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101話 記憶の共有

ナディア教国軍が一斉に退却して行った直後から、アルとシオンは里中を全力で走り回った。


アルの方では【支配者(ドミネーター)】を使って怪我人を探し、回復薬(ポーション)での治療に奔走した。



支配者(ドミネーター)】を使っていると、その範囲の状況や物体の様子が全て分かる。倒れている多くの人、その人達の場所の把握や、息があるのかを探る過程で、既に失われてしまった命がどの程度なのかも、おおよその検討はついていた。



気付けば陽が昇り、周囲は明るくなってきていた。


既に全てのエルフの遺体が聖霊樹の元に集められていた。里の警備に当たっているエルフ達以外の、全てのエルフがそれを囲んでいる。


里の長であるラウルさんも、身体を引きずる様にしてそこにやって来ると、その光景に膝から崩れ落ちた。そして人目も(はばか)らず、(むせ)び泣いていた。

気丈を保っていた他のエルフの人達も、その姿を見て、(せき)を切った様に涙を流した。リアムさんもその一人だ。



シオン。そしてガルム、シェイラとクレイさん。

そこにアルを含めた五人は、少し離れた所からそれを見ていた。



アルはその出来事の凄惨さを、改めて痛感していた。


あちこちで哀しみの叫びが響いている。


背中から弓を受けた老人。戦って正面から斬られた戦士。抱き合って亡くなっていた恋人達。親を亡くした子供。我が子を亡くした両親。


挙げればキリがない。


この里に来て数日しか経っていないアルでさえ、良くしてくれたエルフの人達や、一緒に遊んだ子供達の知り合いを何人か失った。



アルにとって、これが初めての"戦争"だった。

エルフとナディアの、歴史とも言える長い確執を全て知っている訳ではない。そして知っているほんの僅かな事でさえ、エルフ側から聞いた内容だ。


だからなのかもしれない。

今回、一方的に攻めてきたナディア教国。

エルフの人達を、女子供を見境無く、いや、あえて言うのであれば戦う能力の無い女子供の虐殺すら目的に剣を取った彼等。



アルは初めて、"憎しみ"と言う感情を理解する。

やり場の無い怒りが、涙となってこみ上げる。



しかし、これが戦争なのだ。

アルはこの二勢力間のいさかいを、今日のこの出来事、すなわちナディア教国の侵攻としてしか知らない。


つまり、エルフ側の主張と、エルフ側の哀しみと、エルフ側の怒りしか知らない。



アルが今、エルフのために怒っているのも、ナディア教国の兵達を多く殺めたのも、言ってみればそれは"なりゆき"だった。


偶然、リアムさんと言うエルフの知り合いがいて。

偶然、エルフの里に入ることができて。

偶然、その滞在中に敵大国が攻めてきた。


そんな"なりゆき"。

もしも、これが逆ならばどうだろうか。


もしも、リアムさんがナディア教国の人間で。

もしも、滞在していたのがナディア教国で。

もしも、そこでエルフの里に向けての出兵を耳にしたら。



それに怒りを感じ、エルフの人達の側に回り、ナディアと敵対しただろうか。



いや……………恐らくそれは、ない。


"自分にはあまり関係の無いことだから、どちらかに深く加担するのはよそう"


そう結論付け、たとえこの目の前に広がる以上の惨劇が起きたと耳にしたとしても、ただその事実を国家間勢力の情報として処理したのではないか。



つまり、アルは、"なりゆき"で、この"戦争"に、"エルフ側"として"加担"した。


もちろんその行動の背景には、シオンや自分自身を殺されそうになった事も理由としては含まれるため、アルはここまでの行動を後悔はしていない。


問題は、この(はらわた)を焼き尽くすかの様な"怒り"をどうするか。


ここからの自身の行動をどう決定していくか。




「………アル」



アル達の誰もが、一言も発することが出来ないでいる中。

ぽつりとアルの名を呼んだのは、シオンだった。


シオンはアルの袖を引きながら、見たこともない程に不安げな表情をこちらに向けていた。その顔は今までの彼女からは想像も出来ないほどに、ただただ、何かを願っている様だった。



