107話 時間停止
『職業"ゲーマー"でも、努力すればチート高校生達に勝てますか? 』という作品もよろしくお願いしまーす!
「アリア。そんな姿はお主らしくない」
「何よ………ユキは昔からぁ、いつもいつもうるさいのょぉ。お母さんみたいなことばぁっかり言ってぇ…。私が召喚したんだからぁ。私がお母さんでしょぅよぉ」
ユキの前には、度数の強い酒をしこたま呑んで道端で泥酔しているアリアがいた。もう三日三晩もこうしている。
ただただ、飲んでは吐き、飲んでは吐く。
彼女は酒など今までほとんど飲んだことも無い。急にがぶがぶと呑んだ所で、美味しくもなければ、気持ち良くなる事もないだろう。吐瀉物と一緒に鬱憤や恨みつらみを吐き出しているみたいに思えた。
「だいたいねぇ。私の人生なんて、なんて言うのか、この程度だったのよ。力が無ければさぁ、弱かったらさぁ、全部奪われてさぁ。今度は、力をつけたら裏切られたし。両親を失って。片腕も失って。もう私に残ってるのはユキだけ。ユキだけなのにぃ。なんでユキまでそんな…そんななのぉ」
「わかったから。少し酔いをさました方が良い。水を持ってくるゆえ、待っておれ。………どこにも行くでないぞ?」
「んふ?そんなに心配ならぁ、脚も切り落として行ってもいいわよぉ…んふふふ」
やれやれとやるせ無さをこぼしながら、ユキは先程までいた店から水を貰ってきた。高い酒でしこたま金を落としたので、水はサービスしてもらえた。
戻ると、アリアはまだちゃんとそこにいた。
しかし、彼女は一人ではなかった。
「おい、ねえちゃん、大丈夫か?」
茶髪の男の子が、アリアの顔を覗き込んでいた。
年は十五に近いくらいか。ぼろぼろの、もはや服とみなせるかどうかも怪しい布を身にまとって、髪の毛は伸び放題でぼさぼさだ。
きっと貧民街の子供だろう。
「だぁれ?あなた?」
「あぁ、すまぬな。少年よ。その呑んだくれは妾の連れじゃ。大人の悪い遊びを身をもって学んでおる所じゃ」
「なぁに?あなたの格好?それって服なのぉ?んふふあはははは!ほらどぉぞ?これで服でも家でも買いなさぁい?」
「え?これ………金かよ!?しかもすげぇ大金!」
アリアが懐に入っていた金貨の入った袋を大胆に少年に押し付けると、少年は明らかに興奮した声を出した。ユキはその様子を見てまたため息をつく。
「まったく。まぁ良い。少年よ、運が良かったな。その金で少しでも身なりを整えた方が良いじゃろう。家までは買えぬがな」
「え!?マジで貰ってもいいのかよ!?これ、全部金貨だぜ!?」
「当たり前でしょお!?大人はねぇ、金貨しか持たないのよぉ。銀貨や銅貨なんてぇ受け取らないのぉ。釣りはいらねぇぜってなもんよぉ」
アリアは放っておくとして、少年が驚くのも無理はない。
その袋の中には切り詰めれば三ヶ月は生活をしていける程には入っている。
「妾達は今は金には困っておらぬのでな。それに、綺麗な金と言う訳でもないしの。………お主名前は?住んでいるのは独りか?」
「あんた達、すげぇ良い人達だな!俺の名前はキース!ここから少し行った所のスラムに友達と住んでんだ!」
やはりスラムの子か。
きっと事情があるのだろう。
アリアとユキだって、両親が死んだ後にテスおばさんが面倒を見てくれなければ、どうなっていたか分からない。
彼と同じ様に、スラムでその日暮らしとなっていたかも知れない。
「そうじゃったか。もう夜も遅い。気をつけて帰るんじゃぞ」
「ありがとよ。でも俺よりあんた達は大丈夫かよ?女二人だけでよ?ここら辺は治安が良く無いから危ねぇぜ?」
「あたし達はぁ、強いから大丈夫よぉ。Sランク冒険者もぶっ殺したくらいだから?Sランクよ?片手は落っことしちゃったけどね?んふふ?」
「この酔っ払いの言った通り、妾達は二人でSランクパーティを返り討ちにした事もある。心配は嬉しいが、妾達が誰かに襲われたならば、それは妾達にとって臨時収入が入るという事じゃ」
ユキが不敵に言うと、キース少年はまだ半信半疑だったが、それ以上は詮索してこなかった。
「それじゃ、そっちも気をつけてな!お金!ありがとよ!」
キース少年は金貨の入った袋を大事そうに懐に隠しながら、路地裏の奥の方へと走り出した。
その後ろ姿を見て、ユキは何気なく彼を【鑑定】した。
それは、彼が一人でも無事に家に帰ることが出来るかどうか。それの判断材料とするためだった。
しかし、この時。
この少年を【鑑定】してしまった事が、ユキにとっての唯一の救いで、そして同時に大きな間違いだったのだ。
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名前:キース
職業:無職
Lv:6
生命力:600
魔力:550
筋力:600
素早さ:650
物理攻撃:600
魔法攻撃:600
物理防御:600
魔法防御:600
スキル:【時間停止】
武器:なし
防具:なし
その他:なし
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*
コンコン。
キースと言う少年と出会った翌日。
ユキは二日酔い真っ最中のアリアを連れて、裏路地のさらに奥に来ていた。
言われなければ到底、人が住んでいるとは思えないほどに風化した木の扉をノックする。
反応はない。
「あー頭痛い…。ねぇユキもう帰ろうよ…。もういいって…」
「だめじゃ」
頭痛を理由に帰ろうとするアリアの腕を離さない。
