31話 散歩でもいかが?
「二人ともおはよう!ダンジョン行こう!」
「な、なんですか唐突に………」
シオンと二人で朝食を食べていると、上階の方からドタバタと慌ただしい音がした。と思ったら、それはセシリアさんの足音で。挨拶もそこそこに彼女はそう言ったのだった。
「唐突も何もないよ!二人は今日からダンジョン再開するんでしょ?なら私達もついてっていい?」
「アルフォンス君、シオンさん。おはよう。セシリアがすまない。……………だが、どうか私からもお願いする」
セシリアさんの後ろから悠々と現れたのはリアムさんだ。二人とも防具こそつけていないものの、いつでも出掛けられる様な出で立ちで有無を言わせぬ勢いだ。
「リアムさんもですか………。でも皆さんは今日も休養日じゃなかったんですか?体を休めなくても大丈夫ですか?」
「ここのダンジョンくらいならお散歩気分だよ!」
ここのダンジョンなど近所を出歩く程度の事だ。と言うセシリアさんに苦笑いを隠せない。確かにこの人ならば、ゴブリンやオークの百や二百、束になっても叶わないだろう。
「そ、そうなんですか。まぁそうですよね…。
リアムさんは防具とかのメンテナンスはいいんですか?」
「私の戦闘は遠距離魔法が主だからね。防具のメンテナンスはほとんど要らないんだ。君達の戦闘している所を、是非見学させて欲しい。一昨日は我々の戦闘を見ただろう?だからお互い様って事でどうかな?」
と言うわけで、僕達とセシリアさん、リアムさんの四人は今日一日をダンジョンで過ごすことになった。
まずは昨日メンテナンスに出した防具を受け取りに向かう。マルコムさんもガブリエルさんも、本当に昨日言っていた通り、修理を完璧に仕上げてくれていた。そんな彼等の目の下に出来ていた隈を見て、また次も彼等に頼みに来ようと思う。
そして四人はダンジョンへと向かう。アルにとって、四人でパーティを組んでダンジョンに行くと言うのは初めてだ。その内二人が見学同行なのを別にすれば。
「アルフォンス君すまないね、無理を言ってしまって。お詫びにまた御飯をご馳走するよ」
「まぁいいですよ。確かに僕たちも一昨日、皆さんの戦闘を見せて頂きましたし。あとご馳走してもらえるのは有り難いですが、お酒は飲まないで下さいね?」
「ぐっ、心得た。しかし昨日は君の能力についての話で、つい興奮してしまったからであって………。普段は気をつけているんだ。後生だ。忘れてくれ……………」
リアムさんは、からかうのも気が引けるほど悔やんでいる様子だった。でもきっと、今までにも何回かそういう事があったのだろう。"烈火"の面々も「またか」みたいな雰囲気だったし。
「アル君あんまり本気にしなくてもいいよ。リアムったら二年に一回はあんな事になってるから。今回はまだマシな方よ。一昨年なんかイザベラに」
「セシリア頼む止めてくれぇぇぇ」
やっぱり。なんかイメージがどんどん崩れていく………。最初はもっと硬派な人だったのに………。
ちなみにそんなリアムさんだが、やはり実力はかなりの物だ。流石、二百何歳生きているだけはある。彼のステータスはこうだ。
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名前:リアム
種族:エルフ
Lv:51
生命力:4850
魔力:5300
筋力:4700
素早さ:5000
物理攻撃:4750
魔法攻撃:5450
物理防御:4600
魔法防御:5150
スキル:【聴覚上昇Lv3】【魔法詠唱Lv5】【魔力消費軽減Lv4】【瞑想】【酩酊耐性低下】
【火魔法】………【火球】【火壁】【火纏】【爆炎】【火竜巻】【火炎流星群】【地獄の業火】
武器:世界樹の杖【魔法威力上昇Lv3】【魔力消費軽減Lv3】
防具:"紅炎"のローブ【魔法耐性Lv4】
その他:ダイヤモンドの指輪【物理耐性Lv4】
