17話 冒険者ランクを上げよう
「ランク昇格?」
デートの日から三日ほど経った頃。それはミアさんから告げられた。ギルドランク昇格についての話だ。急な話にアルもシオンも驚いてしまい二の句が継げない。いや、シオンは特に驚いている訳ではなかった。あまり興味が無いのだ。
「えぇ。ギルドマスターに二人の素材納品数を報告した所、"特例で"との事です。Fランクの次のEランクに昇格という事なんですが、昇格の際の決まり事として、ランクEの依頼を一つ達成しなければランクの更新はできません。ですので、現在はランク昇格見込み。という形になります」
ミアさんが事務的に教えてくれる。当たり前だが、今は【変身】のネックレスを着けていないので本来の姿だ。やっぱりアルはこちらの姿の方が好きだ。
「あのー。純粋な疑問なんですが。ランクを上げるメリットって何かあるんですか?」
「うっ…。アル君にそれを言われると辛いところがあるわね。
基本的には、冒険者っていうのはね。あ、ごめんなさい"普通の"冒険者って事だけど。気を悪くしないでね?
ダンジョンを駆け回るよりも、ギルドに集まるダンジョン以外の依頼をこなす方が儲かるし楽だって言われてるの。そして当たり前だけど、依頼は高ランクになればなるほど報酬も高くなる。だから高ランクを目指すって言うのが一番の理由かな。
後は高ランクになるほど何かしら優遇してもらえる街は多いわね。例えばこの街だと、ランクB以上は宿代が免除されるとか。それこそランクSなんかになると国王と同じレベルの待遇もあったりするのよ。まぁ断れない指名依頼とかも増えるんだけどね…」
「まぁ上げといて損はないって感じだね。依頼ってのも楽しそうだし」
「別にどちらでも良いがの」
あまり響いていないアル達に不満顔のミアさん。確かに、もともと森でレベリングと素材集めをしていたアル達に言ってもあまりピンとは来ない。しかしアルにとって、ランクを上げる事への憧れはある。冒険者ランクはその冒険者の功績を表す物だ。どれだけの活躍をしてきたか。想像してみたまえ。Sランク冒険者。アルフォンス。誠に良い響きである。
「じゃあEランクの依頼を受けにいこうか?」
「構わんぞ」
こんな経緯で、僕達は初めての依頼を受ける事にした。
*
翌日。
「確か、受ける数の上限は決まってないんだっけ?ただ、期限までに達成できないと違約金がかかるって言ってたね」
二人は掲示板の前に来ていた。そこには掲示板自体が見えない程の依頼が貼ってある。割合としては近場が五割。ここから徒歩で数時間というのが三割。馬車で数日というのが二割だ。Fランクは、街の中でのお手伝いが多い。Eランクでは討伐系が少しずつはいってくるみたいだ。
「あの娘のお勧めは、王都アデルまでの途中にあるワーグスの森じゃったの?」
ワーグスの森にはレベル5から25までの幅広いレベル帯の魔物がいるとの事。Eランクの魔物はレベル5から20までが対象だ。アル達は経験値にもなるので、なるべく強い魔物を倒そうと決めていた。アルはワーグスの森で達成出来そうな依頼を選んでいく。
「あ、これなんて良いんじゃない?懐かしいホーンラビット。それとワイルドボアでしょ?あとはトレントに。あ、オークもあるよ?」
「妾はフォレストウルフを見つけたぞ。レベル20のこいつはまだ【吸収】した事がない。それにミニゴーレムもじゃ」
二人が選んだ依頼は、全部で十二枚。中には植物を採取する系のやつもある。依頼の束を持ってミアさんの所にいくと、呆れた顔で見られた。
