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11話 アルテミスダンジョン

―――翌日。


朝御飯をしっかりと美味しく頂いた二人は、まずマルコムさんとガブリエルさんの店に向かった。調整してもらっていた武器と防具を受け取るためだ。その際もそれぞれの店主達は本当によくしてくれた。店に陳列してある所から装備を掃除する布やブラシ、油などを渡されそうにまでなったので、慌てて店を後にした。そして向かったのは冒険者ギルドだ。


「おい坊主達。今からダンジョンか?どうだ俺等と組んでみねぇか?地図も買ってあるし、八層くらいまで日帰りで行く予定だ」


ギルドの外で急に話しかけてきたのは無精髭の男だった。どうやらパーティーメンバーを募集しているらしい。何となく目線がチラチラとシオンに向かっているのを見ると、こちらもなんとなく邪推してしまう。結局、今はパーティーを組むつもりは無いことを謝罪した。素直にパーティーに誘われた事は嬉しかったが、なにぶんシオンの事があるのでなかなか難しい。パーティメンバーについては、今後の大きな課題である。


そんな一悶着をかわしつつ、二人は冒険者ギルドに入った。昨日はお昼時に来たためそこまでだったが、冒険者ギルド内は昨日より少し混んでいる。主には掲示板だ。それから受付カウンターも、各窓口に十人ずつくらいは並んでいた。アルはその中から、ミアさんの窓口を探す。


「アル。お主まさかあの女の所に行こうと言うのではあるまいな?あの女ならあの列じゃぞ。お主はあれに並ぶと言うのか」


シオンに指差された方を見ると他のカウンターの倍近い行列が出来ている。どうみても他の受付窓口より待ち時間は多い。

あちゃー………まぁあれだけの女性だったら、そりゃ男がほっとくわけはないんだろうけど。


「でもミアさんには昨日かなり良くしてもらったし、一言お礼を言わないといけないからな。ほら待つぞ」

「なぬ。くぅ…これじゃから童貞は」

「あー聞こえない」



そこから列の最後尾に並んだのは良いが、三十分は待った。貴重な朝の三十分だ。しかしたまたまアル達が来たのが最後だったのか、他の並んでいた冒険者達はもう誰もいない。武器屋と防具屋に寄ってきたため仕方ないか。


「お待たせ致しました。アルフォンス君、シオンさん。武器と防具は手に入ったみたいですね」

「はい。ありがとうございます。"ミアさんのおかげです。宿も装備もお勧めの所に行きました"」


少し顔を近づけ、小声で感謝を伝えておく。


「"それは良かったです。その短剣似合ってますよ"」


アルの気のせいかもしれないが、ミアさんは受付の様相を崩して答えてくれた気がした。それに、名前を覚えてくれていた。しかも装備品が変わった事までも気付いている。一日に大勢来るだろうに。大変な仕事だ。


「ふん。すぐに騙されよって」

「シオンうるさいぞ」

「ふふ。それでは今日はダンジョンに向かわれますか?宜しければダンジョンについての情報を聞いて行かれますか?」

「是非お願いします」







「さぁ、やっとだね」

「うむ。さぁ、たんまり稼いで旨い物を食うのじゃ」


二人はついにダンジョンと言われる物の前に立っていた。ここはアルテミスの街から歩いて二十分程度の場所にある森の中だ。場所はここで間違いない。何故なら途中に"この先○キロメートルでダンジョン"とかの看板が沢山立っていたからだ。道は間違えようがない。

そびえ立っているそれは岩山だった。かなり大きい。その一ヶ所が、不自然に円形に切り砕かれている。その洞窟の中には天井部分から人工的なライトが吊るしてあり、外からでも入り口からすぐ(くだ)りになっているのが見てとれた。


入り口にはアルテミスの治安部隊である騎士が二人、槍を持って立っている。もう既に日は昇りきり、他のパーティーは周りに見当たらない。アル達は騎士の無粋な視線を受けながら、その洞窟へと足を踏み入れた。


やはり入り口すぐから洞窟は下っていた。下り階段だ。広さはかなりある。甲冑を着込んだ人が三人は並べるだろう。一体何段あるのかと覚悟して下るが、階段は五十段ほどで終わった。


