100話 不死鳥
「敵襲だ!!!!!!南の門!!!!!!!!」
闇夜をつんざく様な怒号。
誰のか分からないその声で、リアムは眠りから引き剥がされた。
ガアァァン、ガアァァン、ガアァァン、ガアァァン、ガアァァン、ガアァァン、ガアァァン、ガアァァン………
続いて遠方から響く鐘の音で、すぐに緊急事態を把握した。
ほぼ間違い無く、ナディア教国軍だろう。リアムはすぐに立て掛けてあった杖を取って窓から飛び出す。
装備は既に身に付けている。と言うよりも昨夜から脱いでいない。寝ている時すら、すぐに動ける様に準備していたのだ。
「南だ!!!南から敵襲!!!!!」
再度、叫び声が響いた。
リアムの前方には、竜人のガルム殿が走っていた。先程からの声は彼のものだったのだろう。
敵襲を知らせる鐘よりも彼の声の方が早く聞こえた気がするが、何故こんな離れた位置から敵襲に気付いたのか。そんな疑問がふわりと浮かぶが、そんな事よりも一秒でも早く動き出せた事に感謝しかない。
走る彼の背中を尻目に、リアムは彼とは違うルートを選択する。
敵襲は南からと言っていた。
北と東西の鐘はまだ鳴っていない。今のところ敵の勢力は南に集中していると言う事か。
他の門の警戒も必要だが、とりあえずは南の門に加勢に行くべきだろう。
ガルム殿がやや西寄りのルートから南に向かっているので、リアムは真っ直ぐ行く事にする。一分一秒が惜しい。リアムは一歩の跳躍で手近な建物の上に登ると、そこから屋根伝いに南門まで直進した。
慣れ親しんだ故郷だ。構造は熟知している。足場にした屋根がいくつか壊れていっているが、それは後で謝る事にして割りきる。
ものの数十秒で南の門に到着すると、そこは先日の光景の再来だった。
前線を維持しようとするエルフの戦士達。そして雪崩の様に迫る、白い装備を纏った兵士達。
数は圧倒的に負けている。
数百。いやまだ森の中に戦力が残っていた場合、もしかすると千にも及ぶ数かも知れない。
リアムは視界が真っ赤になった気がした。沸き上がる怒りに、腕が震える。身体が震える。心臓がうち震える。
落ち着け。あくまで冷静に戦わなければ、絶対に間違ってはいけない選択を間違えることになる。
鼻から怒気を無理矢理に絞り出し、杖の触媒として持ち手の上に付いている魔石を、真っ直ぐナディア教国軍へと向ける。
今にも崩壊しそうなエルフの戦士達に心の中で激励を飛ばしつつ、長い詠唱を開始した。
素早く、しかし確実に。
リアムは言葉を紡ぐ。それは【炎魔法】の中でも最上級に位置する魔法。故に詠唱は難解で、特にまだ修得して間もない事もあり、時間もかかる。
リアムがこの里に帰ってきた理由。それは、ユグドラシルの葉だけではない。目的はもう一つあった。それが、レベルアップだ。リアムの本拠地はアルテミスではない。二百年生きてきた、ここ、エルフの里だ。エルフの民は、聖霊樹に祈りを捧げる。そうすることで、貯めた経験値をレベルへと昇華できる。
今回、リアムは聖霊樹に祈ることで、レベルアップした。二年分の経験値。それはリアムのレベルを4つ押し上げ、新たな火魔法を与えた。
まるで、これで里を護りなさいと聖霊樹が言っている様だと思った。
身体中から、魔力をかき集める。
詠唱を手助けに体内で魔力を撹拌し、発動のその時まで、器から溢さないよう丁寧に錬成する。
突如、左肩に衝撃が走る。まるで誰かがぶつかった様な感覚。その直後に焼ける様な激痛。左肩に矢が刺さっていた。
リアムはちらりと戦場を確認すると、こちらを狙っている兵はいない。流れ矢だ。
詠唱は止めていない。
この程度の痛みでうっかり詠唱を止めるようなヘマはしない。
身体の中で魔力が蠢き出した。
腹を空かせた爬虫類の様に、解放されるその時を待っている。
「待たせましたね。喰らい尽くしなさい。【不死鳥】」
頭上に掲げた杖の先に、太陽の様な熱源が発生する。
リアムの身体中から放出された魔力が炎を形作り、その姿を成していく。
顕現したのは、火炎で構成された巨大な鳥だ。大きさは家一軒と同じくらいはある。
