12話 絡まれてみよう
ダンジョンで食べる昼食はそこそこ楽しめた。あんまり美味しくないサンドイッチでも、天気の良い日に外で食べるとそこそこに思えるものだ。ダンジョンで昼飯。アルにとってそれだけでテンションが上がらないはずはない。例えそれが単なる干し肉だったとしても。
「これ食べれないとは言わないけど、美味しくはないな。気分は盛り上がるけど、ダンジョンだからなんとか食べられるくらい」
「そうかの?妾は嫌いではないが」
シオンはゴリゴリと威勢良く干し肉を噛みちぎっている。狐って肉が好きなのか?
「本当はもっと美味しいもの買って【保管】で持って来たいけど、やっぱり安全階層はそこそこ人が居るみたいだからな。トラブルに巻き込まれるのも嫌だから、あんまり目立つ事は避けたいし」
スキルやシオンの事を大っぴらにするつもりはない。少なくとも当分の間は。
そんな贅沢な事をこそこそと話していると、少し離れた所にいるパーティの一つが、なんだかこちらをチラチラと見ている事に気付く。それは若めのパーティだった。まぁアル達よりは歳上なのだが。男性三人と女性一人。きっと全員が二十歳前後ではないかと思う。こちらが気付いたことをきっかけに、その中の茶髪の活発そうな青年が、意を決した様に胡座をかいていた膝を叩き、立ち上がった。そしてこちらに歩いてくる。
「………や、やぁ。こんにちは。僕の名前はノア」
「あ、どうもこんにちは。アルフォンスです。こっちはシオン」
かなり緊張しているようだ。そのガチガチ具合に、こっちまで緊張してくる。シオンはお腹が満たされたのかウトウトとし始めているが。
「君達二人?」
「えぇ、ちょうどお昼を食べてて」
「あぁ干し肉か。あんまり美味しくないよね…」
なんだかまるで、ナンパみたいだな………。
「多分ワイルドボアの肉でしょ?もっとランクの高い魔物の肉だとまだマシらしいんだけどね一つ千ギルを越えるらしいんだ」
「そうなんですね。余裕ができたら検討してみます」
なんなんだこの会話は?この人は何しに来たんだろう?
「それで相談があるんだけど、君達は午後をどうするんだい?」
「うーん?とりあえずの目標は四層までだったので、ここからは決めてないんですよ。ねぇシオン?おいちょっとこら寝るな。………これからどうするのかだって?」
「むむぅ。そうじゃのう。まだ時間は有るであろう?ならばもう少し下の階層に行っても良いが」
その言葉を聞いてその青年の表情が明るくなる。
「それなら俺達と同行しないか?俺達皆レベル14なんだけど、この前初めて五層に降りていったら結構しんどかったんだ。君達も二人だったら少し大変なんじゃないかと思ったんたけど、どうかな?
