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103話 片棒

その日の夜。

アリアとユキは二人してベッドを抜け出した。


今度は部屋の中で二人で装備を整え、行き先も教えてもらえないままに【空間転移(テレポート)】で転移した。


転移で現れた場所は、ユキの知らない場所だった。

石造りの建物の中だが、人が住んでいる気配はない。埃やゴミっぽい臭いから察するに、どこかのスラムにある廃墟とか、そんな所だろう。ダンジョンの近くに転移するものだとばっかり思っていたので、ユキは拍子抜けだった。



「ついてくるのは良いけど、黙って見てて。音は立てないで。絶対に、邪魔もしないで。もし邪魔すれば、私達の命が危ないわ」


アリアはユキに振り向き、目を見開いてそう言った。

その様子は、ダンジョンでもないのに何故か臨戦態勢。どういう事だろう。もしかしたら、ここはどこかのダンジョンの内部かもしれないとさえ思った。



アリアはまず、建物の周囲を確認すると、そこから暗い道ばかりを選んで移動した。


ユキには何をしているのかさっぱり分からなかったが、下手なことをすれば命が危ないと言われては、迂闊に口も挟めない。


裏路地の様な通りばかりを進んだ先で、うっすらと人の声がした。


ユキの場合、足音にはもう少し前から気付いていたが、まさか人とは思わなかった。ここにはどうやら他の冒険者もいるのか。しかし夜まで潜っている冒険者がいるなんて、よほど()()()狩り場なのか。