照らし出されたナディア教国軍が固まっている。その表情のどれもが、今から何が起こるのかと言う恐怖に染まっている。
「欲望、憎悪、思想、禍根。この里を侵略する全てを亡き物に。………喰らえ」
不死鳥が巨大な嘴を開き、大地を震わせる程の咆哮と共に大地へと急降下する。
そしてエルフの戦士が命をなげうって保持している最前線。その眼前に立ち並ぶナディア教国軍の兵士達を、片っ端から消し炭にしていった。
だがナディア教国兵の近くにいた数名のエルフの戦士達も、一緒に炎に飲み込まれる。
「炎魔法だあああ!!!」
「あづいあづいあづいいいいい」
「ぎゃあああぁぁぁ!!!」
「下がれ!!!下がれ!!!」
「イカれてる!味方ごと殺りやがった!!!」
ナディア教国軍はまさに阿鼻叫喚だ。彼等一般兵のほとんどが、魔法に対しての防衛手段を持たない。
炎の魔法はそんな彼等の命を、無慈悲に、そして簡単に奪う。
「人聞きの悪い。いつ私が同胞を巻き込んだ?よく見て物を言え」
そのリアムの声は誰にも届かなかっただろう。
しかし言わんとした事は、戦場にいる全ての者がすぐに理解できた。
【不死鳥】に飲み込まれたエルフの戦士達は、誰一人として死んでいなかった。
突然の出来事により防御体勢になってはいるが、彼等の身体には火傷一つ無い。同じ炎に包まれて、目の前のナディア兵は黒焦げとなって絶命しているのに、自分は傷一つ無い。彼等自身はその事実に困惑していた。
これが、火魔法の最上位に位置する、【不死鳥】の魔法。
術者本人が指定した物だけを焼き付くし、それ以外には何の危害もない。そしてその理は、人だけでなく、物にも適応される。
つまり森の木々を燃やすこと無く、エルフの同胞を傷つけること無く、敵だけを焼き払える。
「エルフの同胞達よ!聖なる鳥は、我等に味方しているぞ!何も怖れる事はない!!!」
エルフの戦士達に向かって、高々と宣言する。
その間も【不死鳥】は里の守護者の如く、ナディアの兵達を喰らっていく。
「「「「「うおおおおおおおおお!!!!!」」」」」
エルフの戦士達が不死鳥の雄姿に雄叫びを上げる。
だが、彼等はその勢い任せに突っ込んで行ったりはしない。いそいそと壊れた武器や装備を整える。
エルフは賢明だ。リアムが膨大な魔力を消費してまでこの魔法を使った理由を即座に理解している。
いくら最大級の魔法と言えど、この数の兵達を殲滅する事は到底無理だ。つまり、この魔法は時間稼ぎ。
少しでも多くのエルフの戦士が、この場に駆けつけるまでの時間を稼ぐための、戦線を整えるための魔法。
だが、暴れ回る【不死鳥】には、そんな事は関係ない。その火が燃え尽きるまで、ナディアの兵隊を一人でも多く捕食していく。
「さぁ!まだまだ暴れて見せろ!」
僅か十数秒の間に、森と里の境界にいた兵達はほとんど不死鳥の餌食となった。ナディアの兵達は森までは炎の鳥も入ってこれないだろうと、平地へと出るのを躊躇っている。
「行け!」
そこにさえ、不死鳥は迷い無く森へと突っ込んだ。
すり抜けて通過した木々達には、焦げ跡一つ無い。ナディアの兵達だけが燃えていくと言う目を疑う事実に、ナディア軍はさらに森の奥へと逃げていく。
リアムは味方の戦士達に叫ぶ。
「あと十秒で鳥が消える!次に森から出てきたら魔法で迎え撃て!まずは水属性!それから他の属性だ!土属性は足元の妨害を優先しろ!」
リアムは屋根から飛び降りると、左肩の矢を引っこ抜く。
そして精神回復薬と回復薬を飲み干してから、ナディア兵の物だった盾と剣を拾い上げて構えた。それと同時に、森の奥の方でリアムの魔法が燃え尽きる様に姿を消した。
つかの間。森に静寂が戻る。
とりあえず、このまま帰ってくれ………。
そんな思いが脳裏に浮かぶが、森の奥から再度突撃してくる白い軍勢に、気を引き締め直す。
「水属性!撃てぇぇ!!!」