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やはりエルフは魔法特化らしい。それにしても……………"流石"の一言に尽きる。二百年以上生きているエルフで、現在Aランクパーティのリーダーだ。これくらいは当たり前なのかも知れない。
それによく考えたら、二百何十年も生きているリアムさんとたった数レベルしか差のないセシリアさんの方が異常だろう。
それも【初期ステータス上昇】の恩恵が大きい訳なんだけど、昨日の彼女の様子を見ていると、生きていく上では善し悪しなのかもしれない。そんなセシリアさんは、パーティの先頭で今にもスキップをしそうな様子でシオンの手を引いていた。
ダンジョンに入ってからは、真っ直ぐにアル達の最高到達階層である十二層に向かった。無論、シオンの鼻をもってすれば最短ルートで到着する訳であり、十二層に到着したのもダンジョンに入ってから一時間と言った所だろう。
ここに来るまでの道中では、本当にセシリアさんとリアムさんは手を出さず、アルとシオンがいつも通り闘う所を見ていた。
二人が戦闘を終える度に、何かしら質問が飛んでくる有り様だ。
「お主等いい加減にせい。アル。今日は折角じゃ。もう少し進むぞ」
「新しい魔物と闘うのね!そしたら【吸収】を使う所も見れるわね!」
シオンの言葉も、興奮状態の二人には全く届かない様子だった。リアムさんもその間、ひっきりなしにアルに質問してくる。
そして何だかんだと、アルとシオンにとっては初めてとなる十三層に降り立った。ダンジョンの構造には別段変わった様子はない。いつも通り、薄暗い道がただ伸びているだけだ。
しかし改めて、ここが地上から遠く離れた十三層だと言う事を意識すると、何だか息が詰まりそうだった。
最初の遭遇は、やはりオーク。いつも通りのオークソルジャー二体。そしてもう一体は、何やら杖の様な物を構えている。あれがきっと魔法を使って攻撃してくるオークメイジだ。
オークメイジが何やらムニャムニャブヒブヒと唱え始めたと思ったら、オークソルジャーが剣を抜いて近寄ってくる。アルはオークソルジャーに迫ると、直前で【瞬間加速】を使って、曲芸じみた動きで二体の間を抜けてメイジに迫る。アルが振るった短剣に、メイジも杖を振り上げる。
「【斬撃】!」
杖を真っ二つにした勢いごと、オークメイジの首を落とした。
そしてオークソルジャーはと言うと、アルに気を取られているうちに、シオンの手にかかって息絶えていた。体はこちらを向いているのに、首は反対を向いている有り様。シオンが、敵を殺す時の常套手段だ。何故かと言うと、返り血を浴びたくないから。死体がダンジョンに取り込まれ、オークの肉がドロップする。
十三層はオークメイジ以外に、スタンバットと言う蝙蝠の姿をした魔物が新たに出てきた。
そいつはダンジョンの天井からぶら下がり、目だけが怪しく光っている。奴等はこちらを見つけると、まずは超音波で攻撃。その超音波にはこちらの平衡感覚を混乱させる効果があり、冒険者がふらついた所に今度は直接噛みついてくるのが手口だ。スタンバットの牙はかなり小さな物だが、その牙からは麻痺毒が分泌されるため、噛まれると全身が痺れて動けなくなる。
その後は、動けないままに食べられてしまうらしい。その死に方だけはまっぴらごめんだ。
ちなみにスタンバットは初めて出会った魔物であり、【吸収】を試したが新しいスキルは得られなかった。
「ねぇねぇアル君、シオンちゃん。
今日ここのダンジョンの迷宮主に挑む気はない…?」
十四層に続く階段を見つけたその時だった。セシリアさんが、あたかも何でもない事の様にそう言った。そうまるで、散歩の帰り道に甘い物でも買って帰らない?と、そんな風にだ。
「セシリアさんそれは流石に………」
「うーん、そうじゃのう………。確かにここのダンジョンは初心者向け故に、景色も代わり映えせんからのう。二ヶ月近くもおって少々飽きてきた所はあるが………」