「アルフォンス君…!」



またしても名前を呼ばれると、そこにはリアムさんが立っていた。

その表情はかつて無いほど怒りに染まり、アルを、アルだけを真っ直ぐに見つめている。



「ダメじゃ!!!」



リアムさんが二の句をつごうとした瞬間。

それを遮る様に二人の間に割って入ったのは、シオンだった。


その行動に、アルだけでなく他の四人も驚きを隠せない。


そのシオンの様子は、どちらかと言うと臨戦態勢に近い物で、まだ一言も発していないリアムさんを、威嚇しているみたいだった。この中でその真意が分かったのは、言葉を遮られたリアムさんだけだ。



「シオンさん………。そうでしたね。私は、なんと愚かな事を考えていたのでしょうか。どうかしていました。アルフォンス君、すみません。私は………」



リアムさんは言おうとした言葉をまたしても飲み込む。

それは誰に止められたからと言う訳ではなく、普段の思慮深い彼の思考を取り戻したからだと思った。



「……………いえ、大変申し訳ない事をしました。一方的となってしまい、すみません。私は、恩人であるあなたと、最も感謝すべきあなたと、友人である権利を失ってしまった。もちろんお礼は、後々致します。今はこれで失礼致します」


リアムさんはまさに一方的にそう言い残して去っていった。

意味が分からず呼び止めようとするのを、またしてもシオンに止められる。



「アル。待つのじゃ。リアムとの時間はこの先まだある。先に妾と話をするのじゃ」


「今?それこそ後でいいんじゃ」


「いや、今じゃ。今しかない。………頼む」



それはシオンの懇願だった。

またしても彼女の表情が曇る。



「分かったよ。場所を移そう」




アルとシオン、そしてガルムがやって来たのは、三人が寝泊まりさせてもらっている建物だった。


御遺体の埋葬や、周囲の警戒、装備品の修繕、里の片付け。

今やらなければならない事は数えきれない程にあるが、その全てを投げ出して、シオンは話をしなければならないと言う。



「本当に、手前がいても良いのか?」


「うむ、頼む」


「承知致した。せめて、口を挟まないでおく」



ガルムはベッドの上に腰掛けると、彼が寝るときと同じように胡座(あぐら)をかいて座り、口を閉ざした。


アルは手近な椅子に腰掛け、シオンには空いているもう一つのベッドに座ってもらう。



「さて、今回の件が終われば、妾が隠している事を全て話す、と。そう言ったの?どうやら今がその時のようじゃ。先程リアムの言葉を止めたのも、その話を聞いてからにして欲しいと言う、妾のわがままじゃ」



シオンはそう前置きすると、一度だけゆっくりと息を吐き出す。

そして再度話し始めた。



「さて、妾が話しても良いのじゃが。お主は既に【共有(ユニフィケイション)Lv2】を持っておる。それで、妾の記憶を二人に共有するのじゃ」


なるほど。このスキルにはこう言う使い方があったのか。


「分かった。じゃ、いくよ。【共有(ユニフィケイション)Lv2】。シオンの記憶を、僕とガルムに共有」


とりあえず口に出して言ってみたが、それで正しかった様だ。


アルの意識は、どこか遠い場所へと引っ張られていった。






*






数百年前。



その者は独りだった。


家族もいない。同類もいない。友と呼べる者もいない。


ずっと一人で生きていくのにももう慣れた。 

一人でも生きていける力もあった。他の"何物(なにもの)"よりも。


身体から漏れ出す魔力でさえ、他に類を見ないほどに強力で。

たとえ寝ている時でさえ、近づいてくる存在はいなかった。それが当たり前だった。


まだ幼かった頃は、誰かと一緒にいた気がする。

しかし、いつの間にか一人になっていた。


自身の力が一般的に見て規格外である事は自覚している。それでも生き物である限り親と言う物がいたのだろうが、その記憶はない。死んだのか、はたまた捨てられたのか。それすら知らない。



