10話 弘法筆を選ばず。でも多分普段は良い筆使ってるけどね。
冒険者ギルドから出たアルとシオンがまず向かったのは宿探しである。時間が遅くなるほど宿が取り辛くなるのではないかとの考えでだ。まずはギルド受付のミアさんのお勧めである"竜の翼亭"に行ってみる事にする。一泊二千ギルとの事であるが、恐らく駆け出しの冒険者としてはそこそこ高めだろう。
アル達の懐事情はと言うと、実は半年前と比べるとかなり潤っている。それはこの地獄のような半年間で素材を売ってできた金貨五十枚と、もともと貯めていた金貨十枚、それから出発前にエマさんが渡してくれた金貨二十枚の合わせて金貨八十枚。つまり八十万ギル。
エマさんが渡してくれた分は、今までアルがホーンラビットを狩って家に納めていたお金を貯めて置いといてくれた分だとか。そのエマさんの心遣いを、アルは素直に受け取った。またいつか、しっかり稼げるようになったらその時は楽をさせてあげたいと思う。
宿に関しては、お金に余裕があるからという訳ではないが、シオンが一緒である以上は多少お金が掛かったとしてもしっかりした所に泊まろうと思っている。ただ、これからのダンジョンでの実入り次第では、宿のランクを下げることも考慮しなければならないだろう。アルは道行く人に場所を尋ねながら、"竜の翼亭"へと向かった。
"竜の翼亭"は十字通りを西に行ってから一本だけ横に入ったところにあった。なかなか大きな建物で、そこまで古くもない。一階は食事処として営業しているのか、かなり客で賑わっている。
「すいませーん」
「はいはーい!今いきまーす!すいません。いまちょっとお母さん忙しくて!えーっとお食事ですか?宿泊ですか?」
「あれ?ミア…さん?」
何故………先回り?
アルとシオンは頭の上に?マークを浮かべていただろう。なんせ二人の前に現れたのは、先程ギルドで受付をしていたミアという女性だったからだ。
「あぁ違う違う。私はミアの二つ下の妹でマイです」
「妹さん?あぁ、それでここを紹介されたんだ」
「え?もしかしてお姉ちゃんに紹介されたの?ほぉぇー珍しい事もあるもんだねぇ。あ、ははぁん。お姉ちゃんったらさては………。いやごめんなさいこっちの話!って事は、お兄さんは宿泊ですか?一部屋?二部屋?うちの部屋はトイレ全部ついてるけどお風呂はどうする?」
こ、これがあのミアさんの妹…。姉妹でかなり性格が違う様だ。いや、別にミアさんをそこまで知ってるわけじゃ無いんだけどさ。
「妾は風呂を所望する」
「え?」
「りょーかい!お風呂付きは一部屋で一泊銀貨三枚だよー。プラス一人五百ギルで三食付くけど、どうする?」
「ふむ。食事は今日からとりあえず頼もうかの。明日以降はその味次第じゃ」
「オッケー!」
「ちょっとシオン!とりあえずの食事は仕方ないとしてもお風呂は流石に贅沢じゃない?すみません、お風呂無しだったらいくらですか?」
「お風呂無しなら一部屋一泊二千ギルだよ」
「これアル。戯けたことをぬかすな。風呂がないならば野宿も同然。まだ川の側で野宿した方がマシじゃ。金を無駄にする気か」
「いやでもまだ一度もダンジョンに行ってないのに」
「安心せい。その日暮らしなどという事にはならぬ。マイとやら、風呂付きで頼もうぞ。一部屋でよい。なに、こやつが次に文句を言ったら妾が噛み殺す故」
アルは慌てて口をつぐむ。結局、風呂付きの部屋も空いていたらしく、二階の部屋に案内された。その部屋はまぁまぁの広さだった。アルとシオンなら二人でも大丈夫だろう。大きめのベッドが一つに一人掛けの肘掛け椅子が一つ。そして確かにトイレと風呂もついていた。
食事は一階で出してもらえるとの事で、アルとシオンは荷物だけ部屋に置いて、財布だけ持って降りる。三食食べても食べなくても一人五百ギルとの事。しかしここに泊まる人達は冒険者も多く、昼間はダンジョンに行っているために朝と夜しか食べない人も多いのだとか。
ちなみにここの料理はマイさんのお父さんが作っているらしく、味は一級品だった。村で料理上手と評判だったエマさんの料理を十六年間食べてきたアルが言うのだから間違いない。明日以降も食事はなるべくここで食べようと言う意見で二人は合意した。