ナディア軍がまだ森から出てこれていない段階から、水属性による魔法攻撃が開始される。十人程のエルフによる魔法で、湖をひっくり返したかの様な膨大な水が森に押し寄せる。水に押し返された兵士達は木々にぶつかり、意識を失ったり動けなくなったりしている。さらにはこれで木が湿れば、火属性や雷魔法で木が燃える事もある程度防げるだろう。
ナディアの兵達はそれでも勢いが衰えない。
いったいどれ程の軍勢で来ているのか恐ろしくなりながらも、リアムは手を挙げた。
今度は兵隊が数メートル先まで来た時。
その手を振り下ろす。
「撃てぇぇぇぇ!!!」
火属性、風属性、雷属性の魔法が突き刺さる。
それらは相乗的に威力を増し、目前まで迫る数十人を屠った。
「土属性!」
リアムの声で、目の前の大地から何本もの棘が現れる。
数は決して多くはないが、少しでも敵の勢いを緩める事が出来れば、攻撃魔法より効果は高い。
ナディアの兵達は、既にすぐそこだった。
リアムは盾を掲げる。
「来るぞぉぉぉおおお!迎え討てぇぇえええ!!!」
今度こそ、ナディアの兵達と正面から激突。
盾に金属が叩きつけられる重たい衝撃を感じるが、隣のエルフと隙間無く盾を並べているため、すり抜けては来ない。
「「「我等は一つううぅぅぅ!!!」」」
それでも彼等は、たとえ薄皮一枚でも削れれば良しとでも言わんばかりに、盾の隙間から剣をねじ込んでくる。
「黙れぇ!この卑怯者どもがあああぁぁぁ!!!」
リアムは全体重をかけて敵を押し戻した。
盾で弾き返した兵士が転倒したのを見て、すかさず剣を突き立てる。さらに横から迫る剣を盾で防ぐと、その兵士を蹴り飛ばし、横のエルフを攻撃していた兵士の背中を斬りつけた。
リアムと敵の兵士では圧倒的なレベル差がある。
ナディア教国の兵隊のレベルはだいたい35前後だ。軍隊としては本来ならば十分脅威的なのだが、リアムにとっては赤子の手をひねるが如く。
たとえ本職でない白兵戦だとしても、一騎当千の働きをしなければならない。リアムはあえて敵勢の中へと身を投げ出し、手当たり次第に敵を斬っていく。
エルフの戦士達もよく頑張っている。少しずつ増援も合流しつつあった。しかしそれでも、人数差は圧倒的だ。エルフの防衛戦の隙間から、ナディア兵が里に雪崩れ込んでいく。
その兵士達の狙いは女と子供だ。
エルフの里では、こう言う場面で女性と子供はすぐに避難するよう徹底して訓練されている。それを敵も良く知っている。
だからこの防衛戦を殲滅する事よりも、避難しているエルフの民を狙いにいくのだ。エルフの血を根絶やしにするために。
「このっ!クソッたれどもがあああぁぁぁぁあ!!!!!」
かつてないほどの悪態をつきながら、とにかく斬る。
里の方も心配だが、この防衛戦が完璧に破られれば、本当にエルフは終わりだ。
どうか、上手く身を隠しておいてくれ。
そう祈りながら、リアムは暴れ回る。
斬っては避け、斬っては避ける。盾で受け流して刺し、味方を襲う背中を一刀。剣が血で鈍ったら新しく拾い、盾が割れればそこらから拾う。
もう何がなんだか分からない。
気づけば叫んでいた。到底言葉とも言えない叫びで、敵を少しでも威嚇する。身体の隅々から闘争心を発して、敵の足を止める。
気づけば身体からは矢が三本生えている。
どうりで左腕が上がりにくい訳だ。左脚も内腿を大きく斬られており、体重がまともにかけられない。
「リアム!一度下がれ!!!」
誰かの声がして、リアムは少し強引に戦線を離れた。
そして精神回復薬で回復した魔力で、もう一度【不死鳥】を精製。
敵が逃げる間も与えず、味方の背中へ向かって突撃させる。
どこに敵兵がいるのかここからでは分からないが、敵兵にしか影響はない。とにかく戦場を駆けずり回らせる。
そしてその直後、笛の音がした。
ナディア教国の撤退の合図に使われている物だ。
ナディアの兵達が悪態をつきながら帰っていく。
それに出来るだけの声を張って悪態を返しながら、とりあえずの安堵と、こちらの受けた被害への不安を感じていた。
気ままな投稿ほんとにすみません…。
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