とりあえず、毎日を生きていくためには、安全な寝床と、水と食糧。それさえあれば良かった。


食糧の調達は、食欲を満たす目的以外に、唯一の娯楽だった。

獲物は特にこだわらず。しいて言えば強い生き物を探すことが多い。


何故か、戦う事は好きだった。言葉を使うことの無い毎日の中では、戦闘(それ)こそが他者との触れ合いと感じていたのかも知れない。


生まれながらに安全な寝床が確保されているため、一ヶ所に留まることは無かった。


根なし草の様に、ふらふらと、放浪していた。定住している者にとってはいい迷惑だろうが、関係なかった。文句の一つでも言いに来てくれないか期待すらしていた。



その日も、今までと同じような日だった。

朝は一切の物音がしない静寂の中で目が覚めて、強い獲物を狩って、貪った。


そして、血を洗い落とすために川で水浴びをしていた。




その時だった。



何が起こったのか、理解できなかった。

数百年の生をもってしても、初めての出来事だった。



周りの空間に、いくつもの光る模様が浮かび上がる。

その現象にも心当たりは無かった。川を飛び出してどんなに速く走っても、その模様はぴたりと追従してくる。


知っているもので光ると言えば星か、雷。太陽。

そのどれとも違う淡い光は、徐々に強さを増していき、何をどう足掻こうと止められなかった。




そして、世界が急変する。

自身を中心として色々な景色が転々と移り変わり、吐き気すら感じる。



それは唐突に終わった。

急に脚が地面についたかと思えば、そこはどこかの森の中だった。


見覚えはないと……………思う。

身体の回りの模様もすっかり消えており、先程までの現象が嘘のように痕跡ひとつ無い。


何だったんだろうか。

今からでも、ここから全力で離れた方が良いだろうか。



そんな事を悩んでいると、ようやくその場に、自分以外に何かいる事に気がついた。



その者と目が合うと、じっくり数秒間、見つめ合う。



「や、やぁ…こんにちは?」



その生き物は、手を挙げて言葉を発した。


そうだ。言葉だ。意味を持つ発声の羅列。

その生き物は、確か、人間。


そう、人間だ。何故かそう理解できた。


何故そんな事を知っているのか?

それは分からない。今。その生き物を見た時に急に、人間のメス、つまり女だと言うことが突如理解出来たのだ。


先程、川遊びをしていた時までの知識にはない。

今。突然。昔から知っていたかの様に頭に降って湧いたのだ。



なんにせよ、言葉だ。数百年もの間、秘かに望んできたそれ。


しかも、挨拶されているのだと理解できた。それも何故理解できたのかは分からないが。



「えぇ…っと?あなた、私に呼ばれて来てくれたのよね?そうだとしたら嬉しいんだけど………。って、ごめん。なんだか少し気分が、どうしたんだろ、私オエエェェェェ………」



その女は、急に嘔吐した直後、意識を失ってしまった。



何なんだ一体………。

状況が分からなさ過ぎて、さっきから身動き一つ取れないでいる。


とりあえず彼女に敵対の意思は無いように思えたが、安心して良いものか。


訳の分からない模様と言い、理解できない事が生じ過ぎている。

そこで眠っている女の首を噛み切ってしまえば、もしかして元に戻るのだろうか。



そんな考えが浮かんだ時。

またしても身体に変化があった。


しかし今度は、光る模様が現れる訳ではなかった。

何やら、目線が低くなっていく。


地面に沈んでいる…!

そう思ってじたばたともがくが、しっかりと地面はそこにあった。


どんどん地面が近づいてくる。

怖い…!初めての恐怖が全身を支配して、動けなかった。



そしてその変化が終わると、自身の姿が全く変わってしまった事を悟った。すぐそこで倒れている人間の女。それと同じ様な人間の姿だ。



何がなんだか分からない。

一度にいろんな事が有りすぎて…。


とりあえずこの女が起きるのを待つか。

選択肢としてはそれしかないだろう。逃げてもいいが、この姿では何かと大変そうだ。とりあえず起きるまで待ってみてやるか。


そこまで考えた所で、意外と早く女は目を覚ました。



「ハッ!私…!え!?何コレ!?()ったな!?

ってえええぇぇぇぇ!?貴女は誰!?さっきの狐は!?てかなんで裸!?」


「うるさい、おんな」


思った事が、そのまま口に出てしまった。

言葉が自然と出たことに自分自身が一番びっくりしているが、その女の驚き様もただごとでは無かった。



「え!?いきなりディス…いやちょっと待って!貴女のその耳と髪色…?もしかしてさっきの大狐だったりする!?えー!ちょっと待ってよ!?【召喚(サモン)】スキル万歳なの!?もっと早く使えばよかった!こんな美少女と友達になれるとか最高なのっ!?人生こっからなの!?」



「ともだち…」



やかましい女の弾幕のような独り言の中で、不様にもその言葉に反応してしまう。



「うん!私と友達になってよ!お願い!私の名前はアリア!」



しかし彼女はこちらの様子は気にも留めず、屈託の無い笑顔で手を差し出してきたのだった。


それがアリアとの出会いだった。

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