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14話 ギルド爆発事件


「ブヒイイイッ!」


オークの振りかぶった斧が、アルの眼前に迫る。

ゴブリンより腕力が強いこともあって、さすがにこの一撃を頭に受ければ即死は免れない。アルはそれを素手で迎え撃つ。左手を目の前に翳すと魔力を込めた。オークが豚の顔面で、ニヤリとした。その顔は酷く人間味があったのは何とも哀しいかな。


「【(シールド)】!」


斧が、アルの翳した左手の寸前で"黒い壁"に阻まれた。激しく火花を散らしながら斧は軌道を変え、ダンジョンの床に突き刺さる。大きく体勢を崩したオークの頚部に、横から短剣を刺し込む。致命傷(クリティカル)だ。まるでトマトを包丁で刺したようなジューシーな感覚が手に伝わる。それと共に噴き出る果汁()も。


「【風鎧(ブースト)】」


アルの背後では、シオンが鈴が鳴るような響く声で詠唱する。

風鎧(ブースト)】は現在Lv2。ステータスを一分間十二パーセント増加させるスキル。もともと素早さ等関係なく攻撃が当たらないシオンだが、魔法のレベルも上げないといけないため、アルにかけたり自分にかけて近接戦闘したりと色々やっている。

オークの右フックを流水の様な滑らかさで避けた後は、オークに触れるか触れないかという絶妙な距離で手を翳す。


「"雷よ。悪しき者を戒めよ"【感電(スタン)】」


バチッと大きな音と空色の閃光が一度。そのままオークは前のめりに顔から倒れ、びくんびくんと痙攣している。シオンはそんなオークから目を離すとこちらを見る。そして痙攣しているオークを指差した。


「ん」

「あーはいはい。まったく、たまには自分で止め刺したらどう?」


オークに近付き、首元に短剣を刺す。短剣を抜くと血が噴き出し、慌てて跳びずさった。


「純真な妾の手を汚せと?お主そういう趣味なのか?生き血を浴び、この白銀の髪を深紅に濡らせと?頬に付いた血をぺろりと舐めれば満足なのか?」

「すみませんでした。もういいです、勘弁してください」

「結局妾が倒したとてお主が倒したとて、経験値的には変わらぬであろう。それなら既に汚れているお主が止めを刺した方が良いではないか。効率の話じゃ」


まぁそうなんだけど……………。それなら【感電(スタン)】じゃなくて【(スパーク)】を使ったら良いのに………。


シオンが言うには、アルが倒してもシオンが倒しても、召喚主であるアルに経験値が入るらしい。そしてアルがレベルアップしたらその従属であるシオンもレベルアップすると。

何故そんなことを知っているのかという点は、深くは聞いていない。恐らく以前【召喚】された時の経験なんだろうなぁと勝手に思っている。スキルについて詳しいのもきっとそうに違いない。


未だに当時の事は話そうとしてくれない。アルが知っているのはその時の契約主が女性だったと言う事だけだ。無理に聞き出す必要もないのたが、なんとなく気にはなる。だがアルの方からは聞かず、シオンが話したくなるまで待とうと決めていた。

アルは頭を無理やり違う事で切り替える。


「それにしても、あれから二週間も経つのに、指名依頼の方は進まないなぁ」


アル達は現在七層にいる。七層はほとんどオークの階層だ。二割ほどの確率でポイズンフロッグが出てくるくらい。ゴブリンはもう出てこない。倒すスピードとレベル帯による経験値。それからドロップ品による稼ぎを考えたらここらが最適だと考えたのだ。


一度は八層の安全階層(セーフティゾーン)を越えて十層まで行った。そこに出てくるのはオークの上位種であるオークソルジャー(剣兵)や、オークアーチャー(弓兵)。それからもう少し下にいくとオークメイジ(魔法使い)も出てくるらしい。ソルジャーは剣、アーチャーは弓を使いこなし、メイジは初級の魔法を使ってくる。レベル帯で言えば20くらいだとか。ステータス的にはアル達も余裕を持って倒せるのだが、諸々の効率ではまだ七層が勝る。