「そうでしょ?それに私が見てた感じでは、二人の実力ならもう挑んでも良いくらいだと思うの」
「いやいや、落ち着いてくださいセシリアさん。今日これからって言うのはちょっと急すぎて………」
アルは困ってリアムさんに助けを求める視線を投げた。流石に迷宮主に挑むとなると心の準備が必要だった。
「セシリア。無理を言ってはいけない。私達は同行させてもらえるだけでも」
「うむ。そうするかの。よし、アルよ。今日で十八層まで行くぞ」
………セシリアさんの勝ちだった。最終決定権のあるシオンの票を見事に勝ち取ったのだ。シオンは一度決めたら、"てこ"でも動かない。きっと筋力馬鹿のグリフォンでも無理だろう。
リアムさんがやんわりとシオンを説得しようとしてくれたが、その言葉も虚しく、ここに四人は進路を最下層まで変更することになったのだった。
「大丈夫よアル君。だって10レベルも上のヒュドラとやり合ったじゃない。オークキングなんてあれに比べたらゴブリンと同じよ」
とは、セシリアさんだ。
「オークとは何百と戦ってきたであろう。少しばかり大きいだけじゃ。しかも妾と二人でかかるでの。お主は相手の攻撃を避けるだけで良い」
とは、シオンの言葉。
「まぁいざ危なくなったら助けに入るから、心配することはないよ」
とは、リアムさんの言葉だ。
リアムさんマジ天使。あなたが一緒にいてくれて良かったです。昨日のあなたの失態は頭から即座に消去します。
十四層と十五層は、同時に襲ってくるスタンバットの量が増えたり、オーク集団にメイジが含まれている頻度が上がったりしたが、どれも驚異となるまでには至らなかった。
何度かスタンバットが後ろに控えるセシリアさんたちにもちょっかいを出したが、一瞬のうちに真っ二つになって、ぼろ雑巾の様に舞っていた。
十六層は魔物の入ってこない安全階層だ。何故なのか理由は解らないが、今までの安全階層よりも一際広い。迷宮主直前の安全階層と言うことが関係しているのだろうか?
そして人の数も少なかった。今いるのはパーティが一つだけだ。少し無理をしたのか、その四人の冒険者には所々手傷が見えた。もちろんここには帰還結晶もあるため、帰ろうと思えばすぐに帰れる。まぁ遠目に見ても、命に関わる様な怪我では無さそうだ。
リアムさんに教えてもらったのだが、世界中のダンジョンの中には、帰還結晶が置いていない所や、そもそも安全階層そのものが無いものも多くあると言う。そんな場所では、中で何かあった時には冒険者同士で助け合っていかないといけないのだとか。
そう考えると、やはりこのダンジョンは初心者向けであり、攻略の難易度も低い事が分かる。
「お昼ご飯食べていきますか?それとも先に倒してしまって、帰ってから食べますか?」
「妾は腹が減ったぞ。先に飯じゃ。何より今日は、"あれ"があるしの」
迷宮主を倒す程度の事なんてなんでもないと言う様に言うのはリアムさん。シオンが食べるのを先伸ばしにしないことをアルは知っていたので、ボスに挑む前にここで休憩を取れる事、心の準備を少なからず出来る事に安堵する。
そんな話をしている中、セシリアさんはツカツカともう一つのパーティに近寄って行った。その冒険者達は三十代前後の男達だったが、セシリアさんの事を知っているのだろう。ぴんと背筋を正した。
「すみません。怪我をしているようですが、大丈夫ですか?もしポーションを使いきったのであれば、お渡しできます」
「い、いえ!大丈夫です!」
「お気遣い!か、感謝します!」
「そうですか。必要であれば言ってください」
短いやり取りだけして、セシリアさんは戻ってきた。三十代の冒険者達が敬語を使っている…。それは彼女の容姿ではなく、実力や、これまでの実績に対してだろう。
彼等の表情を見ると、その目だけでなく、心もセシリアさんに奪われている様に思えた。あなたはルパ○ですか?大泥棒なんですか?