「二人ともこれ本気で全部受けるの?特にこの依頼の中の三つ。受けてからの期限が三日しかないんだけど、本当に大丈夫?いくらあなた達が強くても、森では魔物を探す所から始めないといけないのよ?」
「まぁなんとかやってみます。ところでフォレストウルフとミニゴーレムの素材として売れる所を教えてください」
ミアさんは二人の事を心配しながらも信用してくれているのだろう。その全ての依頼を受理してくれたし、採取系に役立つ情報や、素材として売れる所等も教えてくれた。そこから二人は準備に取りかかる。主には寝床と食料だ。と言っても、そんなに長居するつもりもない。ワーグスの森は、ここから真南にある王都アデルまでの途中にある。半日かけて行き、一日狩りをして、半日または一日かけて帰ってくると言うミアさんのオススメプランだ。およそ二日間の予定。
行きは王都行きの馬車に乗って、途中で降ろしてもらえば良いのだ。半日ほどで着くとの事。帰りは歩くか、運よく馬車が通れば乗せてもらうように交渉する予定である。
「妾が狐の姿に戻れば、五分で着くぞ」
「それだけは却下で」
寝床はこの際なので、今後も使えるやつを買っておく。そして、食事は街中の屋台から食べ物をテイクアウトし、それを【保管】に入れていく事になった。食べ物も二日分だけ入れておく。最悪、倒した魔物を火で焼いて食べれば良い。
あらかた準備が出来たら、馬車の交渉に行く。定期便は結構一杯になることも多いとの事だが、今回は空席があったのですぐに申し込む。もし満席なら、行商人と個別に交渉しなければならない所だった。ちなみに王都アデルまでは一日かかり、一人片道三千ギル。ワーグスの森までなら半分の千五百ギルで良いとの事だった。
「お前ら、森に行くにしては軽装だが。大丈夫か?」
馬車に乗り込む際に、御者のおじさんに心配される。アル達の年齢も相まって、声をかけてくれたのだろう。
「大丈夫ですよ。ありがとうございます」
馬車の中はかなり広かった。多分十五人くらいは乗れるんじゃないだろうか?アル達の他には馬車を護衛する用心棒の男が一人。それから五才くらいの男の子を連れた夫婦で三人。カップルが一組。お婆さんが一人。そして冒険者風の男が二人。アル達を入れて十一人だ。広々という訳にもいかないが、ぎゅうぎゅうという訳でもない。
アルが気になったのは冒険者風の男の内の一人だった。獲物は大きな剣。鞘に納まっている為に柄の部分しか見えないが、意匠の凝らした装飾に、かなりの業物だと分かる。そしてその剣より目を引くのは、彼自信だ。何故なら彼の全身は紅黒い鱗で覆われていた。少なくとも、見えている顔や腕は全てだ。
恐らくだが彼は―――竜人。アルは本では知っていたが、実際に見たのは初めてだ。冒険者の街アルテミスとは言え、竜人には滅多にお目にかかれない。
きっと注目を浴びる事には慣れているのだろう。その男は毅然とした佇まいで、他からの視線を受け流している。もう一人の冒険者はと言うと、竜人の隣に座って何やらあぁだこぅだと話し掛け始めた。その内容を聞くと、どうやら二人はパーティではないらしい。
「旦那。あんさん、竜人ですかい?」
「あぁ、そうだ」
「へぇーやっぱり!こりゃ凄い!ギルドでも噂になってやしたぜ。竜人が滞在してるって。竜人と言えば太古の種族。その数も少なく、生きてる内にお目にかかれねぇ奴の方が多いってもんだからな」
「確かに我々は人里はあまり出ぬが、数が少ないわけではない」
竜人のその深い声は、恐らく男性だろう。どこか心を安心させ、落ち着ける様な声だった。声帯も人間とは少し違うのだろうか?
