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34話 冒険者ロバート

途中でロバート視点挟みます。

御二方(おふたかた)よ。目を覚ましな。もう少しでスーアラの森だ」


ロバートさんの低い声でアルは目を覚ました。背中に伝わるのは不規則な揺れ。対して耳を打つのは規則的な蹄の音。

現在、荷馬車にて移動中だ。ロバートさんに手綱を預けてしまってから、荷台に転がるアルとシオン。一時間半はかかると聞いて、寝袋まで持ち出してすっかり寝入っていた。


「もう着いたんですか?思ったより早いですね」

「距離としてはまぁまぁあるんだが、隣の国まで続く街道を真っ直ぐ行けば良いだけだからな。道が整備されてるから、荷馬車引いてでもそんなに時間はかからねぇ。それでも片道二時間弱はかかるが…」


目の前に伸びる道の先。そこには鬱蒼とした森が広がっていた。なんとなく暗く、陰鬱な雰囲気のする森だった。今アル達が進んでいる街道も、その森を通り抜ける事を避けるように大きく迂回している。


「街道沿いに少し行くと橋がかかっている部分があるらしいので、そこまでお願いします」


この場所を教えてくれたミアさんからの情報だ。ちなみにアルが提示した条件、"レベル20から23の魔物が大量にいる所"、"アルテミスから馬車で片道二時間以内の所"、"他の冒険者がいない所"の三つに当てはまったのが、このスーアラの森だった。この森はかなりの広さらしく、森の奥の方、数百キロメートル先に見えるクレスト山脈まで続いているらしい。


そのまま馬車を進ませること五分。ミアさんの情報通り橋が見えた。数メートルの川幅だがそこそこ深そうで、流石に馬車は通れないだろう。決して立派な訳ではないが頑丈そうな橋が架けてある。川は森の縁に沿って流れてきている。この水も、クレスト山脈から流れてきているとか。


「さて、俺は戦闘に参加しないんだったな?」


ロバートさんのレベルは20。

この森は一応適正レベルだが、これからのアル達のレベリングには恐らく初見では対応できないだろう。


「ロバートさんは戦闘しなくて大丈夫です。もし暇だったら参加してもらっても大丈夫ですが…」

「御主はただ、遠くから眺めておれば良い。とりあえず一回見ておれ」

「まぁそう言う事なら、お手並み拝見させてもらうとするぜ」



アルとシオンは少しだけ森に入ると、拠点となる場所を探す。

すると少しだけ進んだ所に、木々が無く開けている場所を見つけた。なんとか荷馬車も入って来れそうだ。この場所だけ不自然に木々が無いのを見ると、過去にここを拠点に整備したパーティがいたのかも知れない。


「ロバートさんは馬車と一緒に、広場から離れて待機してください。もし何体か流れたらお願いしますね」

「準備せい、いくぞ」

「流れたら…?」


ロバートさんの言葉を待たずして、シオンの咆哮がスーアラの森に響く。遠慮など露程もないその遠吠えはどこまで響いているのだろう。飛び上がるほどに驚いたロバートさんだが、荷車を牽いていた馬の方が驚いた様で、慌てて宥めている。


アルは短剣を抜刀しながら、広場の真ん中に躍り出た。シオンはいつも通り素手のままだ。

足裏へと魔物の行進による地響きが伝わってくる。段々と大きくなるその音に、アルの心臓も呼応していく。


開幕はやはりホーンラビットだった。

その脚力を以て我先にと飛び出してきた三体を、身を翻して避ける。それと同時に短剣で斬りつければ、後方に流れていくのはただの死骸。肩を貫かれたあの日が遠い昔の様に思える。

次々と木々の間からオークやゴブリン、その背後からフォレストウルフが勢いそのままに襲いかかってくる。そのさらに奥には、初遭遇となる魔物の姿も確認できた。


「意識的に"切り替え"るのじゃぞ!」


シオンが何の事を言っているのかはすぐに分かった。魔物の息遣いや筋肉のしなりまでも知覚する、あの感覚の事だ。迫り来る魔物を捌きながら、アルは必死に"境地"を探っていた。