「最近毎日の様に言うておるのう。放っておける様な内容でもないが、目くじら立てて探せと言われてもいないじゃろう」

「まぁそうなんたけど………」


アルは指名依頼を受けた二週間前の事を思い出す―――






ーーー二週間前。


朝一番の冒険者ギルドに入ると、そこはかなり賑わっていた。昨晩のお酒混じりのどんちゃん騒ぎとは違う、役所的な混雑だ。勿論、中には既に酒を呑み始めている奴等もいるが。彼等は一日呑んでいるのだろうか?それとも引っかけてから仕事に行くのか?


一番の混雑はやはり掲示板の前。この掲示板には、各層でのダンジョンドロップ品のリストなんかも貼ってあるらしい。そのリストには、食材など時価の変わりやすいドロップ品のその日の買い取り価格も書いてあるとか。

また、ダンジョン都市と言えども、冒険者達はダンジョンにしか行かない訳ではない。ここからだいたい馬車を使って二日で行ける範囲内なら、その範囲での依頼が貼り出される。例えば、村にゴブリンが出たから巣穴ごと退治して欲しい、とか、森で繁殖したオークを退治して欲しい、とかだ。

それ以外には、例えば行商人等からの護衛依頼。あの街まで、馬車やらの荷物を護衛して欲しいという内容。冒険者が街を移るときには、ついでにこの依頼を受けるのが良いらしい。


そして一番多いのが、アルテミスの街の中での依頼。これが掲示板の半分以上を占めている。内容としては、飼い猫を探して欲しい。とか、屋根を修理して欲しい等。本来Fランクではここら辺の依頼を受けるのが妥当だ。しかしミアさんに聞いたところ、ダンジョンドロップ品の買い取りでもランクは上がっていくため、あれだけオーク肉を持って来れるならダンジョンの方がポイントが貯まるのは早いとの事。


よって掲示板には今のところ用はない。アルは酒場エリアを突っ切ると、受付カウンターの近くまで行ってミアさんを探す。


いた。やっぱり一番長い行列が目印らしい。

その列の最後尾に並ぼうとしたアルを、ミアさんは遠目からでも見つけたらしい。アルが軽く手をあげて挨拶すると、ミアさんは急に慌ただしく手招きをし始めた。


いや、そんなに呼ばれても………この列あと二十人くらいいるけど、さすがにこの人数を無視して話しに行くのは無理だろう。

対応中だった冒険者も、急にミアさんがどこかへ手招きし始めたため、こちらを振り向く。その冒険者はややぽっちゃりで、レザーアーマーを着ていた。腰にはロングソード。ん。あのシルエット………。もしかしてあれ、バドか?うわマジか。このタイミングで会うのかよ。ますます近寄り難いんだけど。


なんとここでミレイ村の幼馴染みであるバドに会ってしまった。いつか会うかもとは思っていたが、こんなタイミングとは流石に思っていなかった。そしてミアさんの様子がおかしい事に、周りの冒険者達がざわつき始める。ミアさんとアルを交互に見ながらヒソヒソと頭を近付けている。

そしていつまでも来ようとしないアルに、ミアさんがついに痺れを切らした。カウンターの下から何かを取り出す。

立て札?の様だ。こう書いてある。


"専属対応中"


爆発が起こった。そう思った。

ミアさんに並んでいた二十人を中心として、ギルド中に異変は伝播する。特に二十人の行列は阿鼻叫喚だ。周りの冒険者達はそれを見て、次にミアさんの前の立て札を見て、そしてミアさんが笑顔で手招きしているアルを見る。


え…何?