すぐにアリアも気付いた。

そしてその声のする方に近付いていく。


そして物陰から見ると、やはり人だった。人数は三人だ。

しかし格好がややおかしい。冒険者は甲冑を纏っている事が多いが、その者達は紫色のローブのような物を着ていた。どちらかと言うと魔法使いに似た(よそお)いだ。


アリアは、もう一度ユキに向き直って"しーっ"と指を立てると、ユキに静観しているように釘を指した。



そこからは一瞬だった。

三人の視線がこちらから逸れたタイミングでアリアは物陰から飛び出ると、剣をひと振り。


無言で放たれた"飛ぶ【斬撃(スラッシュ)】"は、ユキがあっと息を飲むより早く、その内の二人の首を落とした。


残りの一人はその状況が飲み込めていない様子だが、すぐに首から提げていた笛を口元に持って行こうとする。


が、既にアリアは距離を詰めていた。

アリアは口元に添えられた腕ごと、その者の喉を掻っ斬っていた。


「ガプァッ………ゴブッ………ヴ………」


声にならない声が、静まり返った道に反響する。

アリアは、その人物が呼吸と言う生命活動を諦めるまで、冷たい目で見下ろしていた。



ユキの予想は、間違っていた。


アリアは夜な夜な、魔物を殺していたのではない。"人"を、殺していたのだ。


「ユキありがとう。ちゃんとおとなしくしてくれてたんだね。ちょっと待ってね、すぐに片付けるから」


アリアはこちらに微笑むと、死体のそばでしゃがみこんで何かを始めた。



アリアはきっと、ユキの脚が震えている事に気付いていないだろう。

それは別に人が死ぬのを初めて見たからではない。それはそうだ。もともとユキは魔物で、別に人が死ぬ様子なんてものは、他の動物が死ぬのと何ら変わりない。


それよりもユキが恐怖したのは、つい先程まで、よく知っていると思っていた人の事を、全く分かっていなかったからだ。


ここ数年間の毎日。片時も離れることなく過ごした、ユキの最愛の人。その人は、自らが無慈悲に殺した死体の横にしゃがみこんで、何かをしていた。



「よし。オーケー」


アリアは死体を乱暴に三つ重ねると、そこに【保管(ストレージ)】から取り出した液体をかけて、最終的に火を着けた。



「上から見てようか」


ユキは心ここにあらずの状態だったが、なんとかアリアに従い、二人は近くの建物の屋根に上った。生き物の焼ける臭いが、ユキの嗅覚を容赦なく刺激した。



そして上から見ていると、すぐに煙に気が付いた人達が数人集まり出した。


そこでユキは、燃えている死体の横の床に、アリアが書いたであろう文字をようやく認識できた。



"異教徒は皆殺し"。



ユキはそれでようやく理解した。


顔を上げると、下を歩いていた時と違ってよく見えた。


ここはユキも知っている場所だった。


それどころか二年前には、ユキも住んでいた。


アリアが住んでいた街。


両親を始めとした全てを失った街。



そして、きっと。

あの紫色のローブを着た人達は。


「ゴルゴン国の………。ゴルゴン教徒………」


「御名答」


彼女の目的。


それは、純真な程に真っ直ぐな、"復讐"だった。

アリアはここしばらく見せていなかった笑顔を、ユキに向けていた。



「私の目的は、お父さんとお母さんを殺した、ゴルゴン教徒への復讐よ。まずは、この街に巣食うゴルゴンの虫けら共を、駆除するの。

ユキも気付いてたよね?どうやら、魔物より人間を殺した方が経験値がかなり多いみたいなのよ。

だから、こうしてゴルゴン教徒を減らしながら、もっと強くなって、もっとお父さんとお母さんの仇を討つの。

だからね。もう"目的のために強くならなくても、目的を少しずつ果たしていく事で、より強くなっていける段階"に来てるのよ」



アリアは、いつになく饒舌(じょうぜつ)だった。

ずっと秘密にしていたそれを打ち明けられる事が嬉しくて仕方ない様子だ。



「だからね。ちょうど良かったわ。もう日中の魔物狩りの方を、当分お休みにして、こっちの夜の方をメインに活動しても良いかなとも思ってる所だったの。ユキの言う通り、無理して身体を壊したら、()()も進まないし」



彼女の言いたいことは分かった。

ゴルゴンの教徒を根絶やしにすること。それが彼女の目的であるならば、殺す相手を魔物からゴルゴン教徒に変えたところで問題はない。

一晩でいったい何人の教徒を殺しているのかは知らないが、一定期間夜だけの活動で試してみてもいいだろう。


ただ………。

これは正しい事なのだろうか。

復讐心からの殺し。



「アリア。これからずっと、復讐の事だけを考えて生きるのか?妾には、復讐と言う感情がまだよく分からぬ。

妾は所詮は魔物じゃ。同族と言える魔物だって殺す。しかし、飢えをしのぐためにじゃ。殺し自体を目的とした殺しは、割りに合わん」


「でもダンジョンの魔物と同じよ?食べるためじゃなくても、目的のために殺すのよ。それが仇討ちなら尚更よ」


「仇を取りたいと言うアリアの気持ちも分からんでもない。じゃが、憎しみと言う感情に突き動かされて生きていく人生は、それは幸せな人生と呼ぶのじゃろうか?」



アリアはどうやら、ユキが二つ返事で賛成してくれるものと思っていたのかもしれない。晴れ晴れとしていた表情が、みるみると曇っていった。



「私の幸せって、本気でいってるの?

どうせユキも、お父さんとお母さんの望みは私が幸せに生きる事だって言うんでしょ?

でもね、私には無理なの。あの日、私は肉親と未来、全てを奪われたのよ。ユキもあの時見たんでしょ?奴等がお父さんとお母さんや街のみんなに何をしたのかを!?

……………それに、ゴルゴン教の奴等がのうのうと生きている限り、私が幸せを感じることは絶対に無い。だから私は、私の幸せを取り戻すために、仇を討つわ。例え大量殺人者になろうとも、奴等を殺したその未来(さき)に、幸せを見出だすために」



それはアリアの嘘偽りない本心だったと思った。そして揺るぎない決意だと思った。それだけは理解できた。


ユキは、ずっと彼女を見てきた。

夜寝る時、何があってもすぐに動ける様に、装備を必ずベッドの近くに置くことを知っていた。頻繁に悪夢で飛び起き、冷や汗を滴らせていることを知っていた。街中で親子を見かける度に、目に涙を浮かべていることを知っていた。魔物に剣を振るう時に、何者かへの憎しみを勇気にしていることを知っていた。 