さて、宿が決まれば次は武器と防具だ。マイさんに出てくることを伝えて、二人は店に向かう。
正直言って、シオンはかなり興味が無さそうだった。シオンは【召喚】されて半年経つと言うのに、武器も持っていなければ防具を着けるのも嫌いだった。だから今のシオンの格好は完全に普段着だ。
山の中では別にそれでも良かったかもしれない。確かにシオンはステータスこそアルと大差はないが、魔物の攻撃を受けたことは一度も無かった。アルは度々、身体に穴が空いたり、全身の骨が砕けたりしていたにも関わらずだ。
彼女にどう攻撃を避けているのかを問うと、
「このレベルの魔物は動きが雑であり、また挙動自体が激し過ぎる。見ずとも容易に動きが予測できよう。躓きそうな木の根を跨ぐ程度のものである」
とのありがたいお言葉だ。しかし、流石にダンジョンではそうはいかない。いや別にダンジョンだから危ないとかではなく、第三者の目線でどうかという事だ。片や全体的に軽いレザーアーマーといえど全身を覆う男。手には短剣。しかし片や防具もなければ武器も持っていない少女。これは入り口の時点で通報されるに違いない。
「さて、とりあえず武器からだね」
マルコムの武器屋は、そこまで大きくなかった。ミレイ村と比べると土地の値段もかなり違うだろうから、仕方ないとは思う。広さ自体は十畳程のスペースだが、壁やそのすぐ下にはまさに所狭しと武器が置いてある。圧巻だ。
アルは短剣やナイフが置いてある所に近付く。まずは値段チェック。綺麗な短剣とナイフが合わせて三十本ほど展示されていた。
値段を見ると、高い………。安くても一本八万ギルからだ。値札を見ると、どうやらこのお店ではレザー性の剣帯と鞘もついての値段らしい。そこから握り部分も調整してくれるとか。確かにしっかりはしていそうだ。
「おぅ………客だったか。よう坊主。短剣を探してんのか。いくら出せる?」
奥から出てきたのは、熊みたいな小男だった。無精髭が顔を覆い尽くし、辛うじて目が見えているのと口がもごもごと動いている様に見える程度だ。声もかなりくぐもっていて、もともと低い声が更に聞こえにくい。そして身長はシオンと同じくらいしかない。なのに、腕の太さはアルの太ももの倍以上もある。人族から見ると、かなりアンバランスな体型だ。
彼はドワーフという種族。エルフが森の種族だとするなら、ドワーフは鉱山の種族だ。彼らは採掘から鍛冶まで、鉄に関わる事なら何でもやる。そういう習性みたいなものと読んだことがある。そして何百年と培われたその知識と技術は、門外不出となっているらしい。いかんせん無愛想というか、すぐ怒りだしそうな雰囲気に、アルは少しビビっていた。
「初めまして。僕がアルフォンス、こっちがシオンと言います。えーっと正直申し上げますと、僕達まだ駆け出しでして………。短剣とナイフの二つで十万ギルくらいなら、と思ってたんですが」
「おぉう。儂はここの店主のマルコムだ。よろしくな。そうか………二つで十万はちっときちぃな。まぁうちにある短剣で一番安いってのはこれだな」
マルコムさんが渡してくれたのは壁にかけてある中でも、床近くに置いてあった物だった。今のと比べて刃渡りはほとんど変わらない。
「素材はコーク鉄で、まぁ中の上って所だな。かなり頑丈で壊れにくい素材だが、斬れ味はイマイチって言う代物だ。ちなみに【魔力量上昇Lv2】ってスキルもついてるんだが、これが不評でなぁ。剣士で魔法使えるやつなんざほとんどいねぇし、魔法使いは基本的に剣なんて持たねぇ。それなら魔法攻撃力の上がる杖やら錫杖やらを持つ方がいいからな。だからこれでもかなり値下げしてるんだが………」
値札を見るとかなり安くなっているのが解る。最初の売り出し時は、なんと十六万ギルだ。それが何度も訂正されて、現在は六万ギルまで下がっている。六万ギルかぁ………予算をちょっとオーバーだなどうしよう。
「ちなみにお嬢ちゃんの持ってるのは十一万ギルだ」
「ふむ。よし買おう」
ん?あれぇ?シオンさん?どうしちゃったの?