「ぎゃあああああ!」

「あの"不動"のミアちゃんが落ちた!?」

「Aランクのアレックスでも落とせなかったのにかよ!」

「おい!"専属"って何なんだ!」

「知らないのか!どれだけ並んでようと、"最優先"で対応するって事だよ」

「つまりギルド認定の恋人って事だ!」

「そ、そんなにか」

「いや、それは言い過ぎだ」

「あいつ一体誰だ?見ない顔だな」

「おいおいあいつ確か、昨日冒険者登録してたはずだぞ」

「あの隣にいる銀髪の獣人の子、めちゃめちゃ可愛いな」

「何!?てことはあいつ新人か!?新人が一番人気のミアちゃんを落としたってのかよ!」

「隣の子妹かな?なんとなく似てる気がするし」

「俺のミアちゃんがぁぁぁっ!暗殺依頼を誰か!」


"専属"と言う言葉の意味を、アルは非常に軽く見ていたらしい。

少なくとも、他の冒険者よりは。

だから、あの時ミアさんもあんなに渋っていたのか。


これ………あのルイとか言うギルド長。

バレないように魔法使って、今も絶対どこかで見てるだろ。

あのハイカラな男が大笑いしてるのを想像しながら、次にあったら絶対に一言文句を言おうと決める。そしてアルはミアさんの元へと近づく。何にせよミアさんとアルが個室に入ってしまわない限り、この喧騒は終わらないだろうからだ。


アルはやっと気が付いた。彼女達は、ただの受付嬢ではない。アルテミスの冒険者達にとって、引いては世界中の冒険者達にとって。彼女達は"アイドル"だったのだ。


アルがミアさんに近付くと、再びギルド内が静かになる。

まるで誰かが"嘘ぴょーん!ドッキリ大成功!"とでも叫ぶのを待っているかの様だ。


「はぁ、アルフォンス君いつ来るのかと思ったよ。さ、向こうの部屋にどうぞ。えーすみませんが、今から専属対応となりますので、バド君と、そして並んで下さってる皆さんは少々お待ち頂くか、お空きの窓口にて対応いたします」


「ア、アルフォンスだと?お前がアルフォンス?」


ミアさんがアルに対して朗らかに、なんだかいつもより親しげに、声をかけた後、他の冒険者にはいつもの営業口調で宣言した。対するバドはと言うと、半年会っていないだけだと言うのに、どうやらアルだと言うことに気付いていなかったみたいだ。まぁこの状況がそうさせたのかも知れないが。


「アルよ。さっさと行くぞ。これだけの人数から好奇の目で見られるのは流石に不快じゃ」

「あ、あぁ。そうだな。それじゃあバド、また」


シオンが先に立ち、アルは後をついていく。バドは口をぱくぱくさせて何か言おうとしていたが言葉になっていなかった。

何百人もの視線を引き連れたままその扉に向かう。扉を開けてくれていたミアさんが、最後に一礼して扉を閉めた直後、部屋の外ではまた爆発が起こっていた。


「はぁ、やっぱりこうなるのね………」


ため息をついたのはミアさんだ。正直言うと、アルも今後の事を思えば億劫(おっくう)でしかない。明日から何を言われ、もっと言えば何をされるのか………。しかし、ミアさんに落ち度はない。悪いのはこれを差し向けたギルド長だ。


「すみませんミアさん。専属って言うのがまさかこんなに大事(おおごと)だなんて思いもよらなくて………。

昨日ミアさんがあんなに嫌がってた理由も分かりました。今からでも良いので専属の解除をギルド長に伝えましょう」

「うむ、それは名案じゃ!妾も賛成せざるを得んの!」


アルは頭を下げる。きっとミアさんの人気はこのギルドにとって必要なものに違いない。それに汚点を付けるような事態にアルは申し訳なく思っていた。


「いえ、別にイヤって訳じゃないの!確かに専属受付嬢って言うと、冒険者の恋人みたいな事を言われてるのは知ってるから、なかなか他の人からお願いされても断ってたけど。でもアルフォンス君はとても丁寧だししっかりもしてるし………今もこうやって私のために頭を下げてくれるし………。ううん、私。決めたわ!アルフォンス君、いえアル君の専属になるよ!あ、も、もちろんアル君さえ良ければなんだけど………」


なんだかもじもじと照れつつもそんな事を言ってくれる。歳上の女性ではあるが、それはかなり可愛らしい仕草で、なんだかこちらまで照れてしまう。


「え、もちろん僕としては有難いお話ではありますが………いいんですか?」

「チッ」

「こらシオン」

「ふふ、これからよろしくお願いします、アル君、シオンさん」


それはまるで、向日葵(ひまわり)の様な笑顔だった。いつものカウンター越しに見るのとは違う、ミアさんという人の素の笑顔。彼女のこの笑顔を見れたたけでも、冒険者になった甲斐があったと言う物だ。そう考えると、多くの冒険者達が彼女達に恋する気持ちも分からなくもない。


「良かったねぇ君達!これで万事解決だよ!