「ミアちゃんを呼んでくれ。アルフォンスの使いだと言えば分かる」


その日、ロバートが荷馬車を引いてアルテミスに帰ってきたのは、既に陽が落ちてからだった。冒険者ギルドの外にいる職員にそう言えば、怪訝な顔をして中へと入っていく。信用されては無いだろうが、一応は伝えてもらえるだろう。

ロバートが馬を(ねぎら)っていると、ギルドの中から小走りでミアちゃんが現れた。


ミアちゃんはロバートに丁寧に一礼して、一言二言交わすと、テキパキと荷車に載っている荷物をホワイトボードに書き出し始める。ロバートもある程度把握しているので、口頭にてそれを手伝った。


荷台に載っているのは、今日一日でアルフォンスとシオンちゃんが倒した魔物達の素材だった。

どういうスキルかは分からないが、シオンちゃんの叫び声で集まってきた魔物達を、ばったばったと薙ぎ倒す事二回。あの広場に死骸の小山が出来た程だ。そこからアルフォンスと一緒にせっせと解体すること二時間。この荷馬車の半分を埋める程の素材が集まったのだった。


品目を把握した後、一度戻っていったミアちゃんは、数分後にいくつかの紙の束を持って出てきた。そして荷物の中から少しずつ素材を抜き取ると、あとは最初の職員に換金させた。


ミアちゃんが持っていった素材は、掲示板に依頼として貼り出されていた任務を達成するのに必要らしい。

どこそこにいるこの魔物を倒してほしい、等の任務ではダメだが、この魔物の素材が欲しい、等の任務では素材さえ納品すれば任務達成となる。その方が冒険者ランクも上がるし、素材の買い取り額にも色がつく。本来は冒険者自身でやらなければならないが、流石、専属は違う。

ミアちゃんは金額の査定が終わると、再びロバートの所へと戻ってきた。


「アルフォンス君から、素材の買い取りと任務達成の報奨金を全て合わせた金額。その半分を貴方に御支払いするよう頼まれています。残りのアルフォンス君達の分は、彼等が帰ってくるまで私の方で一時的に預かっておきます」


ミアちゃんから渡された袋は、どっしりと重たかった。

借りている荷馬車を一旦返してから、泊まっている安宿へと帰った。どぎまぎしながら中身を確認すると、中には十五万に届く程のギルが入っていた。


「これで半分……………。ってこたぁ、あいつら。一日で三十万も稼ぎやがったのか………」


十五万と言うと、ロバートの一月の稼ぎとほぼ同等だ。そこで、金貨を持つ手が震えているのに気づいた。


一体、いつから…。


無心で手綱を握っていたからだろうか。大量の魔物を解体したからだろうか。いや違う………あの二人だ。あの二人の戦いを見てからだ。

(おびただ)しい程の魔物に囲まれ、四方八方から雨のように攻撃を浴びせられる。一つでも攻撃を受ければ死に繋がる。そんな中で、二人は不思議なほどに冷静に、そして踊る様に戦っていた。

ロバートの脳裏には、そんな二人の姿が焼き付いていた。



その翌日。ロバートは朝一で再度荷馬車を借り、森に向かって走らせた。目的地は昨日と同じスーアラの森だ。


これがアルフォンスから持ちかけられた依頼の全貌だった。荷馬車を駆って、スーアラの森まで行く。そしてアルフォンスとシオンちゃんが倒した魔物の死骸を解体し、その素材をアルテミスまで持ち帰ってミアちゃんに渡す。

それだけだ。たったそれだけで一日十五万の稼ぎ。ボロ儲けだ。こんな旨い話は今まで聞いたこともない。冒険者仲間に話しても、笑われて相手にされないか、それとも違法な闇取引に手を染めていると思われるだろう。


これが三週間も続けば、三百万も稼げる。そうなれば酒も女もやりたい放題だ。ロバートはアルフォンスに感謝しつつも、その日も一心不乱に魔物を解体した。


三日目が終わる頃だった。


今日も二回分の魔物を蹂躙した二人。シオンちゃんが辺りを警戒している間、アルフォンスとロバートは魔物をせっせと解体した。アルフォンスは魔物の解体に関しては明らかに素人だった。ロバートはその分いくつかの知識と経験があったため、細かい所をアルに教えながら進めている。

