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それから、あっという間に時は過ぎ、受験生となった。
私は、片思いの恋愛より勉学を優先しようと、恋心を隠蔽し、目指す大学をワンランク上げて、忙しい日々を送っていた。
野球部の彼は、秋に部を引退し、どこかの大学の推薦で進学し、野球を続けるらしいとの噂を耳にした。
彼は科が違うので棟も違い、学校では、私とほぼ会うことは無いのだが、時折、友人の所に彼が会いに来て、廊下の方で話をしているのを目にするようになった。
アプローチをしに来ているのだろう。
砂を貰って以来、友人も満更でもない様子で、最近は彼の話をよく話している。
好きなのだろうか……両思い……かな。
自身の失恋もあって、そんな彼らを見たくなかった私は、二人がよく話せるようにと、そっとその場を離れるようにしていた。
事前に彼が会いに来ることが分かっている時は、自分と会わないように、移動する。
廊下で偶然、彼に会っても、今までは少し立ち話しをしていたが、挨拶程度で関わるのを避けて、周りに自分の気持ちを気づかれないようにしていた。
忘れなければ……。
あっという間に時は流れ、気付いたら、卒業式になっていた。
そしてその日、私は高熱を出して休んだ。
高校を卒業して以来、彼とは全く会っていない。
***
大学生になり、高校の仲良しグループだった友人達とは、それぞれ別の学校に進んだ。
離れたことにより、日に日に会う頻度も、連絡も、少なくなっていた。
そんなある日、高校のクラス会が開かれることになる。
お酒も飲める年齢になったから、集まってあの頃の懐かしさを味わおうぜという、クラスの男子が主催したものであった。
当日、グループの友人達とクラス会の前に集まり、少し遊んでから、会場へ向かうこととなていた。
会場に行くと、幹事と数人が既に来ていた。
幹事が私達に話し掛けようとした時に、集団で高校のクラスの奴らが店に入ってきた。
メンバー確認で忙しくなったようで、話さずじまいとなる。
久しぶり~と先に来ていた懐かしいクラスの人達に声を掛けられながら、仲良しグループで空いている席に、固まって腰を下ろす。
会が始まり、あの時はこうだったとか、今どうしているなど、それぞれがワイワイ話して、場は順調に盛り上がっていく。
お酒も入っているせいか、今まであまり話したことのなかった男子にまで、彼氏はいるのか?など、しつこく質問され絡まれたけれど、話すのが得意な友人がうまくかわしてくれて、自分はわりと平和に過ごせていた。
お酒が進み、仲良しグループでは女子トークも炸裂した。
お互いの今の恋愛状況を言い合うことになり、私はその時、大学のゼミで一緒になった先輩にお付き合いを申し込まれている話をした。
顔もよいし、性格も悪くない、しかし、自分には先輩に対して全く恋愛感情がなかったので、付き合うのを躊躇し、考える時間を貰っていた所だったのだ。
先輩にクラス会があることを話すと、夜お酒を飲んで帰るのは危ないから、最寄り駅まで車で迎えに行くと、強引に約束させられていて、この後、会うのだと言う話をした。
みんなは、とりあえず付き合っちゃえとか、好き勝手に言っていたが、私もそろそろ新しい恋をしたいと、内心焦っていたので気持ちがかなり揺らいでいた。
トイレから戻った友人も、付き合ってみたら?なんて言うもんだから、お酒も入って、そうしようかななんて、前向きな答えを口にしていた。
その友人が、実は私も今日この後、付き合っている彼氏が駅に迎えに来てくれることになっていると切り出した。
だから、帰りは一緒に駅まで行こうと、私を誘ってきたので、イイよと軽く返した。
その会話を皮切りに、仲良しグループの皆は、友人の恋愛トークになった。
友人も付き合ったいきさつや、どんな人で、どこがよいかとか、嬉しそうに話しだす。
話から友人の彼氏は、私達の知らない人物なのかもしれないと思った。
グループの皆は、写メはないのか、見てみたいなど、しきりに友人に言っていたが、シャイだから撮らせてもらえないのだと友人は言っていた。
クラス会もお開きになり、友人と共に駅へ向かう。
今日は楽しかったね~と、話し足りない会話を二人で続けていると、後ろから名前を呼ばれた。
「佐倉!」
振り返るとそこには、野球部の彼が居た。
えっ!?
「諒!!」
名前を呼ぶ友人の声。
次の瞬間、友人が野球部の彼の傍に駆け寄った。
その時に、友人の彼氏が彼であることを、私は知ったのだ。
私は冷静にと頭では思ったのだが、
「久しぶり~。懐かしいね、いつぶりだろう?元気?二人は相変わらず、仲がいいね。」
と、お酒が入っていたので、動揺を隠すように、おちゃらけて話してしまう。
彼は私を見て声を掛けようとするが、
「諒、来てくれてありがとう。」
そう友人が彼に言い、彼の腕に自分の腕を回し、ピタッとくっついた。
「おい、腕、やめろって。」
と、恥ずかしいのか、振りほどこうとしている。
「相変わらず、うぶねー。梨乃も知ってるでしょ?」
そういえば、写メも取らせてくれないくらい、シャイだってさっき話していたな。
こんなイチャイチャに、同意を求められても……。
勘弁してほしいと、心の中で考えていた。
その時、もう、どうにでもなれと思い。
「佐々木君、昔は告白できなかったのに、やっと実ったみたいでよかったね。二人ともおめでとう!」
と投げやりに言って拍手をしてしまった。
「へ?」
と、驚く声を彼が上げたが、テンションの高くなった私は聞こえていない。
彼と話していると、腹の底から何かがこみ上げ、酷く動揺してしまうので、私は彼の隣にいる友人にひたすら話し掛けたのだ。
「いいなぁ、彼氏憧れるよ~。凄く仲良しで羨ましい。」
友人は満面の笑みだった。
その時、携帯の着信音が鳴った。
よかったとホッとし、画面を確認する。
先輩からではない、DMであった。
「あっ、先輩だ。そろそろ駅に着くみたい。よし、それじゃあ、私も告白の返事してきま~す。初めての彼氏が出来たら、一番に瞳に報告するから、惚気をたっぷり聞いてもらうからね。今日のお返しだよ。それじゃあ、瞳、佐々木君、お幸せに。瞳、またね!」
「うん、頑張って~。」
友人の返答のあと、後ずさりしながら手を少し振り、踵を返してすぐに小走りでその場を離れた。
一刻も早く、彼らの傍を離れたかったから。
着信がして携帯を取り出し、画面を確認する。
先輩からのメールだ。
もうすぐ駅に着くみたいだ。
駅まで速足で歩き、駅のロータリーに横づけしてある見覚えのある先輩の車を探す。
見つけて近寄り、窓をトントンと軽く叩く。
車内で、先輩が助手席を人差し指で、クイクイッと指し、向こうから乗るようにとジェスチャーをした。
私は頷き、助手席へと乗り込んだ。
飲酒後に走ったせいか、シートに座ると、どっと疲れ、シートベルトをせずに、無言でボーっとしてしまっていた。
そんな様子の私を見た先輩が、
「大丈夫、飲みすぎたの?何か、クラス会であった?」
と、心配して聞いてきた。
ふと、自分の首筋に何か液体が沿っていくのを感じた。
それが涙であると分かった時、自分が泣いているのだと、気づいた。
自然に涙が零れていたようだ。
その時、自分が本当の意味で失恋してしまったのだと……。
私は、この恋をずっと忘れられていなかったのだと、悟った。
高校卒業、大学時代です。