ここまで二人で来るなんて君達かなり強いでしょ?御一緒できたら僕達も心強いしさ!」
「レベル14ごときでむぐぅ」
「あーそう言うことだったんですね!」
いらないことを言おうとするシオンの口を塞ぎながら声を上げる。良い人そうな感じは有るんだけど、やっぱり少し難しいよな。シオンをチラリと見ると、口を押さえられながら、じとっとした目でこちらを見ている。
「すみません。僕達ダンジョンに来たのは今日が初めてで、まだどれたけ自分達が通用するのかまだ分かってない所も有りますし。ご迷惑お掛けするかもしれません。とりあえず今日は二人で行ってみたいと思います。また後日、機会があればよろしくお願いします」
そこから彼も少し粘ったが、最終的には折れてくれた。不満そうな顔でパーティメンバーの元へと戻っていく。声が届かない範囲になってからシオンがボヤきだす。
「レベル14じゃと?ここは適正レベル17からと言っておったであろう?まぁ来れんことは無いじゃろうが少し早かろう」
「シオンみたいに山や森の中で、狙った魔物だけ呼び寄せるような能力があれば別だけど。普通はそんなちょうど良いレベルの魔物が都合良くうろうろしてるなんてないんだよ。だからリスクは高いけど、最近のアルテミスではパーティを組んで早めにダンジョンに行くって流れが主流なんだ」
「危ないというだけではないぞ。レベルが適正外だと、経験値も大きく減るじゃろう。例え強い魔物を人数集めて時間をかけて倒したからとて、適正レベル一体分の経験値半分もあるまい」
え、そうなんだ………。
経験値とレベルに関しては未だに解明されていないところがあるらしいけど、さらりとかなり重要な事の様な気がする。
「なにはともあれ、少しだけ五層の様子を見てから帰ろうか?」
「うむ。オーク肉を保管で持てるだけ狩って帰るかの」
その後、アル達は五層に潜った。
五層からはゴブリンとオークが半々で出てくるのと、ポイズンフロッグという蛙の魔物が出てくる。こいつは微弱な毒霧を吐き出す。この毒で死ぬことはないが、眩暈がしたり吐き気がしたり等、体調が悪くなる。もしも三層でオークに対して手こずる様な力量では、この毒によって攻略が難しくなるらしい。
基本的には蛙とエンカウントした場合、通常のパーティーならば、遠距離から弓や魔法で倒したり、毒消し薬なんかを持参したりする。しかしアル達には関係のない話だった。シオンが14レベルで習得した【風加護】という魔法。毒や麻痺等の異常状態への耐性を上げる魔法だ。もっと高レベルの猛毒ならいざ知らず、ポイズンフロッグの毒霧ぐらいであれば何の問題もなかった。
結局、五層も問題なく探索できると分かったところで、最終的には六層まで行った。三時間もかかって、保管が一杯になるほどのオーク肉を狩れた。その数二十五個。一つが三キログラムくらいなので、オーク肉だけで七十五キログラムも入っている。
ちなみにオークから肉がドロップする確率は五割とのこと。しかし、アル達は実際には三十五匹程しか倒しておらず、ドロップ率も大まかに八割くらいあったのではないだろうか?アル達には、共通スキルに【運上昇Lv1】と言うスキルがある。もしかするとそれが効いているのかもしれない。
「そろそろ帰ろうか?でも五層からこれだけお肉がドロップするんなら、最初思っていたよりも買い取り額は少ないかもね」
「いや、そうとも限るまい。持って帰るのが大変であるからな。とにかく帰るとするかの」
そこから四層まで戻ると、帰還水晶に二人で触れる。
先程声をかけてくれたノアのパーティーの姿は既になかった。先に帰ったのか、それともまだダンジョンにいるのか。そのうっすらとした疑問は、ダンジョン攻略が上手くいって興奮しているアルの心に響くことなく溶けていった。
*
外に出ると、かなり陽が傾いていた。昼を食べてから三時間くらいと思ったが、もしかしたらもう少し時間が経っていたのかもしれない。にしてもダンジョンの中にいる間は、時間が分からないのが困る。皆どうしているんだろうか?