アルテミスダンジョン一層への到着である。ダンジョンの中はかなり広かった。階段を下りた所はほんの少しだけ開けており、そこから三本通路が伸びている。どれも先程通ってきた階段よりもさらに広く、道幅は五メートルくらいあるのではないかという程だ。


最初に感じたのは()()()だ。ダンジョンの奥の方から吹いてくる風に乗って、鉄の臭いがする。これは冒険者の装備の臭いか、はたまた血の臭いか。


そして次に感じたのは疑問。ここには照明がないのに、何故こんなにも明るいのか。これといった光源はないものの、暗くはない。例えるなら曇りの日くらいの明るさだ。どこに太陽があるかはわからないが、暗くはない。そんな感じ。


「なんでこんなに明るいの?」

「それはダンジョンのせいじゃ。にしてもやっぱりダンジョンは臭いのう。相変わらず血のにおいばかりじゃ」


やっぱり血のにおいなんだ………それにダンジョンのせいって説明になってないんだけど。

アルはいつでも武器を抜けるように留め具を外し、二人は歩き出す。このダンジョンは全十八層。最下層にボスがいる。四、八、十二、十六層に魔物の湧かない安全階層(セーフティゾーン)がある。今日は行けそうなら四層まで行ってみる予定だ。


「これやっぱり地図買った方が良かったんじゃ」

「阿呆をぬかすな。一層千ギルも出せるか。さらに三日程でダンジョンは構造を変えるのじゃぞ。その度に買い直すというのか?お主、妾の鼻が信用できぬのか。ほれ、もう獲物一匹目じゃ」


シオンの指差した曲がり角から、ヒタヒタと素足で出てきたのは三体のゴブリンだった。素手が一体。棍棒を持っているのが一体。弓を持っているのが一体。ゴブリンはこちらにまだ気付いていなかった。シオンの索敵能力に舌を巻きながら、アルは短剣を抜剣する。


そして一気に三体に向かって突進した。アル自身も制御が危うい程の爆発的な加速。これが共通スキルの一つ、【瞬間加速】。一歩目からトップスピードのような速度が出せるスキルだ。


接近し、短剣を横に振りかぶった所で棍棒ゴブリンが気付く。まず狙うは弓持ち。三体の先頭を歩いていた弓ゴブリンの首を横薙ぎに掻き斬る。そのまま棍棒ゴブリンも狙ったが、太い棍棒に阻まれた。直後に飛びかかって来ていた素手ゴブリンに回し蹴りを放つ。

仰向けに転んだ棍棒ゴブリンはそのままに、素手ゴブリンに接近。短剣で頭を地面に縫い付けた。


あれ…剣が、抜けない!

短剣を手離し、背後からの棍棒を間一髪転んで避ける。頭を貫かれてビクビクと痙攣している素手ゴブリンのお腹が棍棒で弾け飛んだ。

棍棒ゴブリンと向き合った。ゴブリンが棍棒を振りかぶった所を、その腕を狙って蹴りを入れる。また仰向けに倒れた所を、今度は踵で頭を踏み抜いた。

ゴブリンを始末し終えると、アルは慌てて短剣を取りに行く。


「よっ!あぁ良かった抜けた………」


力を入れて床から引き抜くと、さっきよりだいぶ楽に抜けた。

いやぁ焦った。昨日買ったばかりなのに、もうだめになったかと思った。


「壁や床もダンジョンだからのう。不用意に武器は突き立てぬ方が良い」

「ダンジョンって一体なんなんだ…」

「何はともあれ、一層は大丈夫そうじゃの。今のゴブリン三体が恐らく一番強いくらいであろうて」

「そうだね。おっとそうだドロップ品」


アルはゴブリンの死体に近づく。いや、死体があった所に。

そこにはゴブリンの死体はもう既に無く、そこには代わりに五百ギル銅貨が二枚落ちていた。


「これ、噂には聞いてたけど。ホントにお金が落ちるとは………」

「ゴブリンのドロップ品は五百ギル銅貨一枚。確率は五割。受付の女も言うておったであろう。三体倒して二枚出れば上々じゃ」

「ますますダンジョンって何なんだ………」


今回は短剣に気をとられて見逃したが、魔物の死体はすぐにダンジョンが吸収して食べてしまうらしい。そして倒した魔物から、素材となりうる物を一つまたは複数残してくれるらしい。

