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24話 スカートの中

「アル君大丈夫!?」


恐らく、短剣の防御は全く間に合っていなかったのだ。まともに入ったのに腕が斬り飛ばされなかったと言うことは、きっと【物理攻撃耐性Lv2】のおかげだろう。


左手は………動く。めっちゃ痛いけど!


アルの右手にはまだ短剣がある。【物理攻撃耐性Lv2】があったとしても、ノーガードでこの程度。であれば、レベル的にはアルと大差ないはずだ。


「大丈夫!ミアさんは下がってて!」

「大丈夫ってアル君その怪我!」


アルの左肩からはだらだらと血が流れ続けている。しかしこの程度の出血なら、まだあと一時間くらいは動き続けられる。痛みもこの一ヶ所だ。何て事ない。半年間の森の中。あの地獄の様な日々で、アルは傷の程度や痛みの限界を刻み込まれていた。既にこの位の傷で狼狽える様な事もない。


襲撃男は無表情で、その感情は窺い知れない。暗いが顔も見える。どこかで見たことがある様な気がするが、今すぐには思い出せない。そして何故か………この男には【鑑定】が使えない。しかしとにかく、こいつはアルかミアさんを殺そうとしている。こっちも全力で抗うしかない。


今度はアルから男に斬りかかる。【瞬間加速】で一気に攻め入り、下段の構えから斬り上げ。同レベル帯の相手ならばこれで決まりだ。【素早さ上昇Lv3】の乗ったアルの最速の攻撃を止められはしない。


アルの短剣が男の右腕に迫る。剣腕に傷を負わせられればアルの勝ち。もともと奇襲は時間勝負。この騒ぎを聞き付けて誰か来ればそれでもアル達の勝ちだ。しかしアルの短剣は、男の剣に呆気なく止められた。ぶつかり合った金属が闇の中に火花を上げる。ニヤリと笑った男から、逆に連撃を浴びせかけられる。男の得物はアルの短剣よりも重工な長剣。それでも受けることは可能だ。と思っていた。

しかし男の剣は想像以上だった。アルの右腕は大きく弾かれる。まずい………!


「【(シールド)】!」


咄嗟に後ろに転がりながら避ける。追撃してこないのが分かり、バックステップで距離をとった。男は悠々と歩いて距離を詰めてくる。アルの胸部分が、斜めに大きく斬られていた。何故だ。【(シールド)】で防げなかった?傷は深くはないが、浅くもない。【物理攻撃耐性Lv2】がなければ、これでアルはもう二度死んでいる。出血の量も先程の倍。


「ゴフッ!」

「アル君!」


急激に肺から上がってくる物を吐き出した。………血だ。肺まで損傷したのか?いや、これは違う。多分…毒だ。視界が歪み始めたし、身体が重い。先程の一連のやり取りも、きっと毒で動きが鈍っていたからなのかもしれない。これでさらにタイムリミットは短くなった。もはや助けが来るのを悠長に待ってる場合ではない。


「大丈夫、ミアさんだけは僕が命に代えても逃がして見せる」


アルは決意をあえて口にし、再び男に斬りかかる。


「【斬撃(スラッシュ)】ッ!」


剣が僅かに魔力を帯びたが、すくに散ってしまう。上手く魔力が使えない。もしかしたらこれも毒のせいなのか。アルの剣は容易に止められ、すぐに男の剣が迫る。アルは致命傷にならないものは多少の傷を犠牲に避け、それ以外は短剣で受ける。動けば動くだけ、どんどんと毒が回っていくのが分かった。身体がさらに重くなる。回転しながらの後ろ回し蹴りを喰らうが、左腕でガードした。それは前に見たことがある。しかし勢いまでは受けきれず、吹き飛ばされた。

アルは既に、ミアさんの目の前まで追い詰められていた。男は悠々と歩いて距離を縮めてくる。


「アル君!無理だよ逃げよう!一緒に!」


ミアさんはアルにすがりつき、懇願しながら泣いていた。見た事ないほどに顔を歪めて、アルを見つめている。ミアさんの服はアルの血に染まり、はいているスカートも少しだけはだけている。暗闇の中で()()脚が見えた。

アルは満身創痍だった。身体中傷だらけで、加えて毒のせいかまともに前が見えない。ついに右手の短剣を取り落とした。


ミアさんに向き直ると、(めく)れたスカートを直してあげる。そしてミアさんを強く抱き締めた。男が背後で立ち止まる音がする。もう既に奴の剣の間合いだ。見なくても、男が剣を上段に振りかぶっているのが分かった。ニヤリと笑っている。無情にも、剣は振り下ろされた。


「ミアさん、ごめん。



……………ちょっと借りるよ」


ボヤけた視界の中で見えたのは、剣の交わる煌めき。聞こえたのは軽い金属音。手に衝撃さえあれど、痛みはない。アルの手には刃渡り十センチほどのナイフが握られている。それで男の剣を寸分の狂いもなく受け流したのだ。


