16話 アル、指輪を買う
起きた瞬間から、今日は天気の良い日だと分かった。
最近はどんどんと暑くなってきており、あれよあれよと夏が来るだろう。
アルがベッドの上で上半身を起こしたのに対して、隣でシオンが反応する。"むにゃむにゃ"と何か言いながら、布団を引き寄せてくるまる。まだ起きてはいないみたいだ。窓から射し込んだ朝陽が、シオンの美しい銀髪を照らし、輝かせている。それは本当に綺麗で、絹の様な滑らかさと光沢を纏っていた。
手を伸ばして撫でてみる。銀髪を指で弄ぶと、するすると指から抜けていく。とても冒険者をしている者の髪の毛とは思えない。と言うよりも正確には人間ではないので、そこと比べるのは申し訳ないのかも知れないけれど。
髪の毛を一通り遊び終わると、柔らかそうな耳が目に入る。思わず手で一揉み。
や、柔らかい………!
何なんだこの柔らかさは。銀色の毛の滑らかな肌触りと、ちょうどいい分厚さ。そして立ち耳ならではの僅かな固さ。
「…なんじゃ?お主。ついに卒業したくなったのかの?」
「うわっ!」
急にシオンが抱きついてきた。夜間も気温が上がってきた事から寝間着も薄くなってきており、女の子特有の柔らかさが薄布を挟んで伝わってくる。なおかつ【筋力上昇Lv5】のスキルを存分に使ってアルを放さない。
「うわ、とはなんじゃ。人の身体を弄んでおいて。それよりまだ朝であるが、今から始めるのか?仕方無い。アルのレベルアップのためじゃ」
「違うから!何のレベルアップだ!服を脱ぐな!」
*
エマさんは昔言っていた。
デートって何?と、純真な気持ちで聞いたアルに対して。
男と女が待ち合わせをして出掛ける事をデートと言うのよ。と。
エマさんの言った事が正しいならば。今日アルは生まれて初めてデートをする。例え僕と彼女が冒険者とギルド員という間柄で、街を案内すると言う彼女の親切心からだとしても。
これはデートであるはずだ。いやデートでなければならない!そうしよう。デートだと言う事にする。今後将来、初めてデートしたのはいつ?と聞かれたらこの日の事を答えよう。
集合場所は竜の翼亭の前。集合時間は十一時。
アルは二度寝を始めたシオンを尻目に十時には準備を済ませ、その三十分後には外に出ていた。なるべく小綺麗な服を選んだつもりだが、やっぱり少しダサいかもしれない。もっとお洒落な服を二、三着は持っているべきだと、心からそう思った。
ミアさんを待ちながら、街行く人達をぼーっと眺める。もう夏間近という事もあってみんな薄着だ。ちなみにミアさんはここに住んでいる訳ではないそうだ。親の教育方針により、この近くに部屋を借りているらしい。昨日はわざわざアルを訪ねて来てくれたのだとか。
「あ、アル君!おまたせ!」
真っ直ぐこちらに向かってくる女性がいるなとは視界の端に捉えていた。まさかとは思ったが、その人から声をかけられる。かなり綺麗な人であるが、知らない人…だと思う。
「え?すみませんどちら様………え?もしかして………ミアさん?」
「ふふふ、そうよミアです」
その女の人はおっとりとした垂れ目な美人だった。ミアさんに負けず劣らず綺麗だ。髪の毛はうっすらと赤みがかり、腰まで真っ直ぐ伸ばしている。にこやかな笑顔をアルに向けているが、言われてみれば、どこかしら顔や声にミアさんの面影もある気もする。ただ、しっかりと別人である。目や鼻立ち等も違うため、化粧とかで変えられるレベルではない。
確か、二週間前にもこんなことあったな…。
ミアさんから急に男の声がしたことが…。
「えっと、まさか今回もルイさんの仕業とかじゃ無いですよね?」
「ふふ。そう来るのね。ギルド長じゃないわ、完全に無関係とも言えないけどね」
