真っ直ぐな、まるで交渉術とも言えない様なやり取りがあったからかも知れない。


シェイラも腕には自信があった。しかし結果として、まるで歯が立たなかった。

そこでやっと、レベル以外での対人戦闘の経験の差を思い知った。彼女は噂では元Bランク冒険者。正面切っての殺り合いなどは、御家芸とも言える凄腕。対してあたいは相手の寝込みや不意討ちばかりを狙ってきた暗殺者。勝敗は目に見えている。


しかし最も厄介な所は、戦闘狂の名の如く我をかえりみない闘い方だった。致命傷とならない攻撃なら防ごうともしない。相手の攻撃より深く入るなら刺し違えても良い。そんな闘い方。

そんなの人間の反射に反している。


加えて普段の様子からは想像できないほど、彼女は冷徹で、そして無慈悲だった。

風の弓とやらを一発もらった。シェイラの腹部にはかつてない程の穴が空き、血溜まりができる程の出血。これは暗殺者として働いていた時の経験からして、あと五分も持たない。


しかしそのタイムリミットすら、のんびりと待ってくれる様な彼女ではなかった。もともと外さないだろうに、余分に距離を詰めて詠唱する。厳かな意匠の弓に、燃え盛る炎の矢が装填される。火花を散らしながら燃え盛る炎はとても神々しく、そして綺麗に見えた。


これが、死と言う景色………。

シェイラは諦めた。総帥殿の右手の指が緩んでいくのを、ただじっと見つめていた。


放たれた炎の弓が目の前の視界から消える。


きっと眉間を突き抜けたんだ。今にも脳に燃えるような痛みが来る。幸運であったなら、脳の感覚野も貫かれているだろう。そうすれば痛みは感じないかもしれない。


「…え」


正面の総帥殿は、何故か驚いた顔をしていた。そして脳を焦がすはずの火の痛みは、頬から伝わってくる。その痛みを理解する様な暇もなく、背後で爆発が起こる。

シェイラは蹴鞠(けまり)の様に弾き飛ばされた。


「大丈夫ですか!?」


その声の主は、先程の青年だ。

この子が何で…?まさか助けられた………?いや、この子のレベルは高く見ても、せいぜい二十半ば。何が起きた………?


青年はすぐに回復薬(ポーション)をシェイラの身体にかけた。そして一本を手渡してくる。


貰った回復薬(ポーション)を急いで飲みながら、シェイラは思考を無理矢理切り替えた。

状況はかなり悪い。この青年を巻き込んでしまったのだ。総帥殿がどこまでぶっ飛んでるか分からないが、最悪二人とも殺られてしまうかもしれない。


シェイラの前に立ち塞がった青年。短剣を二本持っているが、例えシェイラと同時に接近戦を挑んだとしても、その剣が彼女に届くことは恐らく無いだろう。


「"風よ貫け"」

「【(シールド)】!」


そして無情にも風の矢が青年の左肩を防具の上からぶち抜く。

やはり総帥殿は全く手加減していない様子だった。


しかし驚くべきは直前で青年が行使した魔法スキルだった。

どう見ても魔法スキルだが、詠唱している様子はない。スキル名を叫んでいるだけに見える。しかし直前で現れたその黒い壁は矢の威力を明らかに弱めている。でなければ先程の矢で肩から先が吹き飛んでいてもおかしくはない。


「あんた、馬鹿な事は止めてそこを退きな…」


大きな血管を損傷したのか、青年の肩からは血が噴き出している。すぐに死ぬことはないが、左腕はもう使い物にならないだろう。


これはもう、詰みだ。

ここから、未だに腹部を回復中のシェイラと、左腕が使えないこの青年。対して総帥殿はほとんど無傷。唯一の可能性は魔力切れだが、それも期待薄だ。魔力の残量が少なくなると、気分不良や吐き気、目眩などの症状が現れるが、けろっとしたその表情から見て魔力にもまだまだ余裕が有りそうだ。


「行きな。あんたが逃げる時間くらいは稼いでやるよ」


それは死を覚悟したシェイラの謝罪と情けだった。シェイラ自身も万全ではない。なんとか立ち上がれはしたものの、腹部に激痛が走る。それでも三十秒程度ならば何とかなるかもしれない。


「もう終わりなのォ?つまんないなァ?」


「二人とも生き残れる可能性は有ります。あの【戦闘狂】(モード)にはいくつか弱点が有りそうです。いや、欠点と言うべきですか。その欠点を突いて最大効果が出せれば、なんとかなるかもしれません」


無遠慮に近付いてくる総帥殿を見据えたまま、青年はそう言い切った。先程の戦闘を見ていたはずなのに、どこからそんな自信が出てくるのか。


そしてすぐに青年は行動に出た。しかしその予想外の行動に、シェイラだけでなく総帥殿ですら呆けて見入ってしまう。


彼は身に付けていた防具の留め金を外し始めたのだ。がしゃんと音をたてて地面に落ちる防具類。その手に持っていた武器すら、取り落とす。


そして彼は、服だけになった。身を守る物など何もない。だが、不敵な笑みを浮かべて顔の半分だけをこちらに向けて言った。


「ウィードさん。協力してください」

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