さっ!依頼の話をしようかぁ!さぁさぁ座りたまえ!」


部屋の隅からギルド長が姿を見せる。またこの人は潜んでたのか………。

仕方ないので、ミアさんに免じて許す事にする。そんな心の広いところを見せつつ、促されるままにソファーへと座った。シオンがアルの膝を枕にして寝る体勢に入ろうとするがそうはさせない。


「さぁて、実はねぇ。今回アル君に頼みたいのは調査なんだ。

君達がここに来る前の話になるが、この街では人拐い(誘拐)が横行していたんだ。そこであるパーティに依頼して一網打尽にしてもらったんたが、どうやら最近またその手の輩が出てきているみたいでね。

以前の一味の残りなのか、新しい勢力なのかは分からない。君達にはそれを調査して欲しい」


人拐い………?思い当たるところがあった。ありすぎる。というか、拐われかけた本人ですらある。だが何故それを…。


「何故それを妾達に依頼するのじゃ。この街は冒険者にとって世界の中心だと聞いておる。それをまさか人手不足とは言うまいな?他にも適任はおるはずじゃろう」

「もっともな疑問だね。それがねぇ、行方不明者がみんな若手の冒険者なんだよ。つまり今回の人拐い集団は新人冒険者(ルーキー)狙いなのさ。だからこの件に関しては、勿論君達以外の高レベル冒険者にも依頼は出すつもりだ」


ルーキー狙い………。それで僕達なのか。狙われやすいルーキーとしての情報収集。一応アル達は新人とは言えどもレベル18だ。他の新人は平均して14レベルくらいの人が多いだろうから、まぁ頼みやすいんだろうけど。


「具体的には僕達に何が出来るとお考えですか?」

「君達は何もしなくていい。………いやすまない、言い方が悪かったね。君達は普段通りに過ごしてくれ。君達の好きにダンジョンを攻略したり、他の依頼を受けて貰って構わない。その中でもしも、何か怪しいものを見つけたり聞いたりしたら報告してくれれば良い。事の解決には他のパーティに当たらせるから」


つまりは、それとなく情報を聞いたら教えてね。ぐらいの事か。でもそんな依頼があるのか?何かしらの裏がありそうな気はする。ルイさんの爽やかな笑顔を見ながらそんな事を考えつつ、アルは返事をした。


「まぁ………そういう事なら構いませんが」







「まぁ妾達は、特に何もしなくてよいと言っておったであろう。初めての依頼であるからとて、そんなに気負うでない」


先程倒したオークからドロップした肉を【保管(ストレージ)】に入れ、短剣についた血糊を拭く。シオンは腰に手を当てて高説しているが、容姿が容姿だけにあまり威厳という物はない。


「お主。失礼な事を考えてはおるまいな?」

「いんや別に?そろそろオーク肉で一杯だ。魔力も半分まで削れてるし、切り上げよう」


保管(ストレージ)】は、最大量以上に物を入れると、量に応じて魔力量、つまり魔力最大値が一時的に減ってしまう。

最近ではオークに対して魔力を温存しなければならない状況も無いと分かったので、魔力を削ってでもオーク肉を持ち帰る様にしていた。


今日はギルドで肉を売った後、神殿に行くつもりだ。二週間のダンジョンの成果。二人の感覚では、レベルアップしてもおかしくはないくらいの経験値を積んだはずだ。


最寄りの帰還水晶がある八層に向けて、アル達はダンジョンの奥に向かって進んでいった。

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