そしてアリアには、ユキしかいないのだと知っていた。


ここでユキが見放せば、彼女は本当に独りだ。


「本気なんじゃの?冗談にしてはタチが悪いぞ」


「私は滅多な事で嘘はつかないわ。知ってるでしょ?」



だから、例えそれが間違っているとしても。

道を外れる、許されない行為だとしても。


ユキは彼女と共にある事を、その時に誓ったのだ。



「わかった。その大量殺人者の片棒を担ぐとしよう」



アリアは、今度こそ満面の笑みをユキに向け、ぎゅっと抱き締めたのだった。







それからは、血みどろの日々だった。


宣言通り、日中のダンジョン探索は止め、夜間の活動がメインとなった。


テスおばさんの所にはもういられなかった。

アリアとユキは、日中に睡眠を取り、夕方に起きて夜間に活動する。そして明け方に帰ってきて、また眠りにつくのだ。

まさに昼夜逆転。テスおばさんに不審に思われることなくその生活を送る事は不可能だったので、別に部屋を借りて住み始める事にしたのだ。



最初のうちは、一晩に十人程を殺した。

三、四人組で外を見回っている教徒を、暗闇から奇襲する。

屋根の上や暗がりから【斬撃(スラッシュ)】の先制攻撃で二人減らし、続いてユキが屋根の上から飛び降りて二人を仕留める。


それだけだ。

目撃者もおらず、皆殺し。手口もバレる事はなかった。

基本的に教徒達のレベルはそんなに高くない。たまにレベル25前後がいる程度だ。それもそうだ。本気でダンジョンに挑む冒険者ですら、その多くがレベル30を越えないのだから。


そして確かに、人間を殺した場合は、魔物より得られる経験値が多い様だった。

一晩十人を続けるだけで、一日魔物を狩って回った時と同じくらいのペースでレベルアップできたからだ。


そして、そんな日々を続けていたため、人間にも【吸収(ドレイン)】が使えるという事実に至るまで、時間はかからなかった。


加えて、一種族に対して獲得できるスキルは一つ、と言う法則も、人間には当てはまらない事も分かった。


つまり、人間を殺した数だけ、スキルを獲得出来る。


ただし【吸収(ドレイン)】出来るのは、その人間が生前に所持していたスキルの内の一つ、と言う制限はあった。

しかしそれを差し引いても、【吸収(ドレイン)】でのスキル獲得の恩恵は経験値以上のものがあった。






その生活を始めて半年が経った頃、ついには夜に出歩く教徒がいなくなった。見回りをする方が危ないと言うことにようやく気がついたらしかった。


そうなれば、二人は今度はゴルゴン教の教会に夜襲をかけた。

夜の教会には、司祭の様な(くらい)の高い教徒と、レベルの高い護衛が数人いた。ただ、レベルが高いと言っても35がせいぜいだ。


その頃にはアリア達のレベルは40まで上がっていたし、所持スキルは五十個を越えていた。それこそ闇に紛れての暗殺向きのスキルだって豊富にあった。


明かりの松明の火を簡単な【水魔法】で消してしまえば、【支配者(ドミネーター)】を使用できるアリアに護衛が抵抗できる訳もなかった。


教会に置いてある金目の物を全て奪って、建物に火をつける。

そこまでが一連の流れだ。


街の中に何ヵ所か造られていた教会を全て潰すのに、一週間あれば十分だった。


残り僅かになると、教徒が何十人も待ち伏せしていたりもした。

しかし【支配者(ドミネーター)】とユキの嗅覚の前には無意味だ。


少し日を置いて、人数が減った所で壊滅させた。


そこからは早かった。

教会と言う信仰心の寄り所を全て失った教徒達は、みるみる内に減っていった。


そこにつけ込んだのが、レムスター王国だ。

ゴルゴン教国に侵攻される以前に、その街を領土としていた、アリアの母国である。一人の暗殺者によって街がほぼ壊滅させられているその情報は、()()()によって、隣国には筒抜けだったらしい。


まともな戦力も残っていなかったゴルゴン教国側は街から駆逐され、約三年ぶりに、街は再びレムスター王国の領土となったのである。


そしてその夜。アリアは新しく任命された領主の寝室に、その広い部屋を埋め尽くすほどの黄金の装飾品を置いてきた。それらは全て、ゴルゴン教の教会に奉られている品々だ。


領主の枕元に手紙も一つ残した。

"街の復興と、防衛の強化にあてろ。執政においては領民に誠実でいろ。首をすげかえるのは、街を潰すより簡単だ"。結果的にその領主は、稀に見る善政を敷いた統治者として、その名を残した。



街を駆逐し終わった段階でアリアのレベルはと言うと、50近くまで上がっていた。

ついに念願の、故郷を取り戻したアリア。


どうか一人の女性としての幸せを。


そんなユキの願いとは裏腹に。


アリアの目には、なおも豪々と燃え続ける殺意が宿っていた。

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