結局冒険者ギルドまで帰ったときには、十八時を回っていた。それでも最近はかなり日が長くなってきたため、そこまで暗くはない。
今日の稼ぎがいくらになるのかわくわくしながら、冒険者ギルドに入った。しかしすぐに、アルは場所を間違えた事に気付く。………いや違う。ここで間違いない。
そこはとてつもない喧騒だった。ほとんどは屈強な男。たまに女性も。中にはアルと同じくらいの歳の冒険者もいる。皆が皆、グラスやジョッキを片手に騒いでいる。こちらでは大笑いし、向こうでは殴り合いをし、アル達の足元では酔い潰れて寝ていたりする。
「全く。冒険者ギルドはいつの時代も、どこに行っても変わらぬ。金を稼いでは娯楽に注ぎ込む。それが冒険者の性なのであろう」
シオンの言葉は目の前の光景だけでなく、どこか遠い昔を思い出している様だった。アル達はその人混みの中を、間を縫い、避け、時には跨いで受付へと到着した。その最中にシオンに絡もうとした何人かの冒険者は、シオンの怪力にどこかしら痛める羽目になった。
「お肉を売るのは買い取りカウンターかな?」
物品買い取りカウンターには屈強な男達が悠然と仁王立ちしていた。だが、視線だけは酒盛りしている冒険者達を羨ましそうに見ていた。
受付カウンターにチラリと視線をやると、未だ受付の女性達はいたが、並んでいる冒険者は一人もいない。例の如く、女性達を口説き落とそうとしている冒険者はそこそこいる。一日そんな冒険者達を相手にしているのだろうか。だとしたら本当に頭が下がる。そんな中でミアさんが座っているのを見つけた。
ミアさんがこちらに気づいた。"あっ"と言った様子でこちらに手招きし始めた。
「アルよ。買い取りカウンターはあちらじゃぞ」
「何か呼ばれてるからさ。ちょっとだけ挨拶しとこう」
しょうがないから。無視するわけにもいかないから。と言った雰囲気を出しながらシオンの頭を撫でると、どうやら誤魔化せた様だ。これほんとに便利だな。ちなみに手はちゃんと帰ってくる途中の川で洗ってあるよ。
そしてミアさんのカウンターには、やっぱり奴だ。ダリウスさんがいた。近付くとすごい剣幕でアルの前に立ちふさがる。
あぁ、面倒なことになりそうだ………。
「またお前か。お前、レベルとランクは?」
「ダリウスさんでしたか?僕はあなたに素直にレベルを教える必要はありませんし、名前より先にレベルを聞くなんて失礼だとは思いませんか?」
空気が張り詰める。アル達二人の間だけ、騒ぎが静まり始めた。
「ふん。良いだろう。私の名はダリウス。レベル22のランクはDだ。ここのダンジョンも十六層まで攻略済みだ」
「初めましてダリウスさん。それで僕達に何か用ですか?」
「私がレベルとランクを言ったのだぞ?君もいったらどうだ」
「別に僕は言う必要がないと言ったと思うんですが、まぁ良いです。僕はアルフォンスと言います。レベル18のランクはFです」
まぁレベルくらいなら別にもう良いだろう。
それより早くどっかに行ってくれ。
「ふん。レベルは18なのにランクがFだと?あぁ分かった。お前さては最近アルテミスに来たのだろう?それまではママの近くで、レベル的に安全な闘いしかしてこなかった訳だ。なんと見下げた根性なしだろうか?」
うーん、確かに敵のレベルだけ見ればそうかもしれないけど、同時に十匹の魔物に囲まれるようなレベリング方法が安全だったとは正直頷けない。
「私はレベル12の時にここに来た。今から八年前だ。その時からこの命を賭して闘い抜いてきた。最近ではメキメキとレベルも上がって来ている。君と僕とでは戦闘経験が違うのだよ?アルなんとか君」
ダリウスさんはミアさんの方をちらりと見ながらこれ見よがしに髪をかき上げている。きっと僕を貶めながらもミアさんに自分をアピールしてるんだろうな………。
見えてないだろうけどミアさん凄い怖い顔してるよ?