一通り魔物の解体が終わって荷物を積み終えると、アルフォンスが近付いてくる。ロバートの血にまみれた腕に手を翳した。


「"穢れを取り除け 【浄化(プリフィケイション)】"」

「わりぃな。ありがとよ」


血で汚れた腕は一瞬で綺麗になっていた。爪の間に挟まった魔物の臓物までも綺麗さっぱり無くなっており、服に飛び散った血までも消えている。

これが、長旅をする上級冒険者や、行商人の中で圧倒的な人気を誇るアイテム。【浄化(プリフィケイション)】と言う魔法が付与されたアクセサリーだ。だいたいの汚れはこれで綺麗に落ちる。


目に見える汚れに限らず汗や体臭までも取り除くため、野外で寝泊まりする際にもまるで風呂に入ったかのようにさっぱりするとか。

アクセサリー類の中でもかなりの人気商品であるため、指輪一つで百万近くするらしい。欲しいと思ったことは何度もあるが、実際に買おうと思ったことは一度もない。


「ロバートさん退屈じゃないですか?やっぱり一緒に戦いますか?」

「おいおい、馬鹿言え。俺なんかすぐに死んじまうぜ!

………だいたい俺はもう冒険者と言っても落ちこぼれだ。もう危険(リスク)を冒してまでレベル上げなんてガラでもねぇ。お前等のおこぼれを貰って稼げればそれで十分なんだよ………」


あんなのは、狂気の沙汰だ。

それがこの三日間での、ロバートの感想だった。

森中の魔物を一斉に呼び寄せる。同時に相手にする魔物の数は、ざっと十匹。五倒せばさらに十匹の魔物が迫ってくる。そいつらの雨の様な攻撃を掻い潜りながら、一匹ずつ、時には何体も同時に仕留めていく。

確かにレベル上げの効率で言えばこれ以上ない。魔法が使える奴がパーティにいれば、何体かまとめてってのは考えたことのあるやつもいるだろう。だがそれを実行できる奴が、果たして何人いるだろうか。


ロバートは冒険者である。歳は三十一。

その時々を生活できる分だけ稼いで、余れば酒と女に使う。その日を楽しく暮らすのが今の生き甲斐だった。


十五の頃に初めてギルドの門戸を叩いた時には、今の姿は想像できなかっただろう。あの時の希望と自信に満ち溢れた自分を今でも夢に見ることがある。

当時最も人気があった冒険者と言えば、Sランク冒険者の"剣豪"、アーノルドだ。彼も十年程前だったか既に引退している。

当時のロバートも、Sランク冒険者である彼に憧れ、彼を目標としていた。アルテミスのダンジョンを攻略したら、次はサラン魔法王国、そしてファレオ共和国へ。レベルとランクを上げながら、世界中を旅するつもりだった。


しかし実際には、ロバートがアルテミスを旅立つ事は無かった。「自分はこんなもんだ」と気付いたのは、二十五になった頃だった気がする。

アルテミスのダンジョンに向かう足取りが重くなり、二日に一度、一週間に一度と減り始めた。街中や、近場での任務ばかり受けるようになり、魔物と向き合う時間も減った。最近ではめっきりレベルも上がっていない。未練たらしく月に一度は神殿で祈っているが、ここ一年ほどレベルアップはしていない。


ロバートは翌日も、同じ様に荷馬車を借りて森へと向かった。

夏も真っ盛りとなってきており、まだ太陽は見上げるほどの位置でもないと言うのに、日射しはかなり厳しい。


「頼みがある」


アルフォンス達の拠点までたどり着くと、ロバートは彼等に頭を下げた。ロバートは甲冑を着込んでいる。見た目だけでも強く見える様にと若い頃に作った物だが、そこそこ値段もしたし物は確かだ。


「俺も戦わせてくれ。二人の邪魔はしない」


二人の戦いを見る度に、ロバートの手は震えた。答えを求めて己自身と向き合った。そしてそれは恐怖に震えているのではないと分かった。それは怒りだ。


目の前で戦っている少年(アルフォンス)と、あの日の自分を重ねていたのだ。


俺は何をしている?