「あぁ、もうダメ…。ユキ離して…。一生のお願い…。だいたいさぁ、あんな子どもにさぁ、いったい何ができ…ぅっ!オウェェェェェエエ!」
「おい!うちの前で吐くなよ!」
「お、出てきたか、よくやったぞアリア」
扉から出てきたのは昨晩金貨をやったキースだった。どうやら居留守を使っていたらしい。
「なぜすぐ出てこんのじゃ。妾達に居留守など通用せんぞ」
「別にいいだろ。ノックに出なきゃいけないって決まりもないだろ?「オエェェェェェエエ」おい!もう吐くなって!ちゃんと掃除して帰れよ!」
「………キース?誰なの?」
その時中から出てきたのは、キースと同年代と思しき女の子だった。
「おい、フローラ。出てきちゃダメだろ。寝てろって」
キースは家の奥に女の子を押し戻すと、それに乗じて勝手に中に入る。
「あ!おい!勝手に入ってくんなよ!一体何の用だよ?昨日の金なら返さねぇぞ?」
「金を取り返しに来たのではない」
「え?じゃあ何しに来たんだよ?」
「ちょっとユキー?うっうぷっ」
「おいこら!中では絶対やめろ!」
そこは家というのもおこがましい程の空間だった。
家具といえばかろうじてベッドのような物があるのみで、それ以外はゴミのような物に囲まれている。
フローラと呼ばれた女の子はそのベッドに腰掛けると、不思議そうにこちらを見ていた。
「もしかして昨日キー君にお金をくれた人ですか?」
「キー君と言う可愛い呼び方がそこの男児の事ならば、そうなるな」
すると、少女はその固そうなベッドの上で深く深く頭を下げた。
「ありがとう…ございます」
「構わん。もともと綺麗な金ではない」
そこでユキは匂いの違和感に気付いた。
一通り部屋を見渡すが、単なる悪臭とは違う、これは、"病"の匂いだ。
「お主…。どこか悪いのか?」
少女はほんの少しだけ顔をしかめたが、諦めた様に儚く微笑った。
「実はそうなんです。キー君が頑張って稼いで来てくれるお金も、全部私の治療費になってしまうんですよね…」
ふむ。
「キース!それからアリアも。こっちに来るのじゃ!」
外にいる二人を呼び戻すと、アリアはキースの肩を借りながらなんとか入ってきた。
「マジで中では吐かないでくれよー」
「おい、キース。お主、【時間停止】と言うスキルが使えるな?今、フローラに使っておるのか?」
「な、なんでそれを…!」
「ぐぇっ…!」
驚いたキースがアリアを落とす。
カエルが潰れた様な声を出したアリアは、そのまま床で寝始めた。
やはり、キースはそのスキルを既に使っていた。
「ものは試しじゃ。一分だけでいい。そのスキルを、このアリアの腕に使ってみてくれぬか?やっかいな呪いがかかっておっての。その呪いを止められなければ、アリアはあと数日で死んでしまうのじゃ」
「それは、できない。無理だよ。このスキルの対象は一つだけなんだ。フローラだって、俺のスキルがないと、体調が悪くなっちゃうんだ」
やはりそうか。対象の時を止めるスキル。今までに数百のスキルを見てきたが、初めて見た、かなりのユニークスキルだ。それにしてもスキルの対象が一つだけとは予想外だった。
「とりあえず一分だけで良い。アリアの【腐食の呪い】に対して、そのスキルで効果があるのかどうかが知りたいのじゃ」
キースが困ってフローラを見つめると、フローラは微笑みながら頷いた。
「分かったよ。一分だけだからね。対象は【腐食の呪い】?ってやつでいいの?」
「うむ。頼む」
キースはフローラの肩に触れると、申し訳なさそうに唱えた。
「"再開"」
キースの手と、フローラの身体が淡く発光するが、特にフローラの体調が急激に悪くなることはない。
そしてキースは今度はアリアの身体に触れながら詠唱を始めた。スキル解除の詠唱は一言だったのに対して、スキルを発動するための詠唱はかなり長く、まるまる一分ほど必要だった。
「"【腐食の呪い】、停止"」
今度はアリアの身体が淡く発光するのを見届けてから、ユキは寝ているアリアの上着をはだけさせた。
「うわぁ!おいおい!」
「やはり………」
【腐食の呪い】の進行が、止まっている。
呪い自体が無くなったわけではないが、今にも心臓に至りそうな侵食が、まさに時が止まった様に活動を停止していた。
「アリア…!おい!起きるのじゃ!」
「んもう…なによ…ユキ………。ん?まさかっ!?」
アリアも、身体の異変にすぐに気がついたようだ。
その様子だと、四六時中感じていた痛みもなくなっているのだろう。
「キースとやら、その能力。妾達が買おう。これからお主はアリアに、この能力をかけ続けるのじゃ」
「いや、ちょっと待てよ!それはできねぇ!フローラはどうなるんだ!」
キースが怒り出す。
それを尻目に、アリアに向かって手を出した。
「アリア、この娘は病にかかっておる。精霊薬はまだいくつかあったな?一つくれてやれ」
アリアは未だに自分の身体に起こったことが信じられないように呆けているが、ユキに促されて【保管】から魔法薬の入った瓶を一つ取り出した。
「もちろん無料とは言うてない。報酬として受け取れ。それは万病を治すと言われる精霊薬じゃ。買おうと思えば金貨が五万枚は要る。アリアの呪いには効かなかったが、フローラの病には効くじゃろう」
キースとフローラは顔を見合わせた。
そして、信じられないとばかりに笑みが溢れ出す。
「あんた達…、一体何者なんだ…?」
「聞かん方が良い。長生きしたければな」




