18話 対等
その後、死んだ盗賊十人とマイクさんの死体を燃やしてから、手早く道の脇に埋めた。
盗賊の身体には同じ刺青が彫ってあった。仲間意識を高めるためなのか、それとも実利的な理由があるのかは分からないが、同じ刺青はマイクさんにもあった。槍使いは、アルが回復薬を使ったことにより一命をとりとめた。こんな安物の回復薬では落ちた腕までは治らない。治す気も起きないが。
その生き残りを問い詰めると、盗賊のメンバーはここにいる奴らで全部だと分かった。そして盗賊のアジトの場所も吐いた。ここから十五分程の所だと言うことで、ガルムさんが盗賊を連れて行き、金目のものを持って帰ってきた。帰ってきた時は一人だった。
持ち帰った物はお金が三十万ギル程。そして貴金属などの金目のものが一袋分あった。商人の馬車を何度か襲ったとの事らしい。盗賊の所持していた物品は、それを倒した者に権利がある。よってこの場合は三人で山分けだ。しかし用心棒のロバートさんは、本来自分の仕事なのに、一人ではどうにもできなかった。助けてもらったから。と分け前を辞退した。なのでアル達とガルムさんで分けることになった。
たまたま同乗していた家族連れの主人が商人だと言うことで、簡単に目利きしてもらうと、なんとギルとは別に貴金属だけでも五十万ギルはありそうだとの事。合わせて八十万ギル相当だ。
「少年よ、貴君らはこの森で降りるのだろう?これのギル分を持っていけ。三十万ギル分だ。それと手前から十万ギル出そう。それで折半だ。
貴金属の方がよければそちらでも良いが、これから依頼となるとかさ張るであろう?」
「はい。ありがとうございます。ただ出来れば後腐れ無く、倒した人数で割りましょう。僕達が六人。ガルムさんが五人。ロバートさんが一人です。なので僕達とガルムさんで三十五万ずつと、十万はロバートさんに。どうでしょう?」
「おいおい。俺は要らねえって言ってんだろ?」
「なに言ってるんですか。ロバートさんが敵を引き付けてくれたからこそ僕は三人倒せたんですよ。それ以上文句言うと二十万ギルにしますからね」
ロバートさんからの抗議は聞き入れない。
「そうであるな。では、とりあえず物は手前が持っていく。その代わり、貴君らに十万と三十五万ギルを渡そう」
アルは了解してお金を受けとる。ぶつくさと言うロバートさんを尻目に、アルとガルムさんは向き合い、ニヤリと笑い合った。
森の中心まではそこから十分かからなかった。アル達は馬車の面々に挨拶してから降りる。
「おい、アルフォンスとか言ったな。おめぇアルテミス拠点にしてんだろ?次会ったら一杯奢らせろ」
「少年…いや。アルフォンス。貴君は一人前の騎士だ。これからも優しき騎士であれ。貴君にヴィーヴルの祝福があらんことを。また会おう」
旅は道連れとは言うが、なんだか思った以上に仲良くなっちゃったな。二人とも好い人だったし。マイクさんの事は忘れよう。………ヴィーヴルの祝福か。良いこと有りそうだ。
「さて。予想外の事じゃったが、まぁいい経験になったの」
アルは遠退く馬車を見つめていた。馬車の後ろから商人の所の男の子が顔を出し、手を振っている。無邪気な笑顔だ。無垢とはなんと幸せなのだろう。その無垢に応えていいものか分からず、アルはただそれを見送った。
「………アルよ。お主は人を殺した」
シオンの言葉がぐさりとアルの胸を抉る。
「しかし、それにより無実の者を救った。
正義がどうのこうのと言うつもりはない。妾はあくまで魔物じゃからの。しかし、お主が絶対に護りたいものがある時。それを壊そうとする者がいる時。一瞬でも躊躇うな。その瞬間に指から溢れ落ちるぞ。
………さて、本題の討伐依頼じゃ」
シオンはいつも通り、森の中へとずかずか入っていく。まるで心を手で包まれた様だった。彼女らしく遠慮もなく、素手で、不躾に。しかし、それはとても暖かった。きっと彼女の中の何かが、それをアルに伝えたかったのだろう。もしかしたら彼女の過去に関わることなのかも知れない。一瞬でも躊躇うな……………か。
アルはシオンの後を足早に追いかけた。
*
「さて、ここらへんじゃの。準備はよいか?」
「なんかこれデジャヴだね」
「よいかの。ではゆくぞ」
剣を抜いたアルを見て、シオンは大きく息を吸い込み、そして吠えた。それは森中に響いたのではないかと思わせるほどの振動で、アルの闘争本能を激しく焚き付けた。そしてそれを感じたのは魔物もだろう。
「まずは何を呼んだの?」
「わからん。とりあえず今のが聞こえる範囲のもの全てじゃ」
