37話 何が濡れるの?
「一体何が起きておるのじゃ。ちょっと目を放せばすぐ問題に巻き込まれおって。更には毎回美女と一緒と言うのが一番腹立たしいわ」
「まさかこんなに早く、この街の"総帥"、ナイツ男爵様と知り合いになるなんて。アルフォンス君、君ってやつは本当に凄い奴だ。どうやったのか是非教えてくれ」
「泥棒の容疑者にされた上に問答無用で攻撃されれば、ある程度は仲良くなれますよ。是非試してみてください」
アルはなんとか、シオン達と合流できた。と言うよりさせてもらえた。あの後弓を取り上げられた総帥様とやらはすぐにおとなしくなり、アルの容疑を晴らすためにシオン達が連れてこられたと言う訳だ。
「アルフォンス。悪かったですね。私ったら少々興奮してしまったわ。いきなりあんなモノを見せられて。………痺れたわ」
「いやいや、紛らわしい言い方しないでください。いきなりはあなたですし、それに痺れたのはこっちです」
場所は玉座があった部屋から、隣の応接室に移動していた。
先程の部屋ほど広くはないが豪華な家具が並び居心地は断然良い。
目の前に座るのは妖艶な服装の総帥様。興味深げな視線をアルに向けている。
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名前:ローリ・ナイツ男爵
職業:ナイツ・シュバリエ総帥
Lv:42
生命力:4150
魔力:4450
筋力:4100
素早さ:4300
物理攻撃:4300
魔法攻撃:4300
物理防御:4350
魔法防御:4250
スキル:【弓術Lv4】【魔法矢Lv4】【遠視Lv3】【戦闘狂】【カリスマ】
武器:キングトレントの魔弓【魔法威力上昇Lv4】
防具:魔絹の着物【魔力消費軽減Lv3】
その他:ミスリルの簪【魔力回復Lv3】
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【鑑定】の結果、先程のこの人の攻撃は【魔法矢Lv4】と言うスキルで行われただろうと言う事。そしてレベルから考えてあの攻撃は全然本気ではなかったと言う事が分かった。きっとあの雷の矢も、当たっても死なないような程度だったのだろう。………たぶん。
「挨拶が遅れたわね。私はこの街を取り締まるナイツ・シュバリエの総帥。ローリ・ナイツよ。ついでにここゴールドナイツを治める領主であり、一代貴族、つまり男爵の名誉を戴いているわ。よろしくね」
なんか称号が沢山………。
この人、あんな戦闘狂のくせに、かなりのお偉いさんだったのか。アルはあまり目上の、特に貴族の人とは関わった事はない。無礼を働かない様に気をつけなければ。
「は、はい。こちらこそよろしくお願いします。
僕は冒険者のアルフォンスです。パーティメンバーのシオンと、アルテミスからここまでの護衛任務の依頼主であるアイザックさんです」
「アルフォンス君!まるで僕が他人みたいじゃないか!」
急に怒り出すアイザックさん。何とか総帥様と繋がりを持ちたいという下心が透けて見える様だ。
「他人も何も。そのままの説明なんですが………」
「お主はもう帰って良いぞ」
「そうですわね。ライナー。この者を外までお見送りして」
「あぁ、ナイツ男爵様どうか………。お待ちください………あぁ…」
ライナーさんに無理やり引っ張られていくアイザックさん。抵抗しようとはしているが、倍以上のレベル差があればそんなものか。
ここまでの感謝を込めて少しだけ手を振っておく。一応ではあるが丸二日、同じ釜の飯を食った仲だ。またどこかで会うことも有るかもしれない。
「さて。アルフォンス。私は君に大いに興味があります。
盗賊ウィードと話していたと言う事実以外でも、見たこともない魔法スキルを使っていましたね?私のスキルもかなり珍しい物ではありますが………」
「申し訳ないですが、それについては流石に総帥様でも教えられません。アイザックさんとシオンの証言で僕はウィードとは関係ないと分かったはずです。これから宿を探さなければならないので、できればもう行きたいのですが…」
アルのはっきりとした拒否を聞いて、総帥様の目が細くなる。中には自分のスキルを自慢するような冒険者もいると聞くが、そんな愚行を犯す気にはなれない。
総帥様は顎に手を当てると、くすくすと可憐に笑った。
「あら、お待ちになって。残念ながらまだ、君が無実と決まったわけではないわ」