「何!?」


それはその男の声だったのだろう。やはりどこかで聞いたことのある様な声が、男の驚きを表していた。アルの感覚が()()()()()()。男の表情や息遣い、姿勢から次の動作まで全て分かる。


アルは男を押し返してミアさんから遠ざけながら、慌てた男の振り回す長剣を小さなナイフで受け流す。受ける必要の無いものは躱し、そこに隙があれば刺し、また斬りつけた。十数秒間の間に、男の身体には数ヵ所の刺し傷や斬り傷が出来る。

アルの握っているのは刃渡り十センチ程度のナイフだ。しかし、ただのナイフではない。それは【剣術Lv2】が付与されたナイフである事をアルは知っていた。加えてリザードマンの時と同じ様な感覚。この空間を支配する様な、相手の全てが手に取るように分かる。


しかしこのナイフだけでは不十分だ。アルはナイフを左手で持ち、右手に自身の短剣を拾った。両手に短剣。あの森で出会ったリザードマンが脳内に浮かぶ。曲刀を両手に装備した彼の動き。全てが思い出される。


アルは全速力で斬りかかった。速度は普段の半分程度しかない。しかし両手に持った短剣で、全力で攻める。かの魔物の目線や呼吸を、ステップや筋肉の使い方を全て再現しながら、踊るように斬りかかった。相手は防戦一方ながらも、防御を棄てたアルにも傷は増えていく。


しかし先に限界が来るのはアルの方だろう。アルは男の剣に左大腿部を斬られる事を防御せず、代わりに男の右腕を深々と切り裂いた。そこで一度後ろに距離を取る。

お互いに肩で息をしていた。


しかしアルは息を止めるように、男より早く、呼吸を無理やり整える。そしてまっすぐと立ち上がり、短剣を奴に向けた。


「これ以上やるなら容赦はしない。来い。俺の経験値にしてやる」


言い切った。男は息が整うまで鋭い目付きで敵対心を顕にしていたが、舌打ちを一つ残すと素早く十字通りへと消えていった。

ゆっくり十秒、剣を構えたまま警戒する。安全だと分かった所で大きく息を吐き出すと、足元の血溜まりに崩れ落ちた。何を考える暇もなく、アルの意識は遠のいていった。







ピクリと、身体が動いたのが分かった。それにより泥沼のような意識だけの世界から引き剥がされ、アルは覚醒した。


「"目を覚ますと、そこは見慣れた天井だった。竜の翼亭で借りている一室だ。

僕はベッドに横たわっているのか。続いて、全身の倦怠感に気付く。身体を動かすと痛みはあるが、動かせない所はなさそうだ。

あれ?僕は一体…そうだ!ミアさん!

慌てて身体を起こすと激しい頭痛と目眩。数秒かかってなんとか目を開けると、そこには天使がいた。ベッドにもたれ掛かって眠る美女。ミアさんだ。

彼女が無事な事にほっとため息をつく。そして無意識に頬を撫でると暖かい。ちゃんと生きているのが感じられた。そしてアルの指は彼女の桜色の唇へと…"」

「おいシオンいい加減にしろよ」



ミアさんと反対側には、シオンがちょこんと座っていた。目が覚めてからアルの耳元へと変なナレーションをお届けしていたのは彼女だ。ちなみに頬を触るまでは粗方合っているが、唇は触っていない。未遂だ。


「なんじゃ。妾が助けてやったと言うのに。少しは感謝してくれても良かろう?」

「あぁ。ありがとう。ってどうやって助けたの?」

「妾にもお主のステータスは見える。あの後少しルイと話しておったらお主の事が気になってきての。調べたら生命力が削れ、"毒"状態となっておったのじゃ。それからルイの協力のもと急いで探し回ったという訳じゃ」


なるほど。確かにアルは倒れた時点で瀕死だった。それこそ数分以内には死んでいた程度に。あそこからミアさんが助けを呼びに行ってだと間に合わなかった可能性が高い。


「でもルイさんには何て?」

「すまぬ。"半分"だけではあるが、正直に話すしかなかった。つまり、あやつの考察を肯定した。そこまで時間が残って無かったからの。お主に、と言う意味じゃが」

「まぁ仕方ないよ。僕の方もミアさんのナイフ強引に借りちゃったし。それをルイさんが知ったら【鑑定】と【隠蔽】はバレちゃうかも知れないしね。ここら辺でギルド関係者に事情を知る人を作っておいても良いかも知れない。…また後で話そう」