この数年、何をやってきた。違う。何を()()()()()()()?。


「ロバートさん………」

「妾達はお主を雇うておる。お主が妾達のレベリンクを手伝う契約はあっても、妾達がお主を助ける道理はない」


それは厳しい言葉だった。その通りだ。金を貰って、尚且つ自分にも経験値を下さいなどと、自分勝手も良いところだ。


「そうだな。すまない。やっぱり俺は」

「それならせめて妾達の役に立て。妾の言う通りに装備を一通り買い換え、戦闘スタイルを変える程の決意がお主にあるならば、一考しよう」


年齢ではロバートの半分にも満たないだろう少女は、真剣な顔でそう告げたのだった。







「シオン、大丈夫なの?」


アルが心配したのは、シオンと並んで立つロバートさんを見た時だ。昨日までは全身甲冑(フルプレートアーマー)に大剣を持っていた彼だったが、一夜明けた今日は、まるで装備が変わっていた。


全身甲冑は変わらないが、金属の面積が減っている。そして昨日までは親の形見の様に肌身離さず持ち歩いていた大剣を、今日は持っていない。

今持っているのは、片手で扱える程度の長剣と、そしてロバートさんの胴体部分がすっぽりと隠れる程の、"盾"だ。


「今までとはまるで違う動きを身に付けてもらう事になる。まぁ安心せい。危なくなれば助けてやるし、死にそうになれば回復薬も使うてやる」

「お…おう!」


アルはシオンの言葉に嫌な記憶が掘り起こされる。あれはそう確か半年前………。


大切な何かを思い出そうとした時、化け狐の咆哮が響き渡った。何時もの様に、魔物達の足音がその膨大な数を伝達してくる。アルの横では、そんな地響きに足を震わせているロバートさんがいる。


「アルはこちらに手を出すな。妾が御守り(おもり)をしてやろう。ロバートよ。アドバイスをしてやる。剣は使わずに盾を使ってとにかく身を護れ」


アルはそこまでしか聞き取れなかった。

シオンが大丈夫と言っているのだ。ロバートさんは任せてしまって大丈夫だろう。それよりも自分の事だ。


アルはいつも通り魔物を始末していく。少しずつだが、あの"境地"に意識的に入れるようになってきた。


二十分ほどで魔物を半数倒し、余裕が出来た所でシオン達の方を確認する。そうすると、見たこともない毛むくじゃらの魔物がいた。


さっきまであんな魔物はいなかったはずなのに。

新種の魔物かと思ったそれはしかし、良く見ると魔物が集まってもぞもぞとしているだけだった。そしてその中心には、なんだか見覚えのある盾が生えており、助けを求める様に動いている。


まさか………あれは。


「………【(スパーク)】」


シオンから容赦ない電撃が魔物の集合体へと突き刺さった。

びくびくばらばらと魔物が剥がれ落ちると、そこから全身甲冑が姿を見せた。新品だったそれは傷だらけとなっており、先程の様な光沢は既になく血に汚れている。


シオンが近寄り兜を上げると、口からごぽりと血を吹き出すロバートさんと目が合った。シオンはそんな彼に回復薬を二つ、鎧の上から贅沢にぶちまけた。


「言うたであろう。とにかく盾を使って身を守れと」

「………ガフッ、ごほっ。ちょっ…と待ってくれ!やっぱり俺には無理…!」

「ほれ、早う構えんと先程の二の舞じゃぞ」


ロバートさんの姿にいつかの自分を重ねて、アルは命の有り難さを再確認した。



そこからロバートさんの地獄は続く事になった。

次の日も、その次の日も。シオンに叱咤されながら、死の縁を彷徨う日々。アルだって未だに、あの日々を思い出すと今でも脚が震える。


しかし日に日に、ロバートさんは成長していった。初めの内は、魔物にとってただの"良い的"だっただろう。しかし盾だけで身を護る術を身に付け始めた頃、死にかける回数は急激に減っていった。そして盾での防御も、最低限の力、最低限の動きに最適化してきた頃、剣での反撃も可能となっていた。

そしてロバートさんの成長に比例する様に、アル達の負担も楽になっていった。


そして森に籠ってから三週間が経とうとした時、アルはついに目標としていたレベル23に達した。そして弱音を吐きながらも最後まで戦い抜いたロバートさんも、なんと二つも、レベルアップしたのだった。

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