シオンは透明感さえ感じさせる真っ白いナイフを持っていた。それに見とれてしまい、目が離せなくなっている。
「それはホワイトサーベルタイガーってAランクの魔物の牙が素材だ。スキルは特についてねぇんだが、素材がAランクの魔物だけにちと値が張るな。結構珍しくて錬金術にもたまに使われたりするらしい。ただ実際に使うとなると切れ味が微妙なんだよなぁ。それならコーク鉄の方がまだ斬れるってくらいだ。それに白いってのはそれだけでデメリットだしな。薄暗いダンジョンだと目立つからな。太刀筋が分かりやすくなっちまう。
だから鑑賞用に買ってく貴族なんかはいるが、うちに来るやつらで買ってくやつはなかなかいねぇからその値段だ」
「よい。これを貰おう」
シオンは一度言い出したら聞かない。それはこの半年で重々承知していた。短剣とナイフ合わせて十七万ギルだ。このあとに防具も見に行くことを考えたら派手な出費はできない。仕方ないか………僕の短剣の方は諦めよう。なんだかんだシオンには甘くなっちゃうんだよなぁ。
「ではあのナイフをいただけますか?」
「おう。坊主の短剣は良いのか」
「うーん………そうですね。とりあえず最初は今まで使ってたやつでやってみます」
「ならん。店主よ。アルの分も買うぞ」
「ちょっとシオン。流石にお金使いすぎだよ」
流石に金貨二十枚近くの出費は、お金が心配になってくる。
「大丈夫と言うておろう。それに装備は大切じゃ。金貨をあと千枚持っておったとしても、明日ダンジョンで死ねば使えぬのじゃぞ?」
「ガァッハッハ!見事だ嬢ちゃん!よし坊主。お前その今持ってる短剣を儂に売れ。そうすれば二つで十五万ギルでいい」
負けた………。
こんなシオンと店主のやり取りを見せられては、買わないわけにはいかないじゃないか………。アルは金貨を十五枚取り出し、マルコムさんに渡す。
「はぁ~。ではこれでお願いします。予算より高くつきましたが、ミアさんの言う通りここに来て正解でした」
「お?………おぉお!?なんだお前!ミアちゃんからの紹介か!?馬鹿野郎おめぇ!それを早く言えよ。そういう事ならナイフと短剣、二つで十万ギルでいい」
え………?な、なんだこの大逆転は………?
マルコムさんの急なサービスにこちらが動転してしまう。
「え?良いんですか?短剣の分とか丸々引かれてますけど」
「あぁ。勿論だ!その代わり、もしもその剣が気に入って貰えたなら、次に剣を買い換える時や、素材持ち込みで剣を造りたい時にはうちに来てくれ。今回のサービスはその分だと思ってくれたら良い。これからどうぞ"ご贔屓に"な」
マルコムさんはアルが渡した金貨のうち五枚をアルに握らせた。アルも粘ったが、"いいからいいから"で押しきられた。これは気に入って貰えたと言うことなのか?何か違う気がするけど。商品は二つとも握りを調節しておくから、明日また来いとの事だった。
なんだか腑に落ちないながらも、アル達はその足で隣の防具屋に向かう。そこの店はマルコムさんの店とあまり変わらないくらいの大きさだった。防具屋と言っても、全身金属製の甲冑等はあまり置いておらず、金属プレートのついた革製の防具等がメインの様だ。奥から出てきたのは、四十代くらいの柔和そうな男性だった。
「いらっしゃいませ。店主のガブリエルと申します。防具をお探しですか?」
「はい、僕はアルフォンス。こっちはシオンです。この子の分なんですが、重いのがダメみたいなので、出来るだけ軽い物を見せて頂けますか?」
「ふんっ…。要らぬと言うておるのに」
流石に真っ白の防具は見当たらず、シオンの目を引く物は無い様だ。とりあえずシオンのサイズに合いそうな物を店主が持ってきてくれた。かなり小さめの物だが、よくこのサイズがあるものだ。さすが冒険者の街。シオンに服の上から試着してもらう。とりあえず胸当てと籠手、靴の三点だ。
「こちらはいわゆるハーフアーマーと呼ばれる、革をベースとして所々に金属のプレートがついた装備になります。こちらはダイアボアの革に、デルン鉄のプレートがついている物になります。どちらもレベル30程度までの魔物相手であれば十分な造りになっております。また【軽量化】と言うスキルがついておりまして、装備品の重さを軽減してくれます。最低限と言う事でしたら胸当てと籠手ぐらいでしょうか。二つで二十五万ギルとなります」
「うーん。まぁ高いけど仕方ないな。シオンもこれでいい?」
「妾は別にどれでもよい。まぁ軽いに越したことはないからの。これにするとしよう。それより先程は武器であんなに渋ったと言うに、今度はやけに思いきりが良いのう?」
「そりゃそうだよ。シオンに死なれでもしたら僕は後悔しきれないからね」
アルはシオンの頭を撫でる。それに対してシオンは目を閉じて気持ち良さそうにしていた。
………見よ。これが、シオンの扱い方の極意。半年間でアルがみつけたシオンの弱点である。どんなに不機嫌だろうと、この頭の部分には、ぼーっとしてしまう様なスイッチがあるのだ。
「仲睦まじいですね。それはそうと武器を買われたのはもしや隣のマルコムさんの所で?」
仲睦まじい…。うーん確かにそう見えるのかも?