そう言ってイタズラに笑う。どうやら本当にミアさんの様だ。と言っても、なんだか変に緊張してしまう。
「まぁ後で種明かししてあげるわ。とりあえずお腹空いてきちゃった。何か食べに行かない?天気が良いからテイクアウトして外で食べるのはどう?」
なんだかテンションの高いミアさん。普段と違う姿も相まって、本当に初対面の人といるみたいだ。
そこから二人はお店でサンドイッチを買って、冒険者のギルドの近くにある噴水の縁に並んで腰かけた。腰かけてから周りを見渡すと、なんとカップルの多いことか。カップルしかいない。カップルだらけだ。この街のカップルが全て集まっているに違いない。皆が皆、和気あいあいとサンドイッチやらハンバーガーやらをイチャイチャしながら食べさせあっていた。
「アル君はどういう所に行きたいとかあるの?」
ミアさんはそんな周りを気にした様子もなく、サンドイッチを食べ始める。その凛とした雰囲気に他のカップルの男達までちらちらとこちらを見ている。
「そうですね。防具を新調しようかなと思ってます。三ヶ月前くらいに買ったばかりでまだまだ使えるんですが、その時はお金がなくて安物しか買えなかったんですよね。できたらここのボスと戦う時でも使えるくらいの質の物を購入して、今から慣らしておこうかと思いまして」
今のリザードの防具は、レベルが14になった時に買った物だ。レベル23のボスで使うには少し心許ない気がする。今の調子だと三ヵ月か四ヵ月でレベル23になってボスに挑める計算だし、できたら早めに新調したい。お金も二週間の間、一心不乱にオークを狩った事で二百万ギルくらいはあるから余裕もある。
「防具ならやっぱりガブリエルさんの所が一番ね。でも、一体どれだけ長く同じ防具を使う気なの?防具は二年で買い換えってよく言われるけど。ボスに挑む頃にはまた買い換えないといけなくなるんじゃない?」
「え?二年も持つんですか?それならボスに挑むまで十分持つんじゃないですか?なんなら二年も使うなら、次のダンジョンの序盤でも使えるやつがいいなと思ったんですが」
「え?」
「え?」
何?僕が何か勘違いしてるのか?
「アル君。シオンさんと二人パーティは変えないんでしょ?レベルいくつでボスに挑むつもり?」
「23まで上げてからのつもりですけど」
「そう、良かった。それなら、23まで上げるのにどれだけの期間が必要だと思ってるの?」
「十層以降の敵にもよりますが、多く見積もっても四ヶ月ですかね?」
「四ヵ月!?無理に決まってるでしょ!?」
先程までの凛とした雰囲気はどこへ行ったのか、ミアさんに詰め寄られる。もしかしたらやっぱり僕が変な事言ってるのかな?
「そう、なんですか?でも現に二週間で1レベル上がりましたし。このペースなら上手くいけば三ヶ月で5レベルくらいは上がるかなと思ったんですけど………」
「え、昨日本当にレベルアップしたんだ………。でも待って、二週間でって言っても、この街に来るまでの経験値があるでしょ?それと累計でレベルアップしたんでしょ?」
「あぁ、まぁそれはそうですけど、累計って言ってもプラス二日間分くらいですよ?」
実はアル達はアルテミスに上京して来る二日前にも、ここにレベルアップの為に来ていた。と言うより、そこでレベルアップしてダンジョン適正レベルとなったことで、エマさんの認可が得られたのだ。それに喜んだダングのおやっさんが、わざわざアル達のためだけにここまで便を出してくれたのである。アル達が獲りまくった素材が一回で運びきれなかったという事もあったみたいだが。
「ちょっと待ってそんな事あり得ないわ。普通レベル一つ上げるのに早くても四、五ヵ月はかかるのよ?」
そうなんだ。………え!?四、五ヶ月!?