「おれの名前はマイクってんだ。よろしくな!あんたは………」
「ガルムだ」
マイクさんと名乗った男は、アルと似たような装備をしていた。軽防具に短剣。素早さ重視の服装だ。時折シオンに向かって厭らしい目を使ってくるのが気にくわないが、気さくな男の様だ。
マイクさんはガルムさんを馴れ馴れしく呼び、握手として手を差し出すがガルムさんは目を瞑ってしまった。マイクさんも気まずそうに手をもじもじしながら引いた。
「強そうな剣ですねぇ。レベルもさぞ高いんで?」
「人に言える程ではない」
ガルムさんはあまり話し好きでは無さそうだが、邪険に扱う様な事もなかった。アルも好奇心に勝てなかった。
「あ、あの僕からも質問良いですか?僕はアルフォンスと言います」
ガルムさんは片目だけをぱちりと開くと、その透き通った金色の目でアルをすっと見つめた。
「何だ?」
「竜人の方はとても長生きだと聞き及んでいます。失礼に当たらなければ良いのですが、ガルムさんのお歳をうかがってもよろしいでしょうか?」
「歳か。里を出たのが二十年前だからな。五百二十歳だ」
マイクさんと喋っている時よりも、幾分か気さくに答えて貰えた気がする。本当は思ったより寡黙な人でもないのかも知れない。
「うわぁ!五百二十歳ですか!想像もつきませんね………。"聖竜の儀"が終わられてすぐ里を旅立ったのですね?」
「ほぅ………。そうだ。それからは気ままに一人旅をしている。少年よ、その歳にしては詳しいな」
「えぇ、まぁ。僕にとっては竜人の方は憧れなんです。伝説のヴィーヴルの本がうちにあって、小さい頃によく読みました」
"聖竜の儀"とは、竜人族に伝わる成人の儀式だ。五百歳を越えるとその竜人は一人前と考えられ、里の外に出ることを許される。なので基本的には、人里で出会う竜人は五百歳を越えていることになるらしい。
「堅壁ヴィーヴルか。手前も小さい頃からずっと聞かされてきた。人の子でも同じであったか」
堅壁ヴィーヴルは、伝説の竜人だ。千年以上前に、魔王ファルネウスを倒したパーティの一人だ。その巨大な盾はいかなる攻撃をも退け、仲間を魔王の攻撃から守ったと言われる。ガルムさんもどこか嬉しそうだ。無表情の中でも僅かに頬が緩んだ気がした。そして、今気づいたかの様にガルムさんの視線がシオンへと向いた。眉がしかめられる。
「ところで、そこの少女よ。貴君は…」
「あ、こちらはシオンと言います。彼女は
「妾の名はシオンと言う。それ以外に答える義理はない。少女に無闇と質問するべきではないぞ?」
シオンの言葉で、ガルムさんの金色の目が細められる。
「ふむ…確かに仰る通りだ。どうか忘れてくれ。失礼致した」
「こらシオン。すみません、偉そうな事を言って。妹みたいなもんですよ」
そんなアルとシオンに、ガルムさんもキョトンとしていた。その隣ではマイクさんの目が一段とシオンに向けられるのが分かった。
そこからは会話らしい会話も、特になかった。出発して三時間ほど経っただろうか。思ったよりも早くワーグスの森に着いた様だ。森の中の道を通るとの事で、森の中心辺りで降ろしてもらうようにお願いしている。
しかし、森の入り口から二十分ほど経った時にそらは起こった。先ず聞こえたのは馬の嘶きだった。そして馬車が急停止した。中の乗客が全員、前方に身体を振られる。
「おいおい!なんだってんだ!」
叫んだのはマイクさんだ。それに対して御者の返答はとても端的で、その一言で状況が全て分かった。
「盗賊だ!」
ガルムさんとアルは急いで立ち上がる。無意識に腰の短剣を確認すると、無機質な冷たい感触が応えてくれる。
「前も後ろも挟まれとるぞ」
シオンの言葉だ。逃げられない。闘うしかない。アル達とガルムさんが先立って馬車から降りる。それからマイクさんと用心棒の男も馬車から降りてきた。見えるだけで、前に五人。後ろには四人だ。装備は全員が軽装。
「シオン、他には?」
「森の中に二人。弓使いであろう。魔法が使えるものが盗賊になるとは思えんからの」
「じゃあシオンはその二人をお願い」
その会話を横にいたガルムさんも聞いていた。目が合うと僅かに頷く。それでいいと言う事だろう。
「俺とマイクは後ろだ。少年と用心棒は前を頼む。時間を稼げ。すぐに応援に行く」
アルと用心棒の男は頷くと馬車の前方に向かった。用心棒の男はプレートアーマーを着込んでおり、頼りになりそうだ。名前はロバートさんと言うらしい。