「…ん」


アル達の声に、ミアさんが目を覚ました様だ。うっすらと目を開けた彼女は、綺麗な瞳でアルを見据える。直後にはその瞳が涙でいっぱいになった。


「アル君!良かった!」


彼女は飛び起きると、アルを全力で抱き締めた。身体の痛みに身構えるが、きっと誰かが回復魔法で治してくれたのだろう。ほとんど痛みはない。


「ミアさんも無事で良かったです。どこか怪我してませんか?」


抱き着いたまま顔の横で首を振る。どうやら大丈夫みたいだ。

ミアさんはアルを抱き締めたまま泣いていた。その頭をぽんぽんと撫でる。確か小さい頃、アルが泣いている時にエマさんがこうしてくれたっけ。


「アルよ。妾が助けたのじゃぞ?それを忘れてはいかんぞ?」


シオンが珍しく拗ねている。アルはシオンにも礼を言い、その頭を撫でた。


「違う女の頭を撫でながら妾の頭を撫でるとは。まぁ今回は仕方ない。甘んじて受けてやる事にする」


素直じゃない彼女だが、心配してくれていたのだろう。本当にありがたい事だ。


その時、ドアが開いた。そこから、アルテミス冒険者ギルドのギルドマスターである、ルイ・グラナスが姿を現す。


「おいおい勘弁してくれよ。なんだい?この桃色空間は?これも僕の知らない【空間魔法】の一つかい?」


彼の言葉に、皆笑った。アルだけは苦笑いだったが。


「アルフォンス君。改めて礼を言わせてくれ。彼女の上司、それから十年来の友人として本当に感謝している。命をかけてまで、ミア君を助けてくれてありがとう。後日にはなるが、ギルドからも報奨金を出すよ」


ルイさんはベッドの足元まで来ると、頭を深く下げた。それはアルが想像していた貴族やお偉いさんとはまるで違う振る舞いだった。


「あ、頭をあげてくださいルイさん!報奨金も大丈夫ですから!今回の件はミアさんを助けたいと思った僕が、自分のためにしたことです。誰からの御礼も受けとるつもりはありません」


ルイさんは目を白黒させると、いつもと違う雰囲気で苦笑いした。その顔には普段の快活さはなく、何となく普段の苦労が透けて見えた気がした。彼は手近にあった椅子を引き寄せると、そこに座った。その姿は、先程までのルイ・グラナスと言う一個人ではなく、ギルドマスターへと戻っていた。


「今回の事に対する私からの礼の一つとして、これ以上、君達二人への詮索はしないことにするよ。だが、事件の経緯だけは聞かせてくれるかい?勿論ミア君からも聞いたんだが、実際に戦った君からも聞いておきたい」


そこからアルは思い出せる限りを話したが、きっとミアさんと内容はそう違わなかったであろうと思う。ルイさんもアルの話した内容に特に驚く事なく首肯によって相槌をうつのみだった。


「私の考えでは、今回の件はただのストーカーではない。例の誘拐の件と関係がある」

「そうであろうな。ミアにつけていた護衛はどうなったのじゃ?」


護衛?アルには初耳だ。そしてどうやらミアさんやルイさんでさえも驚いている。


「全く。君に隠し事は出来ないな。

その通り。ミア君にはギルドからの依頼でこっそりと護衛をつけていた。度々こういう仕事を頼んでいた信頼できる人物だ。いや、()()()と言った方が正しい」

「まさか…」


ミアさんが口を手で覆う。その先までは、言わなくても分かる。


「ミア君。先に言っておくが、君がそれを気にするのは間違っているからね。彼は冒険者だ。依頼の危険性も理解していた。しかもミア君の知らない所で私が頼んだ事だ。君は私に怒りさえすれど、彼に対して心病む事はない」


ベッドに置かれたミアさんの手は震えていた。彼女は気に病む必要はないと言われて、素直に割りきれる程冷酷な人ではない。アルはそっとミアさんの手に、自らの手を重ねた。蒸し暑い夏の夜だと言うのに、彼女の手は冷えきっていた。


「彼も何者かに襲われ、争った形跡があった。足跡は一人分。しかし恐らく、アルフォンス君を襲った犯人とは別の人物だ。よって犯人は少なくとも二人はいる。それもその内一人は、少なくともレベルは24以上だ」


レベル24以上。もしもそちらにアルか襲われていたら、アル一人ではどうにも出来なかったかも知れない。いや、初擊で毒を貰わなければ分からないと自負しておくが。


「僕の方の男は、恐らくレベル20~23の間だと思いますが、もう一人の情報はどこから?」

「恐らく雇った冒険者のレベルから推察したのであろう」

「そうだ。彼は隠密に特化したスキルを持っていたから、戦闘は得意としていなかった。しかし、それでもレベルは24だ」


もちろん持っているスキルや装備によっても左右されるだろうが、単純に考えるとアルよりも強い奴だ。


「さて。これからの事だが、ミア君は良いプレゼントを貰った様だね。シオン君に聞いたよ。これで一安心と言いたいが、誘拐事件が解決するまでは何かしらの形で護衛をつける。それからアルフォンス君達も気を付けてくれ。君は顔も割れているだろうし、相手にそこそこ重傷を負わせたなら余計に恨まれていてもおかしくないからねぇ」


アルは、ルイさんの言葉を胸に刻む。どちらにせよ、この事件はアルに無関係では無くなった。当事者の一人として、解決に尽力せねばなるまい。何より、ミアさんのためにも。



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