あの綺麗なお顔が般若の様に…。なんだか禍々しいオーラも見える。
「それに君。良く見たらなんと美しい少女だ。確か名前をシオンさんと言ったね?どうだい?僕達のパーティには今、空きが一つある。そんなチキンな男と一緒より、僕達といた方が稼ぎも効率も良いだろう。僕達のパーティに来ないか?」
今度はその厭らしい(様に見える)目がシオンに向いた。
シオンの名前………こいつに名乗ったっけ?と疑問に思ったが、シオンが何か言う前にアルは二人の間に割って入った。何故なら、シオンに喋らせるとまた事態が拗れそうだから。
「僕から言わせてもらえばここのダンジョンの方が、今まで戦ってきた森よりもよっぽど安全ですね。十匹を越える何種類もの魔物を相手にすることもないし、安全階層はあるし。
それに、口説いている女性の前でこんな少女を誘うなんて。あなたこそ、女性を扱う経験はしてこなかったんですか?別に根性なしでも良いですよ。無神経よりはマシですからね」
そこでやっと自分の失敗に気付いたのだろう。ダリウスさんはミアさんを振り返ると、きっちり三秒間固まった。こちらに向き直った彼のこめかみがピクピクと動く。
「き、貴様…」
えー、それすら人のせいかよ…。
右手が剣に伸びそうになるのを見て、アルも神経を右手に注ぐ。レベルとステータスでは負けているが、抜剣速度で言えばダリウスさんのロングソードよりもアルの短剣の方が速いはずだ。
睨み合うこと数秒。
だが流石にこんな公衆の面前で攻撃してくるほど馬鹿ではなかった様だ。ダリウスさんは舌打ちをした後、アルを一瞥して去っていった。
「………もうすこし直接的に分からせてもよかったのじゃぞ?」
「あぁ今の言葉で、あのままシオンに任せたら、絶対先に手出してたって事が確認できたよありがとう」
ため息と共に受付カウンターに近付くと、ミアさんは大きく頭を下げた。そして頭を下げたまま、謝罪の言葉を口にした。
「アルフォンス君、すみません。彼にはギルドの方からよく言い聞かせておきます」
「ミ、ミアさん頭を上げてください。ミアさんが悪いわけではないですし、僕の方も売り言葉に買い言葉な所がありました。
………ところで、何か僕に用事がありましたか?」
ミアさんが頭を上げてくれた所で、話題を切り換える。
ダリウスさんの事はミアさんに落ち度はない。この話を続けても意味はないだろう。
「えぇ。いや…その。初めてのダンジョンはどうだったのか気になってましたので。帰りが遅かった様なので少し心配もしていましたし。そこで姿をお見掛けしたので嬉しくなってしまって」
やっぱり優秀で良い人だな。こんな一冒険者でしかない僕達の動向まで把握出来ているなんて。そして何より、そんなに心配してもらっていた事に嬉しくなる。
「あ、ダンジョンとても楽しかったです。今日は四層までにしようかと思ってたんですが、お昼頃に着いてしまったので、少し足を伸ばして六層まで行きました」
「楽しかった…?しかもいきなり六層ですか…!?」
ミアさんが動揺している。何かマズかったかな…?
「えぇまぁ。いやぁ、六層ではオークのお肉も沢山出たので、行って正解でした。それでお肉とかを売るには向こうのマッチョのお兄さんの所に行けば良いんですかね?そこそこの量があるのでマッチョで良かったかも」
「少しの量でしたらこの窓口でも対応可能ですが、どのくらいでしょうか?」
「えーっと、銅貨が少しと、お肉が二十個くらいです」
ミアさんが今度こそ固まる。数秒後に手元の何かを確認すると、やっと口を開いた。
「アルフォンス君。向こうに個室がありますので、続きはそちらでお話させて頂いても良いですか?」
「………?ええ、構いませんが。続きと言ってももう
「えぇ、お願いします。こちらです」
何やら慌て出すミアさんに少し不安を覚える。彼女が立ち上がって、"こちら"と言った方に向かうと、背後でダリウスさんの時からこちらを窺っていた冒険者達がザワつき始めた。アルは気にせずミアさんについていき、誘われるままに部屋に入った。
「お、おいまさかミアちゃんが」
「個人相談室を使うのか!?」
「ま、まさか、さ!さっきのダリウスの野郎の件でだろ」
「あ、あぁ。なるほどな。おい!酒もっと持ってこいオラ!」
「ハハハッ、絡まれてみるもんだな!」
個人相談室。
それは冒険者達からはプライベートルームと呼ばれている。受付嬢が冒険者をその部屋に呼ぶことは、指名依頼がある時や、国に関わる極秘の案件について以外ではほとんどない。よって冒険者達の中では数々の憶測や妄想が飛び交う。過去にその部屋に呼ばれた冒険者が、その受付嬢とデキたこともあるとかないとか。
そんな事は全く知らないアルだが、今日この時より、冒険者の中でアルの名が囁かれ始める事となる。