「おめぇ闘えんのか?」
「………そこそこは」
前方は五人の盗賊がいたが、一人は馬に乗ったままだ。いざ馬車が逃げようとしたら追いかけるためだろう。よってとりあえずは四人が相手だ。長剣一人、短剣二人、槍が一人。
「ロバートさん。とりあえず奇襲で槍持ちを一人減らします。その後すぐに前に立ってもらえますか」
「坊主、なんか策が有るんか…?まぁ分かった。やってみろ。どうせ負けたら男は全員殺されるんだ。だが上手くいっても、その後の三人相手だと持って十五秒だ」
「十分です。では、行きますよ…。やあああああ!?」
アルは短剣を抜き、その内の一人に向かってトタトタと走り出す。少し高めの声で掛け声もつけながら。向かっていくのは槍を持っている男。男達はアルをニタニタと笑いつけながら待っていた。
「おい、そいつ殺すなよ。奴隷として売れる」
「一回突き刺せば心も折れるだろ。回復薬で治る程度にしろよ」
そんな会話を耳の端で風と共に捉えながら、距離は残り十メートル。まだ槍を構えようとしない所で【瞬間加速】を入れた。
右足が爆発的な加速を生み出し、大地を踏み抜く。その直後には剣を振りかぶる。十メートルあった距離は既にない。槍使いが面食らって、立てていた槍を慌てて引き下ろすが、到底間に合わない。あとはただ、短剣を振り抜けば良い。
アルの、スキルもなにも使っていない斬撃は、男の右腕を上腕の半ばでやすやすと斬り落とした。
手にはいつもの感触。
そうだ。オークと何も変わらない。違うのは斬撃のポイントだけ。今回はオークと違って人間だ。それならある程度の構造は分かる。そこなら上腕骨が一本だけだ。しかも真ん中辺りが一番骨が細い。肩口の関節を斬り飛ばすのは靭帯が多いため、ポイントがずれると意外と大変だ。それは人も魔物も変わらないはず。
「ぎゃああああ!」
「今です!ロバートさん!」
「このガキッ!」
「任せろ!ふうぅん!」
大剣の男が前に出てくるが、打ち合わせ通りロバートさんが迎え撃つ。慌ててそれに短剣二人も参戦する。予想通り、ロバートさんが大剣を振り回し、三人は攻めあぐねている。アルの事もちらちらと意識しているため、それも仕方ないだろう。
アルが側面に回ろうとすると、長剣の盗賊がこちらに来た。正解だ。アルを自由にさせてはいけないのは先程の槍使いで分かっている。
長剣使いは急に懐に入られないように、じりじりとこちらに寄ってきている。ロバートさんの方は少し不味いか。大きく剣を振り回して頑張っているが、短剣二人に囲まれそうだ。
「ごめんけどすぐ決めさせてもらうよ!」
「調子にのんじゃねぇ!」
アルは同じ様に突進する。上段に振りかぶる。長剣使いは、剣をすぐさま防御に回した。短剣と長剣。体格でもアルに勝てる道理はない。普通なら。
「【斬撃】ッ!」
アルの一撃は今度こそ、長剣使いの右肩を付け根から、ボロい長剣ごと斬り飛ばした。どす黒い血と共に、黒く耀く魔力の残滓が舞う。
それを見て慌てて馬に乗っていた盗賊が降りてくるが、時すでに遅し。アルとロバートさんがそれぞれ短剣使い一対一となった瞬間に、ロバートさんは短剣使いを剣ごと弾き飛ばし、その胸に剣を突き立てる。アルの方も、数合で短剣使いの剣を絡めとり、地面に組み伏せた。
馬から降りた直後だった残りの盗賊は慌てて再び馬に乗り、逃げ始める。が、走り出して数歩で、馬ごと【雷】に撃たれた。
「…アル。こういう手合いは逃がすでない」
森の中から、男二人をひきずりながらシオンが現れる。どちらも首が背中の方を向いている。きっとナイフを使うのを嫌がったのだろうとアルは思った。
「そちらも終わったか」
その深い声に振り向くと、ガルムさんが血だらけで立っていた。だが傷を負った様子はない。全てが盗賊の血だ。
「マイクさんは?」
「奴なら殺した。背中から斬りかかられたのでな。奴も盗賊の一味だったのだろう。偵察を目的としてや、いざという時のために最初から仲間の一人を乗せておくのは上等手段だ」
アルはあまり聞いていなかった。肩から先を斬り飛ばした男が、すぐそこに横たわっていた。向こうの上腕を斬った男はまだ呻いている。しかしこっちの男は既に身動き一つしていなかった。
既に死んでいたのだ。出血死だろうか。男の周りには血溜まりが出来ている。
今日アルは初めて、魔物ではなく人を殺したのだ。