「わから…あぁ了解」
ズズズ………。それは地響きだ。先頭はやはり懐かしの白い影。そのすぐ横にはワイルドボア。すぐ近くで木に擬態していたトレントも動き出す。
「さぁ暴れるぞアルよ。いざ、血にまみれようぞ」
「回復薬いっぱい買っとけば良かった…」
アルは背後から飛んできたホーンラビット二体を、振り向き様に両断する。それを確認する事もなく、ワイルドボアの突進を避ける。
「【斬撃】」
巨大な猪の脚に浅くない傷を残す。地面を数メートル転がって行ったワイルドボア。直後に襲ってきたトレントの枝を上半身だけで躱し、ついでに枝を切断する。
「いつも通り、少しずつ移動するよ!」
移動するのは、倒した魔物の素材が他の魔物に踏みつけられて痛まない様にだ。走りながら途中でワイルドボアの止めを刺すと、場所を少し移す。シオンの方も見えている。シオンもアルを意識しているだろう。互いに邪魔にならない位置取りで、いざとなったら助けに行ける距離。
移動した先で出会ったのはフォレストウルフ三体だった。今回初めて戦う魔物で、少し大きめの狼だ。しかしその素早さは狼とは比べ物にならない。そして彼らは頭が良いらしい。決して不用意に近付いて来ない。三体はアルの周りを囲むように立ち回る。そこにホーンラビットとワイルドボアの突進が来る。
とりあえず避けつつホーンラビットだけを斬り、ワイルドボアは素通りさせる。と、避けた先にトレント。これは転んで躱す。ここで牙を向いたのがフォレストウルフだ。
「ぐっ!【盾】!」
空中で押し留めた所を斬りつける。体勢が悪かったので十分に威力が出ず、毛皮も頑丈だったので仕留めきれない。そこそこの傷を負わせた程度だ。今のこそ【斬撃】を使えば止めまで刺せてたか。失敗した。
フォレストウルフはレベル19。その慎重さと頑丈さは飛び抜けて厄介だ。アルは更に迫り来るワイルドボアをすれ違い様に蹴り飛ばす。アルの三倍はある巨体が宙を舞って木に叩き付けられる。
足が止まったところにホーンラビットとトレント。さらにフォレストウルフが飛び付いて来ている。
数が多い………!特にフォレストウルフが厄介だ。ホーンラビットみたいに突っ込んで来るだけじゃない。的確にアルの背後や他の魔物で生じた死角を突いてくる。
左手でホーンラビットの角を空中で掴み、それをトレントの枝の盾にする。ホーンラビットが"ピィ"と哭くがそれを可哀想だと思っている余裕はない。体勢を崩さないまま短剣でフォレストウルフの顔面を【斬撃】で斬りつけ、更に盾にしたホーンラビットに刺さっているトレントの枝を勢い良く引っ張った。トレントが倒れてくる。
奥からワイルドボアも突進してきた。倒れたトレントを踏みつけて枝葉を抜けてきた所を、横から組み付き首に短剣を深々と刺す。最後に顔面を斬りつけたフォレストウルフに飛び付き、止めを刺した。
まず一体…!
足音がする。大地が揺れるような。追加の魔物だ。
アルの前に現れたのは、体長二メートルのゴーレムだった。ゴーレムは岩でできた巨人だ。その胸のところに、核となる部分があり、そこを破壊すれば崩れ落ちるらしい。本来ゴーレムは三メートルを越えるため、これはミニゴーレムと呼ばれる。レベルは20。
「そやつはお主に任せたぞ!妾には攻撃手段がないからの」
シオンをちらりと見やると、素手で魔物をどんどん屠っている。特に多いのが手刀だ。お前本当にそれ手か!?と言う程の切れ味を誇るそれはスキル【徒手空拳Lv3】から繰り出される物。そのスキルは、現在シオンに装備されているミスリル製の指輪によって付与されている。
「本気で言ってる?シオンが一発殴ったらそれで…うわっ!」
ミニゴーレムの単純な殴り攻撃を避けると、その風圧でよろけそうになる。ただ腕を振っただけなのに、かなりの威力だ。その間も迫り来るホーンラビットやワイルドボアを斬り、フォレストウルフを避け、時にはミニゴーレムのパンチの方へと押しやりながら逃げ続ける。
しかしゴーレムは核を壊さない限り動きを止めない。スタミナも無尽蔵の殺人人形。それがゴーレムだ。核の位置が分からないが、ダメ元で攻撃していくしかない。先ず狙うは人で言う心臓の位置だ。
ゴーレムの攻撃は幸い大振りであるため、隙だらけである。アルは腕を避けた直後に飛びかかった。
「【斬撃】!」
胸の位置を斬りつける。相手は岩なれど、アルのステータスも飛び抜けている。加えて魔法攻撃となった一撃は、ゴーレムの胸板を三分の一ほど切り裂いた。しかしそこには核らしきものはない。
ならこっちはどうだ!