ゴブリンからドロップした銅貨を見つめてアルの内心は弾んでいた。


倒したんだ。ダンジョンで魔物を。僕の力でも倒せる。それにここで一番弱いゴブリンからでも五百ギル出る。一日の消費目安の六千ギルで言うと二十四体で到達できる計算だ。食いっぱぐれる事はなんとかなさそうだ。


「そろそろ行くぞアル。ゴブリンしか出ない一階層なんぞ最短で抜けるに限る」


シオンは優しく微笑んでいた。しかしその笑みもすぐに成りを潜めて普段の鋭い目付きへと戻る。

そこからもシオンは全く迷うこと無く道を決めた。このアルテミスダンジョンの一層の広さは街一つ分もあるとされている。よって、地図を作ったりなどの所謂(いわゆる)マッピングが必須となるのだ。しかし彼女には関係ない事らしい。


シオンがぱたりと止まった。アルを手で制し、シオンは正面に右手を向ける。


「"(かみなり)よ。その怒りを以て邪悪な者に神の裁きを"【(スパーク)】」


詠唱が終わると同時に、角からゴブリンが三体現れた。直後、シオンの右手から電撃が迸る。僅か五メートル程の距離から放たれたそれは不可避。真ん中のゴブリンに当たった電撃は、すぐ近くにいたもう二体にも伝い飛ぶ。バリバリと言うまるで布が激しく裂けるような音が静まると、ゴブリンは消し炭になって煙を上げていた。


そして今度こそ、アルはダンジョンの取り込みシーンを見た。

ダンジョンの床が盛り上がり、ゴブリンにまとわりつく。そして地面の中に引き込んで行った。その時間は一秒足らず。そしてその直後、"ぺっ"っとでも効果音をつけたくなるような様子で、銅貨二枚が吐き出された。


「ダンジョンは()()()じゃ。これで分かったであろう?

「生き物って…。ダンジョンも巨大な魔物って事なの?」

「それより、アル………手を繋げ」

「いやいや、いきなり…?ちょっと張り切りすぎじゃないか?」

「うむ。手加減を忘れた」



手を差し出すと、顔色一つ変えず手を握るシオン。アルの手から魔力を補給するそのためだと分かってはいるが、少し心拍数が上がってしまう。少しの間はこのまま進むつもりなのだろう。ぐいぐいと手を引かれていく。張り切って魔力を使いすぎたらしい。


先程の電撃はシオンのスキル【雷魔法】の一つ。名を【(スパーク)】。この半年間で習得した、詠唱有りの攻撃魔法だ。アルにはまだその手の攻撃魔法は出ていないため、正直羨ましい。カッコいい。


そこからゴブリンと出会うこと三回。合計七体と出会うが、アルとシオンで交互に倒していく。そしてシオンが当たり前のような顔をして見つけた階段。二層へと続く階段だ。って言うかホントにあった………。


「アル。お主疑っておったろう」

「いや、匂いでどうやって階段なんて見つけるのかなぁと」

「ダンジョンは閉鎖空間じゃ。一部を除いて。どういう原理か分からんが、ダンジョンの一番奥から入り口に向かって空気が流れておる。恐らく息が詰まらぬように空気を循環させておるのだろう。それを辿るわけじゃ」


どんな鼻だよ、想像もつかないな。


二層も、一層と同じく、徘徊しているのはゴブリンだけだ。アル達は小走りに突破した。すれ違い様に何匹かのゴブリンを【斬撃(スラッシュ)】で薙ぎ払う。ちゃんと銅貨も回収する。

斬撃(スラッシュ)】の攻撃力としては、物理攻撃力に魔法攻撃力が上乗せされている様なイメージだと思う。しかしその分、魔力をそこそこ持っていかれる。連続で使い続けると、二十回が良いところだ。なので魔力の自然回復分で補える分だけ使う。シオンが言うには、スキルでも魔法でも、使わないとレベルアップ時の成長が遅くなるとか。