「そ、そんなにかかるんですか…!?」
レベル上げに関しては、アルは別に何も隠していない。
適正レベルの敵を、精一杯倒してきただけだ。それ以外にやましいことなど何もない。多分。
「もう聞くのやめとくね………。なんだか私の常識が壊れてしまいそうだから。あ、でもレベルアップしたらギルドに申請しないと駄目だから明日来てね!」
人を非常識みたいに言うのは止めてください………。
ミアさんは、きっと先程の会話を心の奥底にしまって鍵をかけたのだろう。最後は受付の顔になった。なんだかその時の顔が一番見覚えがあった。
そこから二人はガブリエルさんのお店に向かう。
「いらっしゃいませー。あ、あぁ!アルフォンス殿!御噂はかねがね!今日はシオン様は御一緒ではないんですね?そちらの方は………もしや恋人ですか?」
「いえ彼女は
「はいまぁ…ミシェルと言います」
「おぉ!やはりそうでしたか!なんともまぁ、心が洗われる程にお美しい方でございますね」
ビックリしてミアさんを見ると、チラリと視線で合図している。どうやらミアさんであることを知られたくはないらしい。
「あの、今日は僕の防具をお願いしたくて来たんです」
「それはそれは!誠にありがとうございます!やはりアルフォンス殿は機動性重視の軽いタイプをお探しでしょうか?」
「そうですね。軽い素材の物か、シオンの時みたいに【軽量化】のスキルがついているものだと助かるんですが………」
「それでしたらシオンさんの防具と同じ物がありますが。デルン鉄に【軽量化】のスキルという組み合わせです。アルフォンス殿のサイズでしたら、明日にでもご準備出来ます」
「あぁ!確か30レベルくらいまで使えるんでしたよね?ではそれでお願いします!」
時間がかかるかと思っていたが、シオンと同じものと言うことで、意外とすぐに決まった。アルの採寸だけ済ませ、二人はガブリエルさんのお店を後にした。料金はまた安くしそうな感じだったが、アルが断固として正規の金額を聞き出して支払った。二十五万ギルの出費だ。
「気に入るのが見つかって良かったね、アル君」
「ガブリエルさんはミアさんの事を御存知の様でしたけど、面識は無かったんですね?」
「実はそうなの。"ミアとしては"行ったこと無くて。あ!見て!あそこのアイスクリーム美味しいの!アル君も絶対気に入ると思うから!ちょっと買ってくるね!………ミルク味だけど食べられるー?」
ミアさんが既に走って行った後で、アルに向き直って叫ぶ。そんな微笑ましい姿を見て自然と頬が緩む。小さな屋台に見えるが、結構な人が並んでいる。そこそこの時間待つだろう。アルは一緒に並ぶべく、ミアさんの後を追いかけた。
*
「ここは何のお店なんですか?」
ミアさんの変身についての"種明かし"の時間だと言われ、連れてこられたのは十字通りに面するお店だった。
「ここはね………アクセサリーショップよ」
「アクセサリー?って言うと、指輪とかネックレスとかピアスとか?」
「ふふ、そうそう。さぁ入るよ!」
中に入ると、マルコムさんやガブリエルさんの店よりも広く、きらびやかな貴金属が並んでいる。そして御客としてはうら若き女性ばかり。と言うわけでもなく、意外とゴツゴツした冒険者達も三人ほどいた。
「わぁ。綺麗な所ですね」
「そうでしょ?でも別にここにおいてある全てが貴金属って訳ではないのよ?例えばあそこの端にある指輪とかはシルバーだし、その隣にちょこっとあるのは鉄製よ」
「え?鉄ですか?」
ミアさんは微笑むとアルの手を引いてそこまで近寄った。
近くに寄って見ると、確かに他のと比べて少し無骨な感じがする。指輪を一つ。手に取ってみる。つけられた小さな名札には値段が書いてある。二千五百ギル。意外と高い。そして値段の下にもう一言、こう書いてある。
爪切り。
うん、読み間違えでなければそう書いてある。二千五百ギル、爪切り。
「これ………なんですか?これが爪切り?」
アルの反応にミアさんは大満足のようだ。可憐に大笑いして冒険者達の視線を釘付けにした所で、やっとアルに説明した。
「あははは。違うよアル君。ふふ。やっぱり知らなかったんだ。これはねスキル【爪切り】が付与されてるってこと」
「え!?アクセサリーに?それならこれを装備するとスキルが?あ!そういえば、ステータス画面の装備欄に"その他"ってありますけど…」
「そうよ。あそこには装備しているアクセサリーとかのスキルが表示されるわ。アル君もシオンさんも、この前見せてもらった時に装備してなかったから、もしかしたら知らないのかな?と思って」
アルは鉄の指輪を取っ替え引っ替え掴み、値札を見てみる。だいたいが二千五百ギル程度。たまに三千五百ギル。内容はどれも、あったら日常でちょっとだけ便利くらいの物だ。
例えば………【寝癖直し】【裁縫Lv1】【挨拶】【掃除Lv1】【歯磨き】【睡眠効率上昇Lv1】【折り紙】【腕相撲】【短気】【体温上昇】【読書速度上昇】【空腹耐性】【手先器用】【跳力上昇Lv1】
などなど………。意外と便利なのか?ってものからどういう効果があるのか分からない物までいろいろとある。ちなみに、ランクの高い貴金属になってくるとスキルのレアリティやLvも上がってくるみたいだ。しかしその分、値段も上がる。
「わたしが今装備してるのはね。【変身Lv1】のスキルがついたネックレスなの。ギルドから受付嬢に支給されるものでね。外見を変えられるって効果なの。Lv1だけど、希少だからかなり高価な物なんだけどね。多分現存してるもののほとんどは冒険者ギルドが所有してるんじゃないかしら。ギルドの受付嬢は他より一際人気が出やすい分、プライベートでのトラブルにも巻き込まれやすいからって事で貸してもらえるのよ」
なるほど。ミアさんの姿が違うのはそれのお陰なのか。ん?もしかしてミアさんの姿は今が本当で、受付の時がスキルを使って【変身】しているって可能性も………?いや、あれだけマイさんとソックリだったら無いか。い、一応探りを入れてみようかな?いや、もしそうだとしてもどちらも綺麗な人なんだけどね?一応ね?