「え?」
「悪童は仲間を庇うものよ。あなたの無実を訴えるのは、君のお仲間だけ。その方達以外の証言がないと無罪放免と言う訳にはいかないわ」
冷静に言い放つ彼女は半笑いだ。きっとアルが無実だと分かっていてそう言っている。
もう少し付き合ってもらうわよ。そう言外にアルへと伝えている。
言っている事はごもっともなのだが、しかし確かにこれは深刻な問題だ。何故ならアル達はこの街に着いたばかり。そんな人間の身元を証明してくれる人達がいるはずもない。
最悪、アルテミスギルドに連絡を取るしかないかもしれない。
「とりあえず君の無実の証人を探しに行くとしましょう。アルフォンス。一緒に来なさい。ちょうどライナーが帰ってきたわ」
どうやら今度はアルが、ライナーさんに摘まみ出される番だった。
シオンの同行は許可されず、この応接室に留まるようにとの事で、アルは今総帥様とライナーさんに挟まれる形で歩いていた。総帥様はかなりおしゃべりだが、それに対してライナーさんは無口。真反対な取り合わせだが二人の相性は悪くなさそうだ。
アル達は来た道を街の入り口の方へと戻っている形だが、道行く人はかなり多い。時間が遅くなればなるほど人が増えている印象だ。そのほとんどが男なのだが、総帥様の姿を見た途端に道を空ける様に後退りしていた。この街では、この美女が何者なのか知らない人などいないのかもしれない。
「総帥様はその若さで一代貴族を賜ったとの事ですが、何を成されたのですか?」
「私ですか?簡単ですわ。このナイツ・シュバリエを創ったのです。今から五年前の事です」
総帥様は、それ以上は語らなかった。その言葉の先を引き継いだのはライナーさんだ。
「総帥がナイツ・シュバリエを創るまで、この街は酷い所だったのだ。女達は常に虐げられ、それが普通だと思っていた。当時からこの街は国内最大級の花街だったが、その実態は杜撰の一言。当時は細かな取り決めは無く、客と揉め事が起きても対応はその店次第。実情は力を持った冒険者の言いなりだった」
彼女の手に力が入るのが見てとれた。ライナーさんの声の感じは40代前後と言った感じ。もしかしたらこの人はその時代を体験してきた人なのかも知れない。
「そこへ総帥が現れた。この街の自警組織としてナイツ・シュバリエを創り、ここの女性達の労働環境は改善された。ここに住む女は皆、総帥を尊敬している」
「やめてよライナー。あんまり褒められると濡れちゃうわ」
この人を尊敬………?
してきた事は本当に凄い事で、それこそ尊敬に値する事なのだろうが、この調子ではイマイチその凄さが伝わってこない。もしかしたらこれがこの人なりの謙遜なのかも知れないが。
そしてそんな話をしているうちに、三人は街の入り口付近へと来ていた。相も変わらず女性は男を手招きし、男はそれを受けながら好みの女性を探している。
しかし先程通った時と明らかに違うのは、総帥様の存在だった。女性達が彼女を見るや否や、黄色い歓声を上げているのだ。どうやらこの街の女性達からすると、総帥様は本当に尊敬されているみたいだ。
そんな中、総帥様が商売中の一件に近付いていった。
女性達の興奮が一層ヒートアップする。アルはなんだか近付くのが躊躇われたので、ライナーさんと遠くからそれを見ていた。
「すまないね。今日は客としてではなく仕事で来たんだ。ほら、あそこに私と同じ黒髪の少年が………」
"今日は客としてではなく"………?その言葉には違和感がある。アルの狭い常識には当てはまらない。
そして明らかに店の女性達の好奇の目がこちらに向けられ始めて、アルは目を逸らした。それにより向かい合う事になったライナーさんが、仮面越しでもニヤリと笑ったのが見える。
「ラ、ライナーさんは、総帥様とどう出会われたのですか?」
「私か?私はもともとここで働いていたのだ。もういくぶんか前の話だが。その時、総帥がここにやってこられた。当時、総帥は名の売れた冒険者だったが、ここの惨状を見るとすぐに行動を起こされた。私達娼婦の中から何人か選び、騎士団を構成した後、この街独自の法を創ると言ったのだ」
「またえらい行動力ですね………」
ライナーさん。無口な人かと思っていたら、意外と話し好きみたいだ。当時の事を思い出しているのか、親の自慢話をする子供の様にライナーさんは微笑んだ。
「ふふ。そうだろう?