何の問題もなく三層に到着したが、また三本の分かれ道となっていた。この階層ではゴブリンにオークが混ざるらしい。オークとは二本足で立つ豚に似た魔物だ。強さとしてはゴブリンより少し強いくらい。


「ゴブリンとオークの違いって匂いで分かるの?」

「うむ。ゴブリンは腐った様な匂いで、オークは排泄物の様な匂いじゃ。どちらにせよ、アルほど臭くはない」


え、ぼ、僕ってそんなに臭うのか…?もしかしてシオンがお風呂を頑なに必要としたのは僕のせいだったのかも。鼻が良いってのも考えもんなんだな…。 


「真に受けるな。冗談じゃ」


シオンはぷいっと顔を背けて迷わず右の道へと歩き出す。そして三十メートル程の所で止まり、曲がり角を指差した。のっそのっそと出てきたのは豚に良く似た魔物。オークである。どうやら一体での単独行動の様だ。ミレイ村の近くの森でもたまに出たものだ。お肉が普通に旨いので、持って帰ったらエマさんに喜ばれたっけ。


そんな懐かしさを覚えながらも、アルはオークに接近し軽々と頭を飛ばす。こいつはゴブリンよりも力が強いというだけで、一体だけなら既にアルの敵ではなかった。オークからドロップしたものは、やっぱり肉だった。多分三キログラムくらいある。そこそこの量だ。

部位もちゃんと良いところを切り取ってあるし、もしかしてダンジョンって親切なのか?


「オークのお肉、どれくらいで売れるのかな。多分この量だから、銀貨一枚よりは高いか」

「まぁそれだけの量だ、銀貨二枚と見た。仕方ない。この階層はなるべくオークを辿って行くとするかのう。排泄物の臭いを辿るというのは屈辱じゃがそれも仕方ない」


アルはオーク肉を持ち上げる。グチョッとした感触にも既に慣れており、不快感すら感じない。この魔法は直接触れないといけないのが難儀なんだよな。そんな愚痴を溢しながらもスキルを行使した。


「【保管(ストレージ)】」


オーク肉はまるで透明になった様に、すぅーっと消えて無くなる。


「この大きさのお肉なら、多分あと二十個は大丈夫と思う」


アルが使ったのは【空間魔法】の一つで【保管(ストレージ)】という魔法だ。14にレベルアップした時に習得した。

異空間に物を入れて持ち運べるという魔法。生き物は入れられないが、異空間に入れると重さも感じず、中の物は時が止まった様に入れた時の状態を保っているという、かなり便利な魔法だ。


ミレイ村の時は、森で狩りまくった素材を持って帰るのに重宝した。保管量には制限があって、魔力量に依存すると説明があった。現在は、合計で成人一人分くらいの質量であれば入る。ちなみにこれ以上入れようとすると、魔力量の最大値が削られるという現象が起こる。また中の物を出すと元に戻るのだが。


アルは背中に小さめのリュックを背負っているが、実はこの中には本当に軽いものとポーションくらいしか入っていない。重たいものは【保管(ストレージ)】に全部入れてある。

手ぶらでダンジョンは流石に周りの目があるため止めようと言ったのたが、シオンは"妾は嫌じゃ"と断固拒否したため彼女は手ぶらだ。



その後ゴブリン集団と三回、オークと四回出会い、階段を見つけることとなる。情報では、四層は安全階層(セーフティゾーン)だ。つまり、魔物が出ない階層となる。


実際に降りてみると、そこは何もない広い空間だった。今までの階層と比べると圧倒的に狭いが、それでも公園くらいの広さはある。空間の真ん中には、台座の上に水晶玉の様なものが置いてあった。あれは帰還水晶と呼ばれるもので、触れるとダンジョンの入り口までワープの様に戻してくれるらしい。話には聞いていたが早く試したい。


人もそこそこいた。アル達以外で四パーティーだ。道中ではまったく出会わなかったのに。それほど迷宮が広いと言う事か。何にせよ、とりあえず今日の目標は達成だ。ドロップ品は、五百ギル銅貨が十五枚、オーク肉が三個。銅貨だけでも七千五百ギルはある。


アル達はほかほか気分で買って来た食事を取った。

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