「【斬撃】ッ!」
先の斬撃からすぐさま剣を翻し、今度は体幹の中心を狙う。一太刀の最中に、僅かに抵抗感を感じた。体に真一文字に走った斬撃の痕から赤い光が漏れる。届かなかったか…。と、そこに追撃しようとしたところでその光は消え失せ、ゴーレムも崩れ落ちた。
慌てて離れたその場所に、岩が崩れ落ちてくる。周りの魔物も一段落しつつある。フォレストウルフ一体は途中でゴーレムの殴りに巻き込ませたし、もう一体はシオンが手刀の元に沈めていた。
「ようやったの。時間がもったいなかろうと思うて第二陣も呼んでおいた故」
隣に立つシオンは平静と言った。再び、"どどど"という足音が聞こえる。
「お、鬼だ………こいつは狐じゃない鬼だ」
「礼は要らんぞ」
その時、地響きとは別に、森から刃物を擦り合わせた様な金属音がする。咄嗟に身構える程の緊迫感がアルを襲う。
やがて森から姿を現したのは、二足歩行の蜥蜴だった。体表は鱗に覆われており緑色。竜人のガルムさんと似ているが、全体的に背骨が二足歩行に対応出来てないない感じがあり猫背だ。目には知性を感じられず、牙を剥き、歯の隙間から涎を垂らしている。両手には錆びかけた曲刀を持っていた。双剣使いだ。
「うぬ?リザードマンがおったか。これは予想外よ。レベル24くらいの奴じゃな」
「24だって?僕らより5も高いじゃないか。………逃げる?」
「奴は足も早い。逃がしてはくれぬじゃろう。丁度良い。アルよ。雑魚は妾が片付ける。あやつはお主がやれ。数ばかりで格下の相手しかしてこんかったからの。自分よりレベルが上の敵と戦闘する事も必要じゃ」
我が耳を疑う。この可愛らしい狐娘は、明らかに格上の魔物に対して我輩に一人で行けと申しておるのか!?
「自信ないなぁ………」
「お主のステータスは実質Lv22近くなっておる。お主と奴とは大差ないわ。勝負を決めるのは戦闘技術じゃ」
"雑魚は任せるがいい"とだけ残してシオンは、離れていった。
リザードマンの視線はシオンには全く関知せず、アルだけをひたと見据えている。アルもそんな視線から目を逸らせない。
縦に割れた瞳孔が開かれる。目線だけで威圧されている自分がいた。確かに、今までレベル的に勝っている相手としか戦ってこなかった事は、甘えだったのかも知れない。レベルが相手の方が高いと言うだけでこんなにもビビっている。
落ち着け。まずは情報収集だ。相手の獲物は双剣。つまりは、こっちより剣が一本多い。
………おいおいなんだよ。そんな事しか思い付かないのかよ。いや待て待て待て。基本的に双剣は手数だ。一つ一つの攻撃はそこまで重たい訳じゃないはず。勢いの乗ったこちらの攻撃も片手じゃ防御しきれない!
よって、攻める事にする。アルは【瞬間加速】を使って距離を詰める。リザードマンの反応は速かった。渾身の一撃を片手の剣だけで受け止める。
なっ!?防御しきれないはずじゃ、まずい!リザードマンのもう一方の剣がすぐに迫っていた。慌てて手を翳す。
「【盾】ッ!」
なんとか間に合った。…が。リザードマンがそのまま刃を滑らせて外す。そのまま背を向けた?なんだ?
「ぐはっ!」
アルは何かに弾き飛ばされた。何に!?
