勢いで出かけたのは正しかった ②
日付が変わって約束通り、俺たちはショッピングモールに出てきていた。この場所にしたのは、朝食を取っているときに彼女たっての希望で買い物がしたいと言われたためだ。買い物なんて、それもこのぐらいの年齢の女性となんて。経験のない俺はどこに行っていいのか全く見当もつかなかったが、頼みの綱のリンクギアに、おすすめの場所をいくつか調べてもらった。
その中に一つだけ俺の知っているものを見つける。
俺の実家から近いこのショッピングモールは、小学生のころは週末に家族みんなで来たようななじみのある場所で、初めて行く所よりかは勝手もわかる。彼女もここに来たことがあったようで、ここまで来るのにあまり苦労はしなかった。
数メートル間隔でお店が並んで、通路から見える商品に惹かれるたびに彼女は足を止めた。じっくりと見定めて、たまに手に取りながら慎重に買い物をする。本当に必要なものを選び取るような彼女を見ているのは嫌ではなかった。
そうしているうちに時刻はお昼を回っていた。朝食からあまり時間が経っていなかった俺たちは、一階にあったフードコートで簡単に食事を済ませると、また買い物を続ける。
俺の少し前を、小さく鼻歌なんか歌いながら彼女が歩いていく。そのメロディーはおそらく今作っているせいか、でたらめに音がつながっている。けれどもそんなことは関係ないかというように弾んでいく音たちは、たのしげに宙を飛んでいた。
「この後はどこに行きましょうか?」
彼女の背中に言う。
水色のワンピースの裾をふわっと浮かせて彼女が俺を振り返る。
「本当はね今日のお目当ては決まっているんだ。ついてきて、瀬尾君」
その無邪気な声に彼女の服はよく合っていた。ただそれだけを見ると大人びた印象なのに、彼女と合わさるとそこにわずかな幼さをおとす。大人と少女の間にいるように見える彼女は、俺の目を強く引き付けて離さなかった。
向かい合いながら続いていく店の通りを挟むようにしてあるエスカレーターに乗る。一段上に乗った彼女は俺の目線と近くなる。
午前中は特に目的も決めずにふらっと歩き回っていたが、今の彼女は迷いのない足取りで進んでいく。俺はそんな彼女について、離されないようにした。
不意に彼女の両足がそろって、俺が彼女の横に並ぶ。「ここだよ」と言って彼女は目的地らしいそのお店に入った。
「いらっしゃいませー」
売られている商品に身を包んだ店員さんの通る声を横にして、俺も彼女の後を追う。彼女はディスプレイされている服を見くらべながら、うーんと腕を組んた。
「なにかお探しですか?」
近づいてきた店員が慣れた様子で俺たちの横から接客用に作られた声で話しかけてくる。
「ちょっと、彼の服を選んでいて」
「彼氏さんの服ですか~。こちらなんか最近当店で人気なんですよ」
彼女の彼と言う言葉を、勝手に彼氏の事だと脳内変換した店員がかけてあった服を取って見せてくる。俺の服を選んでいるはずなのに、彼女にばかり話しかけて、俺の方をまるで見ない。
シャツのボタンを開けて、カジュアルに着崩した彼が両手で持つ服は、どちらも俺が今着ている服の系統とは似つかない、俺からすると色や柄も主張が激しくて、最近流行っているというこの服は俺には似合いそうもない。勧めてくれた店員になんとか口角をあげようと頑張っては見たものの、ひきつってしまって目が笑えていなかった。
となりで彼女の愛想笑いが聞こえたから、たぶん彼女も似たようなことを考えていたのだろう。買い物は見る分には楽しいのだけれど、押しの強い店員はどうも苦手だ。
「ゆっくり見たいので、いいですか?」
申し訳なさそうな声で彼女が言うと、店員は一瞬動きが止まり、
「わかりました。ごゆっくりどうぞ~」
と少し上ずった声で言って、また店の中へ戻っていった。
「瀬尾君、服あんまり持ってないでしょ? 毎回洗濯するのも大変だろうから、新しいの選びたいなと思って」
選んでいた服から目を離した彼女が僕に言う。
あまりファッションにこだわりがなかった俺は服もそう多くはなくて、大学に通っていた時も似たようなYシャツとズボンを買って着まわしていた。そんな制服みたいに変わらない俺の服装を見て、佐伯が見繕ってくれた服が何着かあったが、そのぐらいだ。
さっきまで見ていた服が置いてある場所とは別の所にいた彼女が、かけてあったハンガーを手に取り俺の方に寄って来る。
「これなんてどうかな?」
そう言って見せてきたのはハイゲージニットのカーディガンで、少しだけ緑がかった透き通る青はあまり見ない色だった。
「これ、着てみてくれない?」
そう言って連れられた試着室で俺は渡された服に袖を通す。鏡の中の俺の姿はその不思議な色が無地の白シャツによく映えていて、いつもとちょっと違う自分になった気分がした。
「どう、ですかね?」
自分でも見慣れない姿に彼女がどんな反応をするのか不安になりながら、仕切られていたカーテン式の布を引く。
無言で見つめられるこの時間に耐えられなくなって、彼女の方を見れなくなる。
「うん。瀬尾君にとっても似合ってるよ」
彼女はそう言ってくれた。けれども俺にとって似合う、似合わないはもう大した問題ではなくなっていた。彼女が俺のことを考えて選んでくれたということが、俺にとってのこの服の一番の価値になっている。
「ありがとうございます」
彼女が言うんだ、まだ見慣れないこの色もきっと俺にあっている。