でもこれ、初めてやったときはそこそこ命懸けだったんですよ?
「え、えぇ。マルコムさんとガブリエルさんのお店がお勧めだと、ギルド職員から聞きまして」
「まさか!その職員と言うのはもしかしてミアちゃんですかな?」
「え、えーっと、いや、その………」
なんだ、せっかく名前は言わずにボカしたのに。
ギルドは中立っぽいこと言ってたのはどこのどいつだ!
「そういう事でしたら、防具の方は半額にさせて頂きます。価格が変わって、胸当てと籠手の二点で十二万ギルになります」
「え、えええ!?いやいや、そんなの悪いですよ!しかもさりげなく五千ギル分の端数まで切り捨ててますし!」
「いえ、ミアちゃんの紹介を逃す気はありません。その代わりと言っては何ですが、これからも当店をよろしくお願い致します」
一体どういう事なんだ…。
ミアさんの名前が出たとたん急に態度が変わる………。
もしかして彼女、この街を裏で取り仕切っているとか………。
「あ、勘違いなさらないで下さいね!ミアちゃんとうちには何の癒着もありませんよ!
ただ、ミアちゃんは十五歳の時から今まで十年以上ギルドで働いているんですが、彼女の目利きは有名なんです。彼女が目をつけた冒険者は必ず成功する、と。
なんでもかの有名な"水連隊"や"鬼童"にも繋がりがあったとの事ですし。最近Aランクパーティーになられた"烈火"のセシリア様にも、こっそりとうちをご紹介頂きました」
「え?セシリアさんも?ってことは。あぁ、あの青色の防具ですか?」
「いやはや!まさかアルフォンス殿はセシリア様とお知り合いでしたか?…はぁ!これは驚いた!流石ミアちゃんが目をかけるはずですなぁ。左様でございます。あの装備は当店の特注品でございます。と、言うわけでアルフォンス殿。今後も当店を何卒、よろしくお願い致します」
*
「あぁ………疲れたぁ。まぁ結果、お風呂付きにして良かったかな…」
"竜の翼亭"のベッドに倒れ込む。おぉ…おもったよりふかふかだ。帰ってシオンより一足先にお風呂に入ったアルは、ベッドの上で今日の散財を思い返す。
結局、宿と食事で四千ギル、武器と防具で二十二万ギル。残金は五十七万ギルくらいか。これから一日に掛かるお金が宿と御飯代の四千ギル。別に昼食を買うとして千ギル。これからダンジョンで戦闘を行った際の消耗品は、目立つものではポーション。多めに見積もって一日二本使ったとして千ギル。それ以外に不定期でかかってくるのが武器防具の整備や、サイズ調整や買い換え。
不定期のそれらを抜いたとしても、一日六千ギルは必要だ。手持ちの金貨だけで計算すると、だいたい三ヶ月くらいか。明日何階層までいけるかわからない。そしてその素材がどのくらいで売れるのかも…。
「何を浮かない顔をしておる。またつまらぬ悩み事でもしておったのであろう。さぁ今日という日を精一杯生きたのなら、明日の事は明日考えればよい」
「まぁね………良いこと言う」
シオンがもぞもぞとベッドに入ってくる。それをアルは自然体で受け入れる。もう毎晩の事で、だいぶ慣れたものだ。
……………別にやましいことは何もしないよ?
アルの魔力をシオンに渡すと言う日課のためだ。
【空間魔法】によって【召喚】されているシオンには、毎日少しずつアルから魔力を渡さなければならない。そこでシオンからあった提案は、日中に手を繋ぐか、夜同じベッドで寝るか。
チキンなアルは後者を選んだ。そうチキンだからこそだ。外で手を繋ぐと周りからどんな目で見られるか分からない。しかし同じベッドで寝る、それだけならアルの理性と忍耐力次第で何も問題は起きない。
シオンの少しだけ湿った髪の毛から、洗髪料の匂いがする。彼女の手は小さく、そして柔らかい。薄目を開ければ、そこには長い睫毛と可愛らしい鼻。そしてぷっくりとした唇がある。無理やり目を逸らしながら、深い呼吸を心掛ける。明日はいよいよダンジョンだ。
早く寝ないとと思いながらも、今日もアルは寝むれない夜を過ごす。
ここまでお読み下さり、本当にありがとうございます!
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