当時は皆が"何をバカな事を"と言っていた。"女が必死こいてレベルを上げた所で何になる"と、私も思っていた。しかしその時、総帥が私達に仰った言葉は、今でも一言一句忘れずに覚えている。
"この世界で誰もが平等に使える魔法がある。それがレベルだ。女は男に比べると力が弱い。そんな事は誰もが知っている。しかし女のレベルが男よりも1、高いだけで。女は男に力で勝る。平等に与えられた魔法だが、その恩恵は女の方が大きい。なれば女こそ、己を鍛えるべきなのだ。知っているだろう?女は強い"」
一息に言い切った後、ライナーさんはまた笑った。
その言葉はきっと、本当に一言一句違わぬ物なのだろう。そしてライナーさんはここまで、その言葉を胸に、疑うことなく総帥様に助力してきたに違いない。
レベルと言う魔法………。そんな考え方はしたことが無かった。確かに不思議だ。レベルと言う数字が上がるだけで、ステータスは上昇し力は強くなる。
別にそれで腕が太くなった訳でもないし、身体が引き締まる訳でもない。確かに考え方次第では魔法の様な物かも知れない。
そして、そんな考え方ができる総帥様は、本当に強い女性なのだ。
「アルフォンス、待たせたわね。だいたいどの子に聞いても証言してくれたわ。その内容を鑑みると、あなたがこの街に来たのはつい先程。あの男は昨日泥棒と知り合ったと言っていたから、あなたはウィードとは関係無さそうね。非常に残念だけど。それにしても、こんなにたくさんの女の子があなたの事覚えてるなんて………どうやらかなり目立ってたみたいね?」
不敵に笑う彼女。確かに黒髪は珍しいため、記憶にも残りやすいのだろう。特に尊敬されてる総帥様と一緒の色なら尚の事。
「何はともあれ僕の容疑は晴れたんですよね?それならもう今日は帰らせてもらってもいいですか?」
「それは構わないけど、あなたには盗賊ウィードを捕まえるのを手伝って欲しいのよ。顔を見たんでしょ?一番有力な手掛かりだわ」
あぁ、そうくるのか。この人、綺麗な顔してなかなか腹黒い。
「確かに顔を見ましたけど、向こうも見られたと分かってるなら流石にもう街から逃げているのではないですか?」
「その可能性もあるけど、この街は冒険者や商人が入れ替わり立ち替わり来るから絶好の狩場なのよ。恥ずかしい話だけど、この街はもう一年くらい前からウィードの餌場になってるの。今まで被害に遭った人達の目撃証言があるにも関わらずね。だからきっとまだ犯行は続くわ。
だからお願い。捕まえるのを手伝って?何日か探して見つからなければそれでいいから、ね?少しなら報酬も出すし、冒険者ギルドを通しての依頼と言う形でも良いけれど?」
総帥様が上目遣いを駆使しながら腕に絡み付いてくる。
黒髪の下から覗く大きな黒い瞳が、蠱惑的にアルの心臓をくすぐる。歳上女性の破壊力にはアルテミスでもかなり抵抗力をつけたと思ったが。なんと言うか総帥様には、ミアさんやセシリアさんと比べ物にならない"色気"がある。
いや、もしかしたらこの街がそう魅せているのかも知れない。
「まぁ、その。シオン…パーティメンバーにも聞いてみないとですが…。何にせよ、とりあえず今日はもう帰らせて下さい」
やはり、男はこう言うのに弱いらしい。こんなにストレートに色仕掛けを使ってくる人がいなかったアルには、なかなか手強い相手だった。またシオンに叱られる事になりそうだ。
*
「まぁたお主はそんなやっちもない話に乗りおって。クープヘと最短で行くのではないのか」
翌日。
ゴールドナイツ一番の高級宿に宿泊したアル達は、この三日間からは考えられない程の高級な朝食にありついていた。
そして総帥様からの依頼の件について、ここにきてやっとシオンに相談したのだ。そんな彼女もある程度は予想していたのか、いきなり怒られるような事は無かった。
「や…やっちもない……ってどう言う意味?