素早く立ち直ると、既に目の前にリザードマンが立っていた。猛烈に振るわれる双剣を、懸命に短剣で弾く。錆びた双剣は半ば叩き付けるように乱暴に、アルの命に迫る。
リザードマンの目は血走り、涎が宙に散る。
「くっ!ぐ!【盾】!うっ!【盾】!」
なんとか受けれてはいるが、それでも所々で防御魔法を使わされている。このままではいつか先に魔力が切れる。リザードマンの双剣が左右あらゆる角度から迫ってくる。それは到底予測出来るものではなく、防御しながらも斬り傷が増えていくのが分かった。
「ぐが!」
リザードマンがまた背を向けたかと思ったら、再度何かの衝撃が横から襲う。しかし今度は反応できた。そしてそれがリザードマンの尻尾だと分かった。回転することで尻尾を振り回しているのだ。
リザードマンはこちらに向き直ると、低く唸った。アルの足元に血が数滴落ちる。頬や肩、胸などを浅く斬られた。両手は剣を打ち合った反動で痺れている。
リザードマンの目を見ると、そこには一切の感情はない。恐れどころか、憐憫や怒りと言う感情すら見出だせない。そこにあるのは、ただの闘争本能だ。
よし。分かった。………よく分かった。こいつと僕は対等だ。同じ一つの命として対等だった。アルが一つ間違えれば、こいつは躊躇うことなくアルの命を奪っていく。アルの目に映る無念や後悔に、何の躊躇いも見せる事なく、本能のままに、曲刀を見舞う。そしてその曲刀にこびりついたアルであった物の残り滓に、何の痛痒も感じることなく、再び獲物を探す。
それだけのことだ。アルが今までそうしてきた様に…。弱腰になるな。お前はもう冒険者なんだろ。
右手の短剣を握り直す。もう【盾】は使わない。
再度【瞬間加速】を使って攻め入る。初撃は受け止められる。しかしアルの迷いのない一撃は、確かにリザードマンの体勢を崩した。そしてそこから振られる双剣も、今度は紙一重で避ける事ができる。頬が薄く切られるが気にもならない。双剣を避けた回転のままに、アルは後ろ回し蹴りをリザードマンにぶち込んだ。
「お返しだ」
素早く詰め寄る。が、そこに横合いからホーンラビットが飛んできた。それを一太刀にて斬り捨てると今度はリザードマンが迫っている。
激しい剣と剣の応酬。ふたりの間を乾いた金属音と錆の臭い、そして火花が彩る。その中で気を付けなければならないのは力のバランスだった。弱すぎれば押しきられる。強すぎて体勢を崩せばもう一方の刃が避けられない。その中で最大限の剣を振るう。それによりリザードマンの体勢が崩れた所に、腹部を横一閃。頑丈な鱗だ。薄く切れただけ、僅かに赤い血が滴っただけだ。それに達成感など無い。敵の命の灯火が消えるまでは―――――攻撃の手を緩めない。
今度はその最中にトレントがちょっかいを出してくる。後ろにステップしてリザードマンとの距離を一瞬だけ離しながら枝を迎撃する。その次はホーンラビットだ。角を空中で掴み、リザードマンの双剣の前に差し出す。双剣はホーンラビットに食い込むが、錆びているためにそこから進まない。その隙に鱗の並んだ右腕を斬りつけた。
少しずつであるがリザードマンに傷が増えていく。もちろんアルも無傷ではない。しかし動きが鈍るような攻撃ももらっていない。周りの魔物の数も把握できており、少しずつ数も減っていく。
残り九体………
アルの神経は、そこからさらに研ぎ澄まされていく。
残り五体……
リザードマンの息遣いや鼓動。筋肉のしなりを感じる。後ろからホーンラビットが大地を蹴る音も、トレントの枝が風を切って迫る音も全て解る。
残り三体…
まるで、この空間を支配するように、アルの意識は拡がってく。
残り一体
最後にはリザードマンだけが立っていた。息を切らし、右手はだらんと垂れ下がっている。仕方ないだろう、腱を何本か斬っている。痛みがどうという次元でなく、物理的にも手は上がるまい。
左手の双剣を弾く。
短剣を振りかぶった時、リザードマンと目が合った。そこからは何も読み取れない。アルの殺した盗賊の瞳には、どんな感情が見えたのだろうか。それを覚えていない、いや、見ていなかったアルは、きっと覚悟が足りなかったのだ。と。誰かに言われている気がした。