セシリアさんが戻ってくると、アル達は彼等から遠く離れた、ほぼ対極の位置に腰掛けた。かなり広い空間のため、ここなら向こうのパーティからは見えないし、声も聞こえないだろう。
ここまで距離を置いたのには、理由がある。
「【保管】」
「…え?まさか」
「なんとこれは…!時間的な作用もあると言うのですか!?」
四人の目の前には、"定食"が四人分並んでいた。そうだ。何を隠そう"竜の翼亭"のランチメニュー、オーク肉のカツ定食だ。宿を出てくる前にお願いして作ってもらった物を、【保管】に入れて持ってきたのだ。
ダンジョンでは御目にかかれるはずのない、湯気の出る白米や汁物。まるで揚げたての様に輝くカツ。【保管】に入れた瞬間から全く冷めていないそれらは、まるで時間が止まっていたかの様だ。
「いつもは周りの目を気にして干し肉ばかり食べていたんですが、今日は特別です」
「私も"魔力袋"を持ってるけど、もちろん中に入れたものは冷めるし、腐ったりもするわ。まさか中に入れていた物の時間が止まるなんて………。いったいどんな空間なのかしら…?アル君、その【保管】に生きている人を入れたことはある?もし良かったら私を一度」
「うるさい。冷めぬうちに食べるとするぞ」
しかし結論から言うと、これは失敗だった。いや、味は間違いない。間違いないどころか、今まで我慢して食べてきた干し肉の分も加味されて極上と言ってもいいくらいだ。
何が失敗かと言うと、こんな旨いものを一度でも食べてしまえば、もう干し肉には戻れない気がした。少なくとも今まで食べていた安い干し肉には………。しかもこのランチ、実質お金がかかってないのだ。"竜の翼亭"は朝昼晩と三食での料金なので、お昼を持ち出したからと言って追加料金はかからないときた。
「ちょっと贅沢でしたね…」
「まさかダンジョンの中で熱々のご飯を食べられる日が来るなんてね…。ホントにピクニック気分になってきたよ………」
全員がその昼食に満足だった。ダンジョンの中。しかもボス間近の階層である事も忘れるほど。満腹感から生じる幸福感に支配される。
「安全階層がないダンジョンとかだと、休憩はどうするんですか?」
「交代で見張りを立てるんだよ。パーティ内で順番に食事と睡眠を取る。もちろん、なるべく安全な場所を選んでだが。
それこそダンジョンの中で数日過ごすことなんてザラだからね。私達の今までの最長は確か、二週間だったかな?そこはまだ陽が入るダンジョンだっからそこまで長時間いれた。ここみたいに陽が射さないとなると、十日が限界だろうな、精神的に」
数日の間もダンジョンの中に………。リアムさんやセシリアさんのレベル帯になれば、きっとそんな事など日常茶飯事なのだろう。そして、そこまでしなければきっと彼等の強さには追い付けない。シオンはこの人達に追い付くと言って見せたが、そこまでの道程は長く、険しいものに思えた。
「アル君達は、これからずっと二人でやっていくつもりなのかい?」
アルの考えを先読みするかの様に、リアムさんは問い掛けた。
リアムさんの表情は、アル達を心配してくれているそれだった。対してセシリアさんは、何か期待しているかの様な表情へと早変わりする。
「そうですね………。正直言うとやはりあと二人か三人は欲しいところです。欲を言えば前衛で盾役をしてくれる人と、回復魔法が使える人。
しかしパーティになるためには、僕やシオンの事について話さなければならない。そしてそれを話すこと自体のリスクが高いですからね………。募集したくても中々踏み切れずにいます」
「まぁ…そうだろうね」
概ね予想通りの答えだったのか、リアムさんの声は落ち着いていた。そして、そこでやっとリアムさんは、隣からセシリアさんが何かを視線で訴えている事とようやく向き合った。
その視線にニヤリと笑って返すと、再びアルに向き直る。そしてまたしても何でもないことの様に言った。
「分かったよセシリア。アルフォンス君。
よかったらしばらく私達と行動を共にしないかい?」
やはり、ちょっと散歩しないかい?とでも言う様に。