いやいや、僕もさ。断ろうと思ったんだけど。困ってるみたいだしさ。少しくらいなら協力してもいいかなぁ?なんて………」
「そんな事言いながら、あの女の色香にほだされたのであろう」
げ、バレてる。
いや違うんですよ。冒険者としての依頼ってなわけで、言ってみれば指名依頼ですし。相手は一代貴族ですし。数日だけでも構わねぇってもんですからはい。
「まぁ良い。探偵ごっこを楽しんでおれば良かろう。妾は手伝わんからの。一人で適当にやっておれ」
シオンはそう言って部屋へと上がって行った。怒っているというよりも、呆れているに近い反応だ。どうやら好きにさせてくれるみたいだ。しっかりと朝食は全部食べきっている所が彼女らしい。
それからアルは一人で総帥様の所へと向かう。道中、昨日まで男客をかっ込んでいた店々は、やはりほとんどがまだ閉まっている。
あの女性達も夜遅くまで働いているだろうから、日中は寝てるのかな?そんな事を考えていたアルだったが、その考えは見事に裏切られる事になる。閉まっている店から次々と、人が出てきたのだ。
全身を防具で固め、武器まで手にしている四人。しかし近づくにつれてよく見れば、その集団は彼女達だと言うことに気が付いた。
確かに間近でよく見たらそのごつごつした防具の中はスラッとした女性的なスタイルであろうと予想できる。
「あー!昨日の可愛い坊やじゃん!あーもしかして朝のを処理しに来たの?でもごめんねー?今はほとんど開いてないんだー」
「え?…あの。お、お、おはようございます」
「お、お、おはようございます。だってー!かーわいー!」
あっと言う暇もなく、取り囲まれてしまう。
とりあえず、朝のとか、処理とかと言ったワードは聞かなかったことにする。
「皆さん昨晩、店に座っておられた方々ですよね?」
「そうだよー?たいていの店は夕方からなんだけど。あ!でもぉ?お姉さんで良いなら特別に夜まで相手してあげてもいいよ?」
「あ、ずるいわ。ねぇ?そう言う事なら、私達の中から好きに選んでいいのよ?」
「君はどんな女性がタイプ?今は防具で見えないけど、胸なら私が一番よ」
「あら、確かに胸は負けてるけど、このくらいの歳の子は脚が良いに決まってるわよ、ねぇ?」
好き勝手な言われようである。
皆さんそれぞれ御綺麗ではあるのだが、残念ながらアルには他にやらなければならない事があるのだ。それさえ無ければ手解きを受けるのもやぶさかではないのだが、残念ながら今は時間がそれほどない。いや、本当に残念だ。悔しいです!ってなもんだ。
「す、すみません!総帥様の所に行かなければならないので僕はこれで!」
猛ダッシュでその場を離れる。
背後から「後で待ってるからねー!」とか「やっぱり脚でしょー!?」なんて声はきっと幻聴だ。あー聞こえない。
そのままナイツ・シュバリエの本部までやってくると、アルは門兵に総帥様への伝言を頼んだ。
明らかに怪しんでいた門兵だったが、なんとか伝えてもらえた様である。その証拠に、なんと総帥様本人が直々に現れたのだった。後ろにはライナーさんも従えている。
「良い返事が聞けて何よりですわ。今日から取り組んで下さるのでしょう?」
「ええ。受けたからには、僕としても早くこの件を片付けないと、パーティメンバーに叱られそうなので」
シオンは今頃、あの高級宿で二度寝を決め込んでいる所だろう。自分が寝るのは好きなのだが、アルの怠慢にはかなり厳しい彼女だ。この街でいつまでも油を売っていては何を言われるか分かったもんではない。
「我々もウィードの逮捕には協力を惜しみません。何か必要なものはありますか?」
アルはあのとき【鑑定】スキルで見た盗賊ウィードのステータスを思い出す。
「そうですね。まずはこの街についてどなたか詳しく教えて頂けると助かります。あと恐らくですが彼女はレベル40程度の実力があります。いざ逮捕する時には僕だけではどうにもなりません。とりあえず見つけたらナイツ・シュバリエの方を呼ぶと言う方向で良いですか?」
「レベル40?その情報は確かですか?」
総帥様の表情が変わる。明らかに昨晩の戦闘狂の一面がコンニチワしている。
アルは余計な事を言ってしまった様だが、実際に見つけても逃げられたら目も当てられないので仕方ないだろう。幾分か彼女の強さを伝えておくしかない。あまり全部話すとアルの【鑑定】スキルがバレてしまうし、そうでなくともやっぱり仲間だったのかとも疑われかねない。
「えぇ、恐らく。一瞬立ち合っただけですが、レベル40の友人に近い強さを感じました」
それっぽい事を言って誤魔化す。いや、やっぱり無理か?誤魔化せたらいいな…。
「レベル40ですか。………よし、決めました。私とライナーが同行しましょう」
「…総帥!?」
「え!?」
その結果。まさか総帥様自らが出向くと言う、予想外の展開となってしまったのだった。




