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大学を卒業して、社会人になった私は、現在、出版社に勤めている。
三年目で面倒を見ている後輩もいて、大忙しの日々を送っていた。
帰宅時間は、繁盛期には午前様、終電が無くなることも多々あり、仕事場から遠くない距離のマンションの一室を購入し、今は住んでいる。
今日も夜の11時を回っていた。
「ただいま~。」
玄関を開け、そう言ってリビングへ向かう。
ヒョコッと、リビングのソファーから顔を出し、
「おかえり。」
と、声を掛けられた。
ソファーに駆け寄り、声を掛けた相手の隣に腰を下ろして、そっと寄り掛かる。
そんな私に、
「今日もお疲れさん。」
と言って、頭をなでなでしてくれる。
そこにいた人は、あの野球部の彼であった。
***
さかのぼること、5年前のあの日。
車に乗り込んで泣いている私に、事情を聴こうとした先輩は、車を止めたまま、私に話を聞こうとしていた。
その時、車の窓を、ドンドンと強く叩く音がした。
驚いてそちらを見ると、そこには野球部の彼が、鬼の形相で、先輩を睨みつけていたのだ。
彼と話すために先輩は窓を開けた。
「何か御用でしょうか?急いでいるので、道案内でしたら、あそこの角に見える交番に行って――」
と、先輩が話すのを遮って、
「梨乃に何をした!お前が泣かしたのか?おい、答えろ。」
と、先輩の胸ぐらを掴み、言い放った。
先輩はその腕を抑えた。
私は、そう叫んだ彼に驚き、固まっていた。
そんな私に気が付いた彼が、先輩の服からパッと手を放し、
「すまん、ついカッとなって、梨乃と話がしたいんだ。頼む、連れて行かないでくれ。」
彼の行動や意外な言動に、私の涙はすっかり引っ込んでしまっていた。
先輩は、車を駐車場に止めてくるからと、駅前の喫茶店に先に入っているように指示していった。
その場に残ったのは、私と野球部の彼であった。
あれ?友人は?友人がいない。
友人、自分の彼女の迎えに来ていたはずなのに、一緒にいないのはなぜだろう。
「ねぇ、佐々木君、瞳は?送っていくんじゃなかったの?」
「あー、あいつなら逃げた。」
「へ?逃げた??」
思いがけない答えが返ってきた。
「あぁ、あいつ、ずっと嘘ついてたんだ。」
おそらく、今の私の表情はもの凄く分かりやすいだろう。
漫画のように、頭上に大きなクエッションマークが見えるに違いない。
少し冷静に考え、自分なりに考えをまとめた結果、行きついた答えを述べてみた。
「え~と、今日、あなたは、彼女の瞳を、夜道が危ないから家まで送るのに迎えに来たのよね?その為に来たのに、彼女を一人で帰らせたなんて、よほどの事よね?私に、そんな重大な話があるという事でいいにかしら?えっと……私なんかで力になれるなら、協力するわ。」
そう言うと、彼は眉間に皺を寄せた。
それから、ニヤッと不敵に笑って、
「あぁ、凄く重大な話だし、君にしか協力できないから、協力を頼む。」
と、答えた。
喫茶店に着いたので、中に入る。
社会人、大学時代です。