「なるほど、そうなんですね。それなら皆ネックレスを装備して窓口に立てば良いんじゃないですか?それの方がプライベート縛られずに済みそうなもんですけど」
「実は、今の受付の子の半分はそう。これトップシークレットだから言ったらダメよ。クビになるどころか守秘義務違反で捕まっちゃうかも知れないから。私の場合は、これが支給される前から受付やってるから無理だったの。それにLv1だと【看破】とかのスキルを持ってると無効にされちゃう事もあるらしいし。【変身Lv2】とかだと変身の幅も広がって、性別を変えられたりするらしいんだけどね。本当に珍しい物だから、噂に聞いたくらいで私も見たことはないわ」
ミアさんの本当の姿が今じゃないと聞いて何故かほっとした気分になる。次にアルは金や銀の指輪の棚に近寄った。銀のアクセサリーは【魔力量増加Lv2】や【筋力上昇Lv2】。【魔法威力上昇Lv2】など。数値上昇系の"Lv2"アップが並んでいる。値段は金貨数枚。金のアクセサリーになるとシルバーと同じ様な数値上昇系の"Lv3"アップ。金貨十数枚。
そして金より更に高い物では、ミスリルという魔力を含んだ魔法金属がある。いくつか見てみると、【筋力上昇Lv4】等の"Lv4"アップ。それと【投擲Lv2】や【判断力上昇】などの戦闘向け追加スキル。【火球】等の魔法スキルなんかもあった。値段は金貨数十枚。流石ミスリルだ。しかしいくらスキルが喉から手が出る程欲しいと言っても、指輪一つに金貨数十枚はなかなか手が出ない。初めて買うとしたら尚更だ。
そこでアルはふとセール品と書いてある所に目が行った。雑多に詰め込まれているそれらはどれもこれも半額またはそれ以上の割引値札が貼ってある。鉄製やら銀製。金製の物や、中にはミスリル製もちらほらあった。
アルはシルバーの指輪をいくつか見てみると、【悩み相談Lv2】【工作Lv1】【暴飲暴食】など。確かにいらないスキルばかりだ。しかしこんなスキルを生まれつき持っている人も、世の中にはいるのだろう。ミスリルの指輪でさえも【関節技】とか【鍔迫り合いLv4】なんかの品揃えだ。微妙に使えそうで使えない。
しかしそんな中にアルは【魔力吸収Lv3】と言う指輪を見つけた。値段は七割引きで金貨十二枚。流石にミスリルだけあって、元値が高い。
「ミアさん。これ見てもらえますか?これはどうしてセール品なんですかね?」
何故これが売れ残りなのか分からない。アルの予想が正しければ、これは魔物を倒すと魔力が回復するスキルのはずだ。かなり有用なはずである。
「あぁ。これね。確か魔物を倒すとその分魔力が回復するスキルだよ。でも確か、必要条件が物理攻撃で止めを刺さないといけないの。魔法スキルを持ってる人は魔法使いになるから、近接戦闘する人なんかいないのよね。あ、もちろん例外もいるけど…。でもせっかくミスリルの指輪を買うんだったら、もっと他に良いスキルがあるから売れ残ってるんだと思うわ。ん?そう言えば………」
アルはニヤリとする。そう。魔法を使いながら近接戦闘するアルには、もってこいのスキルだ。しかしシオンは既に【吸収】のスキルがあるため、何か別の物を買っていくとしよう。
結局アルはシオンのと二人分の指輪をそこで購入した。
こうして、ミアさんとのデートは、思わぬ収穫を得たのだった。